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春~婚約破棄
6. 初めての魔法陣発動
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「クレッソンさん、貴女の魔法陣への情熱は本物のようですね」
「はい」
「それで、次回の授業ですが、貴女はこちらの指定した魔法陣以外を書かないと約束してください」
「もちろんです、グラール先生」
よかった。自分だけ書くのは禁止と言われるんじゃないかと身構えていたエリサは、創作しなければ書いてもいいと許可をもらい安堵した。
前半の授業で、魔法陣は自分で創作できるということも習っている。ただし、その創作方法は応用の授業なので触れていない。けれど、グラールはエリサが創作できると思っているようだ。創作しないことと何度も念を押されるので、必要なら一筆書こうかと提案したところで、やっと解放された。
グラールの懸念通り、エリサなら基礎の授業の内容だけで魔法陣の創作もできただろう。仕組みが分かっていて、言語が分かるなら、あとはコードを組むだけだ。そして発動してみて、バグがあれば直す。その作業は嫌というほど前世で行っている。
ただ、魔法陣自体が研究され尽くしているので、新しい魔法陣は生まれにくい。やりたいことのほとんどは、すでに効率の良いものが開発されているので、新しく開発されるとしたら、ニッチな用途のものだろう。
いつか、日常生活がちょっと便利になる魔法陣を開発して、商会から商品として売り出したい。それがエリサのささやかな夢だ。
そして、初めて魔法陣を書く授業の日、クラスメイト全員がソワソワしていた。もちろんエリサもだ。
「魔法陣、楽しみだね」
「エリサは本当に魔法陣が好きね」
エリサのあまりの情熱の傾けかたに少しあきれられてはいるものの、自分も楽しみにしている友人からそれ以上は言及はされなかった。元から少し変わり者と思われているエリサだ。変わり者の予想の範疇なのだろう。
そんな浮かれた雰囲気の漂う教室に入ってきたのはグラールだけではなく、魔法省から若手の技師も数人、監視のために来ていた。それだけ危険があるのだ。
「みなさん、まずはこの魔法陣を書き写してみましょう。終わったら、発動前に必ず我々を呼んでください。発動は全員で同時に行います」
決して勝手に発動しないように、実際に事故が起きたこともあるのだと口うるさく注意をされているが、クラスメイト達はあまり聞いていない。安全対策を軽視すると痛い目を見るのだが、きっと言っても聞かないと例年の経験で分かっているから、監視要員がいるのだろう。
魔法紙と魔法インク、それにお手本の魔法陣が配られるとすぐに、みな書き始めた。
エリサも始めようと思ったが、教師の監視下でしか書いてはいけないと言われているので待っていると、若手の技師が机のすぐそばに立った。エリサ専用の監視役のようなので、許可をもらっていよいよ初の魔法陣に挑戦だ。
はやる気持ちを落ち着けて、ペン先にインクをつけて、ゆっくりと、丁寧に、魔法陣を書いていく。もう何度も書いたので、お手本を見なくても書ける。書き終わったので顔を上げると、監視役の技師がじっとエリサを見ていた。その表情には少し驚きが混じっている。
「何か変ですか?」
「いや、問題ない」
「できました」
「グラール様を呼ぶから待て」
若手の技師に呼ばれてきたグラールは、エリサの書いた魔法陣を見ると、一言「よく書けている」と言った。一安心だ。
魔法陣の発動は、全員が書けてから行うので待つように、と言われ、別の生徒のところへと向かっていった。
その間暇なので、クラスを見回してみると、みな苦戦していた。見ながら書くと、途中で止まらなければならない。そうなるとインクもつけなおさなければならず、進まないようだ。
それでもグラールや技師たちからアドバイスを受けながらなんとか全員が書き上げたので、いよいよ発動だ。
生徒全員が好奇心と希望にあふれた顔で、初めて自分で書いた魔法陣を持ち、教師の合図を待っている。
反対に監視役の技師たちは、万が一に備えて緊張している。何かの魔法陣を用意している技師もいる。
「はい、魔力を流しましょう」
その言葉に、全員が自分の魔法陣に魔力を流した。
手元の魔法陣がぴかっと光った。成功だ。
発動したのは、きっかけから十秒間弱く光る、という魔法陣だ。無属性で、暴走の危険が少ないので、最初の練習に使われるそうだ。
エリサの手元でぴかっと光っているので、とても目立つ。クラス中の注目がエリサの手元に集まっていた。魔法陣を発動させられたのは、エリサだけだったから、余計に。
なぜエリサだけ発動させられたのかは、とても単純な理由だ。書き取り練習を何度もしていたので、すらすらと魔法陣を書くことができた。それに尽きる。
魔法陣を書く魔力インクは、名前のとおり、インクに魔力が混ざっている。そして、魔法陣を発動させるためには、インクで書かれた線に均一に魔力が行き渡っている必要がある。つまり、途中で手を止めたり、迷ったりすると、そこでインクの濃淡ができて、魔力も均一でなくなる。
少しの不均一なら魔法陣の威力が弱まるだけだが、偏りが大きいと、そこから魔法陣が崩れて魔法紙が燃えてしまう。
座学で習ったとおりの現象が、教室のあちこちで起きていた。
「エリサ、どうしてそんなに上手に書けるのよ」
「普通の紙に書き取り練習をしていたからよ」
「そうだとしてもこのインク、とても書きづらいじゃない」
確かに書きづらい。けれどエリサに言わせれば、普通のインクも、魔力インクも、前世のボールペンに比べたら、書きづらさに大差はなく、誤差の内だ。書き心地にこだわった文房具メーカーの技術は本当に素晴らしいと思う。それに紙の質だって雲泥の差だ。この世界で初めて文字を書こうとして、紙の凸凹にひっかかったり、書きづらい羽ペンやなめらかでないインクに苦労したりしたことに比べれば、大したことない。
その後、二枚目は他にも数名発動させられた生徒がいたものの、魔力の偏りから辛うじて発動したという感じだった。
そんな中、一人だけ一枚目も二枚目もほぼ完ぺきに魔法陣を発動させた件で、エリサには「魔法陣の天才」というあだ名がついた。もっとも、他の科目の成績があまりよくないために、「クレッソンなのに?」と魔法陣のできの良さが目立ってしまっただけで、しかも本当に天才なのではなく、前世の記憶を使ったズルなのだ。素直に喜んでいいのかは、今も判断がついていない。
その後、魔法陣応用の授業も受けて、卒業前にエリサは無事魔法陣技師の資格を手にした。
これで魔法陣を刻んだ商品を、独自に開発して売り出すことができる。ロベールとの結婚までの間に何か一つでも開発したい、と近い将来の胸を膨らませて迎えた卒業式で、エリサはロベールに婚約破棄を切り出されたのだ。
「はい」
「それで、次回の授業ですが、貴女はこちらの指定した魔法陣以外を書かないと約束してください」
「もちろんです、グラール先生」
よかった。自分だけ書くのは禁止と言われるんじゃないかと身構えていたエリサは、創作しなければ書いてもいいと許可をもらい安堵した。
前半の授業で、魔法陣は自分で創作できるということも習っている。ただし、その創作方法は応用の授業なので触れていない。けれど、グラールはエリサが創作できると思っているようだ。創作しないことと何度も念を押されるので、必要なら一筆書こうかと提案したところで、やっと解放された。
グラールの懸念通り、エリサなら基礎の授業の内容だけで魔法陣の創作もできただろう。仕組みが分かっていて、言語が分かるなら、あとはコードを組むだけだ。そして発動してみて、バグがあれば直す。その作業は嫌というほど前世で行っている。
ただ、魔法陣自体が研究され尽くしているので、新しい魔法陣は生まれにくい。やりたいことのほとんどは、すでに効率の良いものが開発されているので、新しく開発されるとしたら、ニッチな用途のものだろう。
いつか、日常生活がちょっと便利になる魔法陣を開発して、商会から商品として売り出したい。それがエリサのささやかな夢だ。
そして、初めて魔法陣を書く授業の日、クラスメイト全員がソワソワしていた。もちろんエリサもだ。
「魔法陣、楽しみだね」
「エリサは本当に魔法陣が好きね」
エリサのあまりの情熱の傾けかたに少しあきれられてはいるものの、自分も楽しみにしている友人からそれ以上は言及はされなかった。元から少し変わり者と思われているエリサだ。変わり者の予想の範疇なのだろう。
そんな浮かれた雰囲気の漂う教室に入ってきたのはグラールだけではなく、魔法省から若手の技師も数人、監視のために来ていた。それだけ危険があるのだ。
「みなさん、まずはこの魔法陣を書き写してみましょう。終わったら、発動前に必ず我々を呼んでください。発動は全員で同時に行います」
決して勝手に発動しないように、実際に事故が起きたこともあるのだと口うるさく注意をされているが、クラスメイト達はあまり聞いていない。安全対策を軽視すると痛い目を見るのだが、きっと言っても聞かないと例年の経験で分かっているから、監視要員がいるのだろう。
魔法紙と魔法インク、それにお手本の魔法陣が配られるとすぐに、みな書き始めた。
エリサも始めようと思ったが、教師の監視下でしか書いてはいけないと言われているので待っていると、若手の技師が机のすぐそばに立った。エリサ専用の監視役のようなので、許可をもらっていよいよ初の魔法陣に挑戦だ。
はやる気持ちを落ち着けて、ペン先にインクをつけて、ゆっくりと、丁寧に、魔法陣を書いていく。もう何度も書いたので、お手本を見なくても書ける。書き終わったので顔を上げると、監視役の技師がじっとエリサを見ていた。その表情には少し驚きが混じっている。
「何か変ですか?」
「いや、問題ない」
「できました」
「グラール様を呼ぶから待て」
若手の技師に呼ばれてきたグラールは、エリサの書いた魔法陣を見ると、一言「よく書けている」と言った。一安心だ。
魔法陣の発動は、全員が書けてから行うので待つように、と言われ、別の生徒のところへと向かっていった。
その間暇なので、クラスを見回してみると、みな苦戦していた。見ながら書くと、途中で止まらなければならない。そうなるとインクもつけなおさなければならず、進まないようだ。
それでもグラールや技師たちからアドバイスを受けながらなんとか全員が書き上げたので、いよいよ発動だ。
生徒全員が好奇心と希望にあふれた顔で、初めて自分で書いた魔法陣を持ち、教師の合図を待っている。
反対に監視役の技師たちは、万が一に備えて緊張している。何かの魔法陣を用意している技師もいる。
「はい、魔力を流しましょう」
その言葉に、全員が自分の魔法陣に魔力を流した。
手元の魔法陣がぴかっと光った。成功だ。
発動したのは、きっかけから十秒間弱く光る、という魔法陣だ。無属性で、暴走の危険が少ないので、最初の練習に使われるそうだ。
エリサの手元でぴかっと光っているので、とても目立つ。クラス中の注目がエリサの手元に集まっていた。魔法陣を発動させられたのは、エリサだけだったから、余計に。
なぜエリサだけ発動させられたのかは、とても単純な理由だ。書き取り練習を何度もしていたので、すらすらと魔法陣を書くことができた。それに尽きる。
魔法陣を書く魔力インクは、名前のとおり、インクに魔力が混ざっている。そして、魔法陣を発動させるためには、インクで書かれた線に均一に魔力が行き渡っている必要がある。つまり、途中で手を止めたり、迷ったりすると、そこでインクの濃淡ができて、魔力も均一でなくなる。
少しの不均一なら魔法陣の威力が弱まるだけだが、偏りが大きいと、そこから魔法陣が崩れて魔法紙が燃えてしまう。
座学で習ったとおりの現象が、教室のあちこちで起きていた。
「エリサ、どうしてそんなに上手に書けるのよ」
「普通の紙に書き取り練習をしていたからよ」
「そうだとしてもこのインク、とても書きづらいじゃない」
確かに書きづらい。けれどエリサに言わせれば、普通のインクも、魔力インクも、前世のボールペンに比べたら、書きづらさに大差はなく、誤差の内だ。書き心地にこだわった文房具メーカーの技術は本当に素晴らしいと思う。それに紙の質だって雲泥の差だ。この世界で初めて文字を書こうとして、紙の凸凹にひっかかったり、書きづらい羽ペンやなめらかでないインクに苦労したりしたことに比べれば、大したことない。
その後、二枚目は他にも数名発動させられた生徒がいたものの、魔力の偏りから辛うじて発動したという感じだった。
そんな中、一人だけ一枚目も二枚目もほぼ完ぺきに魔法陣を発動させた件で、エリサには「魔法陣の天才」というあだ名がついた。もっとも、他の科目の成績があまりよくないために、「クレッソンなのに?」と魔法陣のできの良さが目立ってしまっただけで、しかも本当に天才なのではなく、前世の記憶を使ったズルなのだ。素直に喜んでいいのかは、今も判断がついていない。
その後、魔法陣応用の授業も受けて、卒業前にエリサは無事魔法陣技師の資格を手にした。
これで魔法陣を刻んだ商品を、独自に開発して売り出すことができる。ロベールとの結婚までの間に何か一つでも開発したい、と近い将来の胸を膨らませて迎えた卒業式で、エリサはロベールに婚約破棄を切り出されたのだ。
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