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第九話【私はここにおりますわ。今でもワタクシはアナタをお慕いしておりますわ。】
しおりを挟むズルズルズルズル・・・と奇妙な何かを啜る音が厨房内に鳴り響く。
「凄い!!!」「なんて旨さだ!!!」「この世のどこにもない食べ物だ!!」「素晴らしい!!」
とメイドや執事達の沸き上がる声でいっぱいだ。
今日はエルメラルダが【うどん】というものを作って、昼食にと振る舞っていた。
朝からヒスイの魔法でお箸を作らせて、お箸といえば【うどん】だと言って生地を練り今に至る。
しかし、そう簡単に箸は扱えるものじゃないようで、大体の人がフォークを使っていた。
唯一、ヒスイだけが直ぐに使えた。
「魚からとる出汁とかいうものがないとこの味を出せないわけですね。」と言いながらズルズルとうどんを啜るヒスイ。
「そうなの。魚がいるのか心配だったけど、なんとかなってよかった。」と喜ぶエルメラルダ。
「エルの為に魚の養殖を作らせましょう。それから、箸とやらも便利なので普及させましょう。」
「でも、まさか小麦粉が小実粉こみこって名前だとは思わなかった。ヒスイ、良く私が小麦粉って言ったのに小実粉だってわかったね。」
「エルが言ってる事は何でも分かってあげたいし、わかりますよ。」と優しく目を細めてエルメラルダを見つめるヒスイ。
「キャー!」「ヒューヒュー!」といった茶化すような声が響く。
「あんたら、不敬罪にしますよ?」とヒスイは不機嫌そうな顔をして茶化してきた人達を見る。
エルメラルダは顔を赤らめながら黙々とうどんを啜っていた。
「そういえばヒスイ王子、もうすぐミロード第三王子殿下の誕生祭パーティーが開かれますが、エルメラルダ様のドレスはどこでお仕立てになりますか?」とメイド長がちゃっかりうどんを啜りながらヒスイに問う。
「…あ。忘れてました。」とヒスイはしまったというような顔をする。
「やっぱり。」とメイド長。
「パ・・・パーティー?」と顔を青くするエルメラルダ。
パチンと指を鳴らせば影がスッと後ろに現れた。
「自分は今からエルのドレスを注文しに行きますので、エルの家庭教師を見繕って部屋で待機させておいてください。」とヒスイが言えば影はコクリと頷いて再びスッと消えた。
次にヒスイはベルをチリチリと鳴らすと厨房にオミドーが入ってきた。
「失礼します。」と言ってヒスイの後ろへ立つ。
「すみませんが私用で外出します。影には別の用事を頼みました。エルの護衛にグランドリヒを借りれますか?」と言ってうどんを啜るヒスイ。
「グランドリヒですか。グランドリヒは本日、王妃様の護衛についています。魔法士のウリュウはいかがですか?彼なら手も空いてますし、7属性も自在に扱えるので護衛としても優秀かと。」とオミドーが言えば、ヒスイはチラリとエルメラルダの表情を確かめる。
彼女曰く推しキャラだった場合モヤモヤして二人っきりの異空間にでも閉じ込めてしまいたくなるからだ。
エルメラルダは「ふーん・・・。」と言った感じでうどんの汁を飲んでいた。
「よし、問題ないでしょう。よろしくお願いします。」とヒスイが言えばオミドーは軽く礼をして厨房を去った。
「エル、真っすぐ部屋に帰ってくださいね。」と真剣な顔のヒスイ。
「うん。」と少し元気なさげなエルメラルダに気付いて「何か心配事ですか?」と聞いてみるが、エルメラルダは首を左右にふって「なんでもないよ」と笑った。
ヒスイは少し気になったが、席を立ってエルメラルダの髪の毛の先を持って、そこにキスを落として「直ぐに戻りますから。」と言って去って行った。
入れ替わりで黒髪ショートの青と赤のオッドアイが目立つ、王宮魔法士のウリュウが厨房へ入ってきて、エルメラルダが座っている席の後ろに着き「サルバトーレ侯爵令嬢。王宮魔法士ウリュウです。よろしくお願いします。」と礼儀正しく挨拶をする。
エルメラルダは口をナプキンで拭いて立ち上がり「よろしくお願いします。」と言って厨房を出た。
魔法士ウリュウはエルメラルダの後ろを無表情でついて歩く。
厨房から自室までは少しだけ距離があった。厨房は火事の可能性が高いことから1階の城外付近に位置している。エルメラルダの部屋は4階の端の方だった。
「ウリュウ様、嫌な予感がします。ワープをお願いしてもよろしいでしょうか。」とエルメラルダは無い頭をフルに回転させ、なるべくマシな言葉で魔法士ウリュウにお願いしてみた。
「いえ、ワープ等という高等技術私には使えません。」と冷たく言い放つウリュウ。
エルメラルダやっぱりねと溜息をついた。
エルメラルダの目の前には第一王子のアナスタリアが立ちはだかった。
「…サルバトーレ侯爵令嬢。」と少し切なげに声をかけるアナスタリア。
なんとか頑張って若干かくつきながら淑女の礼をするエルメラルダ。
「エルメラルダ嬢、少し時間いいかな?」とアナスタリア。
「…いえ、私は・・・。」と言ってエルメラルダが拒否しようとすれば「第一王子からの誘いを断れば不敬にあたります。」とウリュウに耳打ちされてしまう。
エルメラルダにしては恐い顔をしてバッとウリュウを見る。
「良いかな?」とアナスタリア。
エルメラルダは「…はい。」と返事するしかなかった。
その瞬間ウリュウがエルメラルダをお姫様抱っこし「きゃっ」と小さな悲鳴をあげるが、お構いなしにワープした。
ワープ先はとても綺麗な花が咲き乱れる庭園だった。そこにテーブルと椅子がセットされていて、エルメラルダが好きなものばかり並んでいた。それを見て気付いてしまった。
ずっと前から、第一王子が開くお茶会、パーティーは全て、エルメラルダが好きなものでいっぱいだったという事を。
エルメラルダはゆっくりと地へ降ろされて、椅子へ座るように誘導される。
「アナスタリア様・・・あなた・・・いつから。」と口を開いた。
アナスタリアはとても悲し気な顔をして椅子に座った。それを見てエルメラルダも椅子に座った。
「いつからだと思う?思い出してみて。」とアナスタリア。
エルメラルダは小さな頃からの記憶を思い出してみるが、段々歳をとる事に好きなものが増え、好きな花が増え・・・最後にはエルメラルダが好きなものでいっぱいだった。
エルメラルダの瞳から涙が溢れる。そして震える手で大好きなお菓子を手に取って口に含んだ。
とても・・・とても美味しかったはずのお菓子が今ではとても不味くて食べられなかった。味のない塩パンのような味がしたからだ。ポタ、ポタと涙が白いテーブルクロスに染みを作る。
「アナ・・・アナスタ・・・リアさま・・・わ、私・・・私・・・。」とエルメラルダはもう言葉を発せないくらい泣いていた。その涙を指で救うアナスタリア。
「もう・・・俺の大好きな・・・愛しいルディは・・・いないんだね。」と瞳を潤ませるアナスタリア。
どうして・・・どうして早く気付いてあげられなかったんだろう。とエルメルダは後悔する。
あの奇抜なファッションも実家のサルバトーレ侯爵家に取り残されているエルメラルダ付きのメイド達も全てアナスタリアが用意したものだった。
それでも・・・それでもエルメラルダの脳裏に浮かぶのはヒスイだった。
申し訳なさに駆られてしまう。
(エルメラルダが妄信的に第一王子のところへ行くのは・・・アナスタリアが来いと手紙を送っていたからで・・・こんな裏事情を私はしらない。こんな事って…。)
「俺の・・・俺の可愛いルディはどこへ行ってしまったんだ。」とアナスタリアは一筋の涙を流した。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・。」と泣きながら必死に謝るエルメラルダだった。
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