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★待って
しおりを挟む今日も明日もバイトが無いからルイはこのまま泊まっていくんだよねえ、と言うヒカルの声は弾んでいて明るい。けれど、「うん」以外の返事は受け付けないとでも言うような、どことなくそういう押しの強さも感じられる声色だった。
「うーん……、うん、まあ、いいけど……」
「よかった。今日はどうする? すぐに寝る? それとも遅くまで起きていようか」
「近い近い、ヒカル、近いって」
長い腕で俺の体に絡みついてきて、当然のように顔を近づけてくるヒカルの胸をそっと押して、なんとか一定の距離を保つ。今、あのまま放っておいたら間違いなくキスか、それ以上のことをされていたな、と俺はハラハラしているのに、「そう?」とヒカルは何でもないような様子で首を傾げていた。
「ごめんね、二人きりだからつい……」
「あ、いや、俺も、ビックリしただけだから」
あんま気にすんな、と付け足すと、ヒカルはニッコリと嬉しそうに微笑んだ。そのままじっと見つめられて、やっぱりそういう雰囲気にしようとしているんじゃないかって、落ち着かない気持ちになる。キョロキョロと視線をさ迷わせながら「……テレビ、チャンネル変えていい?」と無理やり話題を逸らした。下手な芝居ではギクシャクしているのが誤魔化せていないのか、ヒカルがくすりと笑った。
◇◆◇
付き合うことになったのだから、なるべくヒカルのために自分の時間を費やそう、とは思っていた。ずっと友達だった幼馴染みのヒカルに対して女の子と同じように気を遣うのは変だと感じていたし、ヒカルが俺ととにかく一緒にいたがるからだ。
ヒカルは何かにつけて俺を家に泊めたがるし、バイトがあるから会えない、と二人で過ごすのを断れば「バイトの後はどこにも寄らないで」「家に着いたら電話をして」とあれこれ注文をつけてくる。
「お前、今までの彼女から面倒だって言われなかったのか?」
意地悪で聞いたわけではなく純粋に疑問に思っただけなのに、そう尋ねてみたら「俺は女に関心を持ったことなんか無い」「女の話はしないで」となぜかヒカルに怒られてしまった。なんだ、コイツ……と思い、放っておいたら「ルイ、怒ったの?」と今度は自分の方からすり寄って甘えてくる。俺が鈍すぎるのかもしれないけれど、付き合うようになってからのヒカルの情緒は前よりもずっと複雑で全部をわかろうとするのは難しい。
ついていけていないことのもう一つが、スキンシップというか……恋人どうしがするようなふれ合いだ。セックスについては「すぐにしたい」と言われたわけでもないし、なんなら「前にも言ったけどさあ、俺はルイの気持ちが落ち着くまで、そういうのは全然待つしルイが嫌がることはしないから」と定期的にヒカルからアピールもされている。
だけど、二人きりで過ごしていると、なぜかいつの間にかそんな雰囲気になってしまう。「やけに顔が近いな」と思っているうちに、頬にヒカルの手が添えられていて、そこからは流れるようにハグやキスを受け入れてしまう。
ヒカルと付き合い初めてから二週間近くが経つけれど、最近、俺はタカやヘビに狙われる小さい動物になったようなそんな気分になることが多い。
えっ、と気がついた時には体をすっぽりと自分よりも体格のいいヒカルに包み込まれていて、それからヒカルからは香水のいい香りがする。一度捕らえられてしまうと、「やめろよ!」とはね除けることも出来ずに、俺は動揺したまま、ただじっとしている。そうして頬や唇にちゅっと何度もキスされながら、耳元で「ずっと好きだった」と囁かれるとじわじわと痺れるような気持ちよさに全身を包まれてしまう。
「ヤられる」「食われる」と感じたことなんて、今までの人生で一度も経験したことがない。それなのに戸惑ってしまうような行為には必ず「気持ちいい」がセットでくっついてくるから厄介だ。未知の快感を与えられるとその先がどうしても知りたくなってしまう。
時々、ヒカルが「ルイが嫌がることはしない」と言うのは、俺がソフトなふれ合いを気持ちいいと感じていて本当は嫌がっていないのを、見抜いているからだろうか。
「ねえ、ルイ出来たよ」
今日はヒカルの家で夕飯までご馳走になって、「ルイは寛いでて」と何も調理や片付けの手伝いをせずにダラダラすることを許された。いくら付き合っているとは言っても、さすがにこれはよくないのでは、と思ったところで最高の寝心地のベッドへ連れていかれる。
「やべー、気持ちいい……」
エアコンを肌寒いくらいの温度に設定した部屋で、毛布にくるまると気持ちがいい。子供の頃はよくヒカルの家でそうやって過ごしていた。お互い大人になった今も「あえてそうするのは気持ちいいよな」という感覚は共通していて、わざわざヒカルは部屋の温度を下げてベッドを綺麗に整えてくれた。
自分の家でそうする時と同じようにヒカルのベッドへ潜り込んで毛布を肩までかぶる。持ち主であるヒカルの方がそろそろと毛布を捲って遠慮がちに入ってくるから、俺も体を小さく丸めた。
グレーの毛布はふわふわしていて微かにヒカルの匂いがする。こんなに温かくて気持ちのいい場所で遅くまで起きているなんて無理だ。そう思い、ヒカルに背を向けて目を閉じた。
「うわっ、冷た」
「ふふっ……」
「何すんだよ!」
うなじにひやっとしたものが触れて、飛び上がりそうになった。睨み付けても「ビックリした?」とヒカルはヘラヘラしている。
「……なんでそんなに手が冷えてんだよ?」
「えー……なんでだろう」
冬でもないのにヒカルの真っ白な手は冷たい。本人も不思議そうにしながら、自分の指先を見つめている。
「本当は寒いんだろ」
「うん? 違うよ……」
「はあ……」
俺に合わせて無理をしているんだろう、と無理やりヒカルの両手を握った。……ただの友達だった頃なら絶対しないようなことだ。ヒカルはじっと黙っていたけど、しばらくしてから「ふう」とため息をついた。
「温かい」
「よかったな」
「うん、うん……」
ヒカルはぼうっとしたような顔つきで俺のことを見つめてくる。長い付き合いだけど、ヒカルのこんな表情を見るのは初めてだった。
「なあ、今度は俺の家に来て、それで、俺がヒカルに何か作ってやるよ」
「……本当?」
「そしたら平等だろ」
長い付き合いなのだから、貸し借りは無い方がいいに決まってる。自分に向けられているのと同じ思いを返せるのかは自信がなくてヒカルの両手をぎゅっと握った。
「ルイ」
「んー?」
「さっき、触ってごめんね。ビックリしたでしょって冗談にしたらルイも困らないんじゃないかって思ったんだ」
いつもルイに触れる理由を探してる。そう呟いた後、じんわりと温まってきたヒカルの手が俺の手を握り返す。
「……いつも触ってるだろ、普通に」
「うん……、だって、触りたいし……。それにそうじゃないと、変な空気になるでしょ?」
「変な空気って?」
「我慢出来なくて、それでルイにストップをかけられた時に、俺が本気でへこんでたらルイもきっと暗くなるじゃん」
眠いのか目を閉じながら、いつも以上におっとりした口調でヒカルがそう説明するのを聞いて内心ハッとした。
ヒカルは俺よりもずっと経験が豊富だから、手が早いのだと、正直言ってそう思っていた。そうじゃなくて、ヒカルはずっと「付き合っている相手に触りたい」という気持ちを我慢しながら、嫌な雰囲気にならないよう、あえてヘラヘラしていたのだろうか。なんとなく、さっき触れたヒカルの冷えた指先を思い出していたたまれない気持ちになった。
「……あのさ、ヒカル、ちょっとだけ、する?」
何を、とは言えなかった。たぶん、こういうところが俺はダメなんだよな。そう思っていたのにヒカルからの返事は「いいの?」だった。
「いいよ」
自分から側に寝そべっているヒカルの体へ腕を伸ばしてからくっついた。ただ、力を込めて抱きついているだけで、いつもヒカルがやるようなスマートさもなければムードも無い。なんとなく、子供の頃ふざけて体を押し合ったり、お互いをおぶったりしていたことを思い出す。
「どうしよ、すごい嬉しい……」
「うん……、んっ……」
流れるようなスムーズさでヒカルは俺の体を抱いて、耳の側に唇を近づけた。ありがと、と軽く耳の縁に口づけられると、それだけで背中がぞくぞくする。
「ねえ、ルイ、好きだよ」
「うん、んうっ……」
付き合っている相手から好きだと言われたら、「俺も」と返事をするのが礼儀なのはわかっているけど、口を開いたら変な声が出てしまいそうだったから頷くだけで精一杯だった。背中や腰を撫でられながら、撫でるように耳の縁をヒカルの舌が這う。
「気持ちいい? ここ好き?」
「ひっ……」
服の上から胸を撫で回される。耳への刺激と合わさって気持ちいい。けれど、ヒカルの指の先はただ触っているというよりは、乳首を探しているような気がしたから、慌ててヒカルに背中を向けた。
くすぐったくて気持ちがよかった。でも、胸で感じていたことを知られたくない。それなのに、性器に熱が集まっていく。
体を離そうとするとヒカルが腕に力を込めてますます密着させられる。一方的に快感を与えられてそれを逃がすことは許されない。そんな状況に頭がぼうっとして、顔が熱くなる。
「まって、これ、ヤバイって……」
「何がヤバイの?」
「もう、これ以上は無理……! ヒカル、いやだ……!」
生地の薄い部屋着の上からは勃起していることはすぐにバレてしまう。それなのにヒカルの指は、服の上から両方の乳首をすりすりと撫で回してくる。「ここ気持ちいいね?」という甘い声に目を閉じて首を何度も横に振った。
「どうしよう。すごい可愛い……」
「んうっ……そこ、触るの嫌だ……!」
「……大丈夫だよ、ルイ。こんなの全然恥ずかしくないよ」
そう言ってからヒカルは俺のお尻に下腹部を擦りつけた。硬くなったペニスが当たっている。気持ちいいことをしたら反応するのは普通のことで、自分だって勃起しているんだから大丈夫だとヒカルは言う。ここまでされるのは初めてというのもあったし、この熱をどうやって沈めればいいのだろう、と思っていたから俺は全然大丈夫じゃない。
なんとか胸への刺激から逃れようと、ベッドの上でもぞもぞと身動ぎをしてうつ伏せになる。それでもヒカルは「大丈夫。ルイ、ねえ、大好きだよ」と俺を捕まえてしまう。女のように綺麗な顔をしているのに、体格がいいから力では到底叶わない。そのまま、のし掛かるように俺の上にヒカルが覆い被さってきて、動けなくなってしまった。
「ごめんね、少しだけだから……」
「うあっ……」
体の隙間にヒカルが手を捩じ込んできて、性器をそっと撫でられる。荒いヒカルの呼吸が耳にかかってくすぐったい。このままヒカルの手で、というのは考えただけで恥ずかしい。それなのに、容姿も能力も男として俺よりずっと優れているヒカルから「ルイが好きだ」と求められると、本気で抵抗出来なくなる。
ヒカルの手で触られると自分でするのとは全然違う。予測出来ない快感に、びくん、と背中が上下する。それでとうとう、ヒカルの手を受け入れようと、腰を浮かせてしまった。
「あっ、ああっ……ん、うっ……」
好きだよ、と無理やり顔の角度を変えられて、唇を塞がれる。重くて苦しい。冷えた手が下着の中へ入ってきて、もうダメだ、と諦めにも似た気持ちになった。だけど、絡み合う舌が、ぬちぬちと音を立てながら扱かれる性器が、熱くて気持ちがいい。
「あっ、あっ……!」
「……ねえ、好きって言って」
これ以上変な声が出ないよう、口を固く閉じたままでいると、途端に手の動きが弱められる。なんで、もう少しだったのに、と思わずヒカルの顔を見つめると「言って」ともう一度要求された。
「なんで……、んく、うっ……」
焦らされるように先端を撫で回されたり、上下に激しく扱いてやめるを繰り返されておかしくなりそうだった。
「言うからっ……! ……すき、すきだ……」
ヒカルはちゃんと俺が射精するまで手の動きを止めなかった。強烈な快感の後、何度も触れるだけのキスが繰り返される。さっきしていた舌を絡ませる深いキスと違って、ずいぶんと優しい。特に何か言われたわけではないけれど「よく出来ました」と褒美を与えられているような気持ちになった。
◇◆◇
終わった後は、エアコンの設定温度を二度下げた。ひとかたまりになって、あんなことをしていたら暑いに決まってる。でも、親友に性器を触られたことやイカされたことが気まずくて、俺は毛布の中から出られないでいる。
ヒカルはいつもと変わらない調子で、俺の側に寝そべってスマートフォンの画面を眺めている。たぶん、野球についてのニュースでもチェックしているんだろう。
好き好きと言っていたのはヒカルの方なのに、あんなことをしてもケロッとしているのがなんだか悔しい。
「なあ」
「うんー?」
「……セックスする時って、俺に入れんの?」
ぴくっと、一瞬ヒカルの頬が引きつったような気がする。それともそれは俺の願望だったのか、ヒカルはさらっとした口調で「そうだよ」と答えた。
「なんで……?」
「……ずうっと前からそう決めてたから」
ずうっと、の前に不自然に間が空いたのが気になったが、「いつから?」といったことについて深くは聞かないような気がして言えなかった。知らない方がいいことだって世の中にはたくさんある。
「……べつに、逆でもいいだろ。勝手に決めんなよ」
「だって、俺には経験があるから」
「……女と、アナルでセックスしたことあんの?」
「ないけど、でも、穴に入れたことはある」
最低な言い回しだな、とただただ引いているのにヒカルは俺が納得したとでも思っているのか「だから大丈夫だよ」とうっすら微笑んでいた。
体格差と経験値ということから考えると、なんとなくそうだろうなという気はしていた。けれど、ヒカルの方からハッキリそう言われると「ヒカルに女みたいに抱かれる」というのが現実的になってしまって、心細くなる。
俺だって、一応いろいろネットで調べてみたりした。付き合っていたらそういうことは避けられないだろうし、不安ではあるものの、その方法について興味はあったからだ。
そしたら「初めは痛いがいずれは良くなる」と書いてあるばかりで、どこにも最初から痛くない方法は書いてなかった。正直言ってどれぐらい痛いか考えるのも嫌だ。
「あっ」
キスとお互い触り合うじゃダメなんだろうか、と思ったところで自分はヒカルに何もしていないことを思い出した。
「どうしたの……?」
「あっ、いや……。……今度は俺も、触るからさ」
だからまだセックスは待って欲しいと伝える前に、潰れるんじゃないかと思うほど強くヒカルから抱き締められた。「いいの」「嬉しい」「ルイ、大好き」……ヒカルの思いが塊になってぶつけられたような、それぐらいの勢いだった。ああ、コイツ本当に嬉しいんだ……と思うと「待って」は言えなくて俺に出来たのはいいよ、と頷くことだけだった。
応援ありがとうございます!
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