聖玉を継ぐ者

しろ卯

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61.問われてハンスは

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「どういう事だ?」

 問われてハンスは微かに笑んだ。

「流石ですね。本当に御気づきになられるとは」

 シドはハンスから目を離さない。探るように、そして警戒するように凝視し続ける。

「この聖玉は、ゼノの聖石と同じ光を含んでいる」
「ええ、ゼノ殿下こそ、古の王の移し身。聖玉の真の主ですから」

 シドは茫然とハンスを見つめる。

「風の民が王と認めたことは知っている。しかし何故?」
「正確な事は俺にも分かりません。しかし聖玉は、乙女に宿り、王の新たな器と共にこの世に蘇ります。緋凰陛下の話によりますと、殿下の母君はセントーン国王との婚礼が決まった際に、美しく黄金色に輝く、聖石に似た形の石が嵌め込まれた首飾りを、父君から贈られたそうです」
「それではまさか、ゼノは本当に陛下の子供では」

 言い掛けた言葉を、シドは慌てて飲み込み、口許を手で覆った。そしてゆっくりと息を吸い込み、冷静さを取り戻す。
 思考をゼノの出生に関する秘事から、聖玉へと戻す。

「聖石の分離と統合について書かれた文献はある。だがどれも抽象的で、現実的ではない」
「ええ。聖石の分離は制約が多く、成功例は極めて少ない。その上、すでに失われた技術ですから」
「まるで方法を知っているかのように言うんだな」

 シドは探るようにハンスを見る。
 ハンスの知識が自分より勝っていることを、シドは認めている。その中にはすでに失われたはずの知識まで混ざっていることも、彼は見抜いていた。

「形は。けれど俺には術式を組み立てる力はありません。ですから俺の知っている限りの情報を差し出しますので、あなたに術式を組み立てて頂きたい」

 ごくりと、シドの咽が鳴る。
 至高の難題、古の真髄に挑む権利を目の前に吊るされ、愉悦の喜びに頬が緩むことを抑えられない。

「良いだろう。この聖玉をゼノの聖石と統合する。それで良いんだね?」
「ええ」
「だが一つ答えてくれ。かつて分かれた聖玉を、なぜ今になって統合する?」

 人々の記憶はおろか、書物からも消えかけるほどに古き時代に分かれた聖玉。この時代に統合する理由は何か。
 思い当たりながらも、確かな答えをシドは求めた。
 暗闇の中で、ハンスは微笑を浮かべる。

「力が必要です」
「それは、シャルを救うためか?」

 頷くハンスを確認し、シドは盛大に息を吐き出した。

「死に行く命さえ引き留める力か。いったい本来の聖玉は、どれだけの力を秘めていたんだ?」

 シドは窓辺に近付くと、月に黄金色の聖玉をかざした。



 目覚めたシャルはハンスを見て首を傾げた。

「あなたは誰?」

 問われたハンスは、体を硬直させた。それからゆっくりとシャルを見る。

「兄さんは、どこ?」

 不安を湛えた瞳で見つめられて、ハンスはいたたまれない気持ちになった。
 無理矢理に笑顔を作り、シャルと向き合う。

「やはり分かるんですね。大丈夫です。すぐに戻って来られます。それまで俺を、兄と思っては頂けませんか?」

 眉を八の字に落としたハンスを、シャルは見つめる。

「兄は無事なんですね?」
「もちろんです」

 安堵するシャルに、ハンスは悲し気に視線を落とした。
 しょせん、ハンスは器に過ぎないのだ。ハンスがどれほど彼女を想おうと、ハンスはシャルの兄ではない。
 そしてシャルが慕うのは、兄だ。

「小鳥ちゃん」

 ハンスは聖玉があっては口に出せなかったことを、シャルに確認する。

「もし、お兄さんと殿下、どちらかを選ばなければならなくなったら、あなたはどちらを選びますか?」

 シャルはハンスを見つめた。
 小首を傾げて不思議そうに見つめていた瞳孔が、少しずつ広がる。

「兄さんは? 兄さんはどこ?」

 しがみつくシャルの手を、ハンスは優しく握る。

「落ち着いてください。お兄さんは無事です。少し私から離れているだけです。すぐに戻って来ますから」
「本当に?」
「もちろんです。大切な妹の婚礼に、出席しない兄がありますか」

 笑顔を浮かべるハンスをじいっと見つめたシャルは、ゆっくりと手を離した。

「ごめんなさい。動揺してしまって」

 ハンスは首を横に振る。

「いいんですよ。ずっと一緒にいた兄妹なのですから、当然です」

 ハンスはいつものようにシャルの頭を撫でようとして、手を止めた。
 彼女にとって、今のハンスは兄ではない。だが一瞬の躊躇いの後、シャルの頭を撫でた。

「でも私、最初、兄さんに気付かなかったの」

 懺悔するように、シャルは告げる。

「俺は正統な継承者ではありません。ですから彼の力も記憶も、ほとんど引き出すことができませんでした。最初の記憶を得ることができたのは、あなたと暮らすようになってからです」

 顔を上げたシャルに、ハンスは目を細めた。

「彼はとても後悔していました。あなたと離れ離れになってしまい、守れなかったことを」
「そんな、兄さんが悪い訳じゃないのに」

 沈痛な面持ちとなって動揺しだしたシャルを、ハンスは頷いて落ち着かせる。

「俺の思考は、彼の影響を受けます。彼には感謝していますが、自分の思いが分からなくなる事もありました。正直、あなたや殿下に対する気持ちも、彼の影響ゆえではないかと疑っていました」

 見上げるシャルに、ハンスは口許を綻ばせた。

「離れて分かりました。俺は彼と同じように、あなたを想っています。俺には家族と呼べる存在がいません。物心付いた時には奴隷として働かされていました。彼と出会ったことで、その境遇から抜け出し、あなたと出会い家族を得た。あなたには、俺は兄では無いのでしょう。しかし俺は、彼と同じようにあなたを妹のように想っています。それは許して頂けませんか?」

 しばらくハンスを見つめていたシャルは、惑うように視線を泳がせる。

「それは、それはあなたが兄の代わりになるという事ですか? 私がゼノと結婚したら、兄さんは……」

 それから先の言葉を、シャルは紡ぐ事が出来なかった。
 涙が床に落ちる。

「私、私はゼノと結婚できなくてもいい。だからお願いです。兄さんを返して。お願い」

 ハンスの衣を握り締めて、嗚咽しながら訴えるシャルに、ハンスは顔を歪めた。
 ようやく噛み合おうとした欠片に、再びひびが入っていく。
 すがり付いて泣き続ける少女を、ハンスは強く抱き締める。泣き止んだシャルを椅子に座らせ、香草の茶を入れた。

「飲んでください。落ち着きますから」

 茶器を両手に包むように持ち、ゆっくりとすするシャルを、ハンスは眺めた。
 瞼を伏せ、思考を切り替える。
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