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あたしにムラムラする?
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朝、布団の中で、瑛は首をひねった。
おかしい。いつの間にか、眠ってしまったらしい。目覚めもスッキリ、気分爽快である。
昼食になって、瑛はまた首をひねった。どんどん食事がのどを通っていく。食欲全開。バクバク、ご飯が進んで、ついつい、おかわりもしてしまった。
……やっぱり、おかしい。
きれいに完食した膳を見つめながら、瑛は腕を組む。
『あの方のことを思うと、せつなくて、夜も眠れなくなってしまうのですわ』
『胸が締めつけられて、苦しくて、食事ものどを通らないのです』
恋とは、そういうものだと、年上の女官が言っていた。
瑛は、トキをじぃっと見つめる。今日もまた、ドキドキなんてしない。
トキのことは、好きだと思う。嫌いじゃないし、楽しいし、面白い。怒らせると、めちゃくちゃ怖いけど。
それなのに。
『あなたはまだ、変態してない』
紫苑に言われた通りだった。この好きは、恋ではないらしい。
……何でだろう?
瑛は、トキを見つめたまま、うなり声を上げる。
「姫様、おかわりはいかがですか?」
「うーん、どうしようかな……」
あいまいに答えた瑛の膳に、トキから漬け物の小皿が差し出される。
「そんな目で見ても、玉子焼きは、やれん。それで我慢しろ」
「いくらあたしでもトキの好物、ぶん取ろうなんて思ってないよ」
「自分だって、玉子焼き、好きだろ」
その言葉に瑛は、くわっと目を見開く。今までは、こちらから『ちょうだい』なんて、言いづらかったけど。
「だったら、玉子焼き、ちょうだい!」
思い切って、言ったみた。が、ずばっと一刀両断、「いやだ」と、即答されてしまった。
「そもそも、お前は、毎度毎度、好きなものばかり、先に食うから、そういうことになるんだ」
「好きなものを最後に残して、お腹いっぱいになったら、どうすんの?」
「なんねぇよ。自分の腹ん中くらい、分かるだろ」
「お腹空いてたら、とにかく、ご飯、かきこむでしょ」
二人の言い合いに、給仕の女官たちからクスクスと笑い声が起こる。
「どこのわんぱくだよ」
トキは、あきれたように言いながらも、玉子焼きを一切れ分けてくれた。
「おかわり、お入れしましょう」
微笑む給仕に、瑛は茶碗を預ける。
結局、瑛は白米を三杯も食べてしまった。これじゃあ、いつもと何ら変わりがない。
昼食のあと、メグム、リューク、シンと、順番に訪ねて行っては、じぃーっと見つめてみた。メグムにはおすすめの本を渡され、リュークには気持ち悪がられ、シンには大福をもらった。
そして、今。
瑛は、龍族のある青年に、つきまとっていた。
恋の相手は、トキではないのかもしれない。そう思って、メグムやシンを見つめてみたけど、誰一人、ドキドキしなかった。
だとしたら、である。七姓以外にも、龍族の男はいる。そこで、たまたま目についたのが、彼だった。
瑛が例のごとく見つめていると、彼は眉を八の字にして、振り向いた。
「……あ、あのぅ、姫様」
「何?」
「わ、私に、何か、ご用でしょうか?」
「ううん。気にしないで」
瑛は笑顔で答え、見つめ続ける。
「いや、その、そんなに見つめられては……気にしないも何も……」
「えっ、何、何? ドキドキする? ムラムラする?」
食いついた瑛に、彼は勢いよく両手と首を振った。
「まままま、まさかっ! そっそんな、滅相もない!」
「そっか……」
瑛は腕を組んで、天井を見上げる。一時間ほどつきまとってみたが、どうやら、彼でもないらしい。
恋の相手は、一体、どこにいるのか。片っ端から見つめていくしかないのか。こうなったら、おとぎ話みたいに、龍族の男を集めて、舞踏会でも開いた方が早いのかもしれない。
……もしかして、恋をするのって、ものすごいことなんじゃないだろうか。
「うーん、大変だなぁ」
天井を見ながら、つぶやくと、ポフンと頭をたたかれた。
「お前のせいだよ」
「あ。トキ」
「ほら、仕事の邪魔するな」
と、瑛は隅に追いやられる。
「それで、何をしてるんだ?」
「何って……あ、そうだ。ちょっといい? 真面目な話なんだけど」
「何だ?」
「トキって、あたしにムラムラする?」
瑛の質問に、一瞬にして、その場が静まり返った。
「しねぇよ」
「そっかぁ」
瑛は、うなる。
「いいか。真面目な話だ」
「うん」
「お前は、まだ、変態してない。つまり、子供だ。子供相手にムラムラしてたら、それこそ、俺は変態じゃねぇか」
「じゃあ、まだ変態してないあたしが、トキにムラムラしたら、どうなるの? あたし、変態なの?」
「……ムラムラするのか?」
「全然、しない」
「だろうな」
トキがうなずくと、周囲から小さく笑う声が上がった。それも複数。
「それで、一体、何なんだ、この話」
「あたし、そろそろ、変態してもいいと思うんだけど。トキのことだって、結構、好きだし。……ねぇ、あといくつ寝ると、恋になるの?」
「正月じゃねぇんだ。変態はしようと思って、できるものじゃない。それこそ、年が明ける頃になるかもな」
まだまだ、先は長いらしい。瑛は「はぁ」と、大きな息を吐き出した。
「あたしね、恋について、色んな人に話を聞いてるんだけど、聞けば聞くほど分かんなくて」
「まぁ、決まった答えなんてないからな」
「体の中から愛しいって気持ちが、自然と、あふれて、こみ上げくるんだって。でもね、体の中から、自然とこみ上げてくるものなんて、あたしには、空腹感しかないよ!」
瑛がぎゅうっと、こぶしを握りしめたのと同時。盛大にお腹が鳴った。
「…………甘味屋、行くか?」
「行く!」
瑛は飛びついた。
トキに連れられ、不三家へ。ちょっとした出来事があったのは、その帰り。
「あー、お腹いっぱい。幸せ」
店を出た瑛は、満足げにお腹をさすった。
前回は、クリィムカステラを五皿食べて、トキには思っきり引かれてしまったけど。今回は、「好きなだけ食べていいぞ」ということで、思う存分、堪能することができた。
お気に入りのクリィムカステラに、ワッフル、シュウクリィム。
「おいしかったね、トキ」
ゆったり、龍宮へ歩いていると、不意に懐かしい気配がした。
……じぃちゃん?
そんな感じがしたのだけど。まさか、そんなはずがない。
気のせいか。
瑛は歩き出して、再び、立ち止まった。その目に飛び込んできたのは。
「みたらし団子!」
「おい、まだ食うのか?」
「甘いものは別腹だから、大丈夫」
瑛は、トキの手を引っ張って、のれんをくぐる。
そんな二人を、建物の影からこそこそと見ている人物がいた。
「……アキ」
ポツリ、つぶやいた声は、雑踏にまぎれて消える。
龍宮南殿、龍姫と龍王の居室に侵入者があったのは、その日の夜のことだった。
おかしい。いつの間にか、眠ってしまったらしい。目覚めもスッキリ、気分爽快である。
昼食になって、瑛はまた首をひねった。どんどん食事がのどを通っていく。食欲全開。バクバク、ご飯が進んで、ついつい、おかわりもしてしまった。
……やっぱり、おかしい。
きれいに完食した膳を見つめながら、瑛は腕を組む。
『あの方のことを思うと、せつなくて、夜も眠れなくなってしまうのですわ』
『胸が締めつけられて、苦しくて、食事ものどを通らないのです』
恋とは、そういうものだと、年上の女官が言っていた。
瑛は、トキをじぃっと見つめる。今日もまた、ドキドキなんてしない。
トキのことは、好きだと思う。嫌いじゃないし、楽しいし、面白い。怒らせると、めちゃくちゃ怖いけど。
それなのに。
『あなたはまだ、変態してない』
紫苑に言われた通りだった。この好きは、恋ではないらしい。
……何でだろう?
瑛は、トキを見つめたまま、うなり声を上げる。
「姫様、おかわりはいかがですか?」
「うーん、どうしようかな……」
あいまいに答えた瑛の膳に、トキから漬け物の小皿が差し出される。
「そんな目で見ても、玉子焼きは、やれん。それで我慢しろ」
「いくらあたしでもトキの好物、ぶん取ろうなんて思ってないよ」
「自分だって、玉子焼き、好きだろ」
その言葉に瑛は、くわっと目を見開く。今までは、こちらから『ちょうだい』なんて、言いづらかったけど。
「だったら、玉子焼き、ちょうだい!」
思い切って、言ったみた。が、ずばっと一刀両断、「いやだ」と、即答されてしまった。
「そもそも、お前は、毎度毎度、好きなものばかり、先に食うから、そういうことになるんだ」
「好きなものを最後に残して、お腹いっぱいになったら、どうすんの?」
「なんねぇよ。自分の腹ん中くらい、分かるだろ」
「お腹空いてたら、とにかく、ご飯、かきこむでしょ」
二人の言い合いに、給仕の女官たちからクスクスと笑い声が起こる。
「どこのわんぱくだよ」
トキは、あきれたように言いながらも、玉子焼きを一切れ分けてくれた。
「おかわり、お入れしましょう」
微笑む給仕に、瑛は茶碗を預ける。
結局、瑛は白米を三杯も食べてしまった。これじゃあ、いつもと何ら変わりがない。
昼食のあと、メグム、リューク、シンと、順番に訪ねて行っては、じぃーっと見つめてみた。メグムにはおすすめの本を渡され、リュークには気持ち悪がられ、シンには大福をもらった。
そして、今。
瑛は、龍族のある青年に、つきまとっていた。
恋の相手は、トキではないのかもしれない。そう思って、メグムやシンを見つめてみたけど、誰一人、ドキドキしなかった。
だとしたら、である。七姓以外にも、龍族の男はいる。そこで、たまたま目についたのが、彼だった。
瑛が例のごとく見つめていると、彼は眉を八の字にして、振り向いた。
「……あ、あのぅ、姫様」
「何?」
「わ、私に、何か、ご用でしょうか?」
「ううん。気にしないで」
瑛は笑顔で答え、見つめ続ける。
「いや、その、そんなに見つめられては……気にしないも何も……」
「えっ、何、何? ドキドキする? ムラムラする?」
食いついた瑛に、彼は勢いよく両手と首を振った。
「まままま、まさかっ! そっそんな、滅相もない!」
「そっか……」
瑛は腕を組んで、天井を見上げる。一時間ほどつきまとってみたが、どうやら、彼でもないらしい。
恋の相手は、一体、どこにいるのか。片っ端から見つめていくしかないのか。こうなったら、おとぎ話みたいに、龍族の男を集めて、舞踏会でも開いた方が早いのかもしれない。
……もしかして、恋をするのって、ものすごいことなんじゃないだろうか。
「うーん、大変だなぁ」
天井を見ながら、つぶやくと、ポフンと頭をたたかれた。
「お前のせいだよ」
「あ。トキ」
「ほら、仕事の邪魔するな」
と、瑛は隅に追いやられる。
「それで、何をしてるんだ?」
「何って……あ、そうだ。ちょっといい? 真面目な話なんだけど」
「何だ?」
「トキって、あたしにムラムラする?」
瑛の質問に、一瞬にして、その場が静まり返った。
「しねぇよ」
「そっかぁ」
瑛は、うなる。
「いいか。真面目な話だ」
「うん」
「お前は、まだ、変態してない。つまり、子供だ。子供相手にムラムラしてたら、それこそ、俺は変態じゃねぇか」
「じゃあ、まだ変態してないあたしが、トキにムラムラしたら、どうなるの? あたし、変態なの?」
「……ムラムラするのか?」
「全然、しない」
「だろうな」
トキがうなずくと、周囲から小さく笑う声が上がった。それも複数。
「それで、一体、何なんだ、この話」
「あたし、そろそろ、変態してもいいと思うんだけど。トキのことだって、結構、好きだし。……ねぇ、あといくつ寝ると、恋になるの?」
「正月じゃねぇんだ。変態はしようと思って、できるものじゃない。それこそ、年が明ける頃になるかもな」
まだまだ、先は長いらしい。瑛は「はぁ」と、大きな息を吐き出した。
「あたしね、恋について、色んな人に話を聞いてるんだけど、聞けば聞くほど分かんなくて」
「まぁ、決まった答えなんてないからな」
「体の中から愛しいって気持ちが、自然と、あふれて、こみ上げくるんだって。でもね、体の中から、自然とこみ上げてくるものなんて、あたしには、空腹感しかないよ!」
瑛がぎゅうっと、こぶしを握りしめたのと同時。盛大にお腹が鳴った。
「…………甘味屋、行くか?」
「行く!」
瑛は飛びついた。
トキに連れられ、不三家へ。ちょっとした出来事があったのは、その帰り。
「あー、お腹いっぱい。幸せ」
店を出た瑛は、満足げにお腹をさすった。
前回は、クリィムカステラを五皿食べて、トキには思っきり引かれてしまったけど。今回は、「好きなだけ食べていいぞ」ということで、思う存分、堪能することができた。
お気に入りのクリィムカステラに、ワッフル、シュウクリィム。
「おいしかったね、トキ」
ゆったり、龍宮へ歩いていると、不意に懐かしい気配がした。
……じぃちゃん?
そんな感じがしたのだけど。まさか、そんなはずがない。
気のせいか。
瑛は歩き出して、再び、立ち止まった。その目に飛び込んできたのは。
「みたらし団子!」
「おい、まだ食うのか?」
「甘いものは別腹だから、大丈夫」
瑛は、トキの手を引っ張って、のれんをくぐる。
そんな二人を、建物の影からこそこそと見ている人物がいた。
「……アキ」
ポツリ、つぶやいた声は、雑踏にまぎれて消える。
龍宮南殿、龍姫と龍王の居室に侵入者があったのは、その日の夜のことだった。
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