上 下
31 / 46

あたしにムラムラする?

しおりを挟む
 朝、布団の中で、瑛は首をひねった。
 おかしい。いつの間にか、眠ってしまったらしい。目覚めもスッキリ、気分爽快である。

 昼食になって、瑛はまた首をひねった。どんどん食事がのどを通っていく。食欲全開。バクバク、ご飯が進んで、ついつい、おかわりもしてしまった。
 
 ……やっぱり、おかしい。
 きれいに完食した膳を見つめながら、瑛は腕を組む。

『あの方のことを思うと、せつなくて、夜も眠れなくなってしまうのですわ』
『胸が締めつけられて、苦しくて、食事ものどを通らないのです』

 恋とは、そういうものだと、年上の女官が言っていた。

 瑛は、トキをじぃっと見つめる。今日もまた、ドキドキなんてしない。
 トキのことは、好きだと思う。嫌いじゃないし、楽しいし、面白い。怒らせると、めちゃくちゃ怖いけど。
 それなのに。

『あなたはまだ、変態してない』

 紫苑に言われた通りだった。この好きは、恋ではないらしい。
 ……何でだろう?
 瑛は、トキを見つめたまま、うなり声を上げる。

「姫様、おかわりはいかがですか?」
「うーん、どうしようかな……」

 あいまいに答えた瑛の膳に、トキから漬け物の小皿が差し出される。

「そんな目で見ても、玉子焼きは、やれん。それで我慢しろ」
「いくらあたしでもトキの好物、ぶん取ろうなんて思ってないよ」
「自分だって、玉子焼き、好きだろ」

 その言葉に瑛は、くわっと目を見開く。今までは、こちらから『ちょうだい』なんて、言いづらかったけど。

「だったら、玉子焼き、ちょうだい!」

 思い切って、言ったみた。が、ずばっと一刀両断、「いやだ」と、即答されてしまった。

「そもそも、お前は、毎度毎度、好きなものばかり、先に食うから、そういうことになるんだ」
「好きなものを最後に残して、お腹いっぱいになったら、どうすんの?」
「なんねぇよ。自分の腹ん中くらい、分かるだろ」
「お腹空いてたら、とにかく、ご飯、かきこむでしょ」

 二人の言い合いに、給仕の女官たちからクスクスと笑い声が起こる。

「どこのわんぱくだよ」

 トキは、あきれたように言いながらも、玉子焼きを一切れ分けてくれた。

「おかわり、お入れしましょう」

 微笑む給仕に、瑛は茶碗を預ける。

 結局、瑛は白米を三杯も食べてしまった。これじゃあ、いつもと何ら変わりがない。
 昼食のあと、メグム、リューク、シンと、順番に訪ねて行っては、じぃーっと見つめてみた。メグムにはおすすめの本を渡され、リュークには気持ち悪がられ、シンには大福をもらった。


 そして、今。

 瑛は、龍族のある青年に、つきまとっていた。
 恋の相手は、トキではないのかもしれない。そう思って、メグムやシンを見つめてみたけど、誰一人、ドキドキしなかった。
 だとしたら、である。七姓シチセイ以外にも、龍族の男はいる。そこで、たまたま目についたのが、彼だった。
 瑛が例のごとく見つめていると、彼は眉を八の字にして、振り向いた。

「……あ、あのぅ、姫様」
「何?」
「わ、私に、何か、ご用でしょうか?」
「ううん。気にしないで」

 瑛は笑顔で答え、見つめ続ける。

「いや、その、そんなに見つめられては……気にしないも何も……」
「えっ、何、何? ドキドキする? ムラムラする?」

 食いついた瑛に、彼は勢いよく両手と首を振った。

「まままま、まさかっ! そっそんな、滅相もない!」
「そっか……」

 瑛は腕を組んで、天井を見上げる。一時間ほどつきまとってみたが、どうやら、彼でもないらしい。
 恋の相手は、一体、どこにいるのか。片っ端から見つめていくしかないのか。こうなったら、おとぎ話みたいに、龍族の男を集めて、舞踏会でも開いた方が早いのかもしれない。
 
 ……もしかして、恋をするのって、ものすごいことなんじゃないだろうか。

「うーん、大変だなぁ」

 天井を見ながら、つぶやくと、ポフンと頭をたたかれた。

「お前のせいだよ」
「あ。トキ」
「ほら、仕事の邪魔するな」

 と、瑛は隅に追いやられる。

「それで、何をしてるんだ?」
「何って……あ、そうだ。ちょっといい? 真面目な話なんだけど」
「何だ?」

「トキって、あたしにムラムラする?」

 瑛の質問に、一瞬にして、その場が静まり返った。

「しねぇよ」
「そっかぁ」

 瑛は、うなる。

「いいか。真面目な話だ」
「うん」
「お前は、まだ、変態してない。つまり、子供だ。子供相手にムラムラしてたら、それこそ、俺は変態じゃねぇか」
「じゃあ、まだ変態してないあたしが、トキにムラムラしたら、どうなるの? あたし、変態なの?」
「……ムラムラするのか?」
「全然、しない」
「だろうな」

 トキがうなずくと、周囲から小さく笑う声が上がった。それも複数。

「それで、一体、何なんだ、この話」
「あたし、そろそろ、変態してもいいと思うんだけど。トキのことだって、結構、好きだし。……ねぇ、あといくつ寝ると、恋になるの?」
「正月じゃねぇんだ。変態はしようと思って、できるものじゃない。それこそ、年が明ける頃になるかもな」

 まだまだ、先は長いらしい。瑛は「はぁ」と、大きな息を吐き出した。

「あたしね、恋について、色んな人に話を聞いてるんだけど、聞けば聞くほど分かんなくて」
「まぁ、決まった答えなんてないからな」
「体の中から愛しいって気持ちが、自然と、あふれて、こみ上げくるんだって。でもね、体の中から、自然とこみ上げてくるものなんて、あたしには、空腹感しかないよ!」

 瑛がぎゅうっと、こぶしを握りしめたのと同時。盛大にお腹が鳴った。

「…………甘味屋、行くか?」
「行く!」

 瑛は飛びついた。

 トキに連れられ、不三家フミヤへ。ちょっとした出来事があったのは、その帰り。

「あー、お腹いっぱい。幸せ」

 店を出た瑛は、満足げにお腹をさすった。
 前回は、クリィムカステラを五皿食べて、トキには思っきり引かれてしまったけど。今回は、「好きなだけ食べていいぞ」ということで、思う存分、堪能することができた。
 お気に入りのクリィムカステラに、ワッフル、シュウクリィム。

「おいしかったね、トキ」

 ゆったり、龍宮へ歩いていると、不意に懐かしい気配がした。

 ……じぃちゃん?

 そんな感じがしたのだけど。まさか、そんなはずがない。
 気のせいか。
 瑛は歩き出して、再び、立ち止まった。その目に飛び込んできたのは。
 
「みたらし団子!」
「おい、まだ食うのか?」
「甘いものは別腹だから、大丈夫」

 瑛は、トキの手を引っ張って、のれんをくぐる。



 そんな二人を、建物の影からこそこそと見ている人物がいた。

「……アキ」

 ポツリ、つぶやいた声は、雑踏にまぎれて消える。

 龍宮南殿、龍姫と龍王の居室に侵入者があったのは、その日の夜のことだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

わたしはお払い箱なのですね? でしたら好きにさせていただきます

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:29,759pt お気に入り:2,541

【完結】義姉の言いなりとなる貴方など要りません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,289pt お気に入り:3,548

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:45,699pt お気に入り:3,675

処理中です...