【完結】没落令嬢オリビアの日常

胡暖

文字の大きさ
22 / 65
恋人編

しおりを挟む
 今日は夜会の日だ。
 から早三週間。
 社交界シーズンに入ったため、毎晩あちらこちらで夜会が開催されている。アルフレッドは昼は商会の会頭として社交場に顔を出し、夜は領地から出てきたオーエンス伯爵と共に夜会での挨拶回り、と大変忙しそうだ。結局、あのお出掛けの日より後のアルフレッドは、顔を合わすことも稀な程の過密スケジュールだった。
 そんな多忙を極める状況でも、商会のお得意様の貴族の夜会には厳選して顔を出すという。そして、その場には相変わらず私を伴う。

(じろじろ見られることにもいい加減慣れたわね)

 扇の下で、ため息をかみ殺す。
 大きなホールには、フローレンス商会から先日納品した東の方の国由来の大きな花瓶にたっぷりと花が活けられている。不愉快な視線から逃げるように、大きな花瓶を見上げていると、横からアルフレッドが囁く。

「先日はありがとうございました。義母も喜んでました」
「そ、なら良かったわ」

 庶民的すぎるかしらと思っていたけど、一安心ね。
 アルフレッドと微笑み合い、一時穏やかな雰囲気が漂う。
 その時、アルフレッドに軽い調子で声をかけてきた男性がいた。

「よお、アル」

 アルフレッドは振り返り、少し目を見張る。

「ジーク、来てたんですか?」

 私はアルフレッドがジークと呼んだ青年に、不躾にならないよう、さりげなく視線を向けた。
 さらさらストレートな黒髪を後ろで1本に結わえた、スラッと背の高い美丈夫イケメンだ。アルフレッドよりはいくつか年嵩に見える。貴族は近親婚を繰り返してきたので、金色に近い髪をしたものが多い。だから、黒髪の貴族は珍しい。顔はにこやかだが、どことなく嘘くさい笑顔…。何となく油断のならないものを感じる男性だった。
 私は知り合いなのかな、と思い一歩後ろに下がる。正直、あまり近づきたくない。
 しかし、その男性は一歩踏み込みこちらを覗き込んできた。
 予期しない動きに驚く。
 男性は馬鹿にするように私を見て嗤う。

「なんだ、お前が随分入れ込んでいると聞いたが…思ったよりちんちくりんだな」
「はぁ!?なんでそんなこと言われなくちゃいけないのよ!」
「ぶはっ…!」

 しまった!
 慌てて口を両手で抑える。はっとしたけど、もう遅い。貶されたのでつい条件反射で返してしまった。
 アルフレッドが呆れた顔をしている。

「…ジーク、いきなり失礼ですよ」

 ジークと呼ばれた男性は、先ほどまでの嘘くさい笑顔を引っ込め、私を見ながら爆笑している。

「ははは!ブラウンの言うとおり、鉄砲玉みたいな女だな!」

 …ブラウンも知り合い?
 嫌な予感がして、ぎぎぎとアルフレッドの方を見る。
 アルフレッドは肩を竦めた。

「…紹介します。義父のオーエンス伯爵です」
「ジークフリートだ、よろしくな」

(最っっっ悪!!)

 アルフレッドの言葉に大きく目を見開く。まさかとは思ったがやはりそうだった…。恋人の父親に初対面でメンチを切るなんて…なんてことを。心の中は大混乱で大忙しだ。
 でもでも、私は社交界デビューもしてないのよ。初対面の人の顔を知らなくても仕方なくない!?しかも、アルフレッドと幾つも変わらなく見えるわ。若すぎない!?それに愛妻家って言うからもっと朗らかな人かと。え?何でこんな失礼なの?というか、何でアルフレッドは義父を愛称で呼んでるのよ!
 自分で自分に盛大に言い訳し、アルフレッドに八つ当たりするが後の祭りだった。
 現実には何も言えず固まってしまった私を慰めるようにアルフレッドが言う。

「今のはジークが悪いですよ。先輩に謝ってください」
「ははは!悪かったな!どんな女か気になってたんだ」

 それは絶対謝ってない!…でも、私の態度も目上の人に対してあり得なかった…!
 葛藤するが、恐る恐る伯爵を見上げて謝る。

「こちらこそ失礼な態度を…改めましてご挨拶させていただきます。オリビアです」

 伯爵は笑いながら、鷹揚に片手を上げる。
 …でも、その目は笑っていない。

(何なの、この人。怖いんだけど…)

 一応、その場に決着が着くと、アルフレッドがやれやれとでも言いたげな顔で、オーエンス伯爵を見る。

「それで?あなたから話しかけてくるということは、僕に何か御用ですか?」
「あぁ?可愛い義息子むすこの顔を見に来るのに理由が必要か?」

 にやにや笑う伯爵をアルフレッドがぴしゃりと制す。

「言葉遊びは結構です。要件をおっしゃってください」
「なんだ、つまらん。まぁいい。喜べ、お前の婚約者候補が決まったぞ」

(はぁ!?)

 伯爵は、まるで本日の献立でも述べるように平坦に告げる。そんな伯爵の言葉に、アルフレッドよりも私の方が驚く。先程の二の舞にならないように何とか声をかみ殺した。
 アルフレッドは額を抑えながら低い声で問う。

「…どうしてそんなことに?」
「フロウがな、いつまでもお前の相手が決まらず可哀想だと、自分が目をかけてるご令嬢を紹介してくれるんだと」
「…迷惑な」
「勿論、フロウに恥かかせるんじゃねーぞ」

 伯爵は凄みのある笑みで、アルフレッドの方を見る。
 そして、女子の集団に向けて顎をしゃくる。アルフレッドが面倒くさそうにそちらに視線を向けると、黄色い声が上がった。その中の一人が仲間たちに励まされるようにおずおずとこちらに向かって歩いてくる。緩やかなウェーブのかかったピンクブロンドをハーフアップにし、瑠璃のように青い瞳でこちらを見つめる女の子。
 成人したばかりなのだろう。少し幼さの残る、まるで砂糖菓子のような、真っ白なシフォンを使ったふわふわとしたドレスを着ている。期待に瞳をキラキラ輝かせていて、本当にかわいい。

(…何よ、それ)

 いつか来ると分かっていた別れだけど…まさかこんなに早く来るなんて。
 目の前が真っ暗になるって、こういう時に使うのね。
 私はドレスの襞の上から、そっとポケットを押さえる。そこには、アルフレッドに渡そうと練習した、約束のハンカチが入っていた。
 …本当は今日の帰りにでも渡すつもりだった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

処理中です...