人の心、クズ知らず。

甘話 サキと年上下。

０３

「オレは、赤ちゃんでもイイかも」


　そうするとイイコで引っ付いていたタツキが、同じように俺の体へスリスリと頬ずりして、上目遣いに俺を見つめた。


「赤ちゃんになりてーの？　タツキ」

「ウン。よちよちシてたら、目が離せなくなるんじゃないかって、ちょびっと思うゼ。……でも咲に手ェかけさせたくないから、大人になりてェ時もある」

「ワガママだなぁ。オマエらは、無い物ねだりが好き過ぎる」


　二人の髪を掴んで、強引に顔をあげさせたい衝動に駆られる。

　けれどフツーは恋人にそれをしないと考えて、我慢する。
　代わりに頭を押さえつけて、二人一緒に胸元で抱きしめた。

　揃って「んぶ」と苦しげなうめき声が聞こえるが、痛くしてないから問題ない。

　なんせ、ちょっと喋らないでほしいんだよね。吐いちゃうかもしんねーだろ？　直視するのもやだから、しばらくそうしてちょーだいな。


「気持ち悪くて鳥肌立つこと言うよ。俺のこと嫌いになってもいいけど、そうならないルートのが好みだから言わなかったことだし、黙って聞いてろな？」

「ん、む」
「むぅ、う」


　モゴモゴと動こうとする頭をポンと叩いて、注意事項。

　そも、どっちが俺に好かれてるかとか、普通に聞けばいいのにね。年下年上って、文字の並びに意味なんかねーよ。


「俺、お前らが・好きなんだよ」


　だから、文字の並びよりは多少意味のある言葉というものを使ってみる。

　ほら、気色悪いじゃん？
　俺に好かれるってさ。


「わかる？　いや実は俺、ごめんだけどなんでお前らが揉めてんのかぜーんぜん理解できてねーんだわ」

「だって歳に好みなんかねーでしょ。一年ぽっちで変わる器用な好感度とか持ち合わせてねーもん。受精卵でも白骨死体でも愛してっからそこで優劣つく意味わからん。せっかくお前らがイッショーケンメー会議してたのに議題わかってあげらんねーのダメかなって思って頑張ったけど、やっぱイマイチ理解できね。マジごめん。無意味ディスカッション。けどわかったとこだけ解釈すると、とりあえず俺お前らが好きなわけ。わかる？」

「わかってよ。前提にして結論なんだぜ、これ。アイシテルってば」

「つか俺、初めっからずっとビビり散らかしてたじゃん？　見るからに『お前らがいつ喧嘩して物投げて殴り合いしてもうイヤ～って出ていくか怖ぇ』って気が気じゃねーの丸わかりだったっしょ。わかりやす過ぎてキモかったにしてもガン無視キメ過ぎ。いやいいけどね。マジビビリよ。あはは。喧嘩別れしたら追いかける時困るもん」

「せめて同じとこ逃げてくれたら縋りやすいんだけど、別れたら選べねぇから窓からダイブしてエントランスで出待ちするしかねーのにずっと無駄な口論で俺をイジメちゃってなんか悪いことしたかと思ったわ。ちなまだ思ってるわ。二人で生まれなくてごめんね」

「そんくらい、喧嘩されるくらいならいっそこの体二つに裂いてくれたほうがいいんだよなー……あ、今裂く？　いーよ？　そんかし喧嘩しねーでね。いや喧嘩してもイイけどバイバイしねーでね。お前らがしたいならしてもイイけど」
「でもバイバイする前に一回俺を裂いて解決できないか考えてみ。なんせ裂かれるより手放すほうが難しいよ。キリトリ線引いてしっかり裂いてみ」

「あれ？　なんでそんな顔すんの？　黙りこくって、なぁ聞いてる？」

「今ね、俺がどんだけお前らのこと好きかって話してるよ」

「なんかさ、俺の好きが伝わってねぇから〝どっちのほうが好かれてるか〟とかそもそも破綻した議論してたんだよな。たぶん。んじゃもっと言い方考える。えーとえーとあーなんだろ？　なに言えばいいのか思い浮かばねぇ。なんでも言うのに脳ミソ役立たず過ぎてゴミ」

「なにがいい？」

「大好きとか愛してるとかストレートなのが好み？　それともあらゆる言語で翻訳しようか？　流行りのドラマのセリフ朗読でもいいし、頭の先から足の先まで好きなとこ発表会でもいいし、とにかくお前らの好みを教えてよ。お前ら好みの語彙力付けるから。ねぇ。ねぇってば。人魚姫ごっこならあとでやるって」

「生きてんのに無反応？　なんだろ、うーん……タツキ？　アヤヒサ？　ありゃ、なんか耳熱いね。風邪引いたの？　抱っこしたげるからベッド行く？　それとも医者テイクアウトする？　とりあ俺に伝染しとく？　なんでもいいけどイエスかノーかは聞きてぇ気分」

「なぁ、もしかして俺と話すの嫌？　俺の声嫌いなの？　じゃあ黙るけど、お前らの風邪治してからでもイイ？　医者嫌ならショーゴとキョースケ呼んでさ、二人いたらすぐ治んの。ハルはそういうの苦手だし病気しねぇからわかんねーけど、ハブったら拗ねるから呼ぶ。風邪気に入ってるならこのままでもまぁいいかもだけど、そしたら俺にも伝染せな。オソロっちね。ほらどれがいい？」

「愛してるから、お前らのしてほしいこと、俺は全部イイと思う」


　ツラツラと思うがままに説得してみると、抱えた頭が熱を増して身じろいだ。嫌がられると困るから、熱い頭を丁寧になで続ける。


「さ、咲……」
「咲……」


　あはは。なんだよ、そーんな甘えた声出しちゃってまぁ、泣きそうなの？
　あぁ、熱っぽいのは風邪じゃなくて、発情してたからか。なるほど。把握。一安心だわ。

　それじゃああとの問題は、連休の扱いをどうするかということだけだ。

　望まれてねーことあんま言いたくないけど、今回だけは仕方ないかにゃ。
　だって、どっちのほうが俺に好かれてるか決めるっていう、無理難題をこなさなきゃじゃん。

　俺はわかんない。
　──なら、決めてもらうしかない。

　普段は口から出さない女々しい〝大好き〟を口煩くもゲロゲロ吐き出すから、俺がどちらのほうが好きなのかを、二人にジャッジしてもらおう。


「答えわかったら教えてくんね？　語り尽くすまで、一生かかるかもしんねーけどさ」


　ま、ヘーキでしょ。
　連休は始まったばっかりだぜ。