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二章
54.それで? そのアッシュは
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「それで? そのアッシュはどうした?」
「アッシュならイーヌワッシの反省部屋に放り込んで来たけど? ガキん頃からスカーレットにちょっかいかけてるんだ。今回だってわざわざうちに現れて騒いでたって話だからな。どうせ成人の儀式を邪魔する気だったんだろ?」
場の空気などなんのその。骨付き肉を噛みちぎりながら、あっさりとした口調でパーシバル殿が答える。
「イーヌワッシの城の反省部屋は一メートルほどの厚みの金属板でできてるから、簡単には脱出できないわ」
隣に座るスカーレットが、こっそり補足してくれた。
それはもう反省部屋ではなく、凶悪犯向けの牢ではなかろうか。
「どいつもこいつも情けない。次代はゴードンに任せたほうがいいか?」
ゴードン・イーグル――アンディ・イーグル辺境伯の兄、アンドン・イーグルの次男の名前だ。たしかパーシバル殿と同じく二十二歳になる。
実力主義のイーグル家では、当主の息子から後継者が選ばれるとは限らないということか。
不穏な空気を残したまま日は替わり、早朝から私たちは辺境の山に向かって出発した。そう、私たちは。
成人の儀式を受けるスカーレットの他に、私とパーシバル殿、イーサン殿、ユージーン殿、それにジョッシュ殿が同行する。
「さすがに竜種の尻尾を一人で運ぶのはきついからな。とはいえ、道中も竜種との戦いも手は出さねえ決まりだ。手を出された時点で失敗とみなされるから、オリバーも余計なことはするなよ?」
人数の多さの理由をパーシバル殿が説明してくれた。
ジョッシュ殿は違反がなかったかを確認するための裁定者という訳だ。
「オリバー、辛くなったら言ってね?」
「ありがとう、スカーレット」
これから七日間、私たちは竜種の尻尾を手に入れるため、山の中を歩かなければならない。整備された道はなく、岩や砂の乾いた斜面を進み、崖を登って移動する。
イーグル家と付き合うためにこの七年間、私なりに体を鍛えてきたつもりではあるが、きつい道程となるだろう。
ありがたいことに私の分の荷物はジョッシュ殿が持ってくれているので、本来よりも負担は少ないが。
「前から気になってたんだけど、なんでブライアン兄さんは失敗したの?」
「ブライアン兄さんなら古代竜もいけたんじゃないの?」
イーグル辺境伯の前では控えていたイーサン殿とユージーン殿だったが、城から離れると普段通りに話し始めた。同世代ということもあり、ジョッシュ殿に対してはイーグルの籍から外れても気安いのかもしれない。
話題に上っているブライアン殿というのは、アンドン・イーグルの長男のことだろう。
「古代竜の巣に向かう途中で魔虹蝶蜂を見つけて追いかけて行った。口出しは禁じられているからな。魔虹蝶蜂を捕獲して満足し、本来の目的を忘れて帰っていくブライアン殿の後を黙って付いていくしかできなかった」
ジョッシュ殿の表情はあまり変わらないが、どこか疲れた気配が漂う。
口を出せばそこで終わり。かといって何も言わなくても失敗しそうな状況を目の前にした彼は、ブライアン殿に本来の目的を思い出してほしいと切に願ったことだろう。
ちなみに魔虹蝶蜂は蝶に似た虹色の大きな羽を持つ蜂だ。その姿は世界で最も美しい魔虫とまで評される。
「ブライアン兄貴は魔虫オタクだからなぁ。本人はイーグル家の義務が緩んで魔虫を追いかける時間が増えたっつって喜んでる」
「俺には信じられんがな」
パーシバル殿の補足を受けて、ジョッシュ殿は無表情で一言零し、私たちは唖然とした顔でパーシバル殿を見つめてしまった。
……幸せそうで何よりだ。
「ところで、なぜ私まで? 正直なところ、ユージーン殿たちと違ってスカーレットの負担にしかならないと思うのですが?」
そうなのだ。私は魔獣を倒すこともできない。王都周辺のイージー草原にいる魔大鼠くらいなら一人でも対処できる程度に成長したが、この辺境にいる魔獣には手も足も出ないだろう。
付いていくだけで精一杯どころか、足を引っ張っている。
今もまた、崖を緩い坂道と変わらぬ足取りで軽やかに登っていくイーグル一族と違い、両手両足を使って、一歩ずつ確かめながら登っていた。
「オリバー! 引っ張るわねー?」
そして遅れすぎないよう、先に登り終えたスカーレットによって、腰や肩に巻いていたロープを引き上げられる。
「ありがとう、スカーレット」
「どういたしまして」
スカーレットは笑顔で応えてくれるけど、負担になっているのは間違いないだろう。
「婚約者だからだな。スカーレットが嫁ぐにしても、イーグルに婿入りするにしても、辺境の山も歩けない者は身内として認められない。頑張れよ、オリバー」
パーシバル殿の答えに血の気が引いた。
もしや私が途中で脱落したら、スカーレットとの婚約は取り消されてしまうのだろうか? なんとしても付いていかねば。
「心配なさらずともよい。婚約者であるスカーレットが補助するのは認められています。いざとなったら俺が担ぎましょう」
「それは失格になるのでは?」
「俺はオリバー様に忠誠を誓いましたから、オリバー様の手足と見なされます。問題ありません」
ならばスカーレットが負担しなくても、初めからジョッシュ殿が私をサポートしてくれれば良かったのではないだろうか?
「アッシュならイーヌワッシの反省部屋に放り込んで来たけど? ガキん頃からスカーレットにちょっかいかけてるんだ。今回だってわざわざうちに現れて騒いでたって話だからな。どうせ成人の儀式を邪魔する気だったんだろ?」
場の空気などなんのその。骨付き肉を噛みちぎりながら、あっさりとした口調でパーシバル殿が答える。
「イーヌワッシの城の反省部屋は一メートルほどの厚みの金属板でできてるから、簡単には脱出できないわ」
隣に座るスカーレットが、こっそり補足してくれた。
それはもう反省部屋ではなく、凶悪犯向けの牢ではなかろうか。
「どいつもこいつも情けない。次代はゴードンに任せたほうがいいか?」
ゴードン・イーグル――アンディ・イーグル辺境伯の兄、アンドン・イーグルの次男の名前だ。たしかパーシバル殿と同じく二十二歳になる。
実力主義のイーグル家では、当主の息子から後継者が選ばれるとは限らないということか。
不穏な空気を残したまま日は替わり、早朝から私たちは辺境の山に向かって出発した。そう、私たちは。
成人の儀式を受けるスカーレットの他に、私とパーシバル殿、イーサン殿、ユージーン殿、それにジョッシュ殿が同行する。
「さすがに竜種の尻尾を一人で運ぶのはきついからな。とはいえ、道中も竜種との戦いも手は出さねえ決まりだ。手を出された時点で失敗とみなされるから、オリバーも余計なことはするなよ?」
人数の多さの理由をパーシバル殿が説明してくれた。
ジョッシュ殿は違反がなかったかを確認するための裁定者という訳だ。
「オリバー、辛くなったら言ってね?」
「ありがとう、スカーレット」
これから七日間、私たちは竜種の尻尾を手に入れるため、山の中を歩かなければならない。整備された道はなく、岩や砂の乾いた斜面を進み、崖を登って移動する。
イーグル家と付き合うためにこの七年間、私なりに体を鍛えてきたつもりではあるが、きつい道程となるだろう。
ありがたいことに私の分の荷物はジョッシュ殿が持ってくれているので、本来よりも負担は少ないが。
「前から気になってたんだけど、なんでブライアン兄さんは失敗したの?」
「ブライアン兄さんなら古代竜もいけたんじゃないの?」
イーグル辺境伯の前では控えていたイーサン殿とユージーン殿だったが、城から離れると普段通りに話し始めた。同世代ということもあり、ジョッシュ殿に対してはイーグルの籍から外れても気安いのかもしれない。
話題に上っているブライアン殿というのは、アンドン・イーグルの長男のことだろう。
「古代竜の巣に向かう途中で魔虹蝶蜂を見つけて追いかけて行った。口出しは禁じられているからな。魔虹蝶蜂を捕獲して満足し、本来の目的を忘れて帰っていくブライアン殿の後を黙って付いていくしかできなかった」
ジョッシュ殿の表情はあまり変わらないが、どこか疲れた気配が漂う。
口を出せばそこで終わり。かといって何も言わなくても失敗しそうな状況を目の前にした彼は、ブライアン殿に本来の目的を思い出してほしいと切に願ったことだろう。
ちなみに魔虹蝶蜂は蝶に似た虹色の大きな羽を持つ蜂だ。その姿は世界で最も美しい魔虫とまで評される。
「ブライアン兄貴は魔虫オタクだからなぁ。本人はイーグル家の義務が緩んで魔虫を追いかける時間が増えたっつって喜んでる」
「俺には信じられんがな」
パーシバル殿の補足を受けて、ジョッシュ殿は無表情で一言零し、私たちは唖然とした顔でパーシバル殿を見つめてしまった。
……幸せそうで何よりだ。
「ところで、なぜ私まで? 正直なところ、ユージーン殿たちと違ってスカーレットの負担にしかならないと思うのですが?」
そうなのだ。私は魔獣を倒すこともできない。王都周辺のイージー草原にいる魔大鼠くらいなら一人でも対処できる程度に成長したが、この辺境にいる魔獣には手も足も出ないだろう。
付いていくだけで精一杯どころか、足を引っ張っている。
今もまた、崖を緩い坂道と変わらぬ足取りで軽やかに登っていくイーグル一族と違い、両手両足を使って、一歩ずつ確かめながら登っていた。
「オリバー! 引っ張るわねー?」
そして遅れすぎないよう、先に登り終えたスカーレットによって、腰や肩に巻いていたロープを引き上げられる。
「ありがとう、スカーレット」
「どういたしまして」
スカーレットは笑顔で応えてくれるけど、負担になっているのは間違いないだろう。
「婚約者だからだな。スカーレットが嫁ぐにしても、イーグルに婿入りするにしても、辺境の山も歩けない者は身内として認められない。頑張れよ、オリバー」
パーシバル殿の答えに血の気が引いた。
もしや私が途中で脱落したら、スカーレットとの婚約は取り消されてしまうのだろうか? なんとしても付いていかねば。
「心配なさらずともよい。婚約者であるスカーレットが補助するのは認められています。いざとなったら俺が担ぎましょう」
「それは失格になるのでは?」
「俺はオリバー様に忠誠を誓いましたから、オリバー様の手足と見なされます。問題ありません」
ならばスカーレットが負担しなくても、初めからジョッシュ殿が私をサポートしてくれれば良かったのではないだろうか?
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