学園ミステリ~桐木純架

よなぷー

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03白鷺トロフィーの行方

消えたトロフィー事件04

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「……というわけで、僕ら全員で白鷺トロフィーの捜索を行なうことになったんだ。皆の力を借りたい。活発な意見交換を求めるよ」

 英二が結城から高級そうなカステラを渡される。それをフォークでつつきながら、さも嫌そうに愚痴ぐちった。

「また面倒なことに首を突っ込んだな。……そもそもこの写真の白鷺トロフィーは、泥棒に盗まれるようなご大層なものには見えんぞ」

 既に全員に、俺が昨晩自宅でプリントアウトした白鷺トロフィーのズーム画像を配ってある。英二はそれを指して言っているのだ。

 日向が首を傾げた。黒縁眼鏡に窓からの陽光が反射する。

「そうですよね。質屋に転売もできないでしょうし、正直学園祭の一賞品に過ぎないわけでしょう? そんなものを盗んでどうしようっていうのでしょうか?」

 純架は熱心に同意した。

「その点は僕も不思議なところだよ。動機が分からないっていうね」

 幽霊のまどかが床を見つめている。考え込んでいるらしい。やがて口を開いた。

「あれこれ考えていくと、動機は『学校に恨みを持つものが、仕返し目的でやった』と見るのが自然やないか?」

 純架がヘッドバンギングでうなずく。

 怖いぞ。

「まだ断定はできないけど、その線は固いね」

 結城が英二の肩を揉みほぐしながら発言した。相変わらずの主従ぶりだ。

「トロフィーがどうしても必要だとおっしゃるなら、英二様のお父上――つよし様に頼めば新しいものをすぐお造りしてもらえると思いますが」

 奈緒がフリスクを口に放り込みつつ、苦笑して応じた。

「あのねえ結城ちゃん、それじゃ意味ないでしょ」

 俺はさっき搬入してきた軽めの衝立を眺める。これに関しては英二に用意してもらって、ちょっと心苦しい。

「動機はもちろん、どうやって、というのも疑問のままだ。生徒会室の鍵、トロフィーが収まっていた戸棚のガラス戸の鍵。二重の施錠がなされているってのに、一体犯人はどうやってそれを破ったんだ? それに、あんなかさばる代物を誰にも見つけられずに運び出す、ってのは相当難易度が高いぞ」

 純架は黒板に「犯人はスザ」と筆記した。

 ダイイングメッセージかよ。つか、誰がどう見ても俺が犯人にしか読めないじゃないか。

WhyなぜHowどうやってか。なかなか手強い事件だね。面白いよ」

 英二が物憂ものうげに睫毛まつげを伏せながら、奇抜な発想を口にした。

「ありそうなのは『トロフィーを持ち出さず、何らかの方法で生徒会室に隠した』って手段だろう。戸棚の鍵のことを脇にけば、盗んだブツを誰にも見つからずに持ち去るにはそれしかない。その辺はどうなんだ?」

 鋭い推理だったが、俺は純架と目を合わせ、英二に対して首を振った。

「一応俺たちで戸棚の上とかロッカーとか、隅々まで色々探してみたけど、トロフィーはなかった。隠されているということは絶対ない。確実に持ち出されている」

「そうか……」

 英二は結城の注いだ紅茶を優雅に飲んだ。ポットに入れて持ってきたものだ。純架が「僕にも頂戴」とねだると、英二は鷹揚おうように許可した。結城が紙コップに淹れて渡すと、純架は嬉しそうにすすった。

「いやあ、美味いね。ありがとう。それはともかく、僕はさっきトイレでうんこをしながら考えたんだけど……」

 その報告はいらん。

「一応確定的な事実に突き当たったよ。というのは、昼間は周囲の目があるからトロフィーを盗むことは難しい。となると答えは簡単だ。犯人はトロフィーを昼でなく夜に盗んだんだ。これはまず間違いないところだと思う」

 奈緒が早速異議を唱える。彼女も『探偵部』の一員として意見することは多い。

「夜にこの校舎に忍び込み、生徒会室へ侵入して、戸棚の鍵を開けてトロフィーを奪ったっていうの? 鍵のことは措いておくとしても、この学校の夜中の警備システムはどうなってるのよ。そんなにザルなの?」

 ごく自然な正論に、純架も口ごもる。しかし彼は自分の発想に拘泥こうでいした。

「……そうだね、ちょっとその辺、先生方に聞いてみようか」



 俺たちは二手に分かれた。明日に迫った白鷺祭に向け、『肩叩きリラクゼーション・スペース』の準備をおろそかにはできない。英二や奈緒たちはその作業に取り掛かり、一方、俺と純架の二人は職員室を訪れることとなった。俺は新校舎へ歩みながら、今頃『探偵部』部室の面々は、お客さんを歓迎する飾りつけなどで忙しいだろうと推測する。

 もちろん、この学校の生徒で多忙でないのは、今や両手で数えるほどしかいないだろう。

 廊下の壁や窓に、催し物の宣伝文句を書き込んだ手製のちらしを貼り付ける。おとぎ話のような衣装を着込んだ女生徒が、最終チェックで鏡を睨む。先輩方が数人がかりで長テーブルを教室に運び入れる。そのまた逆に、文化部らしい人々が廊下に椅子を持ち出して設置する。

 どこもかしこも大変な混雑だった。あちこちで言葉が飛び交う様は、まさに祭りの前、宴の準備というやつである。俺と純架は他生徒や足元に気をつけながら、まだまだ午後の光が強く差し込む廊下を急いでいった。

 職員室で応対してくれたのは北上きたがみ先生だ。1年2組担任の英語教師であり、日向の叔父でもある。苗字が違うのは彼が婿養子むこようしだからだ。いくつかの記帳をチェックしていたところで、純架の呼びかけにこちらへ振り向いた。声を小さく低める。

「何だ、『探偵部』。もうトロフィーが見つかったのか?」

「いえ、まだです。……ところでお聞きしたいのですが、この渋山台高校の警備体制というやつはどうなっているんですか? 特に夜について……」

「うちの夜間の警備なら、専門の会社に依頼しているぞ。あれ、何て言ったっけかな……。そうそう、アルコムだ」

 純架は目をきららかにして一歩踏み込んだ。お前は魚に食いついた熊か。

「その警備会社アルコムの警備員の方にお話をうかがいたいのですが」

 北上先生は迷惑そうに純架を押しのけながら、二つ返事でオーケーした。

「いいだろう。午後5時に当直の警備員が入るから、警備室で会うといい。私が話を通しておくよ。でも、私たちが既にうかがった限りでは、これといった新情報はないぞ」

「それでも構いません。ありがとうございます」

 案外滑らかに話が進むのは、宮古先生たちが俺たち『探偵部』を評価し、今回の件を依頼したという事実が、教職員に周知されているからだろう。最初は純架一人から始まった、掴みどころのない部活動『探偵部』。それがこうまで評判なことに、俺は何となく「遠いところに来たなぁ」と感慨深くひたってしまった。純架は午後5時までやることがなくなったのできびすを返す。

 俺たちは部室に戻って装飾活動の輪に加わった。紙の花を黒板に貼り付けたり、看板を描いたりする。そうした雑事をこなすうち、約束の時刻はあっという間にやってきた。

 純架は今度は俺と英二を誘って教室を出た。あまり大人数で行くのも気が引け、女子四名は留守番となった。

「あんまり遅くなるようだったら私たち先に帰っちゃうよ」

 奈緒の警告にうなずき、純架は平泳ぎで教室を後にした。俺と英二は後難を恐れて2メートル以上離れてついていく。



「夜の警備体制?」

 警備室は新校舎2階にあり、仮眠用の畳と数台の液晶モニター、何やらごてごてした機器が雑然と配置されていた。その中でアルコムの警備員、向井五郎むかい・ごろうさん――胸に名札がある――は、俺たち相手に目を丸くし、ついで苦笑した。人懐っこい笑顔だ。髪はすっかり禿げ上がり禿頭に近い。目尻は皺だらけで老いを感じさせるが、背はそれほど曲がっておらず、どうやら還暦前後の年齢らしかった。

「はい、僕らはそれが知りたいんです。仕事前にお邪魔して申し訳ありませんが」

 純架の熱心な態度に、向井さんは「ひょっとして……」と声を低めた。

「例の白鷺トロフィーの盗難事案に関してかい?」

「はい、その通りです」

 向井さんは一転、顔をしかめて慎重になった。

「あれは私にも分からないんだ。確かに警備していたんだが……」

「どうでしょう。トロフィーが盗まれたその日、夜中に誰かが侵入してきたって話はないんですか?」

 向井さんは咳払いして態勢を整えた。

「この学校の出入り口には防犯カメラと赤外線センサーが設置されている。校門をよじ登ったり、塀を乗り越えたりしたら、たちどころにセンサーが侵入者の存在を検知しアラームを鳴らすんだ。そしてその不届き者の姿はカメラに撮影される。これを潜り抜けることは絶対出来ないはずだよ」

 お茶の入った湯飲みを傾け、喉に潤いを取り戻す。

「火曜日の午後6時から水曜日の朝6時、つまり我々の勤務時間内で、なおかつトロフィーが姿を消したこの時間帯に、校門を通過した不審者は一人もいない。トロフィーの盗難届けがあって、一応録画映像を全てチェックしてみたけど、やはり誰も映っちゃいなかったんだ」

 俺は戦慄した。いったい犯人はどうやって学校に忍び込んだのだろう?

 せっかくついてきたんだし、とばかりに英二が尋ねる。

「生徒会室の防犯状況はどうなっていたんですか?」

 向井さんはさも残念そうに肩をすくめた。少し落ち込んでいる。

「さすがに全ての場所にカメラやセンサーを置くほど、こちらも余裕はなくてね。一学期に『生徒連続突き落とし事件』があったろう?」

 英二と結城相手に競争した事件だ。純架が解決に導いたんだっけ。

「あれで急遽きゅうきょ新旧各棟の各階段に防犯カメラを設置することになってね。何なら元々別の場所に配備してあったものをあそこに移し変えたりしたんだ。おかげで階段以外の場所は警備が手薄になってしまったんだよ」
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