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ただいま
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御前との面会も終え、夕方。
瑛は部屋の中を、うろうろ歩き回っていた。
夕食までは、まだ時間があるのに、何もすることがない。持ってきた荷物は、ツナ子とタイ子が手伝ってくれたので、あっという間に片づいた。
そして、部屋には瑛だけが残された。
気を遣ってくれたらしい。ごゆるりとお過ごしください。そう、言ってくれたけど。やたらめったら広い部屋は、落ち着かない。
長椅子の座り心地は、右も左も真ん中も、全部、確かめた。扉という扉、すべての引き出しも開いた。隣の部屋にも行ってみたし、物置きらしき小部屋にも入った。窓からの景色も、露台からの景色も充分、眺めた。本当に、もう、やることがない。
勝手に部屋を抜け出したら、また怒られるだろう。それで仕方なく、瑛は部屋の中を歩いているのだった。
それに飽きてきた頃、声がかけられた。入って来たのはメグム。
「龍姫、よろしいですか?」
「え、何、何?」
あまりにも退屈だったので、少しウキウキする。
「一つ、忘れていたことが、ありまして。一緒に来ていただいても?」
瑛はうなずいて、メグムのあとについて行った。するとメグムは、窓から身を乗り出して、側にある木に移った。
「龍姫、こちらへ」
メグムが、手を伸ばす。しかし、瑛もこの手のことは得意である。大丈夫だと辞退して、彼のあとについていく。
木を登り、そこから、屋根に移って、今度は屋根伝いに進んでいく。
そこへ、ぽたっと、雨粒が瑛の頬を打った。
「あ、雨」
雨を司る龍王が不在の今、この国は、いわゆる天候不順で、雨が少なくなっていた。
「今は、誰が雨を降らせてるの? 七姓の誰か?」
「主にトキとシンが」
「そっか」
新たな龍王が生まれれば、天候は戻る。さらにその一年は、豊穣の甘雨となることが約束されている……のだが。
自分にはまだ、その力がないらしい。
「山で、修行とかすればいいのかな……」
思わず、ポツリとこぼれた言葉に、メグムがクフッと、変な声を出した。どうやら笑ったらしい。しかし、瑛が顔を上げた時には、もう、メグムは真面目な顔つきに戻っていた。
「龍姫。御前もおっしゃっていましたが、あなたに必要なのは時間です。こればかりは、焦っても仕方のないこと。まずは、健やかに日々をお過ごしください。大丈夫ですよ」
ふんわりと微笑むメグムに、瑛はうなずいた。それから、ふと空を見上げる。
「もう、やんでるね」
そう言った矢先、再び、雨が降ってきた。先ほどよりも、ずっと柔らかな雨。しかし、これもまた、すぐにぴたりとやむ。そして、また。今度は非常に弱い、霧雨が降り出す。
「まったく、あの三人は……」
メグムがぼそっと言ったのを、瑛は聞き逃さなかった。
「あの三人って、七姓の?」
「えぇ。彼らは二人寄るとケンカを始め、三人集まれば遊びに走るんです」
小さくため息をついて、メグムは再び、歩いて行く。
「よっ! 瑛」
そこにいたのは、リュークとシンと、トキ。
「いーだろ。ここ! 龍宮で一番、景色がいーんだぜ! ほら!」
促されて視線を向ければ、赤く染まる空に、大きな夕日が見えた。
「うわー、キレイだね」
もしかして、このために?
瑛が尋ねると、メグムは首を振る。
「じゃあ、何?」
「龍姫は覚えてらっしゃらないと思いますが、私たちは、あなたがこの龍宮へ来た日のことを、覚えているのですよ」
「そうなの?」
聞き返せば、シンがうなずいた。
「龍姫が来たって聞いてさぁ、みんなで見に行ったんだよな?」
「お前が見に行こうって、言い出したんだろが」
「そう言うトキだってさぁ、興味津々だったじゃんか」
「俺様は、まだ生まれてなかったけどな!」
「それなのに、今回、言い出したのは、リュークなんだよなぁ」
「ふっふっふー。俺様も、中々、気が利くだろ?」
「ほら、言えよ」
トキに促され、リュークが瑛の前へ来る。
「ん、じゃあ」
リュークは大きく深呼吸してから、うおっほんと変な咳払いをして、にっこりと笑った。
「瑛っ! おっかえりー!」
「おかえりなさい、龍姫」
「おかえり、瑛」
「瑛ちゃん、おかえり」
そんなこと、言われたって。
この龍宮は瑛にとって、全然、知らない場所。何の思い出もなくて、帰って来たという実感もなくて。
それなのに。
四人の顔をぐるりと見れば、胸がほわんと温かくなった。
「……ただいま」
そう答えると、四人が笑顔になる。そこで、瑛は「あーっ!」と、気づく。
「言ってない! あたし、御前に『ただいま』って、言わなかった!」
瑛は、四人に礼を言って、くるっと身をひるがえす。走り出そうとしたところで、パシッと腕を掴まれた。
「また、迷子になるつもりか」
トキが言う。続けてメグムが、
「龍姫。奥御殿は、こちらです」
と、真後ろを示した。それに、シンとリュークが笑う。
「龍宮は広いからなぁ」
「よーし、俺様が案内してやる!」
結局、瑛は四人を引き連れ、御前に会いに行ったのだった。
瑛は部屋の中を、うろうろ歩き回っていた。
夕食までは、まだ時間があるのに、何もすることがない。持ってきた荷物は、ツナ子とタイ子が手伝ってくれたので、あっという間に片づいた。
そして、部屋には瑛だけが残された。
気を遣ってくれたらしい。ごゆるりとお過ごしください。そう、言ってくれたけど。やたらめったら広い部屋は、落ち着かない。
長椅子の座り心地は、右も左も真ん中も、全部、確かめた。扉という扉、すべての引き出しも開いた。隣の部屋にも行ってみたし、物置きらしき小部屋にも入った。窓からの景色も、露台からの景色も充分、眺めた。本当に、もう、やることがない。
勝手に部屋を抜け出したら、また怒られるだろう。それで仕方なく、瑛は部屋の中を歩いているのだった。
それに飽きてきた頃、声がかけられた。入って来たのはメグム。
「龍姫、よろしいですか?」
「え、何、何?」
あまりにも退屈だったので、少しウキウキする。
「一つ、忘れていたことが、ありまして。一緒に来ていただいても?」
瑛はうなずいて、メグムのあとについて行った。するとメグムは、窓から身を乗り出して、側にある木に移った。
「龍姫、こちらへ」
メグムが、手を伸ばす。しかし、瑛もこの手のことは得意である。大丈夫だと辞退して、彼のあとについていく。
木を登り、そこから、屋根に移って、今度は屋根伝いに進んでいく。
そこへ、ぽたっと、雨粒が瑛の頬を打った。
「あ、雨」
雨を司る龍王が不在の今、この国は、いわゆる天候不順で、雨が少なくなっていた。
「今は、誰が雨を降らせてるの? 七姓の誰か?」
「主にトキとシンが」
「そっか」
新たな龍王が生まれれば、天候は戻る。さらにその一年は、豊穣の甘雨となることが約束されている……のだが。
自分にはまだ、その力がないらしい。
「山で、修行とかすればいいのかな……」
思わず、ポツリとこぼれた言葉に、メグムがクフッと、変な声を出した。どうやら笑ったらしい。しかし、瑛が顔を上げた時には、もう、メグムは真面目な顔つきに戻っていた。
「龍姫。御前もおっしゃっていましたが、あなたに必要なのは時間です。こればかりは、焦っても仕方のないこと。まずは、健やかに日々をお過ごしください。大丈夫ですよ」
ふんわりと微笑むメグムに、瑛はうなずいた。それから、ふと空を見上げる。
「もう、やんでるね」
そう言った矢先、再び、雨が降ってきた。先ほどよりも、ずっと柔らかな雨。しかし、これもまた、すぐにぴたりとやむ。そして、また。今度は非常に弱い、霧雨が降り出す。
「まったく、あの三人は……」
メグムがぼそっと言ったのを、瑛は聞き逃さなかった。
「あの三人って、七姓の?」
「えぇ。彼らは二人寄るとケンカを始め、三人集まれば遊びに走るんです」
小さくため息をついて、メグムは再び、歩いて行く。
「よっ! 瑛」
そこにいたのは、リュークとシンと、トキ。
「いーだろ。ここ! 龍宮で一番、景色がいーんだぜ! ほら!」
促されて視線を向ければ、赤く染まる空に、大きな夕日が見えた。
「うわー、キレイだね」
もしかして、このために?
瑛が尋ねると、メグムは首を振る。
「じゃあ、何?」
「龍姫は覚えてらっしゃらないと思いますが、私たちは、あなたがこの龍宮へ来た日のことを、覚えているのですよ」
「そうなの?」
聞き返せば、シンがうなずいた。
「龍姫が来たって聞いてさぁ、みんなで見に行ったんだよな?」
「お前が見に行こうって、言い出したんだろが」
「そう言うトキだってさぁ、興味津々だったじゃんか」
「俺様は、まだ生まれてなかったけどな!」
「それなのに、今回、言い出したのは、リュークなんだよなぁ」
「ふっふっふー。俺様も、中々、気が利くだろ?」
「ほら、言えよ」
トキに促され、リュークが瑛の前へ来る。
「ん、じゃあ」
リュークは大きく深呼吸してから、うおっほんと変な咳払いをして、にっこりと笑った。
「瑛っ! おっかえりー!」
「おかえりなさい、龍姫」
「おかえり、瑛」
「瑛ちゃん、おかえり」
そんなこと、言われたって。
この龍宮は瑛にとって、全然、知らない場所。何の思い出もなくて、帰って来たという実感もなくて。
それなのに。
四人の顔をぐるりと見れば、胸がほわんと温かくなった。
「……ただいま」
そう答えると、四人が笑顔になる。そこで、瑛は「あーっ!」と、気づく。
「言ってない! あたし、御前に『ただいま』って、言わなかった!」
瑛は、四人に礼を言って、くるっと身をひるがえす。走り出そうとしたところで、パシッと腕を掴まれた。
「また、迷子になるつもりか」
トキが言う。続けてメグムが、
「龍姫。奥御殿は、こちらです」
と、真後ろを示した。それに、シンとリュークが笑う。
「龍宮は広いからなぁ」
「よーし、俺様が案内してやる!」
結局、瑛は四人を引き連れ、御前に会いに行ったのだった。
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