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王女と騎士(1)
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フローラが休憩を終えジェシカの元へ戻ると、彼女はつまらなさそうに顔を歪めていた。そしてフローラが戻ったところで、今日のフローラのパートナーであるエセラが休憩に入った。そのエセラがいなくなったところで、ジェシカが口を開く。
「ねえ、フローラ。私、今、非常に退屈なの。お茶、淹れてくださらない? できればあなたの分も。私の話相手になってくれるわよね?」
ジェシカの話相手。それは護衛騎士である彼女たちの裏の役目でもあった。表向きはジェシカを護ること。裏向きは彼女の暇つぶしの相手。そういうこと。
「承知しました」
フローラはこの年下の第一王女が嫌いではない。むしろ好意を寄せている。彼女が嫁ぐまで、彼女の護衛騎士を務めあげたいとさえ思っている。だからサミュエルからの結婚の申し込みを断った、というところにいきつく。
ジェシカの前にカチャリとお茶を置くと、隣に座るように促された。ときどきこの王女は、甘えるようにフローラを隣に侍らせる。
「ねえ、フローラ。あなた、あのクリスとお付き合いをしているって聞いたのだけれど」
唐突にジェシカがそれを口にしたため、フローラはピクリと肩を震わせてしまった。事実ではあるが、それを彼女から言われるとは思っていなかったからだ。
しかも「あのクリス」とまで言われてしまう彼。
「はい」
フローラはそう返事をすることしかできなかった。
「しかも。その、この国の政略によってお付き合いを始めたのでしょう? 好きになった相手ではない、というわけよね」
「最初はそうかもしれませんね」
膝の上で両手を組んでいるフローラは、クリスとの出会いを思い出していた。あのような出会いから、このような関係になるとまで誰が想像できていただろうか。恐らく、あの国王陛下と宰相くらいだろうか。
いや、もしかしたらクリスはこうなることを望んでいたのかもしれない。
「私にも縁談がきているの。もちろん、お会いしたことのない相手だわ」
そのジェシカの言葉に驚いたフローラは顔を横に向けた。
「あら、そんなに驚かないで。今までそのような話が無かった方がおかしいくらいなのだから」
自嘲気味にジェシカが言う。
「相手は、アリハンスのアルカンドレ第一王子よ」
「まあ」
と、フローラは、そういった浮ついた話が好きである侍女のような反応をした。
「素敵なお話ではありませんか?」
「だけど、お会いしたことは無いのよ。あなたも知っての通り、この国とアリハンスはアリーバ山脈によって、隔てられているでしょう? 簡単に行き来できるような距離ではないもの」
国王であれば、隣国に足を伸ばすこともある。だが、まだ幼い頃の王女はそれに付き添ったことはない。やっと成人を迎えたジェシカ、これから外交が増えるというその時期である。
「それでね。あなたも一度もお会いしたことのなかった、あのクリスとお付き合いしているわけでしょ? その話を聞きたいと思ったのよ」
自嘲気味に笑ったかと思えば、今度は何かいたずらを企んでいる子供のように笑ってくる。恐らくジェシカは何かを隠している。だから、フローラの話を聞きたいと言い出したのだろう。
ただフローラの場合は、お付き合いだ。付き合ってみて、合わないと思ったら別れてもいい、とあの宰相は言っていた。
それに対してジェシカの場合、縁談を断ることは難しいだろう。いや、断ることのできない話だ。
彼女に嘘はつきたくない。と、同時にこの縁談に不安を持ってもらいたくない、という思いもあった。
「そうですね。私とクリス様の出会いは、その、まあ。国の政略の一つと言われてしまえば、そうですが。まあ、でも、クリス様と出会えてよかったと、今では思っています」
「本当に?」
ジェシカが下から顔を覗き込んできた。
「ええ。結局、出会うことがなければ、始まりもしないということですね」
「だけど、あなた。あのサミュエルと付き合っていたわけでしょ? 彼を捨ててまでそんなにクリスと付き合いたかったわけ? 国の政略だからって、簡単に付き合っていた男を捨てたわけ?」
「え、と……」
なんという噂だろう。フローラがサミュエルを捨ててクリスと付き合い始めた、と、そのような話が広まっているのだろうか。
「ジェシカ様。どこからそのようなお話を?」
「え? 私の勝手な推測だけれど」
ジェシカの勝手な推測、というところでほっと胸を撫でおろした。特に噂になっているというわけではないようだ。
「ねえ、フローラ。私、今、非常に退屈なの。お茶、淹れてくださらない? できればあなたの分も。私の話相手になってくれるわよね?」
ジェシカの話相手。それは護衛騎士である彼女たちの裏の役目でもあった。表向きはジェシカを護ること。裏向きは彼女の暇つぶしの相手。そういうこと。
「承知しました」
フローラはこの年下の第一王女が嫌いではない。むしろ好意を寄せている。彼女が嫁ぐまで、彼女の護衛騎士を務めあげたいとさえ思っている。だからサミュエルからの結婚の申し込みを断った、というところにいきつく。
ジェシカの前にカチャリとお茶を置くと、隣に座るように促された。ときどきこの王女は、甘えるようにフローラを隣に侍らせる。
「ねえ、フローラ。あなた、あのクリスとお付き合いをしているって聞いたのだけれど」
唐突にジェシカがそれを口にしたため、フローラはピクリと肩を震わせてしまった。事実ではあるが、それを彼女から言われるとは思っていなかったからだ。
しかも「あのクリス」とまで言われてしまう彼。
「はい」
フローラはそう返事をすることしかできなかった。
「しかも。その、この国の政略によってお付き合いを始めたのでしょう? 好きになった相手ではない、というわけよね」
「最初はそうかもしれませんね」
膝の上で両手を組んでいるフローラは、クリスとの出会いを思い出していた。あのような出会いから、このような関係になるとまで誰が想像できていただろうか。恐らく、あの国王陛下と宰相くらいだろうか。
いや、もしかしたらクリスはこうなることを望んでいたのかもしれない。
「私にも縁談がきているの。もちろん、お会いしたことのない相手だわ」
そのジェシカの言葉に驚いたフローラは顔を横に向けた。
「あら、そんなに驚かないで。今までそのような話が無かった方がおかしいくらいなのだから」
自嘲気味にジェシカが言う。
「相手は、アリハンスのアルカンドレ第一王子よ」
「まあ」
と、フローラは、そういった浮ついた話が好きである侍女のような反応をした。
「素敵なお話ではありませんか?」
「だけど、お会いしたことは無いのよ。あなたも知っての通り、この国とアリハンスはアリーバ山脈によって、隔てられているでしょう? 簡単に行き来できるような距離ではないもの」
国王であれば、隣国に足を伸ばすこともある。だが、まだ幼い頃の王女はそれに付き添ったことはない。やっと成人を迎えたジェシカ、これから外交が増えるというその時期である。
「それでね。あなたも一度もお会いしたことのなかった、あのクリスとお付き合いしているわけでしょ? その話を聞きたいと思ったのよ」
自嘲気味に笑ったかと思えば、今度は何かいたずらを企んでいる子供のように笑ってくる。恐らくジェシカは何かを隠している。だから、フローラの話を聞きたいと言い出したのだろう。
ただフローラの場合は、お付き合いだ。付き合ってみて、合わないと思ったら別れてもいい、とあの宰相は言っていた。
それに対してジェシカの場合、縁談を断ることは難しいだろう。いや、断ることのできない話だ。
彼女に嘘はつきたくない。と、同時にこの縁談に不安を持ってもらいたくない、という思いもあった。
「そうですね。私とクリス様の出会いは、その、まあ。国の政略の一つと言われてしまえば、そうですが。まあ、でも、クリス様と出会えてよかったと、今では思っています」
「本当に?」
ジェシカが下から顔を覗き込んできた。
「ええ。結局、出会うことがなければ、始まりもしないということですね」
「だけど、あなた。あのサミュエルと付き合っていたわけでしょ? 彼を捨ててまでそんなにクリスと付き合いたかったわけ? 国の政略だからって、簡単に付き合っていた男を捨てたわけ?」
「え、と……」
なんという噂だろう。フローラがサミュエルを捨ててクリスと付き合い始めた、と、そのような話が広まっているのだろうか。
「ジェシカ様。どこからそのようなお話を?」
「え? 私の勝手な推測だけれど」
ジェシカの勝手な推測、というところでほっと胸を撫でおろした。特に噂になっているというわけではないようだ。
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