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第5章 学園編、試験に夏休み。夏休み前半戦
香りの店、優雅な嗜み
しおりを挟む馬車は、優雅に道を進む。
王都の賑やかな街並みを横目に、馬車は大通りを離れていく。高級老舗店が立ち並ぶ表通りとの、一本裏手へと入っていった。
やがて、1つのお店の前で馬車は止まる。
そこは、こじんまりとした、小さくても品のあるお店だった。
外に向けたショーウィンドウの中に、美しい曲線を描く小さな小瓶が飾られている。
お店の看板は、リボンを首に巻いた猫が、横を向いておすわりをしているシルエット。なんとも可愛らしいマークがついていた。
重厚な扉を、エストが静かに開く。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。エストレイヤ様。」
壮年の背筋の伸びた男性が、穏やかな声音で俺たちを出迎えてくれた。一礼をした後に、店内へと俺たちを招き入れてくれる。
「……綺麗だな。」
店内に入って、俺は思わずそう言葉をこぼしていた。
店内は白色で統一された、シンプルで洗練された雰囲気だ。カウンターの後ろには、いくつもの棚が横一列に並んでいるのは圧巻だった。
そして、その棚にはずらりと陳列された、液体の入ったガラスの小瓶。色とりどりの液体は、薄色から濃い色へとグラデーションになるよう置かれている。
見ていて、とても心が弾んだ。
店内に差す陽光で、どれも色鮮やかに輝いている。
「……ああ、いつもありがとう。ソバルト。」
馴染みの店なのだろう。エストが『ソバルト』と呼んだ先ほどの男性は、目の端にある皺を一層深くして、より温かく穏やかに微笑んだ。
「お連れ様は、当店に初めてのご来店かと存じます。ようこそ、ルパルファンへ。私は当店店主の、ソバルトと申します。どうぞ、お見知りおきを。」
ルパルファンとは、このお店の名前だ。香水を意味する古代語だ。左胸に手を当て、軽くお辞儀をするソバルトさんに、俺もつられてお辞儀をして挨拶をした。
「初めまして、ヒズミと申します。」
俺が緊張しつつも名乗り出ると、ソバルトさんはふふっと微笑んだ。
「……実に、可愛らしいお方ですね。……エストレイア様、いつものお部屋でよろしいのでしょうか?」
「ああ、頼んだ。」
エストの返事を聞いたソバルトさんは、俺たちをカウンターの右にある扉内へと案内してくれる。
外観からは想像もつかないが、どうやらこのお店は奥へと長く続いているらしい。コツコツと、古めかしい廊下を進んでいくと、客間のような個室に通された。
部屋にあるテーブルの席へと座ると、すっとお店の人がお茶を出してくれた。隣に座ったエストが、お茶を一口飲みつつ、ソバルトさんに向けて話を進めた。
「……今日は、彼に似合う香りを作って欲しい。……私と同じく、ボディミストが欲しいと言っていてな……。」
「……畏まりました。」
エストの言葉に、少し間をおいて思案げに返事をしたソバルトさんは、俺へと視線を移した。
「ヒズミ様は、何か好みの香りなどはありますか?……または、これは嫌だなっというモノもあれば、合わせて教えてください。」
好みの香り?
日本にいた時だって、香水なんてハイカラなものを付けたことが無いから、さっぱり分からない。
「そうですね……。爽やかな石鹸とか、葉の香りが好きです。あまり強く香るものは苦手ですね……。香りを纏う機会が今までなかったので、詳しくはないのですが……。」
正直に話した俺を、ソバルトさんは微笑ましそうに見た。
「いえいえ。ぜひこの機会に、香りを纏う生活をお楽しみ頂けたら幸いです。……いくつか、ヒズミ様の好みと、こちらでヒズミ様をイメージしたサンプルをお持ちいたします。……少々、お待ちください。」
そう言って、ソバルトさんが席を外した室内を、ゆっくりと見渡した。
天井には、ファンがくる、くるっと回るランプが吊り下げられていた。羽根をゆっくりと回しながら、室内の空気を洗浄している。日本で言う、空気清浄機の役割を担う魔道具だ。
香水のお店というと、入った瞬間に様々な香りがブワッと立ち込めるイメージがある。しかし、このお店はずっとそれがしないのだ。それは、この天井についている魔道具のお陰なのだろう。
エストいわく、このお店は、店内をあえて清浄な空気のみとして、無臭に保っているのだそう。色々な匂いが混ざった室内では、自分の好きな香りも見つけ出せないだろうという、お店側の考えらしい。
このお店のコンセプトは、『自分だけの香りで、秘められた花を咲き誇らせる。』なのだそうだ。香りへのこだわりが、お店の随所で伺える。
「こちらに、香りのサンプルをお持ちしました。この中で、好ましいと思う香りをお選びください。……その香りを軸に、ヒズミ様のイメージに合った香りを配合致します。」
そう言ってテーブルに並べられたのは、先ほどカウンターの棚に並べられていた、ガラスの小瓶が6種類と、香りを楽しむための試香紙。
試香紙の形がこれまた可愛らしくて、看板と同じ、リボンを付けた横向きの猫の形をした紙だった。
ソバルトさんが、小瓶に被せられていた蓋をパカッと外すと、猫型の試香紙にシュッと中身の液体を霧吹きする。試香紙をそっと、俺に手渡してくれた。
「紙を動かすと、ほのかに香ります。……どうぞ、ゆっくりとお選びください。」
説明してもらった通り、試香紙をパタパタと顔の近くで軽く振る。ふわりと瑞々しい匂いが鼻をくすぐり、なんとも気分が安らいだ。
……良い香りって、それだけで心が穏やかになって、気分が晴れたりするものだよな。
それぞれの香りを楽しみつつ、俺は香りを選ぶという贅沢な時間を過ごした。
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