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第一章 チュートリアル

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 「貴殿が元の世界で経験したことはワシもある程度は把握している。そこから貴殿が釣れそうな人参を用意した、気にいってくれると有難い。」

 王はよりいっそう笑みを深めた。希望的な言い回しを使いながらも、釣れることを全く疑っていないし、平川がそれにかからないことを少しも考えていないしように見えた。

 「簡潔に言えば、王位を継ぐことで貴殿の望みが達成されるのだ。」

 流石に平川もこれまでどおりに営業スマイルをチープすることはできなかった。彼はその瞬間に様々の可能性を考慮しても、納得のいく答えが出なかった。

 彼の望みはたった一つしかない。彼を地獄に陥れ、そして地獄そのものである会社を破滅に追いやることだけである。
 それ以外のことは彼にとってはどうでもよかった。

 元の世界に戻る方法がないのなら、そこにある会社の支社を壊すのは一体どうすれば良いのだろうか。
 それとも目の前の彼は嘘をついているのだろうか。実は何らかの方法で元の世界に干渉できる術を持っている……

 そこまで考えて彼は考えることをやめた。考えてわからないのなら教えて貰えば良いと彼は考えた。

 「殿。」

 その一言で平川は瞬間的に理解した。そして歓喜した。それと同時にどうしてそこまで思い至らないかを悔やんだ。
 彼は、またやも考えが足らない為により良い選択肢を逃すところだったと悔やんだが、それもすぐに歓喜に揉み消された。

 「貴殿の性格からして彼奴等を見逃す筈があるまい。もう一度問うが、この国の王になるつもりはないか?」

 「是非とも自分の王位の継承を認めてください。」

 王がそう提案した瞬間に平川は答えた。知らぬ者が見れば、打ち合わせでもしたのではないかと疑うかもしれない。
 しかし、ここにいる全員がそんな訳はないと知っている。彼は今日初めてこの宮殿に来て、初めてこの国に来て、初めてこの世界に来たのだから。

 「流石、流石はワシが見込んだだけはあるようだ。承諾してくれるところまでは読んだが、まさか間をおかずに二つ返事で了承するとへ素晴らしい決断力というだろうか。」

 ここで王は少し考え込み、こう言った。

 「いや、違うな。決断力とは複数の選択肢からどれか選ぶ力を指す。貴殿のそれは根本と本質が違う。そもそも貴殿にとって選択肢はそれしかないのだろ?」

 「はい、仰るとおりです。逆に問わせて頂きますが、悪を討たない選択肢なんてこの世に存在して良いのですか?」

 王が話した平川が『滅ぼしたい連中』とは圧政を敷く者達。かつて平川が務めていた会社の上層部のような奴等である。

 普通の人なら、この二句や三句ではここまで察することはできないかもしれない。実際、平川と王のやりとりを聞いてて話を全く理解できていない人はこの場にかなりいる。

 一部の察しの良い者達も驚きを隠せずにいた。彼らは王と古い付き合いで、王の性格などをある程度知っているからその真意を知ることができた。

 それをどうして初対面で、しかも立て板に水(熱した刃にチーズ)のように話せるのが恐ろしかった。


 平川: 『熱した刃にチーズ』とは、スラスラと物事が解決されることを意味する。これはこの世界の慣用句で、日本語に転換されると『立て板に水』である。


 その後も王と平川の談笑は暫く続いたが、どんな宴(楽しんでいるのは王だけ)にも終わりが存在する。

 「ゴホッ、ゲホッッ、アァ、ケホッ!」

 王は急にむせるように咳き入る、死にそうな程に激しい咳の音だけが響きわたる。
 すぐさま近くに控えていた者が手慣れた動作で懐から小さな包みを出す。それを王の顔よ前まで持っていき、嗅がせる。

 その場にいるほとんどの者にとっては見慣れた光景なのだろうか、特に慌てる素ぶりもなく落ち着いていた。何人かは祈るように両手を首元に当てて何かを呟いている。

 「今日はここまでのようだな。なに、ワシは確かにもう長くはないが、今日明日で死んでしまう程ヤワでもない。王位継承の話はまだ今度続けるとしよう。」

 王はつい数分前とは比べものにならないまでに顔色が悪くなり、さっきの薬が嗅がせた者の手を借りて玉座から立ち上がる。
 立ち上がると同時に、平川を除き玉座の下にいる国の要人たちが一斉に跪く。

 平川も空気が読めない訳ではない。さっきまではこの国がどうでもよかったから全てに対して無関心だったが、もし本当にこの国の王になるのなら最低限の体面を保つ必要がある。

 「ヒラカワ殿、宰相のクラテーを貴殿の教育係につけよう。宰相殿、国政で忙しいかもしれんが平川殿にこちらの常識とこの国について教えよ。」

 王はそう言い残すと、ゆっくりではあるもののフラつきもせずに『謁見の間』から出た。
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