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第8章 乙女ゲームが始まる
お留守番、頑張ったねぇ(サイコな暗部隊長side)
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夕刻を過ぎて夜に差し掛かった生徒会室は、人が集まって賑やかなことになっていた。
「……このチビ猫が、まさかヒズミだったとはなぁ……」
うたた寝をしていた王太子殿下は、しばらく経って駆け付けたエストレイアたちに頭をはたかれ、起こされた。種明かしをされた王太子殿下は、珍しく驚いた顔をしてたなぁ。
先ほど起きたばかりのヒズミは、大人しくソファに腰かけて、モルンを膝に乗せながら撫でている。生徒会室に集まった青年や大人たちは、そんなヒズミをじっと見守っていた。
……おお、勢ぞろいだねぇ。むっつり教師に、腹黒眼鏡、緑風騎士団目障りコンビ、ヒズミの保護者2名、ドSだけど子供に優しい主。
緑風騎士団目障りコンビは、ヒズミと別れた直後に捜索していた面々に会って、子猫獣人がヒズミだって教えられたんだよねぇ。もっと一緒に居れば良かったって、残念がってたっけ?
勢ぞろいした室内を、煩わしそうに王太子殿下が見ていると、生徒会室の扉をノックする音が響いた。ヒズミの小さな猫耳が、忙しなく動いて素早く顔を扉に向ける。
王太子殿下が入室を促す返事をすると、黄金の髪が美しい1人の青年が急ぎ足に入って来た。その姿を見た瞬間、小さな子猫は急いでソファから降りて走り出す。
「1学年Aクラス所属、ソレイユ。国立魔導士団長の許可を経て、魔力操作訓練の全過程を終えました……。うわっ!なに?!」
ぴょんっ!とソレイユの胸に、勢いよく黒い小さなモフモフが飛ぶ込んでいく。咄嗟に受け止めたソレイユは、胸の中の子供に驚いていた。
「そるぅ、そるぅ……!!」
ソレイユの腕の中で、ヒズミは必死にソレイユの名前を呼ぶ。言葉よりも身体が先走っているのか、口をパクパクと動かして何かを紡ごうと一生懸命だ。
「子猫……?いや、猫獣人の子供?……でも、どうして?」
自分に向かって突進してきた子猫獣人を、ソレイユはまじまじと見つめた。その胸元に下がった琥珀色に輝くネックレスを見て、目を見開く。
さらにゆっくりと、自分の胸にひしっと抱き着いている小さな左手と、黒猫獣人の子供の顔を見下ろした。
「……もしかして、ヒズミ?」
恐る恐る尋ねたソレイユに、ヒズミは「うん、うん!」と何度も頷いた。紫色の目を潤ませて、スリスリとソレイユの胸に何度も頬ずりをする。
「……そるぅ、おかえり!!」
思いっきり両手を広げて抱き着いたヒズミは、ソレイユを見上げて今日一番の笑顔を見せた。幸せの小花がヒズミの周囲にたくさん咲いた幻覚が見える。
子猫ヒズミ見守り隊は、あまりの可愛さに天を仰いだり、床にうずくまっている。
「うぐっ……?!……グっ!」
笑顔の直撃を食らったソレイユは、その場で後ろに大きくふらついた。そして気合いの呻き声とともに、力強く踏ん張る。
……さすがは勇者。訓練を終えて精神も強くなったんだね!
「ただいま、ヒズミ」
愛おしそうに目を細めて、ソレイユはヒズミに微笑む。
悶絶の呪縛から解放されたリュイシルとガゼットベルトは、これまでの経緯をソレイユに説明した。ソレイユは神妙な顔で聞いていたが、ヒズミの健康状態に問題が無いと分かると、ヒズミをぎゅーっと抱きしめた。
「可愛い!可愛すぎるよ、ヒズミ!!オレの好きな猫になるなんて!!」
ソレイユは歓喜の声を上げながら、黒猫ヒズミに頬ずりをする。ヒズミも嬉しそうに自分から頬をすりすりして、ふにゃ、ふにゃ、と鳴き声を上げていた。
「そういえば、ソレイユが好きな動物は、猫だったな……」
久々の友人たちの再会を、温かい目で見つめていたガゼットベルトがぽつりと呟いた。
へぇ……。もしかして……。
ヒズミが猫獣人になったのは、訓練を頑張ったソレイユへのご褒美とか……?いや、まさかねぇ?
ヒズミはお留守番をして寂しかった猫よろしく、ソレイユにぺったりとくっ付いて離れようとしない。
「ヒズミ、今日はオレとずっと一緒にいよう!!」
ソレイユは生徒会長に報告中だということも忘れて、そのまま子猫ヒズミを連れ去ろうとする。
「こーら、ソレイユ。まだ話の途中だろうが」
「……チっ」
ソレイユはヒズミの頭を撫でつつ、王太子殿下に引き留められて思いっきり舌打ちをした。王太子殿下は不愉快さを隠さないソレイユに、愉快そうに笑ったあとルビー色の瞳に真剣な光を宿す。
「本来なら半年はかかるものを、2週間で終えたのには驚いた。……過酷な訓練を良く耐え抜いてくれた。国民を代表して、礼を言う。」
王太子殿下直々の労いに、ソレイユは息を飲む。
王族は平民にとって、雲の上の存在。王族が平民に礼を述べるなど、本来であればあり得ない。しかし、我が主は身分に関係なく、真摯な言葉で礼を尽くす。この方こそ、次代の王だ。
厳かな雰囲気が生徒会室を包み込んだ中、頭を撫でていたソルの手が止まったことに、子猫ヒズミは不満げに「にぃゃー」と鳴いた。
その甘えた声に、王太子殿下はふっと力を抜いて微笑んだ。
「本当はヒズミの面倒を誰がみるか、話し合いという、殴り合いをしようと思っていたんだがな?……その様子じゃあ、ソレイユが面倒をみるほかねぇな?」
ソレイユの左腕には、黒く長い尻尾が巻き付けていた。ヒズミの『離れたくない』という強い思いが見て取れる。王太子殿下は、さらにソレイユに数日の休暇を言い渡した。
「話は以上だ……。ヒズミの世話でもして、休息をしっかりとるように」
「はいっ!!」
ソレイユは嬉しそうに生徒会室を後にする。リュイシルとガゼットベルトもそれに続いた。
それまでヒズミの面倒を見たがっていた面々も、ソレイユの頑張りを知っているため、仕方がないとばかりに肩を竦めて退散していった。
その日のソレイユとヒズミは、寮室でべったりとくっ付いて甘々な生活を堪能していた。
……なぜ、ボクが知っているかって?
ヒズミの貞操を守れという、王太子殿下から覗き……。ゴホンッ、密命を受けたからだよ?
翌朝ヒズミは、人間の姿に戻っていた。本人曰く、子猫のときの記憶は全く覚えていないってさ。
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