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婚約者編

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 そして、案内されたのはまさかのセオドア様の私室だった。普通、夜中に約束を交わしたわけでもない女は招かれない。余程内密にしたい話なのだろうか。嫌な予感しかしない。

 私は青い顔をしながら、招き入れられるのを待った。
 中にいた、セオドア様は幾分ぐったりした様子で、椅子に座っていた。

「夜分にすまない。今日は体調を崩していたとも聞いた。無理をさせてしまったのではないか?」
「大丈夫です。……そんなことより、火急の用件が出来たということですよね。ちょうど私も、お伝えしたいことがあったんです」

 声にも覇気がないセオドア様は、顔の前で組んだ両手に額をつけるようにして話し始める。

「実は、フレイヤとの婚約と、わざわざ足を運んでくれた貴女達を歓迎するつもりで、舞踏会を開くことにしていたんだが…」

 言いにくそうにする、セオドア様を勇気づけるように相槌を打つ。

「ええ、アントンソン様---宰相のご子息に伺いました」

 ちらりと私の方を見たセオドア様は、ため息を着く。

「その、宰相にしてやられた。勝手に他国の王族に婚約者選びの夜会をすると招待状を出したんだ」

 私はあまりの事態に口を開ける。
 最悪だ。ただの宰相が、他国まで巻き込んで、一体どう収拾を着けるつもりなのか。
 クラースさんが申し訳ないように話す。

「此度の舞踏会の采配は私がしておりまして、出席の返信の手紙が届いたことで、事態が明るみに出たのでございます」

 出席の返事が来たのなら、そりゃもうこちらからは断れないだろう。

「あの、それはどの国のお姫様なのですか?」
「トルティアの第13皇女に、アズライトの第3皇女、そして、シルキアの第5皇女殿下にございます」

 ううう、三国も。セオドア様の前なのでなんとか堪えたが、ほんとは頭を抱えてしまいたかった。
 しかも、出席者はすべて姓に国の名を冠する直系王族の王女様達。フレイヤ様のお母上は王族ではあるものの、降嫁された後は公爵家であるアールステットを名乗っている。つまり、王族だらけの中に一人だけ、公爵家のお嬢フレイヤ様が混ざることになる。

「婚約を了承し、折角、この国まで来てくれたフレイヤになんと伝えればいいのか…私は母上に、嫁してくれる女性には誠意をもって接するようにこんこんと教えられて育った。それがこんな仕打ちを彼女にすることになるとは」

 セオドア様は誠実な方なのだろう。このように苦悩してくれるのだから。
 あぁ、でも、敵は宮殿の上層部にいるのかしら、と思ってはいたけれど、まさか宰相様だとは……。しかも、こんな勝手が王族にバレても罰せられないだけの権力を持つ……。
 まぁ、敵が早い段階で分かっただけでも良かったわ。そう思うしかないわよね。
 私はがっくりとうなだれた。
 気付いたら、まだアルストリアに来てたった2日。怒涛過ぎて息切れするわ。

 考え込んでいると、ちらりとセオドア様がこちらを見る。

「……しかし、伝えるのは早い方が良いと思うのだ。それで、貴女に知恵を貸していただきたい」

 ……それは私が教えていただきたいです。
 あぁ、アルフレッド、今、切実にあなたの助けが欲しい。

 うんうん悩んだところで、解決の糸口は見つからない。もう素直に話して謝るのがいいのではないかと言うことになった。
 そして、私が突き落とされたこと、フレイヤ様の私室の前に動物の死骸があったことを改めて報告し、今後の視察の予定についてどうするべきかを相談した。
 結局、こちらもすぐには結論が出せないと言うことで、これまで以上に身辺には気を付けるように言われ、部屋を出た。

 ◆

 そして、問題はたて続く。
 私にとっては、とても頭の痛い問題が直撃したのだ。
 翌日、朝早くに部屋に届けられたドレス。
 まさかの宰相のご子息コンラード様からのお届け物だった。既製品ではあるようだが、とてもそうは見えない豪華なドレスだった。昨日の今日で用意するのは大変だっただろう。こちらのドレスは背中が紐で調節できるらしく、多少のサイズ違いは大丈夫なのだそうだ。また、かかとの高い靴で、調整するので、多少の丈の長さも大丈夫らしい。合理的に考えるアルストリアらしいドレスだった。
 こうして現実逃避してみたが、どう見てもフローレンス様妖精さん仕様のヒラヒラドレスは消えてはくれない。きっとこのデザインにしたのは、あの挨拶の時に、私の好みだと思われたからだろう。
 着こなせる気が全くしないが、それ以前に、婚約者のいる売約済みの令嬢にドレスを贈る意味とは!?

 どうしたもんかと思いながら、とりあえずフレイヤ様の所へ向かう。ハンナに声をかけると、にっこりと笑ってくれた。

「あぁ、よかった。フレイヤ様は先ほどセオドア様よりドレスを頂いたんですよ。御一人の参加ではないのかと心配していましたけど…オリビア様の着付けも当日はまた私が担当させていただきますね」

 あぁ、ホント気が重い。
 これだけお金がかかってそうなもの、受け取るのも、着用するのも気兼ねするわ。
 結局、謁見の時と同じドレスでは、招待したセオドア様が私がドレスを用意できなかったのでは、と気にやまれるのではと言うハンナの言葉に腹を括った。

 あぁ、やっぱりアルフレッド今はあなたに会いたくない。
 ……だって、バレたら怒られる気がするもの。

 
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