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第十三話・私が思っていた進路とちがう

涙の告白

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 友木君がスマホをポケットに仕舞うのを見て

「誠慈君、来る?」

 話が済んだのだろうと問うと

「まぁ、ジュースでも飲んで待っていようよ」

 それから友木君と自販機で飲み物を買った。流れでそのまま奢ってもらい、再びベンチに戻る。

 友木君にお礼を言うと、無言で桃のジュースを飲みはじめた。表面上は平静を装っているが、ほぼ知らない人との沈黙が非常に気まずい。

 私と違って友木君は落ち着いた態度で

「ジュース、美味しい?」

 咄嗟に返事できず、コクンと頷く私に

「そう。良かったね」

 彼は笑顔で手を伸ばして来た。少女漫画ではクラスメイトくらいの関係でも、頭をポンポンする描写がある。だから現実でも、このくらいのスキンシップは妥当なのかもしれない。

 でも私は誠慈君やお父さん以外の男の人に触れられたくなかった。

 だけど友木君は誠慈君の友だちで、すごく心配してくれた。避けるなんて失礼だと、あえてそのままで居た。

 しかし私の頭に彼の手が触れる寸前。何かがバシッと当たる音とともに

「っだ!?」

 目の前で友木君が、突然苦痛の声をあげる。何が起きたのか分からず瞠目する私をよそに

「お前、人にスマホを投げるなよ」

 友木君の視線の先には

「も、萌乃に……触るな……」

 ここまで全力疾走して来たのか、ぜぇぜぇと息を切らしながら、部屋着姿の誠慈君が立っていた。先ほど友木君が呼び出したのだから、誠慈君がこの場に現れるのはおかしくない。

 でもなんで着替えもせずにやって来て、友木君にスマホをぶつけたのだろう? しかも何故か怒っているようで、怖い顔で友木君を睨んでいる。

 しかし友木君は怯むどころか、おどけた態度で

「まぁ、怖い顔。心配しなくても本気じゃねぇよ」

 立ち上がったついでに地面に落ちていたスマホを拾うと、誠慈君に「ほらよ」と返して

「じゃ、俺は帰るから。池田さん、この辺はじめてらしいから、ちゃんと駅まで送ってやれよ」

 ひらひらと手を振って公園を出て行った。

 その場に残された私たちは

「……誠慈君」

 声をかけると誠慈君はビクッとして、少し逃げたそうにしながら

「ゴメン。こんな格好で。外に出るつもりなかったのに、変な連絡が来たから焦っちゃって」
「変な連絡って?」
「萌乃は……池田は知らなくていいよ」

 そう言いながら、誠慈君は顔を背けた。そっぽを向かれたのもさることながら、あえて苗字で呼び直されたことに

「……もう私が嫌いになった?」
「嫌いとかじゃなくて。もう恋人じゃないのに、名前で呼ぶのは馴れ馴れしいかなって」

 誠慈君は口ではフォローしてくれたけど

「でも、こっちを見てくれないから」

 もう顔も見たくないくらい、私が嫌いになったのかと思った。でも誠慈君はこちらに背を向けたまま

「悪いけど、合わせる顔が無い。恥ずかしくて」
「恥ずかしいって、なんで?」
「だって俺、君と付き合っていた間。最初から最後まで、ずっと空回っていたから」

 誠慈君は震えそうな声を、無理に押さえつけるような話し方で

「人を好きになるのも付き合うのもはじめてだから、全然勝手が分からなくて。君がほんのちょっと気持ちを寄せてくれるだけで、俺は嬉しすぎてドンドン舞い上がって、挙句結婚とか言い出してさ」

 背を向けるだけじゃ足りないみたいに、片手で顔を覆いながら

「君に振られて気づいた。俺きっと1人で盛り上がって、すごく馬鹿みたいだったろうなって」
「馬鹿みたいって、そんなこと思ってないよ」

 咄嗟に否定するも、誠慈君は首を振って

「君も皆も優しいから、俺を馬鹿にしないって分かっている。でも自分が恥ずかしいんだ」

 耐えかねたように声に涙を滲ませると

「普通の人なら失恋したって、きっと学校に行けなくなるほどショックを受けたりしないのに。俺、どれだけ女々しいんだろうって。自分が恥ずかしい……」

 聞いているこちらが痛くなるような告白に、私も泣きそうになりながら

「誠慈君、こっち向いて」

 ベンチから立って、彼の背中に触れる。誠慈君は拒絶するように首を振ったけど、私は彼の前に回って

「見ないで。お願い」

 誠慈君の言葉を無視して顔を隠す手を退かすと、彼はやっぱり泣いていて

「ゴメン。俺、最後までカッコ悪くて。綺麗に別れられなくてゴメン……」

 いつも温かく笑っていた顔が、真っ赤に泣き濡れているのを見て

「ゴメン。こんなに悲しませてゴメンなさい」

 つられて泣き出す私に、誠慈君は驚いた顔で

「池田は悪くないよ。最初から俺が一方的に言い寄っていただけだから」

 こんなになるまで傷つけたのは私なのに、まるで自分の悲しみを忘れたように慰めてくれた。

 彼の優しさに、私は余計に泣きながら

「一方的じゃない」

 誠慈君は確かに舞い上がっていたかもしれないし、しばしば圧倒されるほど全力だった。でもそれが滑稽だとか鬱陶しいと思ったことは無いと伝えたくて

「私も誠慈君が好きだよ」

 私の勝手で振ったのに、どのツラ下げてなんて今は考えられず、ただ好きと伝える。けれど誠慈君は喜ぶよりも、怯えたように体を強張らせて

「やめて。俺が可哀想だからって、もう無理に付き合わなくていいから」

 私は誠慈君を二度も振り、プロポーズも二度断っている。真剣な気持ちを、そこまで拒絶されて平気な人なんて居ない。嬉しいはずの言葉も、もう無防備に受け取れないほど、誠慈君を深く傷つけたことを感じながらも

「違う。無理じゃない。本当に好きなの」

 泣きながら彼に縋りついて

「でも私は本当にダメだから。一緒に居たら誠慈君に迷惑をかけるから。幸せにできないから。離れなきゃダメだと思ったの」

 寄りを戻したいというよりは、独りよがりなんかじゃなかったことを伝えたくて

「本当は私も誠慈君と、ずっと一緒に居たいのに」

 あの時、飲み込んだ本音を告げると

「……本当に本当だと思っていいの? 俺は馬鹿だから、ずっと一緒は一生だと思っちゃうよ。せっかく諦めようとしているのに、今君を抱きしめたら、二度と離せなくなるよ」

 私を抱きしめることを躊躇う誠慈君に

「離さないで。ずっと傍に居て」

 自分からギュッと抱き着いて、彼の胸に顔を埋めると

「……本気にしたからね」

 誠慈君は少し硬い声音で言うと

「もう二度と、絶対に離さないから」

 痛いくらいに強く、私を抱きしめた。
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