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ミス・メラニーの見解
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「アリア様! 大丈夫! 」
唐突な第三者の声に、アリアの意識は再び現実へと引き戻された。
メラニーが真っ赤な顔で駆け寄って来た。階段を三段飛ばししたかのように、ゼイハアと肩を上下させ、今にも耳の穴から湯気が吹き出しそうなくらいだ。
「ここにいるって、アークライト邸の屋敷で聞いたから」
彼女は御者を猛烈に煽り、一目散にフレットウェル社へ馬車を飛ばして来たとのこと。
きょとん、と目を丸くするアリア。
戸惑いつつ、アンダーソンは突然現れた客人にエールビールを差し出す。
額にびっしりと汗の粒を吹き出すメラニーは、グラスを引っ手繰るなり、ガバガバと喉元へ生ぬるい液体を流し込んだ。ぷはあ、と小気味良く息を吐くと、手の甲で濡れた唇を拭う。
「一刻も早く知らせないとって思って」
アンダーソンに人差し指を出しながら、メラニーは早口で喋る。
アンダーソンは苦笑いしながら、二杯目を差し出した。
「思い出したことがあるの」
言うなり、二杯目をごくごくと喉を鳴らして飲み干す。
「あなたを尾行した日があったでしょ。ほら、ショコラ・ブティックで」
空のグラスをアンダーソンに渡しながら、メラニーは早口の言葉をアリアに向ける。
「え、ええ。そういえば」
およそ淑女とは程遠いメラニーに若干引くアリア。
「あのとき、妙な男がいたのよ」
神妙な言い方。
アリアはその日の記憶を手繰り寄せる。
「雑誌記者風の男が、うろついていたの」
「そうだったかしら? 」
「いたのよ」
あの日は、メラニーの不躾さに腹が立ったり、しょんぼりしたりと忙しくて、周りに気を配る余裕などなかった。
メラニーは一歩踏み出し、アリアと距離を詰めた。
「その男、店を取材するふうでもなく、ずっとあなたの後をつけていたの」
ショコラ・ブティックはひっきりなしに客が出入りしていたので、そのような不審者にはちっとも気づかなかった。
ぞくっとアリアの背筋が冷える。
「最初は偶然かしらって思ったのよ。だけど、全く取材する素振りすら見せず。あなたを監視しているみたいだった」
アリアを狙う不埒者を、メラニーが注意深く見張っていたのだ。
メラニーもずっとアリアに張り付いていたなんて気づかなかった。
「私の従者が筋肉隆々の男でね。その男に声を掛けさせたら、慌てて逃げて行ったのよ」
もし、メラニーの機転がなければ。
アリアは両手で体を抱き、ぶるぶると震える。
「てっきり、あなたの熱狂的な愛好家だとばかり思っていたんだけど」
「メラニー様。あなたがいなければ、私はもしかしたら」
攫われていた可能性が高い。
ケイムに届いた罵詈雑言の手紙が、いよいよ現実味を帯びてくる。
震えの止まらないアリアを、メラニーは真正面から抱きしめた。
アリアより背の高い彼女は、まるで姉のような包容力がある。
言葉にいちいち覇気があり、早口に圧倒されるが、いざとなれば頼りになるような強さが彼女にはある。
「ふと気にかかって。少しの情報でもと」
この些細な情報のために、馬を飛ばして報せてくれたのだ。
感動に打ち震えるアリアには構わず、アンダーソンはメラニーに質問する。
「どのような男か。特徴は覚えていますか? 」
「勿論よ」
メラニーは腰に手を当てて、偉そうに胸を逸せる。
「確か、ひょろっとした痩せ型の方で。黒髪に、天然パーマの髪を後ろで一つに束ねていたわ。そうね、舞台俳優のジャックを若くした感じよ。あんまり似てないけど、雰囲気がね」
舞台俳優のジャックは、ひょろりと青白い三枚目で、専ら悪どい商人の役ばかりを担当している。タロットカードに描かれる悪魔をついイメージしてしまう、陰気で腹に何やら抱えた抜け目ない役だ。
「ふむ。大体、特徴は掴めました」
メラニーの主観が大いに入っているものの、おおよその人物像は掴んだようだ。アンダーソンは顎に手を当てて頷いた。
「奥様を付け狙っていたのは、問題ですね。奥様、従者は? 」
「帰らせたわ」
あっさりしたアリアに、アンダーソンとメラニーはたちまち絶望の表情となる。
フレットウェル社での下調べが長くなると想定して、一旦、屋敷に戻したのだ。二時間ほどしたら迎えに来るように言いつけてあった。
二人は何やら誤解している。
アリアだとて、セラフィの命を守る義務がある。
決して無鉄砲に一人でケイムを探し回ったりはしない。
「私が屋敷までお送りするわ」
勘違いしたままのメラニーが申し出る。
「任せてちょうだい。うちの従者は熊並みに屈強で、力では誰にも負けないんだから」
どん、とメラニーは自分の胸を叩いた。
「くれぐれも、お一人で行動なさらないように」
「承知したわ」
やはり、まだ勘違いしている。
どうせ否定したところで、誤解は解けない。アリアは素直に頷いた。
「私は早速、この情報を警察へ届けます」
アンダーソンは恭しく頭を下げた。
だんだんと、ケイムへ繋がりそうな情報が集まってくる。
待っていて、ケイム。
アリアは固く唇を引き結んだ。
唐突な第三者の声に、アリアの意識は再び現実へと引き戻された。
メラニーが真っ赤な顔で駆け寄って来た。階段を三段飛ばししたかのように、ゼイハアと肩を上下させ、今にも耳の穴から湯気が吹き出しそうなくらいだ。
「ここにいるって、アークライト邸の屋敷で聞いたから」
彼女は御者を猛烈に煽り、一目散にフレットウェル社へ馬車を飛ばして来たとのこと。
きょとん、と目を丸くするアリア。
戸惑いつつ、アンダーソンは突然現れた客人にエールビールを差し出す。
額にびっしりと汗の粒を吹き出すメラニーは、グラスを引っ手繰るなり、ガバガバと喉元へ生ぬるい液体を流し込んだ。ぷはあ、と小気味良く息を吐くと、手の甲で濡れた唇を拭う。
「一刻も早く知らせないとって思って」
アンダーソンに人差し指を出しながら、メラニーは早口で喋る。
アンダーソンは苦笑いしながら、二杯目を差し出した。
「思い出したことがあるの」
言うなり、二杯目をごくごくと喉を鳴らして飲み干す。
「あなたを尾行した日があったでしょ。ほら、ショコラ・ブティックで」
空のグラスをアンダーソンに渡しながら、メラニーは早口の言葉をアリアに向ける。
「え、ええ。そういえば」
およそ淑女とは程遠いメラニーに若干引くアリア。
「あのとき、妙な男がいたのよ」
神妙な言い方。
アリアはその日の記憶を手繰り寄せる。
「雑誌記者風の男が、うろついていたの」
「そうだったかしら? 」
「いたのよ」
あの日は、メラニーの不躾さに腹が立ったり、しょんぼりしたりと忙しくて、周りに気を配る余裕などなかった。
メラニーは一歩踏み出し、アリアと距離を詰めた。
「その男、店を取材するふうでもなく、ずっとあなたの後をつけていたの」
ショコラ・ブティックはひっきりなしに客が出入りしていたので、そのような不審者にはちっとも気づかなかった。
ぞくっとアリアの背筋が冷える。
「最初は偶然かしらって思ったのよ。だけど、全く取材する素振りすら見せず。あなたを監視しているみたいだった」
アリアを狙う不埒者を、メラニーが注意深く見張っていたのだ。
メラニーもずっとアリアに張り付いていたなんて気づかなかった。
「私の従者が筋肉隆々の男でね。その男に声を掛けさせたら、慌てて逃げて行ったのよ」
もし、メラニーの機転がなければ。
アリアは両手で体を抱き、ぶるぶると震える。
「てっきり、あなたの熱狂的な愛好家だとばかり思っていたんだけど」
「メラニー様。あなたがいなければ、私はもしかしたら」
攫われていた可能性が高い。
ケイムに届いた罵詈雑言の手紙が、いよいよ現実味を帯びてくる。
震えの止まらないアリアを、メラニーは真正面から抱きしめた。
アリアより背の高い彼女は、まるで姉のような包容力がある。
言葉にいちいち覇気があり、早口に圧倒されるが、いざとなれば頼りになるような強さが彼女にはある。
「ふと気にかかって。少しの情報でもと」
この些細な情報のために、馬を飛ばして報せてくれたのだ。
感動に打ち震えるアリアには構わず、アンダーソンはメラニーに質問する。
「どのような男か。特徴は覚えていますか? 」
「勿論よ」
メラニーは腰に手を当てて、偉そうに胸を逸せる。
「確か、ひょろっとした痩せ型の方で。黒髪に、天然パーマの髪を後ろで一つに束ねていたわ。そうね、舞台俳優のジャックを若くした感じよ。あんまり似てないけど、雰囲気がね」
舞台俳優のジャックは、ひょろりと青白い三枚目で、専ら悪どい商人の役ばかりを担当している。タロットカードに描かれる悪魔をついイメージしてしまう、陰気で腹に何やら抱えた抜け目ない役だ。
「ふむ。大体、特徴は掴めました」
メラニーの主観が大いに入っているものの、おおよその人物像は掴んだようだ。アンダーソンは顎に手を当てて頷いた。
「奥様を付け狙っていたのは、問題ですね。奥様、従者は? 」
「帰らせたわ」
あっさりしたアリアに、アンダーソンとメラニーはたちまち絶望の表情となる。
フレットウェル社での下調べが長くなると想定して、一旦、屋敷に戻したのだ。二時間ほどしたら迎えに来るように言いつけてあった。
二人は何やら誤解している。
アリアだとて、セラフィの命を守る義務がある。
決して無鉄砲に一人でケイムを探し回ったりはしない。
「私が屋敷までお送りするわ」
勘違いしたままのメラニーが申し出る。
「任せてちょうだい。うちの従者は熊並みに屈強で、力では誰にも負けないんだから」
どん、とメラニーは自分の胸を叩いた。
「くれぐれも、お一人で行動なさらないように」
「承知したわ」
やはり、まだ勘違いしている。
どうせ否定したところで、誤解は解けない。アリアは素直に頷いた。
「私は早速、この情報を警察へ届けます」
アンダーソンは恭しく頭を下げた。
だんだんと、ケイムへ繋がりそうな情報が集まってくる。
待っていて、ケイム。
アリアは固く唇を引き結んだ。
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