上 下
38 / 89
第1章 パーティー結成編

38、感謝と報酬

しおりを挟む
 領主様が娘さんのところに向かってからは待機時間となり、問題なく回復薬が効いてくれるかどうか緊張しながら待っていると、数十分後に応接室のドアが勢いよく開かれた。

 静かだった応接室に響いた突然の大きな音に、思わず手にしていたカップを揺らしてしまう。
 辛うじて溢さなかったことに安堵しつつドアに視線を向けると、そこから入ってきたのは満面の笑みを浮かべた領主様だった。

「エリク、フィーネ、本当に感謝する! 娘の全身を蝕んでいた氷は溶け、もうほとんど氷の影響はないほどだ。娘は安心して先ほど眠りについた」

 領主様は部屋に入ってくるなりそう告げると、俺たちの下へやってきて右手を差し出した。握手をするのかと思って恐る恐る手を出すと、予想外に強い力で手を握られる。

 フィーネにも同じことをして何度も感謝の言葉を発し、ラトやリルンにまで上機嫌に話しかけたところで、やっと少し落ち着いたのか向かいのソファーに腰掛けた。

 この屋敷の使用人の皆さんは、そんな領主様に苦笑いだ。俺とフィーネはどう反応していいのか分からず、とりあえず居住まいを正して領主様に向き直った。

「改めて、本当にありがとう。君たちは娘の命の恩人だ」
「ちゃんと効果がある回復薬になっていて良かったです。三本とも飲まれたのでしょうか?」
「いや、一本しか使っていない。娘をずっと見てくれていた治癒師がいるのだが、その者が半分の回復薬を薄い布に染み込ませ凍った部分に巻きつけ、残りの半分を飲ませていた。それでかなり改善し、眠っても症状が出ないようになったのだ」

 そういえば、回復薬は飲ませるだけじゃないんだったな。治癒師がいるなら安心だ。

「治癒師曰く、初めて使う薬だから正確なことは言えないが、治ったと見てほぼ間違いないだろうとのことだ。しかしまだこれから再発という可能性も捨てきれないため、残りの二本はしばらく持っておきたいと言われたのだが……良いだろうか?」
「もちろん構いません。私が持っていても使い道がないですから」

 俺ならまたいつでも作れるからな。
 
 素材は変質前のものが判明したからいつでも質が高いものが手に入るし、錬金も細かいレシピが分かったのでこれからは失敗することもあまりないだろう。

「本当か! ありがとう……本当に君たちには救われた。報酬の他にも礼として何か渡したいのだが、欲しいものはあるだろうか? なんでも良いので教えて欲しい。できる限り叶えよう」

 領主様は深く頭を下げてから、そんな提案をしてくれる。領主様になんでもいいと言われるなんて凄いよな。

 でもそう言われると、あまり思いつかない。もらっても冒険者は持ち運べる荷物に制限があるし、今の生活への不満はあんまりないんだよな……

「あっ、錬金道具っていうのはありでしょうか?」

 ふと思いついたものを口にすると、領主様は不思議そうに首を傾げた。

「もちろん構わないが、すでに持っているのではないのか?」
「そうなのですが、錬金道具には有名な工房で作られたものがありまして、それが欲しいなと思っていたんです。ただかなりお値段が張ると思いますので……」
「いや、問題ない。エリクには錬金道具を贈ろう」
「本当ですか! ありがとうございます……!」

 ずっと憧れていた錬金道具が手に入るかもしれないという事実に、頬が緩んでしまう。いくつかの有名な工房の錬金道具は、全錬金術師の憧れなのだ。
 成功率が上がるとか、錬金物の質が向上するとか、使い勝手が段違いだとか色々と聞くけど、実際はどうなのだろう。

 今からもらえる時が楽しみだ。

「フィーネは何か欲しいものがあるか?」
「私も良いのでしょうか」
「もちろんだ」

 領主様がすぐに頷いたのを見て、フィーネは顎に手を当てて考え込んだ。

「そうですね……私は美味しいパンと木の実をいただけたら嬉しいです」

 そして発したその言葉に、リルンとラトが嬉しそうな反応を見せる。自分の欲しいものじゃなくて二人の好物を選ぶなんて、本当にフィーネは優しいな。

『フィーネ! 大好き……!』
『美味いパンとは楽しみだな。やはりお主と共にいて正解だった』
「パンと木の実は従魔の好物なのか?」
「はい。リルンはパンが、ラトはコルンの実やファムの実が大好きなんです」
「分かった。ではそちらも準備しよう」
「ありがとうございます」

 そこでお礼の品についての話は終わり、俺たちは新たに淹れてもらった温かいお茶で一息ついた。

「そういえば、睡氷病特化型の回復薬だが、レシピの扱いはどうするつもりなのだ?」
「そうですね……まだ決めてはいないのですが、独占するつもりはないです」

 新たなレシピを生み出した人はそのレシピを秘匿して薬を高額で売るか、レシピ自体を製本して売りに出すか、その辺の手段を取ることが多い。

 ただ俺はそれをやろうとは考えていない。レシピは幅広く広まって、より洗練されていくべきだろう。それに睡氷病に苦しむ人は他にもいるはずだから、その人たちに早く薬が届いて欲しい。

「そうか。では一つ提案があるのだが、レシピを買い取らせてもらえないだろうか。もちろん独占するつもりはない。この回復薬を欲している人たちの下に、迅速に届けるために尽力したいと思っている」

 領主様は真剣な表情でそう告げると、俺の瞳をじっと見つめてきた。

 ……この人になら任せられるかな。

「分かりました。領主様に託します」
「本当か! ありがとう。これで苦しむ者たちが少しでも救われるはずだ」
「そうなってくれたら嬉しいです。レシピは今書いたほうがいいでしょうか?」
「そうだな。できる限り早いほうが良いので、書いてもらえると嬉しい。対価も用意しよう」
「ありがとうございます」

 それから紙とペンを準備してもらい、とにかく詳細なレシピを書いた。素材の保存方法や素材を入れるタイミング、その処理方法、さらには素材の質の差による必要量の違いまで推測して書き加えてある。

 このレシピを見れば、何度も失敗するとしてもいずれは錬金を成功させられるだろう。

「……このレシピは希望だな」

 領主様はそう呟いてからレシピの中身をじっくりと見つめ、頑丈そうな金属製の箱に仕舞った。

「では報酬を受け取って欲しい」

 レシピの買取金額と依頼の報酬を受け取り、一週間後にお礼の品を受け取りに来ることを約束して屋敷を後にした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

運命の番を見つけることがわかっている婚約者に尽くした結果

恋愛 / 完結 24h.ポイント:19,493pt お気に入り:267

夫の愛人が訪ねてきました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:80,415pt お気に入り:679

悪役令嬢と弟が相思相愛だったのでお邪魔虫は退場します!どうか末永くお幸せに!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:284pt お気に入り:3,899

おかしくなったのは、彼女が我が家にやってきてからでした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,055pt お気に入り:3,852

【R18】はにかみ赤ずきんは意地悪狼にトロトロにとかされる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:837pt お気に入り:162

皇帝にプロポーズされても断り続ける最強オメガ

BL / 連載中 24h.ポイント:809pt お気に入り:301

不治の病で部屋から出たことがない僕は、回復術師を極めて自由に生きる

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:92pt お気に入り:3,855

処理中です...