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1巻

1-3

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「離してよ」

 ボカボカと拳で彼の肩のあたりを叩く。

「何があったのか話すまで離さない」
「だから、何もないです。何かあったとしても、あなたに関係ありません。ただ、酔ったから風に当たりたかっただけです」
「本当に?」
「そうよ! だから離して」

 手で彼の肩をぐいっと押し退けると、彼は少し腕を弛め、私の言っていることが真実か確かめるように顔を覗き込んできた。
 何でも顔に出るタイプとは思わないが、まっすぐに見つめる菫色の瞳は、心の底まで見透かすようで、居たたまれなくなる。
 私でさえ、さっき聞いた話をどう受け止めるべきか決められないのだから、彼にそんな心の綾は見極められないだろう。だが、変に目を逸らせば勘繰られるに間違いない。

「今日はもうこれ以上飲まないことだ」

 お酒のせいだというのを納得したのか、それ以上追及しても私が白状しないと悟ったようだ。

「コリーナ」

 不意にレオポルドの菫色の瞳が揺れて、顎を捉えられる。
 そして突然唇をふさがれた。

「ちょっと……どうしていきなり」
「あらごめんなさい。二人きりのところを邪魔してしまったわね」

 声が聞こえ振り向くと、トレイシーがそこにいた。
 キスしているところを妹に見られた。

「そろそろ披露宴もお開きみたい。最後に皆さんに家族揃って挨拶するというから、探しに来たの」
「手間を掛けさせて申し訳ない」

 レオポルドが先に立ち上がり、私に手を伸ばして、立ち上がるのを助けてくれる。

「姉様、大丈夫?」

 羞恥で顔を真っ赤にした私の顔をトレイシーが心配する。

「だ、大丈夫よ。すぐに行くわ。お父様たちにそう伝えてきて」
「わかったわ。なるべく早くね」
「私が責任を持つよ」

 レオポルドが返事をして、トレイシーは先に行った。

「トレイシーが来ていたのを知っていたの?」
「彼女とは思わなかった」
「でも、誰か来たことはわかっていたのね。……私に恨みでもあるの?」
「恨みとは聞き捨てならないな。君は私に恨まれる覚えがあるのか?」

 逆に問い返され、言葉が詰まる。

「お酒のせいでどこの誰ともわからない相手と関係を持ったふしだらな女には、何をしても文句を言われないとでも思っているんでしょ」
「自分をさげすんでいるのは、自分自身ではないのか?」

 反対に指摘されて、何も言えない。
 気にしないと言いながら、一番こだわっているのは私かもしれない。

「この話は後にしよう。皆が待っているから、会場に戻ろう」

 言われるままに彼に連れられ皆のところに戻った。
 レオポルドと二人で戻ったのを父たちは何も言わずに微笑み、父の挨拶で披露宴は幕を閉じた。
 玄関でルディたちと並び、招待客を見送る。
 その中には、レオポルドと女優のことを教えてくれた子たちもいた。

「さっきは気遣わせてごめんなさい」
「いえ……出すぎたことを言いました」

 小声で会話を交わし、彼女が隣のレオポルドを見て頬を赤らめた。
 その意味が何なのか。
 私の目は大きいが、かなりの節穴だったことに気がついた。
 彼女もレオポルドに好意を寄せていて、私に嫌がらせをしたのだ。


「はあ~疲れたぁ」

 披露宴が終わって最後のお客を皆で送り出す。それからルディたちが新婚旅行に旅立つのを見送り、片付けを済ませようやく自分の部屋に戻ったのは夜遅くだった。
 体力的にも精神的にも疲れた。
 虫ひとつ殺さない顔をしてやることがあざとい。
 いきなりの洗礼に私の防御力はほぼないに等しい。
 レオポルドからの攻撃にも女性からの攻撃にも立ち向かう戦術などひとつも持っていない。
 レオポルドとの結婚は、経験値のない私にはハードルが高すぎる。
 コンコン。

「はい」

 部屋の扉が叩かれ、枕に俯せになったまま返事をする。
 メイドのサニアが眠る前のいつものお茶を持ってきたのだろう。

「ありがとう」

 カタリと寝台脇のテーブルに何かを置く音がして、お礼を言うため顔を上げて振り向いた。

「レ……」

 入ってきたのはレオポルドだった。

「な、なんで?」

 彼にはそればかり言っている気がする。寝そべっていたのを慌てて起き上がり、乱れた髪を手櫛で整えて居ずまいを正す。

「ペトリ卿が、泊まっていけと……ルディくんたちが旅立ってしまって少し寂しいみたいだ。新しい息子と酒を飲みたいと言うので……」
「私にはそんなことひと言も……」

 私には吐かない弱音を彼に言ったことがショックだった。

「娘には、いつまでも頼られる父親でいたいのだろう」

 さりげなく私が座る寝台の端に背中を向けて腰を下ろす。

「お父様は?」
「少し飲んだら酔いが回ったのか、もう休むとおっしゃられた」
「それで、あなたは何の用件でここに?」
「メイドがちょうど君の部屋にお茶を運ぶのに出会ったから、君の様子を見に」
「また泣いていると思った?」
「いや……君の部屋も気になったし」

 部屋の中を見回し、最後に私の顔を見た。
 ふいに夜中に男性と部屋に二人きりという状況が気になった。
 いずれは結婚するとわかっていても、やはり緊張する。

「緊張しているのか」
「え?」

 あっという間に彼に寝台に仰向けにされて押し倒された。
 脇腹のすぐ横に彼が手を置き、両膝で腰を固定された。

「ちょ……レオポルド」

 両手で彼の腕を掴み、押し退けようとするが体重がかかっていて持ち上げられない。

「な、何をする気?」
「君の想像しているとおりのことだ」
「わ、私が何を想像していると?」

 腕を掴み、ぐぐぐぐと持ち上げようとするが、びくともしない。
 このままだとレオポルドに奪われる。
 でも何を?
 純潔はとうに失った……というか捧げた。記憶すらしていない相手に。

「婚約が決まったばかりでこんなこと……」
「これくらい追い詰めないと、君はすぐに身を引こうとするだろう? 放っておいたら君は私に近づこうとしないし、あれこれ理由をつけて婚約も白紙にしそうだ」
「……」

 あながち嘘ではないと思い、言葉が詰まった。

「何しろ、初めて抱かれた男を簡単に忘れて、探そうともしない。気にならないのか?」
「だって、どうすればいいのよ。覚えていないのに……」
「だから私が思い出させてやろう」
「え?」
「頭では覚えていなくても体が覚えているはず。もう一度同じ経験をすれば、思い出すだろう」
「あ……」

 そんな方法があったのか。考えもつかなかった。
 でも、初めての相手を思い出して、誰にとって得になるのだろう。
 今さら相手に責任をとってもらいたいと思わない。レオポルドだって相手を知ってどうするのか。

「まさか、相手がわかったらその人を探して何かしようとしているの?」

 思わず口を突いて出た言葉にレオポルドが眉間に皺を寄せる。
 眼鏡を片手で外し、お茶の隣にフレームを畳まずにそのまま置く。

「その男を庇うのか? 君の純潔を無理やり奪った可能性もあるんだぞ」
「でも、乱暴なことはされなかった」
「覚えていないのではないのか?」
「いくら酔っていても、無理やりなら私だってきっと抵抗したわ。体だってあちこち痣や擦り傷ができていたはず。多分、だけど……」
「だが、男なら君くらい簡単に力で捩じ伏せられる。今も私の腕一本動かせないじゃないか」
「あなたは、どうだったらいいの? 今さら何をしても過去は覆せない。無理やりされた方が良かった? もしそうなら、私はきっと怖くてあなたともできない。恐怖でパニックになってしまうかもしれない。でも、私も少なからずその人がいいなと思って、お酒の勢いでやっちゃったのかもしれない。ほかの人はどうかわからないけど、少なくとも私はひと欠片の好意もない相手とはそういうことはできない……多分」

 私の意思とは関係なく手込めにされたと思いたい? 私は無意識に好意があって許したのか。どちらが私にとって、彼にとっての理想なのだろう。

「男も女なら誰でもいいと言うわけではない。顔でも性格でも体つきでも声でも、好ましく思うところがなければ触れたいと思わない」

 意外な言葉が彼の口から出て驚いた。淡々としているから、来るもの拒まずの人だと思っていた。

「もし、君にとってその体験が無理やりでなかったのなら、それを上回る体験を約束する」
「……私はするなんてひと言も……んん」

 口をふさがれそれ以上言うことはできなかった。
 ゆっくりと試すような、探るようなキスだった。
 何度も顔の向きを変え、むようなキスが続く。
 レオポルドの両腕を掴んでいた私の手は、キスが深くなるにつれ力を失った。だらりと寝台の上に落ちる。
 彼はその手を片方ずつ持ち上げ、自分の頭の後ろに乗せた。
 彼の首の後ろに回された私の手は、いつしかダークブラウンの髪に埋もれている。
 固さと柔らかさがちょうどいい髪質で、指ですくってはぐちゃぐちゃとかき混ぜる。
 舌が差し込まれ歯列や上顎を舐め回される。おっかなびっくり口の中で所在なくうろうろする私の舌を、彼の舌が迎えにきて絡めとる。

「ん……んん」

 びちゃびちゃと互いの唾液の水音が耳の外からも中からも響く。
 互いに唾液を呑み込み合い、唇を離すとツーッと白い唾液の橋が二人の間に架かって落ちた。

「はあ……」

 とろんとした気持ちよさにため息と共に声が洩れた。
 これが恋人同士のキス。
 あの時もこんなキスをしたのだろうか。
 気持ちよすぎて、うまく頭が働かない。
 私がぼんやりしている間にレオポルドの唇は顔全体にくまなく触れ、もう一度軽く唇に戻ると、顎から首筋へと降りていった。
 彼の唇が与える刺激と湿り気、熱に翻弄される。
 その間に片方の手が肩から二の腕、上腕、手首を撫で下ろし、脇腹からお腹に伸び胸を下から揉み上げた。
 ドレス越しに大きな手で胸を覆われた瞬間、びくりと身震いし、何かが脳裏をよぎった。
 私の体に緊張が走ったのを感じとり、レオポルドが体を起こす。
 その左手は私の右の胸を包み込んだままだ。
 知らずに止めていた息を吐き出すと、張り詰めていた胸が揺れる。
 私を見下ろす菫色の瞳が濃い紫に変わっている。

「どうかしたか?」

 灯りのない暗闇に、自分を見下ろしていた誰かの頭がぼんやりと思い出される。
 あの時もこんな風に誰かに見下ろされた。
 酔っぱらって、べらべらと取り留めなく喋り続け、その相手に当たったり甘えたりした気がする。
 相手はそんな私の愚痴を黙って聞いて、そして優しく何か言って頭を撫でてくれた。

「無理やりじゃなかった……」

 あんなに優しく触れられたのは、母が亡くなってから初めてだった。
 長女だから、まわりの期待に応えようと頑張ってきたし、それを誇りに思っている。家族も無理に長女らしさを私に求めていたわけではない。私が望んでやっていたことだ。
 だけど、自分だって時々誰かに甘えたかった。
 あの手はそんな私が求めていたものをくれた。
 なのに、なぜ私は忘れたのだろう。なぜ、あの人は私を残して何も言わず立ち去ったのだろう。

「コリーナ?」

 感情が一気に溢れ、胸が苦しくなって涙が溢れ出した。

「……怖がらせてしまったか」

 胸から手を離し、溢れる涙をレオポルドの指が触れてすくう。

「私……あんなに優しくしてもらったのに……どうして憶えていないんだろう」

 まだ相手は誰だったか、肝心の顔は思い出せない。なんて薄情なんだろう。

「泣くな……君の涙は……見たくない」

 背中に回った腕が私の体をすくい上げ、胸に掻き抱かれる。

「ごめんなさい……あなたが悪いのでは……」

 温かく力強いレオポルドに抱き締められ、泣き疲れて私はそのまま眠りに落ちた。


 素肌と素肌を直接触れ合わせ、隙間なく体を寄り添わせる。
 大きくて長い指がくまなく体をなぞっていく。

「はあ……」

 手が触れた後を唇が追いかける。時折、唇が止まってはそこに刻印をするように吸い上げられ、その度に歓喜の声を上げた。
 大きい手が乳房を包み込み、揉みしだきながら指がその中心をつまみ上げる。親指と人指し指でこすり合わせると、痺れるような快感が全身を貫いた。
 初めて知る女としての喜びを、この手が与えてくれる。

「もっと……もっと触って」

 初めてなのに、口を突いて出てくるのは、さらなる快感を求め懇願する言葉。
 お酒が理性を取り払い、より大胆に振る舞わせる。

「…………」

 あの人は何と言ったのか。

「お願い……もっと触って……」

 手でも口でもいい。このうずきを何とかしてほしい。体の内から、お腹の奥から涌き出る何かを汲み取り、うずく場所を満たしてほしい。


「…………あ」

 張り付くような喉の渇きを覚えて目が覚めた。あの時も、喉が渇いたと訴えると、渇いた喉に水が注ぎ込まれた。「起きたのか」と頭の上から声が聞こえて顔を上げると、枕に肘を立てたレオポルドがいた。
 自分を見下ろすと服は着たまま。

「何もしていない。君の思っているようなことは……残念だが」
「私……寝てしまった」
「疲れていたんだ」

 曲げた指の関節で頬を撫でられる。

「どうしてまだここにいるの?」

 眠ってしまったのなら、そのまま放って出ていけばいいのに。
 お預けさせた方としては身勝手だが、何もできないなら傍にいても仕方ないだろう。もしくは無理に起こしてでも、やり出したことをやりきれたはずだ。

「戻ろうと思ったが……」

 上掛けを少しずらすと、私の手は彼の服の裾を掴んだままだった。

「ご、ごめんなさい」

 手を離したがもう遅い。シャツはすでにしわくちゃだ。

「無理やり引き剥がしても良かったが、すがり付かれて悪い気はしなかった」

 一体どういうつもりで彼の服を握りしめていたのか。

「ところで、あれはどういう意味かな」
「あれ?」
「『無理やりじゃなかった』、確かそう言っていた。何か思い出したのか?」
「私……そんなこと言いました?」
「ああ、それから『どうして憶えていないんだろう』とも……」

 その後泣き疲れて眠ってしまったのか。

「何か思い出したのか? 相手の顔は?」
「いいえ……思い出したのは……一部だけ……」
「そうか……」

 残念そうにレオポルドは呟いた。

「ねえ……もしかして、あなたは何か知っているの?」
「何かとは?」
「あなたもあの日居たんだから、私が誰かと居たのを見たのでは……」

 ほかにも見た人が居たのかもしれない。隠すのに必死で相手を探さなかったから誰にも聞いていないが、私が部屋まで運ばれる姿を見た人は一人や二人いるはずだ。手っ取り早く人に聞けばいい。聞けばすべてを思い出すかも。

「君は本当に思い出したいのか? 何か思い出したくない理由があるから思い出せないのでは?」

 レオポルドはなぜか私の考えに否定的だ。

「どうしてそんなことを言うの?」
「いや……ただ、お酒に呑まれてそこまで忘れられるものなのかと……私には経験がないから」
「レオポルドはさぞお酒がお強いんでしょうね」
「どうだろう。強い方だとは思う」
「羨ましい」
「羨ましいか?」
「自分にないものを持っている人を見ると羨ましくなります」
「それだけか?」
「ほかに何があるんですか?」

 質問の意味がわからない。羨ましいと思ったからそう言った。何が気になるんだろう。

「時に人は自分にないもの、持っていないものを持つ相手に対し、羨望を通り越して妬みや嫉みを抱く。それが過ぎると逆恨みをしたりする」
「お酒が強いからって妬んだりしません。でも……」
「でも?」
「せっかくお酒を飲んでいるのに全然酔わないのも面白くないですね。それじゃあ水と同じではないですか。もったいない。時には忘れたいと思うこともあるでしょ。もしくは羽目を外したい時とか……それができないのも気の毒ですね。一緒に騒ぐこともできない」
「確かに……飲んで人格が変わる者もいる。適度に飲んでいれば酒は緊張をほぐしたり陽気にさせたりするが、それで身を滅ぼす者もいるから気をつけることだ」
「人を大酒飲みみたいに言わないでください。ただ、ちょっと記憶がないだけで……」
「そうむきにならなくても……君は素直すぎる」

 けなされているのか褒められているのか、どっちだろう。

「ところで、私の両親との顔合わせだが、二日後ではどうだろう。お父上にも了承をもらった。異論がなければ両親にも伝えておく」

 昨夜すでに父とそんな話をしていたことに驚いた。手回しがいい。

「わかりました」

 私が頷くとレオポルドは嬉しそうにほほ笑んだ。
 それからレオポルドはいつ頃式を挙げるか、どこに住むかなど、あらかじめ決めていたかのようにてきぱきと話を進めていく。
 婚約が整ったら貴族院に届出を出す。二人の婚姻が、それで公になる。
 彼の両親はいずれ領地に居を構えるつもりらしく、ずっと王都で同居するわけでないらしい。
 息子の結婚が決まったら、本格的に爵位継承の準備をするそうだ。
 私との結婚でスタエレンス伯爵家の代替わりという大きな転換を迎えることになる。

「女性は結婚について、もっとあれこれと希望があるものではないのか?」
「家族が祝福してくれればそれで。できれば式だけでも……そういうわけにはいきませんよね」

 誰が見ても男前のレオポルドと並んで立つ自信がないとは言えない。

「仕事関係の人もいる。いずれ私も父の跡を継いで伯爵になる。型通りの披露宴は必要だ。本当に希望はないのか?」
「あの、では、花嫁衣装は母のものを……」

 トレイシーも着た母の形見の花嫁衣裳。トレイシーの時に一度直しを入れたが、妹と体型はそれほど変わらないので、直しもそれほどかからないだろう。

「わかった。希望に添えるようにしよう。それから、式の準備はできれば私の母にも協力させてほしい。それが母の夢なので」
「わかりました。でも、父の再婚相手の方にも一応聞いてみませんと……生母は亡くなっていますが、彼女のことも立てないと」

 多分、ジーナさんは自分が平民だということで、すべてスタエレンス伯爵夫人にお任せすると言うだろう。でも、彼女も義理の母であるのだから、義理は通さないといけない。

「主役は花嫁だ。君の意向をできるだけ取り入れよう」

 朝日の差し込む私の部屋に、レオポルドがいるのは不思議な光景だった。
 この前まで他人同然だった人が今は誰よりも近くにいる。
 私は生娘ではないと言ったが、彼も童貞ではないと言っていた。冷徹の貴公子でもそれなりに女性遍歴は激しいのかもしれない。
 結婚するということは……彼とするんだ。昨夜は未遂に終わったが、その日は近いかもしれない。
 初めての経験はまったく記憶にない。
 いつか思い出す日が来るんだろうか。
 何か大事なことを言われた気がするが、思い出せない。
 レオポルドは多少無愛想で取っつきにくそうだが、価値観は、好感が持てる。
 先入観や偏見を持たずに向き合えば、案外うまくいくのではないだろうか。
 それに彼は、私が生娘ではないことを知っても納得して受け入れてくれた。
 誰かが言っていた。
 結婚してもいいか考えた時、その人とセックスしてもいいと思えるか想像して、無理ならうまくいかないと。
 レオポルドとできるかと考えたら、できる。
 だから、これでいいのだ。



   第二章


 ルディの結婚式から二日後のお昼前、父、ジーナさん、私の三人でスタエレンス家のエントランスに立った。

「ようこそ、皆様。この度は、素晴らしいご縁をいただいて、喜んでおります」
「それはこちらの方です。誠に、我が家にはもったいないお話で、光栄の限りです」

 伯爵夫妻が出迎えてくれて、父とお決まりの挨拶を交わす。
 レオポルドは父親似だとすぐわかる。違うのは髪の色くらい。伯爵は明るい金髪で、レオポルドの髪色は母親である夫人から譲り受けたものだった。
 長身の伯爵と違い、夫人は彼の胸あたりまでの身長で、どちらかと言えばふくよかだった。
 見た感じはジーナさんに似ている。
 二人もそれに気付いたのか、初対面で何となく波長が合うようだった。
 伯爵夫妻の後ろには、いつものようににこりともしないレオポルドが立っていた。
 終始ニコニコしている伯爵と優しそうな夫人から、どうしてこんな無愛想な息子が生まれたのだろう。
 彼の発する威圧感に、ジーナさんは完全に圧倒されている。

「スタエレンス伯爵、改めて娘のコリーナです」
「お招きいただきありがとうございます」

 紫を基調とした花柄のドレスを着た私は、まずは伯爵夫妻に挨拶をした。

「いらっしゃい、会うのはルーファスの息子の洗礼式以来かな」
「はい」

 レオポルドとはこの前が二年半ぶりだったが、伯爵夫妻とは十か月ほど前、トレイシーの息子の洗礼式で会っていた。

「あの時はこんなご縁になるとは……人の縁とは不思議なものです」
「お会いした時から可愛らしいお嬢さんだと思っていたのよ」
「とんでもございません」
「あら、嘘ではないわ。ねえ、レオポルド」

 流石さすがに可愛らしいと言われる歳ではない。恥ずかしくなって否定すると、夫人はすぐ後ろに立つ息子に同意を求めた。


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