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22.だぶるでーと

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「精霊様、アンバー、オーマ」

 灯りもつけない部屋の中。窓辺に腰かけた主は月を見上げながら繰り返す。何かを噛みしめ、飲み込むように。

「精霊様の御力をお借りするしかないか」

 ぽつりと零れ落ちた言葉は苦渋に満ちていた。
 主と側妃様はお優しい。玉座を望まず継承権争いから身を引いてきた。けれど精霊様の力を借りるということは、継承権争いに名乗りを上げるということ。
 精霊様の祝福を頂いた者が王となる定めなのだから。

 主が心を寄せる御方に手を出したことは許しがたいが、主の気持ちを変える切欠をくれたことには感謝してもいい。
 酷薄な嗤いが浮かび、気付かれぬよう慌てて頭を垂れる。

「もう少し入り込めそうか?」
「妹の方はすぐにでも。姉は少々お時間を頂きたく」
「ならば妹を。可能ならばアンバーも手に入れろ」
「御意」

 闇の中に俺は溶け戻る。主を玉座に頂く為に――。



     ※



「お姉様、聖女とはどのようなものなのでしょう?」

 悪しき精霊とお茶を飲んでいた異母妹が、不安そうな顔をして問うた。彼女の胸にはアンバーが揺れている。

「魔王を封じるのよ」
「魔王、ですか?」

 異母妹の顔が何とも表現しがたい顔に歪む。貴族の令嬢としてその顔は駄目だと思うけれど、気持ちは理解できた。
 魔王などという存在は、それこそ物語に出てくる存在だ。
 悪しき精霊に体を乗っ取られるなんていう現実離れした体験をしていなければ、私だって同じ気持ちになったと思う。

「そうよ。まだ現れていないけど、もうすぐ出現するの。アンバーに封じられた精霊オーマの力を借りて、魔王を封じるのが聖女の役目よ」
「そうですか」

 拳を握りしめて意気込みながら話す悪しき精霊。異母妹は適当に相槌を打つと、静かに紅茶を飲みクッキーを摘む。
 異母妹がまともな感性の持ち主で良かった。

 しばらく熱く語り続ける悪しき精霊は気にしないことにしたようで、異母妹は紅茶のお代わりを侍女に頼む。
 私もそうだけど、彼女も悪しき精霊の扱いに慣れてきたようだ。

「夢を見るのです」

 ぽつりと、異母妹は呟く。

「ウキナム様とお会いした日から、アンバーを身に付けていたら。とてもはっきりとしていて、現実のような夢です。でも現実とは思えない夢」
「どんな夢?」
「笑わないでくださいね?」

 困ったような、恥ずかしいような笑みを浮かべて、異母妹は話しだす。

「この世界とは全く異なる世界なんだと思います。お父様の執務室に似ているけれど、もっと雑多というか、何に使うのか分からない変な物がたくさんある部屋です」

 そこでは一人の少女が不思議な板を見つめているのだという。板には綺麗な絵が描かれていて、動いたり喋ったりするのだと。
 私が見た夢と似ている。もしかしらた、同じ夢を見ているのかもしれない。

「もしかして、モモも転生者なの?」
「転生者?」
「異世界から転生してきた人のことよ。異世界の記憶があるの」
「そんな記憶はありませんけれど」

 異母妹は困ったように首を傾げる。

「まだ記憶がはっきり戻っていないのかもね。早く記憶が戻るといいわね」

 悪しき精霊は嬉しそうに笑う。やはり悪しき精霊は、異母妹の体も手に入れようとしているようだ。

 ――どうか夢に囚われないで! 心を強く持って。

 伝わらないと分かっていても、叫ばずにはいられない。
 どうか誰か、異母妹を護ってください。これ以上、悪しき精霊に力を与えないでください。



「モモちゃん、ディアーナちゃん、こっちこっち」

 いったいどういう状況なのだろうか。
 悪しき精霊の言葉を借りるなら、『だぶるでーと』というらしい。庶民の格好に変装した悪しき精霊と異母妹は、ツモンデレン様とウキナム様と共に、城下町を歩いていた。
 ウキナム様はずいぶんと慣れているようで、街に馴染んでいる。

「ケセディアーナ様、手を」
「ツモン様もウキナム様のように、ディアーナって呼んでください」
「いえ、それは」
「ディアーナ」
「……。ディアーナ様」

 悪しき精霊に言いくるめられて、ツモンデレン様もついに愛称で呼ぶようになった。
 このまま私の体はツモンデレン様と結婚するのだろうか? そう考えると、気持ちが落ち込んでくる。

 ウキナム様の案内で訪れたのは宝石店だった。普段身に付けている宝石よりも質が低い品が並んでいる。
 店員の雰囲気も、屋敷に出入りしている商人と違いあっさりとしていた。商品の説明をすることもなく、客が選んだ品の対価を受け取るだけだ。

「二人には物足りないかもしれないけれど、今日はお忍びだからね。記念だと思って受け取ってくれると嬉しいかな?」

 ウキナム様とツモンデレン様は、自らアクセサリーを選ぶ。
 ツモンデレン様が選んだのは、緑色の石が付いたネックレスだ。小振りだが質は良く、どこか懐かしい雰囲気を宿す石。

「ケセディアーナ様、付けさせていただいても構いませんか?」
「はい! もちろんです」
「……。しゃがんでいただけますか?」
「はい!」

 ツモンデレン様は、出会ったときから身長が変わらない。お互いに立ったままでは悪しき精霊の首には手が届かなかった。

「僕の瞳の色です。僕だと思って、ずっと付けていてくれると嬉しいです」
「っ! はいっ! 絶対に外しません!」

 耳元で囁くように言われた悪しき精霊は、真っ赤な顔で返事をした。言った本人も顔が赤く染まっている。
 にやにやと見ているウキナム様の腕を、不機嫌そうな異母妹が引っ張った。

「モモちゃんにも、付けていいかな?」
「はいっ!」

 一変して明るい表情になった異母妹。買ったばかりのネックレスを箱から取り出して、彼女の首に付けようとしたウキナム様の手が止まる。
 異母妹の首にはアンバーのネックレスが付いているから。

「このネックレスは外してもいいかな?」

 少しためらう様子を見せた異母妹だが、

「モモリーヌ様には、俺の色だけを付けてほしいな」

 と耳元で囁かれると、耳まで真っ赤に染めて頷いた。
 アンバーが外され、代わりに爽やかな青い半貴石で作られたネックレスが異母妹の首を彩る。ウキナム様の瞳の色だ。

 宝石店を出ると、街の中を気ままに歩く。カフェで軽い昼食を取ってから、中央神殿へ向かう。
 白く美しい建物に入ると、多くの人が祈りを捧げていた。
 私たちは祈る人々の横を真っ直ぐに突き抜けて、奥の通路へと入る。
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