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第7章 乙女ゲームのシナリオが少しずつ動き出す
甘露の飴玉、俺の感情が分からない ※
しおりを挟む「ふっ……、ンっ……」
俺の唇に、柔らかなものが優しくふわりと触れた。俺はソルの唇にそっと口付けた。
ソルの唇をなぞるように、恐る恐る啄む。意識のない唇は力が抜けていて、素直に薄く口を開いた。ほんの僅かに出来た隙間から、俺はそろりと自分の舌を入れる。
「……っ、……んくっ……!」
俺の舌先がソルの舌に触れたと同時に、俺は自分の魔力を少しだけ流し込む。
お互いの魔力が口の中で、絡まって混ざり合う。ソルの陽だまりの魔力が俺の舌先を擽った。思わずビクッと体が跳ねて、背中から首へ肌をなぞるような、怪しい熱を纏う感覚が頭を痺れさせた。
甘い。それにソルの唇が柔らかいからだろうか……。
ずっとこうしていたいくらい、心地良い。
ソルの木漏れ日を思わせる魔力と、ふわつく感覚に酔いしれていたい。
……離れたくない。
こんな時に、俺は一体何を考えているんだ……。
微かな水音が、静か過ぎる室内に殊更響いた。その音が紡がれる口内で、蜜のような甘さを感じる。絡まっていたソルと俺の魔力が、溶けて1つになった証拠だ。
……よし、ここまでは順調だ。
「……ンンっ……」
俺の魔力とソルの魔力がほんの少し混ざった魔力を、球へと流し込んでいく。球は混じった魔力を吸い上げると、今度はソルの魔力だけをどんどんと吸収していく。
混ざった俺の魔力を、俺は自分に帰るように吸い上げた。
「ンっ……、ふぁっ」
ひんやりとしていた球が、舌の上で甘くなる。甘露味の飴玉をソルと舐め合うように、俺はなんの反応もないソルの舌先で転がした。俺の魔力が完全に球から無くなったと同時に、俺は再び球を口に含んでソルから離れた。
「……はぁ………」
口に食んだ球をハンカチに取り出し、洗浄魔法で綺麗にする。真珠のような、白くて金の輝きにコーティングされた球が、独特の象牙色を放って輝いていた。
「……何とか、出来たな……」
肩で息をしながら、俺は安堵の溜息を零した。
『星喰のかけら』は、人から魔力を汲み上げ永久的に保管でき、必要な分だけ取り出せる魔道具だ。古の魔導士である大賢者から貰った魔道具は、非常にレアで膨大な魔力を球の中に保管できる。
ただ、その使用方法が特殊だった。
球体は自発的に魔力を吸い上げてくれず、しっかりと魔力を入れ込まなくてはいけない。意識がある者は自分で球に魔力を入れ込めるが、意識のない者は触れるだけでは意味がないのだ。
そこで、意識の無い者から魔力を吸収したい場合は、他人がその者の魔力を球へと導く必要があった。
銀色の輝きを放つ瞳を悪戯気に細めて、大賢者はその方法を俺にこう囁いた。
『魔力は体液に多く含まれている。手っ取り早く魔力を吸収したいなら、深い口付けをしなさい。唾液に含まれた相手の魔力と、自分の魔力を混ぜ球に導く。』
それは、恋人いない歴=年齢の俺が持つ、浅はかな知識からでも分かった。
いわゆる、ディープキスというものだった。
唇を重ねることさえも初めてな俺には、あまりにもハードで出来そうにないと当時は思っていた。方法を聞いた時だって、顔に熱が上がって茹蛸になっていたと思う。
今だって治療と分かっていながらも、どうしても熱が顔に上がってきて気恥ずかしい。でも、恥ずかしがって躊躇っている暇はないのだ。
「あと3回……」
俺は次に使う『星喰いのかけら』のチェーンを解きながら、ふと先ほどのアトリとの会話を思い出していた。俺ではなく、他の誰かがこの行為を行えないかという問いかけだ。
あのとき俺は、アトリに一つだけ嘘をついた。
この行為は、俺が別にしなくても良い。
代わりに誰がやったって、魔力が『星喰いのかけら』に導ければそれで良いのだ。それこそ、魔力操作に長けたアトリのほうが、球に魔力を誘導するのが上手いかもしれない。
でも、アトリに問いかけられたとき、俺の心が過剰なまでに跳ねた。驚愕からではない。
一瞬で不安と戸惑いが心で揺れ動き、色んな感情がぐちゃぐちゃになった。綯い交ぜになった得体の知れない強い気持ちが、一気に押し寄せた。
『他の誰でも、かまわない』
その言葉は、俺の心の奥に変につっかえて、とうとう出られず闇の中に重く沈んだ。
……あの自分でも制御が効かなかった、胸が切なく軋み、わななく感情は何なのだろうか?
「うぅっ……」
苦し気なソルの声で、俺は思考からはたっと現実に戻る。今は考え事をしている暇ではなかったのだ。先ほどよりも呼吸は整っているが、未だに熱は引いていないようでソルの吐息は熱い。
「ソル…………」
返事が無いと分かっていながらも、名前を呼ばずにはいられなかった。琥珀色の瞳が見えないことが、この上なく寂しい。少しだけ高く、耳に心地良い美声が聞きたい。
俺はその後も、甘露味に変わる不思議な飴、『星喰いの欠片』をソルと一緒に舐め合った。
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