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第10話・さよならマスターちゃん

大事なことは言えないままで

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 アルゼリオさんの魂を奪った魔属性の術者はネフィロスさんでした。ネフィロスさんは、カイゼルさんとクレイグさんの2人がかりで、アルゼリオさんを襲わせて魂を奪ったようです。

 彼らの裏切りが発覚したあと。南の森から戻るとすぐに

「ネフィロスの野郎がどう出るか分からない以上、マスターちゃんは今のうちに元の世界に戻ったほうがいい」

 あれからさらにカイゼルさんとクレイグさんの魂が奪われ、いま動けるのは律子さんと風丸とユエル君だけです。ただでさえ少ない戦力を、私の護衛に回していいはずがありません。

 だから私は、風丸の提案をすぐに受け入れて

「皆の無事を見届けたいなんて、私のワガママですね。また人質にされるかもしれない以上、万が一にも足手まといにならないように、元の世界に帰ったほうが良さそうです」

 風丸は私のために、ユエル君を殺そうとしました。ユエル君が殺されるだけでも問題ですが、ネフィロスさんの指示に従うということは、魔王を解放するということ。つまり地上にモンスターを溢れさせて、多くの人命を奪うことです。

 頭のいい風丸が、その危険性に気づかなかったはずがありません。それでも風丸は世界を滅ぼしてでも、私だけは助けようとした。それは多分。

『アンタを好きなだけ貪って来た反動かな。もうすぐアンタが居なくなると思うと、すげー怖いんだ。まるでヤク中が、クスリが切れるのを怖がるみたいにさ。マスターちゃんの力って本当に、俺にとって麻薬だったみたいだな』

 私が神様にもらった『風丸を幸せにする力』のせいで、正常な判断力を失っているから。

 いま思えばエバーシュタインさんに指摘された時に、帰っておくべきだったのかもしれません。私の力は風丸にとって、自分すら滅ぼしかねない毒でした。


 別れの日。私たちは、この城でいちばん思い入れのある野菜畑の前で

「本当にいいんですね? 相楽さんを送還して」

 ユエル君の質問に、風丸は無言で頷きました。風丸に私を送り返すだけの冷静さがあって良かったです。きっと私が居なくなれば、もっと本来の思考と判断力を取り戻せるでしょう。

 しかし土壇場になって

「待って」

 意義を唱えたのは私でも風丸でもなく

「風丸も由羽ちゃんと一緒に、そっちの世界に送れないかな」

 律子さんは自分の分の転移石を使えば、風丸も向こうの世界に行けるんじゃないかと提案しました。自分はユエル君とこの世界に残るから転移石は要らないし、魔王の再封印だけなら2人だけでも可能なはずだからと。

 律子さんは私のせいで、風丸にユエル君を殺されかけました。実際は手を出す前でしたが、本気の殺意を感じたはずです。それなのに一度も私たちを責めないどころか、離れちゃダメだと言ってくれる優しさに泣きそうになりました。

 しかし律子さんの提案は、風丸によって棄却されました。自分の感情は本物じゃないから、この辺りが潮時だと。

 風丸の唐突な手の平返しに、律子さんは納得いかない様子でしたが

「いいんです、律子さん」
「でも」

 彼女の厚意に感謝しながらも、私は静かに話を続けて

「風丸がちゃんと風丸で、むしろホッとしました。いくら幸せでも偽物の感情で、風丸の人生を狂わせたくないから。……でも自分からは手放せないから。風丸がちゃんと断れる人で良かったです」

 本当は律子さんの提案に、心が揺れました。私との別れに怯える彼を見ていたので。いっそこの世界を捨てて私と来られたら、風丸は幸せなんじゃないかって。1人で苦しまないで済むんじゃないかって思ってしまいました。

 でも風丸の言うとおり、向こうでこの魔法が解けて、自分が味わって来た幸福が偽物だと気づくほうが、もっと残酷かもしれません。

 それに魔王の再封印なら律子さんとユエル君だけで可能でも、ネフィロスさんの問題があります。案外何も無いかもしれませんが、万全を期すためには味方は1人でも多いほうがいいです。

 ……だからやっぱり私と風丸はここで終わりだと、自分に言い聞かせました。

 風丸は最後に、私から借りていた一角獣の腕輪を返そうとしましたが

「それは風丸が持っていてください」
「でもこれはアンタが、あの馬にもらったもんだろ」

 遠慮する風丸に、私は笑顔で首を振ると

「ユニちゃんには、もう許可をもらったので大丈夫です」

 私は風丸が外した腕輪を、彼の手首に付け直しながら

「元の世界に持ち帰って、たまに綺麗だなと眺めるより、ここで私の大事な人を護って欲しい。そういう使い方をしたいと言ったら、納得してくれました」

 別れた後も風丸が過酷な世界を生き抜けるように。そんな願いを込めて渡すと

「……だから風丸。これをあげる代わりというわけじゃないんですが、1つだけいいですか?」
「なんだい?」
「皆を護って。あなたも絶対に無事で居てください」

 今ここで帰ってしまう私には、結末を知るすべがありません。だから皆は大丈夫だと言う確約を求めると、風丸は少し俯いて「……分かった」と言葉少なに約束してくれました。

 もっと何か言いたいことがあるはずなのに。これが最後の機会なのに。いざ口にしようとすると言葉になりませんでした。

「……では相楽さんを元の世界へお帰しします」

 送還の光に包まれた私は、最後に律子さんを見ました。

 ここまで来ても私には、風丸を幸せにできませんでした。やはり私はヒロインの器では無かったようです。そんな情けなさからへにゃりと笑うと

(どうか律子さんだけでも、大好きな人と幸せに)

 そんな想いを込めてバイバイと手を振りました。
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