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19. 王子様と手強い魔物

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 騎士と冒険者が荷物を纏めているのをぼんやりと眺める。

 結局一睡もできなかった……

(おや?ロイド王子の目の下クマできてる。ふかふかベッドじゃなきゃ寝れなかったかー。これだからお坊ちゃんは……)

 寝れなかったのはそんな可愛い理由じゃないっての。

 横目でエリーを睨んで内心ブツブツ恨み言を呟いている間に荷物を纏め終わったようで、騎士が先へ進もうと促した。

 昨日と同じ陣形で着々と攻略階層を増やしていく。
 35階層を越えた辺りでエリーにも変化が訪れた。
 剣だけで魔物を倒してきたエリーだが、斬れないほど頑丈な魔物と遭遇するようになり、剣術だけでなく罠を仕掛けたりと工夫を凝らして倒すようになった。

 その戦い方はさすが世界を旅する猛者。動きに無駄がない。
 能力と剣術だけで生き抜いてるとばかり思っていたが、その考えは訂正しなくては。
 俺みたいにただ力任せに伸してるんじゃなくて、魔物ごとに違う特性を観察して見抜き、無理に剣術だけに偏らず上手に戦う。
 騎士からしたら卑怯だと言いそうな罠も、自らの命を守るために躊躇なく使う。
 エリーの戦い方は生き残るためのそれだ。

 騎士の面々も対人戦ならば絶対使わない罠は魔物と戦うのにとても有効だと考え、エリーの戦い方をじっくり余すことなく静観している。

(うーむ。そろそろ剣と罠だけで倒すの厳しくなってきたな。こりゃ言霊能力使うことも視野に入れておかないと不味いか?)

 50階層を攻略したところでエリーが内心そう呟いた。

 あんまり能力使いたくなさそうだけど、せっかくここまで深い階層まで来たんだから最後まで攻略したいとその目が物語っている。

 罠も残数が心許ないようだし、いくらエリーが上手に戦っても安物の剣と罠だけじゃ限界がある。俺は力でゴリ押ししてるだけだから、戦い方を工夫する賢い魔物に相対したら苦戦してしまう。
 だからといって騎士と冒険者に戦わせるのも気が引けるし。
 いや、本来逆なんだけどね。立場的に。

 騎士達はそれを十分理解してる故に戦闘を任せきりにして申し訳ないと俺達に何度も謝罪している。
 戦闘で役に立てない分、マッピングや魔物の特性などの記録はこれでもかというくらい細かく記していた。


 もうそろそろ外暗くなる時間だぞーとの俺の通訳越しでのエリーの言葉で再び野営の用意を始める面々。
 また腹時計で時間測定していた。それってどうなの女子として。

 本人はそういったことは眼中に欠片もないようで、とにかく早くご飯食べたい!と内心で訴えている。色気より食い気。

 鼻歌でも歌いそうな雰囲気でいそいそと食事の用意をしだすエリーと何か手伝おうとする俺とリックだが、3人揃って勢いよく背後を振り返る。

 迷宮に入ってから幾度となく体験してきた感覚が全身を襲った。

 魔物の殺気だ。

 鳴き声も、足音も、一切聞こえなかった。
 だけど俺もエリーもついでにリックも、すでに迷宮での戦いに慣れきっていたため、即座にその殺気に気付いた。

 俺達が振り返るのとほぼ同時にぶぉんっ!と何か重たいものが空を切る音がした。
 振り返り様に反射で飛び退く。
 俺達が立っていた場所を太い腕のようなものが通過した。
 空振りに終わったそれはかなり長く、しゅるしゅると本体へと引き戻された。と、同時に露になる魔物の全容。

 スライムみたいにぶよぶよとしている。だがスライムではない。
 スライムは人の頭1つ2つ分の小さな魔物だ。目の前にいるぶよぶよした魔物は俺より背が高く、横幅も大きい。
 およそ二メートルを越えた背丈に二人分の横幅のある大柄なぶよぶよした魔物。浅い階層の小さなスライムとは違う。

 すかさずエリーにぐいっと袖を引っ張られ、ハッとして声を張り上げた。

「魔物が現れた!階段まで下がってて!」

 野営準備組も即座に異変に気付き、野営の手を止めて急ぎ俺の指示通り階段まで下がる。階段には魔物は近付かないからね。

 先手必勝!とエリーが駆け抜け、剣を抜き放つ。そのまま横に一閃……したように見えたが、ぶよぶよの魔物には傷ひとつついていない。

 見た目に反して皮膚が硬いのかな?と思ったけど、そうではないらしい。

(皮膚は柔らかいけど斬れない……ゴムみたいだな)

 ぶよぶよの魔物の体当たりを軽くいなして、今度は俺が拳を打ち付ける。
 ……うーん、柔らかいとやっぱ効かない。皮膚が硬かったら粉々に砕けるのに。

 瞬時にリックが一歩前に出て己の武器である槍で突き刺すが、柔らかいくせに頑丈で奥まで刺さらない。
 斬撃も打撃も突きも効かないとは……

 チラッとエリーの様子を見てみる。
 至極冷静な目でぶよぶよの魔物をじっと見つめて、いくつもの戦闘パターンを頭の中に描いていく。
 その間にもぶよぶよの魔物の攻撃は続き、体当たりされては避け、叩き付けられた腕も避け、階段から少しずつ距離を取る。
 十分距離を確保できたと判断したエリーはぶよぶよの魔物に向けて爆弾を投下。小規模の爆発が起こる。
 が、小賢しい戦法を嘲笑うように無傷で煙の中から出てきた。

「ど……どうやって倒しましょう……?」

 絶望感すら感じられる表情でリックが呆然と呟く。
 そんなの俺が聞きたい。
 武器も罠も効かないなんて、この迷宮に入ってから初めてだよ。

 隣からため息が漏れる。
 ため息を吐いた張本人を見やれば、めんどくさそうに頭を掻いて眉間にシワを寄せていた。

(二人共、下がれ)

 すっごく嫌そうに、でも仕方なさそうにエリーが目配せする。

 彼女がこれからやろうとしてることを察した俺はリックを後ろに下がらせる。

「ロイド王子!?逃げるならエリーさんも……っ」

「だーいじょうぶ。逃げるんじゃないって」

「ですが……」

「俺らが近くにいたら邪魔だから退いただけだよ」

 エリーの元に戻ろうとするリックを制し、エリーの後ろ姿を視界に入れる。
 またもやぶよぶよの魔物が体当たりしたが、単調な動きなためエリーは最小限の動きで避けた。そして魔物に急接近し、黒いマスクを少し下にずらして何事かを囁く。

 その囁きがどんな言葉かは分からない。声も聞こえなかった。
 だが、彼女の放ったそれは確実に魔物の命を散らした。



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