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第4章 学園編、乙女ゲームが始まる準備をしよう
状態異常、俺の酒癖って大丈夫かな?
しおりを挟む控えめに星が空を彩る頃、俺たちは学生寮へと帰り着いた。いつもだと夕食を皆と取って、次の冒険者活動に花を咲かせたりするんだけど……。
ガゼットとリュイには申し訳ないが、この日ばかりは「少し疲れたみたいだから。」と夕食を断り、足早に寮室へと戻った。
ソルは、いつもと違う俺の行動に何か察したようで、「部屋まで夕食を運ぶから、ヒズミは先に戻っていて。」と気遣ってくれた。すまない、と謝ると首を緩く振って、心配げな顔をソルにされた。
「……寮室の鍵は閉めておいてね?」
いや、学生寮の中は安全だから、別に鍵まではかけなくても良い気がするのだが……。ソルはいつも俺に、部屋の鍵をかけるようにと念を押すのだ。そんなに、俺って危なっかしいのだろうか?
素直にソルの言葉に従い、2人の寮室に戻ると鍵をかける。装備から軽装に着替えた俺は、洗浄魔法を自分に掛けた後に、ふぅっと息をついてリビングのソファに腰かけた。
『絶望の倒錯』を使った代償の1つである、3ヶ月に1度の状態異常。この1年間ほどで、その状態異常の規則性が見えてきた。
状態異常が起こるときは、必ず指輪の痕が熱くなる。そして、黒色の蕾が茨から1輪だけ伸びて、花が浮き出てくるのだ。花が完全に開くと、状態異常が始まる。
状態異常の終わりは、花びらが散っていくこと。終わりの時が分かるのは、正直言ってありがたかった。終わりの見えない苦しさほど、辛いものはない。
今まで経験した状態異常は、味覚喪失、聴覚喪失、言葉がしゃべれなくなる沈黙など……。命に関わる状態異常がないのは、生きている間、永遠と代償を払わせるためなのだろう。
感電苦痛(数刻おきに、電気が身体を流れるものだった。)とか、発熱の時はヤバかったな……。1週間寝込んでしまった。
そのときにならないと、何が出るかわからない。今度は、比較的軽いのが良いな……。
俺の願いを嘲笑うかのように、呪いの指輪の痕が温度を上げた。俺は顔を顰めつつ、指輪を完全に外す。そこにはバラに似た黒色の花が、皮肉にも美しく咲き誇っていた。
状態異常が始まったようだけど……。
特段、身体に異常がない。
強いて言うなら、少し身体が熱い……?
こう、ふわふわと浮くような感じと、気怠い感じもほんの少しするが……。発熱ではなさそうだ。頭の中もぽわぽわするが、どちらかと言うと楽しい……??
「……??」
俺は自分のステータスを確認しようと頭の中で念じた。頭の中でぴこんっ!という軽快な警告音が鳴り響くと、ステータス異常の文字が浮かぶ。
『状態異常(酩酊)』
「……えっ。」
俺は酒を飲んだことなんて無いから、これがお酒に酔った感覚なのかと驚いた。
じんわりと身体の中から熱を帯びて行く。熱さと息苦しさに耐えかねて、俺は第一ボタンまで閉めていたワイシャツのボタンを一つ外した。
心なしか、顔も火照っている気がするな……。
皮製のソファの、ひんやりとした冷たさが心地良い。ひじ掛け部分に頭を乗せ凭れ掛かる。ソルが夕食を運んでくれるまで待つことにした。
ほんの少し何故か心細くてなって、近くにあったクッションを抱え込む。
自分の酒癖なんて、全然分からないんだが……。
俺の両親のことを思い出すと、父はお酒に強い人だった。お酒をいくら飲んでも、酔っている姿を見たことがない。むしろ、いつもと変わらない様子に、ホントにお酒飲んでるのか?と親戚には疑われていたっけ……。
母は、お酒をあまり飲んでいなかった。というか、父に人前と子供たちの前では飲まないようにと、止められていた気がする。
『二人っきりの時なら飲んで良いから……。』と父が母に言うと、母は恥ずかしそうに頬を赤らめていた。父に止められるほど、酔った母は何かしてしまうのだろうか?
でも、大声で騒ぐとか、そんな人に迷惑をかける感じでは無さそうだった気がする。恥ずかしそうにしていた母を、愛しそうに見つめていた父が、何よりの証拠だ。
ただ、1つ問題がある。
ここが、未成年たちが住む学生寮だということだ。
呪いの状態異常だったとは言え、学生が酔っ払った様子なのは良くないだろう。学園の一部の先生方は知っているが、学生たちは俺の呪いのことなんて知らない。
単純に寮で禁止されている酒を俺が飲んで、酔っ払ったと思い騒ぎになるかもしれない。状態異常が終わるまでは、この寮室から出られないな……。
そんなことを考えて嘆息していると、ガチャっと寮室のドアが開かれた。ぽわぽわとした頭のまま、ドアのほうをぼんやりと見遣る。夕食をワゴンに乗せて運んできたソルが、室内に入って来るのが見えた。
俺がソファに凭れ掛かっている様子を見て、ソルはこちらに駆け寄って来た。クッションを抱えている俺の左手を見ると、苦々しい顔をする。
「…っ!やっぱり、呪いの状態異常だね。今回は何……?」
近寄って来たソルは、俺の額に手を当てた。おそらく、熱を測っているのだろう。そのひんやりとした手が、火照った顔には気持ち良い。
「だい、じょうぶだ……。今回の、状態異常は…『酩酊』だか、ら……??」
あれ?なんか、急にぽやぽやが増えた?
というか、楽しくなってきた気がする。
ふわふわ、ぽわぽわ、心地いい。
「『酩酊』?……それって……。」
心配げに俺の左頬に添えられたソルの手が、気持ち良くて、なんだか嬉しくて。
俺はソルの手にすり寄った。
「っ?!?!」
ソルの驚いたような顔が視界に見えて、楽しくなる。
それが、その日の最後の記憶となった。
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