鸚哥が繋ぐアイのうた

七海澄香

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部室

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 放課後の部活が終わり、解散したあと。私は一人、部室で台本を読んでいた。

 部室といっても、道具類を置くための倉庫のような状態になっている。普段の部活動では、ほとんど使われていない。

 ノックする音が聞こえるとほぼ同時にドアが開いた。顔を出したのは博樹ひろきだった。
 今年度から演劇部の副部長で、今回の劇では私の相手役。

「まだ残ってたんだ」
「うん、道具の確認ついでに台本読み始めたらつい、ね。戸締り確認、美那に頼まれたの?」

「ああ、まぁ、そんなとこ」
 博樹は、部屋の中心に置かれた二人がけのテーブルセットに、私と向かい合わせに座った。

「美那も忙しそうだよね。塾にも通ってるし」
「すごいよな、色々そつ無くこなしてく、あの感じ。負担にならないようにしないとな」

「そうだね……」
 美那には、遅刻やら家のことやらで心労をかけてしまった。反省だ。

「なぁハル、地区大会終わったら、芝居……一緒に見に行かないか?」
「芝居? いいね、なんの?」
 博樹が誘ってくれたのは、私も好きな劇団の公演だった。

「父さんの仕事の関係で、貸切公演に招待してもらえるって。ハルも好きだよな」
「うん、好き! 覚えててくれたんだ」

 博樹も舞台俳優を目指している。入部当初にそんな話をして、私と同じだねって盛り上がったことを思い出す。

「じゃ、父さんに頼んでおくよ」
「ほんとにいいの?!」
 博樹はもちろん、と言って私に笑いかけた。
「ありがとう! めちゃくちゃ楽しみ!」
「ま、とりあえずは地区大会に集中しなきゃだけど」

 今年の高校演劇地区大会は8月10日に行われる。
 上位に入れば、次は9月の県大会。その先はブロック大会だ。そこで勝ち抜けば、来年度の全国大会へ駒を進められる。狭き門ではあるけれど。

 私たちは2年生。全国へ行けるチャンスは、これが最後になる。去年は残念ながら全国への切符を手にすることができず、3年生は4月の公演をもって事実上の引退となった。

「私たちには最後のチャンスだからね。全力でやらないと」
「そうだな! ハルはもうセリフ覚えたんだって?」
「まだ全部じゃないけど、だいたいね」
「読み合わせしたばっかりなのに、早いな」

 先日台本と配役が決まり、役者がそれぞれのセリフを台本を見ながら読んでいく、という練習が始まったところだ。

「でもね、まだ内容がよく理解できてない気がしてて」
「内容かぁ……俺もまだわかってないかな。解釈っていうか……」

 今回の台本は、プロが作った既成の台本の上演許可を取った。
 ちょっと変わった大人の恋物語だ。

 主人公は、アパートの一室で孤独死してしまい、幽霊になった女子大生の玲子。
 そして、その事故物件に引っ越してきた、人間社会で暮らしはじめて間もない狸の妖怪の太助。

 二人は奇妙な同居生活をはじめ、ギクシャクしながらも、だんだん互いに惹かれあっていく。

「思い合っても、結ばれることはないってわかってるんだよな、二人とも」
「不毛な恋ってことね……」

「でも、好きになる気持ちに蓋はできないっていうか、そういう気持ちは、わかるかな……」
 博樹が少し目線をそらした。

「私はどちらかと言うと、恋がちょっとわかんない感じかな……」
 博樹は目を丸くしてこちらに向き直った。

「え、恋したことない?」
「うーん……」
 私は言い淀んだ。好きな人がいなかったわけじゃない。ただ、告白しようとか、付き合いたいとか……そこまでは思わなかった。

「誰かと付き合ったりしたことはないよ」
「今は……好きな人とか、いないのかよ」
 どこか不満げに博樹が聞いてくる。私は苦笑いを返しつつ答える。

「今は部活と勉強で手一杯だよ」
 それと、家族のこと……。これは心の中でだけ付け足した。
 博樹はふうん、と口をすこし尖らせて頬杖をついた。

 しばらくの間、博樹との間を沈黙が満たした。
 なんとなく気まずい感じがして、私は話題を変えることにした。

「ねえ、この最後のセリフだけど……」
 劇の最後、幽霊の玲子が成仏して、この世を去るシーンがある。恋仲になった太助に、最後に残す言葉。

『私は逝ってしまうけれど、どうか忘れないで。私とすごした日々を。私があなたを愛していたことを』

「ああ、忘れないでって言い残すところか」
「そう。でも、なんか納得できない感じがするんだよね」
 テーブルに開いた台本を二人で覗き込むように身を乗り出す。

「どのへんが納得できないんだ?」
 思わず私はうーん、と唸った。
「なんて言ったらいいのか……」

 玲子は太助の将来のことを思って、幽霊である自分がいつまでも一緒にいてはいけないと、別れを決意する。

「自分の気持ちより、太助のことを思って玲子は成仏するって決意したのに、こんなこと言うかなって……」

 私の言葉に、今度は博樹が唸った。
「好きな人に忘れてほしくないって思ったからか……」
 そこで一旦言葉を切って、博樹は、いや……とつぶやいてから続けた。

「愛されたことを忘れずに生きてほしい……かな。どっちだとしても、そんなに不自然ではないと思うけど」
「なるほどね……」
 そう言われると、不自然ではないような気もしてきた。少なくとも、太助が前向きに生きていけるように……という思いを込めての言葉なのだろう。

「まだ本番まで時間あるし、稽古しながら詰めていけばいいんじゃないか」
「うん、そうだね」
「俺も、もっと読み込んでみるよ」

 博樹に話したことで、もやもやしていた部分が少しスッキリした気がする。
「ありがと。話せてよかったよ」
 笑いかけると、博樹は少し照れくさそうな顔をして、おう、と返した。

「そろそろ出ないと。帰り、途中まで方向一緒だよな」
 私は頷いて、台本をカバンにしまう。カバンの中には、バードステーションで借りた本も入っていた。

「途中でちょっと寄りたいところがあるんだけど、それでもいいかな」
「いいよ。どこに寄ってく?」
「バードステーション。小鳥用品を売ってるお店なんだ」
 本を返すついでに、親の許可が取れたことを店主さんに伝えようと思っていたのだ。
 行き先が意外だったのか、博樹はちょっと不思議そうに、へぇ、と呟いた。
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