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第3章 学園に通うのは、勇者だけで良いはずです
試験結果、2人で深く感謝する
しおりを挟む「……ソル、いよいよだな……。」
「……いよいよだね……、ヒズミ。」
2人で顔を見合わせて、ゴクリっと唾を飲み込んだ。ふうっと息を整える。
俺たちは意を決して、ギルドの古びた扉をキィイーと開ける。
今日は、国立学園入試試験の結果発表の日だ。結果は封書で知らされ、受験者本人でしか開けられない魔法がかかっている。
俺とソルの封書は、冒険者ギルドに届けてもらえるようにお願いしていた。そして、先ほどアトリから封書が届いたと、伝達魔法で知らせを受けたのだ。
やれるだけのことはやったし、試験当日もアトリのおかげで緊張せずに済んだ。筆記試験は空欄を残すことなく、全て回答を記載できたが……。
実技の試験は1属性しか魔法を扱えないと言うと、試験官に渋い顔をされてしまったのが、どうしても気にかかる。
その後に剣術と魔法を披露すると、試験官の人の目が点になっていたんだよな……。誰も何も言わないから、何か言われるまで永遠と魔法を繰り出していた。
慌てたように『しっ、試験終了、です!!』って止められて、異様な雰囲気だったんだよなー……。
俺の実力は、試験官にどう評価されたのだろうか?
2人ともなんだか落ち着かなくて、朝早くギルドに来てしまった。この時間帯は多くの冒険者が、依頼が張られた掲示板を見たり、受付で手続きをしたりと騒がしいはずなんだけど……。
なぜか、今日は皆が待合席のベンチに座っていた。
ギルドの喧噪も、いつもより控えめだ。まるで皆何かを待っているような……。
俺たちは迷うことなく、アトリが立っている受付へと向かった。
「おはよう、アトリ。……いよいよだな。」
「……おはようございます。アイトリアさん。」
アトリは普段と同じように、穏やかに微笑んだ。この間の一件から、俺に向ける笑顔が、より一層柔らかくなったのは気のせいだろうか……?
「ヒズミ、ソレイユ。おはようございます。……こちらが、国立学園からの封書です。」
アトリは、わざわざ受付カウンターから俺たちのいる場所まで来てくれた。その手には暗い紺色に、赤色の封蝋が施された封筒。
封筒の表面には剣と杖が交わり、その間に王冠を描いて、さらに周りを植物の葉で囲ったマークが箔押しされている。
これは、国立学園の校章だ。
銀色で箔押しされた校章を、するりと指先で撫でる。校章が指で揺れた部分から、虹色の光彩を放ち光り出す。
やがて、光が全体に広がって収まると、封蝋が独りでにパキッと音を立てて、閉じていた封が独りでにしゅるっと上へ持ち上がった。
校章に受験者本人の魔力を流すと、封が開く仕組みのようだ。中から、緊張の面持ちで手紙を取り出す。美しい花の装飾が施された優雅な書面。それを、ソルと一緒に黙々と読んだ。
騒がしかった室内が、俺たちの様子を窺がうように変な緊張が走る。近くではアトリが、固唾を飲んで俺たちの様子を見守っていた。
ゴクッと誰かが空気を飲み込む音が聞こえる。
「……ソル……。」
「……ヒズミ……。」
俺とソルは、2人で名前を呼び合った。そして、示し合わせたように、お互いの書面をぺらりと見せ合う。
中央に大きく見えた文字に、思わず勢いよくソルに抱き着いた。ソルも力強く俺を抱きしめて、お互いに顔を見合わせて嬉しさに声を上げた。
「「合格だっ!!!」」
俺たちの声が室内に届いた瞬間、『うぉおおぉおーっ!!!』という冒険者たちの野太い歓声がギルドを震わせた。椅子から勢いよく立ち上がる音、温かい拍手が大きく響き渡る。
その歓声はギルドの外にまで響き渡り、俺たちが国立学園に合格したことが町中に知られることとなった。
「おめでとうございます!!ヒズミも、ソレイユも、本当に素晴らしいです!」
そう言って、俺たち2人をまとめて力強く抱きしめたアトリ。俺たちと共に、アトリもこの試験を戦い抜いてくれた恩人だ。影の功労者はアトリである。ソルと一緒に、俺はアトリの背中に手を回して抱きしめた。
「アトリ、本当にありがとう。アトリが俺達に一生懸命教えてくれたおかげで、合格できた。」
「オレも、今まで本格的な勉強なんてしたことがなかったんだ。……アイトリアさんのおかげで、ちゃんと毎日勉強できるようになった。本当に、ありがとうございます。」
抱きしめ合っていた身体をそっと離して、俺たちが紡いだ言葉に、アイトリアは水色の瞳にほんの少し光を潤ませた。
少し気恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに微笑んだ。
「……2人の努力の賜物ですよ。……この数か月間、本当によく頑張りましたね。」
アトリは俺たち2人の頭を、優しく撫でてくれた。3人で喜びに浸ってるのも束の間、2階の食堂からフクフクとした食堂のおばちゃんの、威勢の良い大声が聞こえてきた。
「今日は祝い酒だよー!!!さあ、たらふく食って、飲んで、どんちゃん騒ぎな!!!」
「……ギルドは、今日は休みとする!宴にするぞ。ギルドからの奢りだ!」
いつの間にか俺たちの近くにいたギルド長が、ギルド中に響く大きな声で宣った。
ギルド長の言葉に、冒険者ギルド内はさらに熱気に包まれて喜びの雄叫びが上がる。カウンターにいたギルド職員も、「やったー!!」と言いながら、ピョンピョンっとジャンプしている。
中にはいそいそと、1階の待合席のテーブルへエールを運び込むギルド職員までいた。2階も1階も、お祭り騒ぎだ。
「ヒズミ、ソレイユ、良く頑張ったな。……アイトリアもお疲れさん。3人とも、たらふく食えよ。」
ポンッとアトリの肩を労わるように叩くと、ギルド長は俺たちにもパチンっとウィンクを飛ばす。
イケオジのギルド長のウィンク、さすが出来る男はカッコいい。
その日は朝から、夜遅くまで冒険者ギルドは食べて、飲んで、騒いでと賑やかだった。噂を聞きつけた町の人もやってきて、歌ったり、踊ったり、腕相撲大会が始まったりと、すっちゃかめっちゃかだ。
冒険者の皆には口々にお祝いの言葉をもらって、心の中がほっこりとした。俺は皆に支えてもらって、合格できたんだよってお礼を言ったら、『なんて良い子なんだ!』となぜか泣かれた……。
厳つい顔の冒険者たちが泣く姿は、なんとも混乱極まる感じだった。
陽気な音楽が聞こえてくる中で、俺とソルはアトリがいる席へとやって来た。
「……アトリ、少しいいか?」
「ええ、もちろん。……ヒズミ、ソレイユ、ちゃんとご飯は食べていますか?」
俺たちのことを気遣わしく心配するアトリは、そう言ってチラリと周りを見ながら苦笑いをした。
確かに、冒険者たちの食欲と勢いは半端ない。傍から見ると、山賊の宴というか……。
気持ち良いくらい豪快な飲みっぷりと食いっぷりだ。俺たちも負け時と食べてはいるけれど、さすがにお腹いっぱい。
「うん。お腹いっぱいだよ。ありがとう。……実は、アトリに俺たちから渡したいものがあるんだ。」
「……私に……??」
俺たち2人はこくりと頷くと、背中に隠していた片手程の大きさの小箱を取り出した。
「お世話になったお礼です。オレたちの気持ち、受け取ってください。」
ソルと一緒にアトリの目の前に差し出したのは、上品なベージュの箱。アトリの瞳と同じ、空色のリボンで閉じられている。
アトリは呆気に取られ、しばらく言葉が出なかった。俺たちが受け取るようにとアトリの手を取って促すと、されるがままに小箱を受け取った。
「……なんてことでしょう……。あまりにも嬉しくて……。開けても?」
言葉少なに言いながらも、頬をほんのりと赤く上気させて嬉しそうにしているアトリ。俺たちはその顔を見て、2人で微笑んだ。
「「もちろん。」」
慎重に水色のリボンを解き箱の蓋を開けたアトリは、中に入っているものを見て感嘆の声を上げていた。
「……これは、なんて美しい……。それに、この香り……。もしかして、中庭のカルドですか……?」
箱の中に入っていたのは、ツタ模様が複雑で美しいアロマポットだ。男性でも部屋に飾れるように、シックな茶色の金属でできた球体。
自分の好きな香りのポプリを容器に入れて魔力を流すと、中心が光り出して香りを広げていく魔道具だ。
箱の中には、ソルと2人で一緒に作ったポプリも入っている。カルドというのは、あの鬼灯の実った木のことだ。ほのかに甘く優しい香りは、疲労軽減やリラックス作用、睡眠の質を高める効果がある。
「……うん。俺たち2人でポプリを作ったんだ。」
そのアロマポットは、町に来ていた旅商人から買ったものだ。ソルと2人でお金を出し合った。ポプリはギルドの中庭に植えられたカルドの実を、少し貰って作ったのだ。
「……俺はあの夜、アトリに励ましてもらえて、すごく心強かった。だから、あの時のことをどうにか形にできないかなって……。」
あの夜のアトリとの思い出は、俺の心を幾分も軽くしてくれた。試験だけじゃない。この町が帰る場所で良いのだと言われて、心から嬉しかった。
「……ありがとう、ヒズミ、ソレイユ。2人は自慢の教え子です。」
アトリはその美しく透き通った空色の瞳に、うるりと光を移した。泣き笑いのような笑顔で、俺たち2人をもう一度そっと抱きしめてくれた。
俺が他の冒険者に呼ばれて席を立った頃、ソルがアトリに真剣な顔で話しかけているのが去り際に見えた。
「……アイトリアさんは、オレたちの先生だけど……。負けないから。」
「おや?……ふふっ、最初から分かってましたけどね。……お互いに頑張りましょう?」
2人の会話は遠くて全く聞こえなかったけれど、琥珀色の瞳がまっすぐとアトリを見ている中、アトリは楽しそうに笑っているのが見えた。
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