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27.窓から顔を覗かせたハンスは
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「今日は天気も良いですし、久し振りに外でお茶にしませんか?」
窓から顔を覗かせたハンスは、シャルとライを誘った。
「嬉しいです」
「晴れてるっても、寒いだろう?」
シャルは笑顔で同意を示すが、ライは眉根を寄せて不満を口にする。
「では決まりですね」
「おい」
ライの意見は無視して、ハンスはシャルを伴い奥庭の一画に向かった。
手焙りを持たされたライも、渋々後から付いて来る。
どこから仕入れて来たのか、庭には敷物が広がっており、ハンスは重箱を並べていく。部屋から持ち出した手焙りには鉄瓶が掛けられ、茶がいれられた。
「さあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
ハンスの入れたお茶を受けとると、三人は各々に重箱の品を取り、口に運ぶ。
「何してるのよ? そんな所で」
現れたのは玉緋だった。
「何か用か?」
顔を上げたライは、肉団子を頬張りながら問いかける。
「あんたに用なんて無いわよ。そもそも、ここは私の家の敷地なの」
ライと玉緋が言い争う中、ハンスは玉緋に背を向けうつむいていた。
「兄さん?」
シャルは首を傾げるが、ハンスは口に人差し指を当てて悪戯っぽく笑う。その仕草をシャルは不思議そうに見つめるが、それ以上は聞かなかった。
「あら、美味しそうね。私も食べて良い?」
「お姫様が摘まみ食いするのかよ?」
「いいじゃない。ケチね」
皇族の姫とは思えない言動だ。
「あの、よろしければ」
シャルは重箱の一つを玉緋に向けて差し出した。
「あら、ありがとう」
玉緋は迷うことなく菓子を一つ摘まみ、口に入れる。その表情が、じんわりと和らぎ輝いていく。
「美味しい。先日の菓子も思ったけど、セントーンの菓子って本当に美味しいわね」
「ありがとうございます」
シャルは嬉しそうに笑う。ハンスの菓子が褒められるのは、自分が褒められることよりも嬉しく感じた。
次の菓子を摘まみ、口に運ぼうとした玉緋の視線が、重箱から上がる。
「ところで、そいつ誰?」
視線は背中を向けたハンスを示していた。
シャルとライも玉緋の目線の先を追う。三人から視線を浴びて、ハンスは頬を掻きながら、仕方なく振り向いた。
「先日はどうも」
「ああっ?!」
ハンスの顔を見た玉緋は、驚いて叫ぶ。その反応に、シャルとライも目を見張って玉緋をまじまじと見た。
「何であんたがここに居るのよ?」
柳眉を寄せて問う玉緋に、ハンスは困ったように口元を緩める。
「いやあ、緋凰皇帝陛下のお招きで」
「兄様の? 何者なの?」
訝しげに顔をゆがめた玉緋を見やると、ライは呆れ混じりに聞いた。
「知り合いか?」
「いえ、大した事では」
ハンスは軽く答えたが、玉緋は違った。
「とぼけないでよ。あの後、私がどれだけ探し回ったと思ってるの?」
声を荒げる玉緋に、ライはハンスに冷たい目を向け、シャルは不安な瞳で見つめた。
「お前、まさか昔の癖が?」
ハンスは菓子職人となる前、盗賊として活躍していた過去がある。
疑いの眼差しを向けられ、ハンスは肩をすくめた。
「何もしていませんよ。そんなに信用無いですかね」
「無いな」
「ライ大将」
即答するライに、ハンスは肩を落として力ない声を上げる。
「あの、兄が何か失礼な事を?」
男二人のやり取りを脇目に、シャルは玉緋に直接尋ねた。
「大した事じゃないの。心配しないで。町でちょっと会っただけ」
顔の前で小さく両手を振り、玉緋は誤魔化し始めた。
シャルは小首を傾げるが、ライは返って興味をそそられたのか、片眉を上げた。
「ははあ、なんか間抜けな姿をこいつに見られたな」
「違うわよ。無頼者達とやり合っただけ、……って、誰にも言わないでよ」
ライに反論しようとして口を滑らせた玉緋は、慌てて言葉を区切り、周囲を見回す。誰もいないことを確かめると、声を潜めて口止めを始めた。
「おや、なぜですか?」
先日の玉緋の行動を思い返しながら、ハンスは不思議そうに問う。
旅行者を無頼の男たちから守ろうとした玉緋の行動は、賞賛されることだ。隠す理由が見つからない。
「なぜって、町で騒動起こしたなんてばれたら、また外出禁止にされちゃうじゃない」
身を縮めた玉緋は、視線を泳がせながら小さな声で言った。
「良いんじゃねえの? 少しは町が静かになって」
「あんた本当に失礼な男ね」
玉緋はライに噛みつくが、立ち去ることなく敷物に上がり、菓子に手を伸ばす。
「大体、警備の兵達がしっかりしてれば、私だってゆっくり町を歩けるわけよ」
菓子を摘まみながら、言い訳染みた愚痴をこぼし始めた。
「何くつろいでんだ?」
「いいじゃない。うちの庭なんだから」
指摘するライに、言い返す玉緋。
ハンスは苦笑しつつ、予備の器に茶を入れて差し出す。
「あら、ありがとう」
受け取った玉緋は一口含み、瞬いた。
「これ、セントーンから持って来たの?」
「いいえ。こちらの厨房にあった物を頂いて来ました」
「嘘。こんな美味しいお茶、この城で飲んだことないわよ?」
「味覚が狂ってるんじゃないか?」
すかさずライが指摘する。
「一々うるさいわよ、あんた」
玉緋もまた、抗議した。
「そういえば」
と、シャルは思い出す。
「皇帝陛下も、兄さんに教えてもらった淹れ方でお茶を差し上げたら、美味しいって言ってくださったわ」
言うシャルに、ハンスは微笑む。けれどそこにライの言葉が滑り込んできた。
「ぬるい、とも言われたけどな」
「ライ大将」
ライを目で叱りながら、落ち込むシャルをハンスは慰める。
「あんた達って許嫁なのよね? 良いわね、仲が良くて」
玉緋の言葉にシャルとライは硬直し、ハンスは吹き出した。
「何よ?」
訝しげに眉をひそめる玉緋に、ライは心の底から訴えた。
「頼む。その話はもう勘弁してくれ」
「何で?」
一人笑い続けるハンスをじと目で睨みつつ、ライは緋凰の追及を誤魔化すために吐いた偽りだった事を白状する。
更には見抜いていた緋凰の掌で踊らされていたことも話した。
それに対する玉緋の感想は、辛らつなものだった。
「じゃあ、あなたは恋人でもないアリスを助けるために、緋凰兄様に逆らったの? 本物の馬鹿なの?」
言い放たれた玉緋の言葉に、ライは撃沈する。心配したシャルにまで慰められそうになり、更に沈んだ。
「そこがライ大将の良い所なんですよ」
「どうせ俺はお前に比べて思慮が足りないよ」
褒めているのか、からかっているのか分からないハンスの言葉に、ついにライは不貞腐れた。
「まだ若いのですから、それで充分ですよ」
「お前は老けすぎだ」
悪態を忘れないライに、ハンスは苦笑する。
窓から顔を覗かせたハンスは、シャルとライを誘った。
「嬉しいです」
「晴れてるっても、寒いだろう?」
シャルは笑顔で同意を示すが、ライは眉根を寄せて不満を口にする。
「では決まりですね」
「おい」
ライの意見は無視して、ハンスはシャルを伴い奥庭の一画に向かった。
手焙りを持たされたライも、渋々後から付いて来る。
どこから仕入れて来たのか、庭には敷物が広がっており、ハンスは重箱を並べていく。部屋から持ち出した手焙りには鉄瓶が掛けられ、茶がいれられた。
「さあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
ハンスの入れたお茶を受けとると、三人は各々に重箱の品を取り、口に運ぶ。
「何してるのよ? そんな所で」
現れたのは玉緋だった。
「何か用か?」
顔を上げたライは、肉団子を頬張りながら問いかける。
「あんたに用なんて無いわよ。そもそも、ここは私の家の敷地なの」
ライと玉緋が言い争う中、ハンスは玉緋に背を向けうつむいていた。
「兄さん?」
シャルは首を傾げるが、ハンスは口に人差し指を当てて悪戯っぽく笑う。その仕草をシャルは不思議そうに見つめるが、それ以上は聞かなかった。
「あら、美味しそうね。私も食べて良い?」
「お姫様が摘まみ食いするのかよ?」
「いいじゃない。ケチね」
皇族の姫とは思えない言動だ。
「あの、よろしければ」
シャルは重箱の一つを玉緋に向けて差し出した。
「あら、ありがとう」
玉緋は迷うことなく菓子を一つ摘まみ、口に入れる。その表情が、じんわりと和らぎ輝いていく。
「美味しい。先日の菓子も思ったけど、セントーンの菓子って本当に美味しいわね」
「ありがとうございます」
シャルは嬉しそうに笑う。ハンスの菓子が褒められるのは、自分が褒められることよりも嬉しく感じた。
次の菓子を摘まみ、口に運ぼうとした玉緋の視線が、重箱から上がる。
「ところで、そいつ誰?」
視線は背中を向けたハンスを示していた。
シャルとライも玉緋の目線の先を追う。三人から視線を浴びて、ハンスは頬を掻きながら、仕方なく振り向いた。
「先日はどうも」
「ああっ?!」
ハンスの顔を見た玉緋は、驚いて叫ぶ。その反応に、シャルとライも目を見張って玉緋をまじまじと見た。
「何であんたがここに居るのよ?」
柳眉を寄せて問う玉緋に、ハンスは困ったように口元を緩める。
「いやあ、緋凰皇帝陛下のお招きで」
「兄様の? 何者なの?」
訝しげに顔をゆがめた玉緋を見やると、ライは呆れ混じりに聞いた。
「知り合いか?」
「いえ、大した事では」
ハンスは軽く答えたが、玉緋は違った。
「とぼけないでよ。あの後、私がどれだけ探し回ったと思ってるの?」
声を荒げる玉緋に、ライはハンスに冷たい目を向け、シャルは不安な瞳で見つめた。
「お前、まさか昔の癖が?」
ハンスは菓子職人となる前、盗賊として活躍していた過去がある。
疑いの眼差しを向けられ、ハンスは肩をすくめた。
「何もしていませんよ。そんなに信用無いですかね」
「無いな」
「ライ大将」
即答するライに、ハンスは肩を落として力ない声を上げる。
「あの、兄が何か失礼な事を?」
男二人のやり取りを脇目に、シャルは玉緋に直接尋ねた。
「大した事じゃないの。心配しないで。町でちょっと会っただけ」
顔の前で小さく両手を振り、玉緋は誤魔化し始めた。
シャルは小首を傾げるが、ライは返って興味をそそられたのか、片眉を上げた。
「ははあ、なんか間抜けな姿をこいつに見られたな」
「違うわよ。無頼者達とやり合っただけ、……って、誰にも言わないでよ」
ライに反論しようとして口を滑らせた玉緋は、慌てて言葉を区切り、周囲を見回す。誰もいないことを確かめると、声を潜めて口止めを始めた。
「おや、なぜですか?」
先日の玉緋の行動を思い返しながら、ハンスは不思議そうに問う。
旅行者を無頼の男たちから守ろうとした玉緋の行動は、賞賛されることだ。隠す理由が見つからない。
「なぜって、町で騒動起こしたなんてばれたら、また外出禁止にされちゃうじゃない」
身を縮めた玉緋は、視線を泳がせながら小さな声で言った。
「良いんじゃねえの? 少しは町が静かになって」
「あんた本当に失礼な男ね」
玉緋はライに噛みつくが、立ち去ることなく敷物に上がり、菓子に手を伸ばす。
「大体、警備の兵達がしっかりしてれば、私だってゆっくり町を歩けるわけよ」
菓子を摘まみながら、言い訳染みた愚痴をこぼし始めた。
「何くつろいでんだ?」
「いいじゃない。うちの庭なんだから」
指摘するライに、言い返す玉緋。
ハンスは苦笑しつつ、予備の器に茶を入れて差し出す。
「あら、ありがとう」
受け取った玉緋は一口含み、瞬いた。
「これ、セントーンから持って来たの?」
「いいえ。こちらの厨房にあった物を頂いて来ました」
「嘘。こんな美味しいお茶、この城で飲んだことないわよ?」
「味覚が狂ってるんじゃないか?」
すかさずライが指摘する。
「一々うるさいわよ、あんた」
玉緋もまた、抗議した。
「そういえば」
と、シャルは思い出す。
「皇帝陛下も、兄さんに教えてもらった淹れ方でお茶を差し上げたら、美味しいって言ってくださったわ」
言うシャルに、ハンスは微笑む。けれどそこにライの言葉が滑り込んできた。
「ぬるい、とも言われたけどな」
「ライ大将」
ライを目で叱りながら、落ち込むシャルをハンスは慰める。
「あんた達って許嫁なのよね? 良いわね、仲が良くて」
玉緋の言葉にシャルとライは硬直し、ハンスは吹き出した。
「何よ?」
訝しげに眉をひそめる玉緋に、ライは心の底から訴えた。
「頼む。その話はもう勘弁してくれ」
「何で?」
一人笑い続けるハンスをじと目で睨みつつ、ライは緋凰の追及を誤魔化すために吐いた偽りだった事を白状する。
更には見抜いていた緋凰の掌で踊らされていたことも話した。
それに対する玉緋の感想は、辛らつなものだった。
「じゃあ、あなたは恋人でもないアリスを助けるために、緋凰兄様に逆らったの? 本物の馬鹿なの?」
言い放たれた玉緋の言葉に、ライは撃沈する。心配したシャルにまで慰められそうになり、更に沈んだ。
「そこがライ大将の良い所なんですよ」
「どうせ俺はお前に比べて思慮が足りないよ」
褒めているのか、からかっているのか分からないハンスの言葉に、ついにライは不貞腐れた。
「まだ若いのですから、それで充分ですよ」
「お前は老けすぎだ」
悪態を忘れないライに、ハンスは苦笑する。
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