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不穏な足音

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 落ち着くのを待って、あらたまった様子で碧斗さんが話しはじめた。

「一嘩さんに呼び出されたのはたしかだ。音羽を心配させたくなくて、隠すような形になってすまなかった」

 頭を下げる碧斗さんに、疑わしいところはなにもない。

「本当なら応じる気もなかったが、音羽のことで話があると切り出された以上は聞かずにいられなかった」

「私にも姉から連絡があって、あなたと会うつもりだって言うから、正直ショックだった。それに、碧斗さんとやり直すから離婚するようにも言われて……あなたの手を姉が握っているのを見て、本当なのかもしれないと疑ったの」

「あれは!」

 碧斗さんが勢いよく私の方を向く。

「彼女の言葉に動揺して……」

 慌てた様子で、がしりと私の手を握ってくる。
 そんな彼のひとつ一つの仕草が、誤解しないでくれと訴えてくるようだ。

「彼女が言うには、音羽はフランスに未練があると。それから、学生の頃から翔と想い合っているとも。衝撃が大きくて、振り払うのが一歩遅れた」

 あのとき私は、ふたりの姿を見ているのが苦しくてすぐさま視線を逸らして去ってしまった。でも彼は、その後に姉を拒絶してくれていたようだ。

「そんな事実はまったくないし、翔君にも失礼だわ」

「ああ。それはさっき、翔からも言われたよ。あいつ、俺を試したくて煽っていたらしい」

 翔君の意図的な言動は、振り返ってみれば今夜だけでなくたくさんあった。

「俺は翔に、嫉妬したんだよ」

 気まずそうな表情をする碧斗さんが珍しくて、つい凝視する。

「音羽とあいつは年齢が同じで、話も合うだろう。仲のよい翔の方が、音羽にふさわしいんじゃないか考えていた。おまけに、このタイミングでフランスへの転勤が決まったというし」

 碧斗さんには悪いが、彼が嫉妬をしてくれただけで舞い上がりそうになる。

「私だって、姉との仲をもうずっと嫉妬していたんだから」

 照れ隠しに尖らせた唇に、さっと口づけられる。
 呆気にとられる私の頬に、碧斗さんが手を添えた。

「音羽にそこまで想われるなんて光栄だ」

「も、もう」

 そんなこと、わざわざ言葉にしないでほしい。

「これで俺の疑いはすべて晴れたか?」

 私の手を握りながら、真剣な表情で問われる。

「もう大丈夫」

 それから碧斗さんは、私の知らない姉の話を聞かせてくれた。
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