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9.シュミット夫妻
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「はい、出来たわよ!」
「レイラ様、急に申し訳ございませんでした」
王城のライアンの執務室。
レイラが鏡の前でアリアに「悪役令嬢」のメイクを施していた。
「いいのよお! フレディのためにアリーちゃんが受けてくれたお仕事ですもの! いつでも協力するわ!」
可愛らしく笑うレイラのことを、アリアはひっそり姉のように慕っていた。
「ね、ライアン様!」
執務室の机の上で書類に目を通していたライアンにレイラが呼びかける。
「ああ。可愛い義弟のために任務を受けてくれたアリーには精一杯サポートするよ」
レイラの呼びかけにライアンもこちらに顔を向けて微笑んだ。
二人の温かい言葉にアリアは胸がジンとする。
王女のメイドをクビになった時、実家からは「家の恥晒し」「自分の食いぶちくらい何とかしろよ」と言われ、勘当に等しい状態だったアリア。
そこを拾ってくれて、仕事を与えてくれたライアンには深く感謝をしていた。
「本来なら我がシュミット領でゆっくり生活しているはずだったのに、すまないね」
「いえ!! ライアン様のご家族のためですから!」
申し訳なさそうに微笑むライアンに、アリアは力いっぱい答える。
「アリーちゃん、ありがとねっ!」
アリアの返事を聞いたレイラが後ろからアリアをぎゅう、と抱き締めた。
(へへへ)
レイラに抱き締められ、嬉しくなるアリア。
(お姉様だけど、やっぱりフレディ様とは違う、よねえ……)
柔らかいレイラのハグに、気持ちがふわふわしながらも、昨日のことが思い返される。
(フレディ様の手、大きかった……あの手に抱き締められたら……)
フレディはこれから周囲に知らしめるためにもアリアに触れていく、と宣言をした。
昨日、キスをされたことには驚いたものの、不思議と嫌ではなかった。アリアはそれが「仕事」だからだと信じて疑わなかったけども。
(でも、何で昨日のことを思うと、こんなに顔が熱くなるんだろう――)
「アリーちゃん?」
昨日のことを思い返し、顔を赤くして俯くアリアに、レイラが心配そうに覗き込む。
「フレディと何かあった?」
レイラが見た昨日の弟の姿は酷く辛そうで、宥めるように事情を聞けば、アリアはフレディの初恋だと言う。
どこでどうやって出会ったのか聞き出せる状況じゃなかったし、弟を見てきたレイラは、半信半疑でもあった。
「あの……、フレディ様は設定を徹底されているのに、悪妻になりきれていない自分に落ち込んでしまって……」
「設定??」
アリアから出て来た言葉にレイラは首を傾げる。
書類に目を戻していたライアンも、二人の会話が気になり、書類を机に置いた。
「フレディ様は潔癖なご自分を押し殺してまで薬を使い、私に触れて夫婦仲をアピールしようとしてくださっているのに……」
「ん? フレディが、あの子が自らアリーちゃんに触れたの?」
俯きボソボソと話すアリアに、レイラが増々首を傾げる。
「はい……手を絡ませ、あの……キスまで……。私は設定を通せず泣いてしまって……」
そもそもあの時の自分はメイドだったわけで、という言い訳を口にしそうになった自分をアリアは責めた。
「ちょ、ちょっと待って?!」
泣きそうなアリアに、レイラは額に手を当てながら静止する。ライアンも固まってこちらを見ていた。
「キス、したの?! フレディがアリーちゃんに?!」
「設定維持です……」
しょんぼりと答えるアリアだが、レイラは顔を赤くして、興奮している。
「ライアン様……っっ」
思わず夫であるライアンを振り返れば、彼は頭を抱え、椅子から立ち上がる。
「すまない、アリー……。まさか、義弟が君に手を出すとは夢にも思わなかった……いや、そうなったら良いな、とは思ったが……あいつ、手が早くないか?!」
「???? おし、ごと、ですので」
アリアに頭を下げながらも、言っていることが矛盾している。訳もわからず、アリアも混乱しながら答えた。
「フレディの女神の話は本当、だったと言うわけね……」
何故か驚いてアリアを見るレイラに、アリアは増々頭の中がハテナマークでいっぱいになり、目をパチパチとさせた。
「えーっと、アリーちゃんは、フレディのこと、どう思っているの?」
「はい! 精一杯悪妻を務めさせていただく所存です!」
レイラはストレートに聞いたつもりだが、アリアからは斜め上の返事が返って来る。
「今日も、妻として、昼食を魔法省に届けて欲しいというご依頼でしたので、こうしてやって参りました!」
机の上のバスケットを指差し、アリアは鼻息荒く、ふん、と意気込んだ。
「ええと、それは悪役令嬢に扮してなのかしら?」
「はい! フレディ様の妻は、悪役令嬢・アリアですので!」
何故か嬉しそうに話すアリアに、レイラはそれ以上何も言えなくなる。
「じゃあ、後はこの魔法薬で髪を赤くするだけだけど……」
「お願いします!」
「じゃあ……」
意気込むアリアに、レイラはうーん、と逡巡しながらも、魔法薬をアリアの髪に垂らす。
ラベンダー色の髪は、あっという間に燃えるような赤い色に変わり、悪役令嬢・アリアは出来上がる。
瞬間、アリアの表情は勝気に変化し、すくっと自信たっぷりに立ち上がる。
「それでは、旦那様にお食事を届けて来ますわ」
妖しくも美しく笑みを浮かべるアリアに、レイラは「いってらっしゃい」と優しく声をかけた。
バスケットを手に取り、堂々と執務室を出て行くアリアを見送り、ライアンがはーっ、と息を吐き出した。
「相変わらず、華麗な悪役令嬢への変身だが……フレディが求めているのは、あれじゃないよな?」
アリアが出て行ったドアを指差し、ライアンが苦笑いでレイラを見た。
「うーん、こればっかりは二人の問題ですし……」
ライアンの側に寄り、レイラは彼の左手に自身の手を重ねた。
「でもあの子が、一人の女の子にそんなに情熱を傾けるなんて……あの頃を思うと、信じられない」
レイラは嬉しそうに涙を浮かべてライアンを見た。
「俺もだ。もしかしたら、アリアもフレディも、まとめて幸せに出来るかもな」
レイラの手の上に右手を重ね、ライアンが言うと、レイラは笑みを深めて「そうね」と言った。
「レイラ様、急に申し訳ございませんでした」
王城のライアンの執務室。
レイラが鏡の前でアリアに「悪役令嬢」のメイクを施していた。
「いいのよお! フレディのためにアリーちゃんが受けてくれたお仕事ですもの! いつでも協力するわ!」
可愛らしく笑うレイラのことを、アリアはひっそり姉のように慕っていた。
「ね、ライアン様!」
執務室の机の上で書類に目を通していたライアンにレイラが呼びかける。
「ああ。可愛い義弟のために任務を受けてくれたアリーには精一杯サポートするよ」
レイラの呼びかけにライアンもこちらに顔を向けて微笑んだ。
二人の温かい言葉にアリアは胸がジンとする。
王女のメイドをクビになった時、実家からは「家の恥晒し」「自分の食いぶちくらい何とかしろよ」と言われ、勘当に等しい状態だったアリア。
そこを拾ってくれて、仕事を与えてくれたライアンには深く感謝をしていた。
「本来なら我がシュミット領でゆっくり生活しているはずだったのに、すまないね」
「いえ!! ライアン様のご家族のためですから!」
申し訳なさそうに微笑むライアンに、アリアは力いっぱい答える。
「アリーちゃん、ありがとねっ!」
アリアの返事を聞いたレイラが後ろからアリアをぎゅう、と抱き締めた。
(へへへ)
レイラに抱き締められ、嬉しくなるアリア。
(お姉様だけど、やっぱりフレディ様とは違う、よねえ……)
柔らかいレイラのハグに、気持ちがふわふわしながらも、昨日のことが思い返される。
(フレディ様の手、大きかった……あの手に抱き締められたら……)
フレディはこれから周囲に知らしめるためにもアリアに触れていく、と宣言をした。
昨日、キスをされたことには驚いたものの、不思議と嫌ではなかった。アリアはそれが「仕事」だからだと信じて疑わなかったけども。
(でも、何で昨日のことを思うと、こんなに顔が熱くなるんだろう――)
「アリーちゃん?」
昨日のことを思い返し、顔を赤くして俯くアリアに、レイラが心配そうに覗き込む。
「フレディと何かあった?」
レイラが見た昨日の弟の姿は酷く辛そうで、宥めるように事情を聞けば、アリアはフレディの初恋だと言う。
どこでどうやって出会ったのか聞き出せる状況じゃなかったし、弟を見てきたレイラは、半信半疑でもあった。
「あの……、フレディ様は設定を徹底されているのに、悪妻になりきれていない自分に落ち込んでしまって……」
「設定??」
アリアから出て来た言葉にレイラは首を傾げる。
書類に目を戻していたライアンも、二人の会話が気になり、書類を机に置いた。
「フレディ様は潔癖なご自分を押し殺してまで薬を使い、私に触れて夫婦仲をアピールしようとしてくださっているのに……」
「ん? フレディが、あの子が自らアリーちゃんに触れたの?」
俯きボソボソと話すアリアに、レイラが増々首を傾げる。
「はい……手を絡ませ、あの……キスまで……。私は設定を通せず泣いてしまって……」
そもそもあの時の自分はメイドだったわけで、という言い訳を口にしそうになった自分をアリアは責めた。
「ちょ、ちょっと待って?!」
泣きそうなアリアに、レイラは額に手を当てながら静止する。ライアンも固まってこちらを見ていた。
「キス、したの?! フレディがアリーちゃんに?!」
「設定維持です……」
しょんぼりと答えるアリアだが、レイラは顔を赤くして、興奮している。
「ライアン様……っっ」
思わず夫であるライアンを振り返れば、彼は頭を抱え、椅子から立ち上がる。
「すまない、アリー……。まさか、義弟が君に手を出すとは夢にも思わなかった……いや、そうなったら良いな、とは思ったが……あいつ、手が早くないか?!」
「???? おし、ごと、ですので」
アリアに頭を下げながらも、言っていることが矛盾している。訳もわからず、アリアも混乱しながら答えた。
「フレディの女神の話は本当、だったと言うわけね……」
何故か驚いてアリアを見るレイラに、アリアは増々頭の中がハテナマークでいっぱいになり、目をパチパチとさせた。
「えーっと、アリーちゃんは、フレディのこと、どう思っているの?」
「はい! 精一杯悪妻を務めさせていただく所存です!」
レイラはストレートに聞いたつもりだが、アリアからは斜め上の返事が返って来る。
「今日も、妻として、昼食を魔法省に届けて欲しいというご依頼でしたので、こうしてやって参りました!」
机の上のバスケットを指差し、アリアは鼻息荒く、ふん、と意気込んだ。
「ええと、それは悪役令嬢に扮してなのかしら?」
「はい! フレディ様の妻は、悪役令嬢・アリアですので!」
何故か嬉しそうに話すアリアに、レイラはそれ以上何も言えなくなる。
「じゃあ、後はこの魔法薬で髪を赤くするだけだけど……」
「お願いします!」
「じゃあ……」
意気込むアリアに、レイラはうーん、と逡巡しながらも、魔法薬をアリアの髪に垂らす。
ラベンダー色の髪は、あっという間に燃えるような赤い色に変わり、悪役令嬢・アリアは出来上がる。
瞬間、アリアの表情は勝気に変化し、すくっと自信たっぷりに立ち上がる。
「それでは、旦那様にお食事を届けて来ますわ」
妖しくも美しく笑みを浮かべるアリアに、レイラは「いってらっしゃい」と優しく声をかけた。
バスケットを手に取り、堂々と執務室を出て行くアリアを見送り、ライアンがはーっ、と息を吐き出した。
「相変わらず、華麗な悪役令嬢への変身だが……フレディが求めているのは、あれじゃないよな?」
アリアが出て行ったドアを指差し、ライアンが苦笑いでレイラを見た。
「うーん、こればっかりは二人の問題ですし……」
ライアンの側に寄り、レイラは彼の左手に自身の手を重ねた。
「でもあの子が、一人の女の子にそんなに情熱を傾けるなんて……あの頃を思うと、信じられない」
レイラは嬉しそうに涙を浮かべてライアンを見た。
「俺もだ。もしかしたら、アリアもフレディも、まとめて幸せに出来るかもな」
レイラの手の上に右手を重ね、ライアンが言うと、レイラは笑みを深めて「そうね」と言った。
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