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第5章 学園編、試験に夏休み。夏休み前半戦

エストとお出かけ、馬車1つとっても違った

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前期試験が終わった、週末。雲一つない、どこまでも澄み渡った青空が綺麗で、絶好のお出かけ日和になりそうだ。俺は待ち合わせ場所の裏門へと、足を進めていた。

寮から5分ほど歩いた場所にある裏門。
待ち合わせ時間に少し早く着いたはずなのに、お目当ての人物がいることに驚いた。


「おはよう、ヒズミ。」

「ああ、おはよう。エスト」


挨拶を交わした俺に、エストは涼やかな目元を細めて微笑んだ。そう、今日はエストと一緒に出掛ける約束をした日だ。


「この馬車に乗って行こう。……さあ、どうぞ?」

エストはそう言って、俺へと手を差し伸べた。裏門には、こじんまりとした馬車が1台留まっている。一見すると商人たちが乗るような、荷物と人を同時に運ぶ、何処にでもあるような馬車だ。


馬車の中も、木製の固そうな座席が向かい合わせに設置されているのが見えた。


こういうタイプの馬車は、護衛依頼の時によく乗っていた。座席があるのは良い方で、中には荷物と一緒くたになって護衛することもあった。

貴族が乗るような、豪奢な馬車には全然見えない。


エストの差し伸べた手に右手を乗せると、きゅっと軽く握られて馬車の中へとエスコートされる。……俺はお嬢様とかではないから、エスコートとか必要ないのに……。

危なっかしいから、だろうか?


エストに導かれて馬車の扉をくぐった瞬間、フォンっという空気の揺れる音がした。身体が空間を隔てている壁を、通りすぎた感覚がする。

どうやら、馬車には結界が施されていたようだ。


「っ?!!」

次の瞬間には、先程まで見えていた固そうな木製ベンチや、木目が剥き出しの内装といった景色が、一瞬にして変わっていた。


「高度な隠蔽の結界か……。凄いな。」

中はとても上品な深緑色で統一された、居心地の良い空間が広がる。腰を革張りのソファに落ち着けると、ふわりと程好く包み込んでくれる。


馬車の移動は、振動が大きいことがほとんどだ。地面を車輪が踏んでいく衝撃を、ダイレクトにお尻に感じてしまい、痛くなったことは数知れず。


そんな馬車の悩みの種の1つでもある、お尻の苦痛の心配がない。なんとも快適で驚いた。馬車の奥にある小窓から、夏の陽光を室内に取り入れる。眩しすぎないようにと、レースのカーテンが光をぼかしていた。

華美ではないのに、座面1つをとっても上質だということが良く分かる。


「驚いたか?この馬車は、お忍びで出かけるときに使うんだ。……家紋とかが入った馬車では、落ち着かないだろう?」

外観と内装の作りの違いに俺が驚いていると、エストが悪戯が成功したとばかりに、クスッと笑った。胸元よりも更に長くなった銀糸の髪を、しなやかな指で耳にサラリと掛ける。


お忍びで外出するためとはいえ、内装はしっかりとこだわる辺り、やはり公爵家と言うべきか。涼やかな美貌に笑みを称えるエストの姿を、俺はまじまじと見る。


「……なんか新鮮だな。エストが、そんなラフな格好をしているのは初め見るよ。お洒落でカッコイイ。」

エストの服装は薄水色のワイシャツに、落ち着いた薄い灰色のベスト、チノパンという、どこかの商家の息子といった恰好だ。

ワイシャツの胸元には、上品なクロスタイをゆるりとブローチで留めている。サラリとした銀糸の髪が映える、上品でお洒落な服装だ。


いつもの制服を着た厳かな雰囲気とは違い、今は爽やかで美形度が一層増していた。


銀髪の長髪青年は、皆美形だと相場が決まっているのだろうか……。シンプルなワイシャツに、ズボンという出で立ちの俺とは、なんか、こう。品が違う。


眼鏡をかけた切れ長の目は、なんだか楽しそうに細められている。


「ヒズミにカッコいいって言われるのは、素直に嬉しい。」

そう言って、一層嬉しそうに微笑む。最初に俺と出会ったときの、薄氷のような貴族然とした微笑みは、今や俺の前では見かけなくなってしまった。

感情を思いのままに見せてくれるし、話しをすると嬉しそうにしてくれる。数か月間ではあるけど、俺に心を開いてくれているようで嬉しく思う。


「……今日は、誘ってくれありがとう。すごく、楽しみだよ。」

「私も、ヒズミを一日一人占めできるのは、嬉しいよ。」

馬車の開いた窓から、そよそよと風が入ってくる。風に靡いて陽の光を反射して透けるように輝く銀糸に見惚れていると、ふわりと清涼感のある軽やかな香りが鼻を擽った。


「……いつも思うけど、エストは良い匂いがするよな。香水か何か付けているのか?」

エストが近づくと、いつも清涼感とともに、イランイランのような甘さが一瞬だけ最後に香る。なんとも優雅な香りは、エスト本人にピッタリだ。


「香水というより、ボディミストをつけているよ。……今日は、最初にそのお店に行こうと思っていたけど、どうだ?」

どうやら、俺がこの香りが普段から気になっていたことに、エストも気が付いていたようだ。


「ああ、ぜひ連れて行ってくれ。」

馬車は綺麗に整備された街道を、カタカタと車輪を回して走る。いくら整備されているとは言え、少しも振動がないのはこの馬車に振動軽減の魔道具が搭載されているからだ。

さすがと言うか、公爵家はすごいな。


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