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第8話・波乱

私が誰かに愛されるより(視点混合)

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【風丸視点】

 マスターちゃんの前で見っともなく感情をぶちまけてから、自室には戻らず野宿するようになった。マスターちゃんの顔を見たら、また言ってもどうにもならないことを、思わず吐き出してしまいそうだったから。

 前にマスターちゃんを狼から助けた森で、大木に背を預けるようにして目を閉じていた。しかし質量を持った何かが、ふと眼前に降り立つ気配に目を開ける。

 そこには暗闇を跳ね返すように、神聖な光を放つユニコーンが居た。マスターちゃんからこの森にはユニコーンが居ると聞いていたが、実際に見るのははじめてだ。

 敵意は感じないが、なんのつもりで現れたのか。向こうの出方を待っていると

『君が由羽のつがいだね』

 頭の中に直接語りかけるような不思議な響き。白い馬は続けて

『由羽が君を想って泣いている。彼女を悲しませないで』

 マスターちゃんが泣いていると聞いて胸が痛む。でも俺だって好きで悲しませているわけじゃない。何も知らない人外に、意見されたのが不愉快で

「馬のくせに人間の問題に口を出すなよ」

 つっけんどんに返すと、馬はどうやら気分を害して

『君がこのまま由羽をないがしろにするなら、彼女は僕がもらうよ』
「馬がどうやって人間の女を口説くつもりだよ……って」

 俺の目の前でユニコーンは人間の男に姿を変えた。馬だった時の神聖な雰囲気をそのままに、見惚れるような背の高い美男になった。

『もともと精霊にとって形なんてあってないようなものだから、その気になれば簡単に人の姿を取れる。人間と同じ機能があるから、君の代わりに由羽を抱くことだってできるよ』

 挑発めいた馬の言葉に、ぶわっと殺意が湧き上がる。俺の殺気を受けた馬野郎は、こちらを冷たく見返して

『怒りに任せて僕を殺すつもりなら、いよいよ君には由羽と居る資格が無い』
「由羽、由羽って気安く呼んでんじゃねーよ! アイツは俺の……!」

 激情のままに言い返そうとしたが、アイツは俺のなんなんだ? 自分自身が答えを出せず、何も言えなくなる。

 沈黙する俺の代わりに、馬野郎が口を開いて

『君の事情は知らないけど、明日も由羽が悲しんでいたら僕はこの姿で慰める。じゃあね、君は勝手に独りで居て』

 もとの馬の姿に戻ると、幻のようにかき消えた。

 マスターちゃんを取られるなんて絶対に嫌だ。あんな馬殺しちまおうか。そう思う一方で、どうせ俺はマスターちゃんと一緒になれない。後たった1週間あまり独占して、どうなるという諦念ていねんが湧く。

 どうせマスターちゃんは元の世界に帰り、いつか他の男のものになる。それを俺は止められないし、止めるべきじゃない。

 ……じゃあ、それが明日だって同じだ。あの馬がマスターちゃんにちょっかいを出そうが、俺に止める権利は無い。


【由羽視点】


 今日は牧場の老夫婦のお手伝いをしてから、畑の世話をはじめました。食べ頃になった野菜を収穫したり、水をあげたりしていると

『由羽』

 ユニちゃんの声に、私は笑顔で振り返って

「あっ、ユニちゃ……じゃない!? だ、誰ですか、あなたは!?」

 そこに立っていたのは若い男性でした。容姿が整いすぎているのもありますが、なんだか神々しい雰囲気で、人の形をしているのに、明らかに人ではない感じです。

 髪も肌も服も全身が真っ白ですし、真昼に幽霊ですか!? と恐怖する私に

『声で分からない? ユニだよ』
「えっ、ユニちゃんなんですか? わー、すごい。この世界のユニコーンは、人の姿にもなれるんですね」

 一気に警戒を解いて自分から歩み寄ると

「でも、これまでずっと馬の姿だったのに、どうして人間に?」
『この姿のほうが由羽を慰められると思って』

 ユニちゃんは思わせぶりに微笑んで、私に近づいて来ました。いつもと違う妖しい雰囲気に、私は少し戸惑いながら

「慰めてくださるなら、お馬さんの姿のほうがいいです」
『この姿の僕は嫌?』
「嫌と言うと語弊ごへいがあるんですが……人間はどうしても異性には身構えてしまうんです。だから普通にお話しするなら、いつものユニちゃんのほうが私は気楽で癒されます」
『それって要するに、異性として見ないで済むからでしょう』

 ユニちゃんは冷たい手で私の手を取ると

『僕は君に異性として見られたい』
「えっと……どうしてですか?」
『君が辛い恋をしているから。君の彼は、どうやら君に報いる気が無いようだから、それなら僕が由羽を幸せにしたい』
「心配してくれて、ありがとうございます」

 ユニちゃんの奇行の理由が分かって、私はホッとしました。ただユニちゃんの厚意をありがたくは思っても

「でも、この前も言いましたが、私が悲しいのは自分が報われないからじゃなくて、風丸が心配だからなんです」

 私はユニちゃんの手をそっと外すと

「私は自分が誰かに愛されて幸せになるより、風丸に幸せになって欲しいんです。私が居なくなった後、救いも光も無い場所に戻らないで済むように」

 何もしてあげられない悲しみで、声は硬く強張っていました。私は口にしてから、これじゃまたユニちゃんを心配させてしまうと

「……どうにもならないことを言って、すみません。せっかく考えてくれたのに、喜べなくてゴメンね……」

 いつの間にか馬に戻っていたユニちゃんの頭に、額をくっつけるようにして謝りました。
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