【完結】執着系御曹司との甘く切ない政略結婚 ー愛した人は姉の婚約者でしたー

波野雫

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不穏な足音

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「どうやら一嘩さんは、相手の男とすぐに別れたらしい」

「え?」

 相手とはもちろん、碧斗さんとの婚約を破棄する原因になった男性だろう。

「相手は社長の甥だった。ずいぶんと派手な暮らししている男を見て、俺から乗り換えようと決めたんだろう。だが、その男には婚約者がいた」

「それじゃあ、姉とは……」

「まあ、遊びの関係だろうな。これまでの一嘩さんの交際関係は、俺が把握しているだけでもずいぶん派手だった。その実態を知っているやつから見たら、彼女は都合のいい女だったんだろう」

 たしかに学生時代の姉の隣には、常に異性の存在があった。
 婚約してからは碧斗さんといる姿しか見ていなかったが、彼の口ぶりからすれば実際にはそうではないらしい。
 一歩外に出れば、姉はかなり奔放な振る舞いをしていたのかもしれない。

「一嘩さんとしては、それならほかの男の所へ行けばいいと思ったみたいだがな」

 姉にとって異性との交際はずいぶん軽く、私の価値観とは違うらしい。それを否定するつもりはないが、私には受け入れられない。

 それに、彼女は周囲に迷惑をかけ過ぎだ。
 自分の軽薄な行動で、どれだけの人を困らせたか。姉はそれを、一度でも考えたことがあるだろうか。

「それまで気のある素振りを見せていた周囲の男たちも、気づけばすでにほかの女性との結婚が決まっていたり、そもそも一嘩さんとは遊びでしかなかったり」

「姉自身も、それくらい軽い気持ちでいたでしょうからお互い様ですね」

 彼女を庇う要素など、見つけられそうにない。自業自得だ。

「女性にこういう言い方をするのは失礼だが、彼女は年齢的に焦っていたようだ。身の振りを考えて追い詰められつつあったときに、俺の存在を思い出した」

「なんて自分本位な考えなの!」

 つい怒りの声が漏れる。

「碧斗さんはものじゃないわ。そんなふうに軽んじていいわけがない!」

 姉はずっと彼に傲慢な態度を取り続けていた。
 そのくせ自分が困ったときだけ擦り寄るなんて、身勝手な考え方が許せない。

「ありがとう。俺のために怒ってくれて。でもな、そんな必要はないんだ。彼女の振る舞いを許してきたのは俺自身だから、まったく気にならない。そもそも興味のない相手に心を砕くほど、俺は優しくない」

「碧斗さんは優しいわ」

 本人の言葉だったとしても認めたくなくて、すぐさま言い返した。
 怒れるまま睨むようにして彼を見上げた私に、碧斗さんは破顔した。

「それは、俺が音羽を愛しているからだよ。音羽だから優しくしたいし、守ってやりたくなるんだ」

「なっ」

 唇に優しく口づけられる。

「俺は、音羽に対してだけは無関心ではいられない」

 怒りの感情が保てず、たじたじになる。

「音羽。俺と結婚してくれて、本当にありがとう」

 あらためての告白に、ジワリと涙が滲む。
 感謝をしているのは私の方だと、首を左右に振った。

「碧斗さんこそ、私を好きになってくれてありがとう。会社を救ってくれたとかそういうんじゃなくて、その……あなたの傍にいられることが、なによりも幸せなの」

「音羽」

 碧斗さんは私を強く抱きしめて、髪に繰り返し口づけていく。たまらずこちらも、彼の背に両腕を回した。

「愛してる、音羽」

 もう迷いはしない。
 これからもずっと碧斗さんの隣にいられるよう、私も強くならなくてはと決意した。
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