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第2章 勇者の暗い過去と、死亡フラグを回避します

異世界転生、違和感の正体

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……さて、俺は冒険者ギルドに向かうとしよう。

俺は石畳が敷かれた道を、冒険者ギルド方向へと歩いて向かった。オレンジ色の夕日が町を染め上げている中、帰路を急ぐ人々や店仕舞いをする人々を見遣る。


道行く人を見る限り、赤や青、緑など派手な色の髪と瞳が多い。顔立ちも西洋人の顔に近い。町の雰囲気は中世ヨーロッパの田舎町といったところだろうか?

そんなに高い建物が無くて、こじんまりとして可愛らしい家ばかりだ。あの乙女ゲームで見た美しい景色が目の前に広がっている。


ここまで来ると、自分の今の状況が冷静に見えてくる。

先ほどから夢ではないかと思っていたけれど、ソルに触れられた手は温かかったし、匂いとか感触とか、五感が正常に働いていて鮮明だ。


日本では異世界転生、異世界転移の物語がたくさんあった。そのせいか、今の状況を妙にすんなりと納得できてしまう。

あのとき女性に刺された怪我は、かなり深かったはずだ。包丁の柄部分しかお腹から出ていなかったから。あんなに深く刺されれば、命を落としていてもおかしくはない。


俺はどうやら日本で死んで、『聖女と紋章の騎士』の世界に異世界転生したみたいだ。

なんで若返っているのかは謎だが……。


今着ている装備も『聖女と紋章の騎士』で俺が操作していた主人公に装備させていたものだ。


襟が高く暗い紫色のコートに身を包み、シンプルな銀色の刺繍がデザインされた漆黒の上下。膝下までのブーツは、防御力が高い特殊な皮で出来ている。

シーフをイメージして俺自身でコーディネートした。腰には長剣よりもやや短い日本刀。中二病をこれでもかと山盛りにして……。


……華のある美人な母や妹ならまだしも。
筋肉もなく、薄ぼんやりとした顔の俺が着ると、明らかにコスプレ感が否めない。

なんだかとても恥ずかしい……。


ちなみに、ステータスもゲームをしていた時と同じだった。

冒険者レベルはA。SからEまである冒険者レベルの中でも、上から2番目の強さだ。
ステータスの確認は『俺の今のステータスってどうなっているんだろう?』と頭の中で考えた瞬間に、情報が勝手に入り込んできたのだ。


町をきょろきょろと見回して歩いていると、何処からともなく視線を感じた。町の人だけではなく、胸当てや鎧を身に着けて冒険者であろう人からも見られている。


「……見ない顔だな。あの歳で流れの冒険者なんて……。」

「……仲間はどうしたんだ?近くにいないようだが……。」

「……可愛い……。」


やはり、田舎ともなると新参者は怪しいのだろう。最後のやつは、俺じゃなくそこの花屋で花束を作っているお姉さんへの言葉だろうが……。
コソコソ話に耳を傾けつつ、俺は大きな建物の前にたどり着いた。


温かな灯りの灯るレンガ造りの頑丈な2階建ての建物。この田舎町では大きな建物になるだろう。他の民家の3倍はあるだろうか。頭上に下がる金属の看板に、冒険者ギルドの剣と杖のマークが書かれているから、間違いないだろう。

ここが冒険者ギルドだ。


シンプルな木製の扉を開けようしたら、中からキィーっと開き腰に剣を下げた冒険者が複数人出てきた。

俺は出てきた冒険者とすれ違うように、ギルドの中に入っていった。すれ違いざまに、「……なんだ?迷子か?……えっ、かわ……。」と言われた気がする。

失礼な、迷子ではない。
最後のほうは聞き取れなかった。


気を取り直してギルド内を見渡す。
夕日は沈みかけていて、夜の様相になりつつある。待合用の長椅子にいる冒険者はまばらだ。

上の階からは注文を取る陽気な声と、ガチャガチャという食器がぶつかる音が聞こえるから、皆仕事を終えて夕食を取っているのだろう。


俺は、周囲を見渡しながらも、正面にあるカウンターへと向かった。さながら日本の役所の受付といった感じだ。そのファンタジーバージョンみたいだなって思った。


俺はまず、冒険者ギルドに併設された宿泊施設に泊まる手続きを進めることにした。一番左端にある窓口に向かい、ギルドの制服に身を包んだ男性に話しかける。

俺が宿泊したい旨を伝えると、男性は帳簿のようなものを取り出した。きっと空き部屋を確認しているのだろう。帳簿から顔を上げると、男性は当然のように俺に問いかけた。


「……ところで、お連れの方はどちらにいるのですか?宿泊される方全員のサインを頂きたいんですが……。」

「……えっ?」

俺は男性の質問の意味が分からず、小首を傾げてしまった。さっきまで一緒に居たソルとは別れたから、当然今は俺一人だけだ。


ギルドの宿泊施設は、1人では借りれなかっただろうか……。
いや、そんなはずないと思ってたけど……。


「……っ!もしや、君一人?」

「ええ、そうです。」

俺がそう返事をしたあとに、ギルド内が一瞬だけ静かになったような気がした。……気のせいかな?うん。気のせいだな。

さっきと違って冒険者の人たちの会話が小声になっているのが気になるけど、まあいいか。


目の前にいる男性も、目を見開いて一瞬だけ息を詰まらせた。そのあとに気を取り直したように、帳簿のページを捲る。


「……分かりました。それでは個室を1部屋ですね。部屋は内鍵になっています。……部屋にいるときは必ず鍵をかけてください。いいですね?……それと、外出するときに貴重品をギルドで預かることもできます。その時はお声掛けください。」

「分かりました。ありがとうございます。」

その他もろもろの注意事項を聞いた後、俺は手続きを終えて部屋の鍵を受けとった。受け取った鍵は、輪っかの金具が付いた金属のプレートだ。


冒険者の身分証明書と一緒に、首から下げられるようになっている。紛失防止のためだ。冒険に行く際は、必ずこの鍵を受付に預けてから行かなければならない。

もしも、冒険者が帰って来なかった場合に、部屋を開けられなくなってしまうからだ。


俺は鍵を受け取ると、自分の首から下げていたチェーンに取り付けた。そして、今度はカウンターの一番右端にある、情報提供の窓口へと進む。


生真面目そうな男性が、書類に目を向けながら忙しそうにペンを走らせていた。俺は、窓口に近づくと意を決して男性に声を掛けた。


「こんばんは。……すみません。魔物について報告があるのですが……。」

俺の声にペンを動かしていた手を止めて、書類から顔を上げる男性。近くで見ると、この人もイケメンだな。

穏やか知性的な雰囲気の男性だ。ミルクティーを思わせる優し気なベージュの髪を揺らして、水色の瞳を少し見開いた後に俺に笑いかけた。キラリと光る耳飾りがとってもお洒落だ。


「おや、こんばんは。……もしかして、君がソレイユと一緒にいた冒険者かな?」

ギルド職員の人の言葉を聞いて、今度は俺が目を見張った。なんでも、門番の人からグリードベアの出現について話があったのだという。


「はい、そうです。俺はヒズミと言います。」

「私はアイトリア。……気軽にアトリと呼んでください。こちらの席に座ってお待ちください。今、地図を持ってきます。」

そう言って席を立つと、すぐに巻いた紙を持って戻って来た。手に持っていた紙を受付のカウンターに広げてもらう。

そこに書かれていたのは、町とその周辺の地図だった。森の中も詳細に記載されている。


俺はアトリにグリードベアの発見場所と、既に討伐したことを告げた。アトリは心底驚いたような顔をしていたけど、異世界転生して慣れない中で倒せたのは奇跡に近い。


『運が良かっただけです。』と説明しつつ、緊急だったため魔物の亡骸をそのままにしてきたことを伝える。明日ギルドから調査隊を出して調べに行くから大丈夫だと告げられた。


「……グリードベアは、本来であれば森の奥に住む魔物です。縄張り意識も強いため、こんなに森の浅い場所にいること自体が不思議でなりません……。」

グリードベアは、中々にレベルの高い魔物だ。

本来であれば、森の奥地に生息し人の目に触れることはない。こんなにも、人の住み処付近に出現することがおかしい。
ましてや、勇者の始まりの町近くは穏やかで高レベルの魔物などいないはずだ。


アトリに聞けば、最近こういったこの地域に生息していなかった魔物が多く見受けられると言う。


奥地にいるはずの高レベルな魔物が、棲み処を離れている。
自分の縄張りを捨て、人に討伐されるリスクを負ってもだ。まるで何かから逃げるように。


ふと、俺の頭に過ぎったのは妹に託された乙女ゲームの攻略本。ソレイユのプロフィールが記載されたページが思い浮かぶ。


思い当たることがある。

攻略対象者の一人、勇者『ソレイユ』。
そして、勇者の暗い過去。


幼い頃に両親を亡くし、両親の恩師がいる町の孤児院で育てられるソレイユ。

ある日、町がスタンピードによって魔物に襲われ町は壊滅状態になる。勇者は仲の良かった友人や、家族同然の孤児院の子供たちを亡くして心に深い傷を負う。


それによって、剣術を極め偶然にも町を訪れていた国立騎士団の隊員に腕を見込まれる。騎士たちの推薦で、国の最高峰である国立学園に入学するのだ。


「……スタンピード……。」

本来生息しないはずの地域に魔物が逃げてきている。それは、森の深くにさらに強い魔物が現れて住めなくなったから。

または、これからその凶悪な魔物が出てくる前兆か……。


ここに来てからの違和感の正体は、これだ。

町の門はスタンピード時に破壊されて、強固な作りのものに変わる。噴水は1年経っても再建されていなくて、まっさらな広場だったはず。
住宅もこんなに多くは無かった。


間違いない。
今、ここはスタンピード前の始まりの町だ。


そして、ソルは今、何歳だと言ってた??

__オレは13歳。ヒズミも同じくらいでしょ?


国立学園にソルが入学するのは15歳から。ソレイユは町が襲われて自分の無力さを知り、14歳から1年間徹底的に剣術を磨き上げる。


思い出せ。スタンピードが起こるのはいつだ?
妹が、よく乙女ゲームのシナリオを話してくれたじゃないか……。


『ソレイユって可哀そうなの。14歳の誕生日にスタンピードが起こるのよ。襲われた孤児院では誕生日のお祝の花とか、紙の飾りとかが燃える描写があるの。孤児院の子に渡された最後のプレゼントを、ずっと大切に持ってるのよ。』


「……まずい……。」


もう、半年しかないじゃないか。




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