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バードステーション
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この季節は日が長いおかげで、まだ時間に余裕があるように感じる。時間はもう午後6時になるところだけれど、少しゆっくりしたペースで自転車を走らせていた。
交差点を過ぎた左側にバードステーションがある。ちょうど店主さんが店の外に出てきたところだった。郵便受けを確認して、店内に戻ろうとしていた店主さんが、こちらに気づいた。
今日も眼鏡をかけて、少し気だるそうな雰囲気を漂わせている。白いシャツに細身のベージュパンツ。よく見れば背も高くてスタイルが良い。ちょっと猫背なのが玉に瑕かも。
「ああ、いらっしゃい。学校帰りですか」
「はい。もしかして、もうお店閉めるところでした?」
そういえば、営業時間をちゃんと確認していなかった。この前は6時を過ぎても開いていたから油断した。
「いえ……まだ大丈夫ですよ」
自転車を停め、カバンから本を取り出す。せめてこれをお返しするのと、あの子を飼えることになったと伝えよう。
「あの、借りていた本をお返ししようと……ありがとうございました。勉強になりました」
「そんなに急がなくてもよかったのに」
本を受け取って、店主さんは店の戸を開いた。
「中へどうぞ。顔を見せてあげてください」
「いいんですか? ありがとうございます!」
後ろで私たちのやりとりを見ていた博樹に手招きする。
「一緒に来て。うちに来る予定のインコがいるの」
レジカウンター横のテーブルに、あの子が入ったカゴが置かれていた。
「いたー! 二日ぶりだね、元気にしてた?」
インコと目線が合うように少し膝を曲げる。
インコは、ピャッ、ピャッと短く鳴きながら、止まり木を右に左に、せわしなくウロウロしている。
「どうしたの? なんか落ち着かない感じだね」
「来てくれたのが嬉しくて、テンションが上がっているみたいですよ」
店主さんがそっと教えてくれた。
「これって嬉しい時の動きなんだ!」
私と同じように少し屈んだ体勢でカゴの中を覗いていた博樹も、その表情を綻ばせていた。
「かわいいな。ほっぺがオレンジ色なんだ」
「ね、かわいいでしょ。オカメインコっていう種類なの」
私は止まり木の端に人差し指を差し出した。
インコが寄ってきて、この前と同じように頭を格子にくっつける。
その頭を軽く搔くように撫でると、インコは目をつぶってウットリしたような顔をした。
「なにそれ! 鳥って撫でられるんだ?!」
驚いて大きめの声を出す博樹に驚いたのか、インコが顔を上げて頭の羽をピンと立てた。
私はしーっ、と人差し指を唇につけて合図した。
ごめん、と小さく博樹が謝る。
「びっくりでしょ、小鳥を撫でられるなんて」
博樹は黙って頷いてから言葉を続けた。
「ハルが鳥好きだったなんて知らなかったよ」
「ううん、私もつい最近インコのこと知ったの。ほら、この前遅刻したでしょ、朝練」
「あー、初っ端から遅刻してたな」
博樹が苦笑い混じりに相槌を打つ。
「あの日ね、この子が置き去りにされてたの。この店の軒先に。放っとくわけにもいかなくて、店主さんが来るまで様子見てたら遅くなっちゃって」
ふっと博樹が笑みをこぼした。
「そんなことがあったのか……。で、飼うことにしたと」
「そういうこと」
私は店主さんの方に向き直る。店主さんは黙ってこちらの様子を見ながら、あの白いオウムを撫でていた。
「あの……この子、うちで飼えることになりました!」
私の言葉に、店主さんは細い目をさらに細めて、静かに笑みを浮かべた。
「それはよかった」
いつになく優しい表情に、胸のあたりがキュッとして、顔がすこし熱くなる。
「あ……はい! あの、日曜日には、父と一緒に迎えにきます!」
私はなんだか恥ずかしくなって、慌てて取り繕った。
店主さんは穏やかな表情で頷いた。
「えっと……、ごめんなさい、もう閉店時間だったんですよね?」
「気にしなくて大丈夫ですよ。僕一人でやっている店なんで、そのへんは割と自由にしていますから」
それ以上、店主さんの顔が見れなかった。
「でもっ、あんまり長居するのは悪いからこの辺で!」
私は再びインコの方を振り返る。
「じゃあ、またね。迎えに来るまで、もう少し待っててね」
インコは奥の止まり木から、手前の出入り口の方へと格子を伝って下りてきた。
私も名残惜しいけど、もう帰らないと。
バイバイ、と小さく手を降って、そそくさと店を出る。
「ありがとうございました。週末まであの子のこと、よろしくお願いします」
店主さんに深々と頭を下げ、飛び乗るように自転車に跨った。
博樹が「おじゃましました」と早口で言って、慌てて私の後をついてくる。
店主さんは相変わらず穏やかな調子で「気をつけて」と私たちを見送ってくれた。
少し走ったところで、博樹の自転車が横に並んだ。
「どうしたんだよ、急にあわてて」
「どうもしないよ、閉店時間過ぎてたのにお邪魔しちゃってたから、早く出なきゃって思っただけ!」
言いながら、まだ少し熱い顔を冷ましたくてペダルに力を入れて風を受ける。
「ハル、ちょっとストップ! ストーーップ!」
次の曲がり角の手前で、博樹が大声で私を呼び止めた。
ちょっと驚いて自転車のブレーキを強めにかけると、反動で体が前に押し出されそうになった。
けっこうスピードが出ていたらしい。
「落ち着けって」
止まったのは、住宅地に入る分かれ道だった。博樹の家と私の家はここで反対方向になる。
「俺、こっちだから」
「あ、うん……そうだよね」
博樹はちょっと不服そうな顔で、視線を下に向けた。
「ハル、俺……いつだってハルのこと心配してるからな」
「えっ、何、急に……」
「別に……言っておきたかっただけ」
二人とも言葉に詰まって、それ以上何も出てこなかった。
「じゃ、また明日」
少しの間をおいて、博樹がそう言って自転車を左の道へ向けた。
「あ、うん。今日はありがとね!」
その後ろ姿に向けて、私は少し大きめに声をかけた。
博樹は振り向かず、右手を軽く振ってみせた。
交差点を過ぎた左側にバードステーションがある。ちょうど店主さんが店の外に出てきたところだった。郵便受けを確認して、店内に戻ろうとしていた店主さんが、こちらに気づいた。
今日も眼鏡をかけて、少し気だるそうな雰囲気を漂わせている。白いシャツに細身のベージュパンツ。よく見れば背も高くてスタイルが良い。ちょっと猫背なのが玉に瑕かも。
「ああ、いらっしゃい。学校帰りですか」
「はい。もしかして、もうお店閉めるところでした?」
そういえば、営業時間をちゃんと確認していなかった。この前は6時を過ぎても開いていたから油断した。
「いえ……まだ大丈夫ですよ」
自転車を停め、カバンから本を取り出す。せめてこれをお返しするのと、あの子を飼えることになったと伝えよう。
「あの、借りていた本をお返ししようと……ありがとうございました。勉強になりました」
「そんなに急がなくてもよかったのに」
本を受け取って、店主さんは店の戸を開いた。
「中へどうぞ。顔を見せてあげてください」
「いいんですか? ありがとうございます!」
後ろで私たちのやりとりを見ていた博樹に手招きする。
「一緒に来て。うちに来る予定のインコがいるの」
レジカウンター横のテーブルに、あの子が入ったカゴが置かれていた。
「いたー! 二日ぶりだね、元気にしてた?」
インコと目線が合うように少し膝を曲げる。
インコは、ピャッ、ピャッと短く鳴きながら、止まり木を右に左に、せわしなくウロウロしている。
「どうしたの? なんか落ち着かない感じだね」
「来てくれたのが嬉しくて、テンションが上がっているみたいですよ」
店主さんがそっと教えてくれた。
「これって嬉しい時の動きなんだ!」
私と同じように少し屈んだ体勢でカゴの中を覗いていた博樹も、その表情を綻ばせていた。
「かわいいな。ほっぺがオレンジ色なんだ」
「ね、かわいいでしょ。オカメインコっていう種類なの」
私は止まり木の端に人差し指を差し出した。
インコが寄ってきて、この前と同じように頭を格子にくっつける。
その頭を軽く搔くように撫でると、インコは目をつぶってウットリしたような顔をした。
「なにそれ! 鳥って撫でられるんだ?!」
驚いて大きめの声を出す博樹に驚いたのか、インコが顔を上げて頭の羽をピンと立てた。
私はしーっ、と人差し指を唇につけて合図した。
ごめん、と小さく博樹が謝る。
「びっくりでしょ、小鳥を撫でられるなんて」
博樹は黙って頷いてから言葉を続けた。
「ハルが鳥好きだったなんて知らなかったよ」
「ううん、私もつい最近インコのこと知ったの。ほら、この前遅刻したでしょ、朝練」
「あー、初っ端から遅刻してたな」
博樹が苦笑い混じりに相槌を打つ。
「あの日ね、この子が置き去りにされてたの。この店の軒先に。放っとくわけにもいかなくて、店主さんが来るまで様子見てたら遅くなっちゃって」
ふっと博樹が笑みをこぼした。
「そんなことがあったのか……。で、飼うことにしたと」
「そういうこと」
私は店主さんの方に向き直る。店主さんは黙ってこちらの様子を見ながら、あの白いオウムを撫でていた。
「あの……この子、うちで飼えることになりました!」
私の言葉に、店主さんは細い目をさらに細めて、静かに笑みを浮かべた。
「それはよかった」
いつになく優しい表情に、胸のあたりがキュッとして、顔がすこし熱くなる。
「あ……はい! あの、日曜日には、父と一緒に迎えにきます!」
私はなんだか恥ずかしくなって、慌てて取り繕った。
店主さんは穏やかな表情で頷いた。
「えっと……、ごめんなさい、もう閉店時間だったんですよね?」
「気にしなくて大丈夫ですよ。僕一人でやっている店なんで、そのへんは割と自由にしていますから」
それ以上、店主さんの顔が見れなかった。
「でもっ、あんまり長居するのは悪いからこの辺で!」
私は再びインコの方を振り返る。
「じゃあ、またね。迎えに来るまで、もう少し待っててね」
インコは奥の止まり木から、手前の出入り口の方へと格子を伝って下りてきた。
私も名残惜しいけど、もう帰らないと。
バイバイ、と小さく手を降って、そそくさと店を出る。
「ありがとうございました。週末まであの子のこと、よろしくお願いします」
店主さんに深々と頭を下げ、飛び乗るように自転車に跨った。
博樹が「おじゃましました」と早口で言って、慌てて私の後をついてくる。
店主さんは相変わらず穏やかな調子で「気をつけて」と私たちを見送ってくれた。
少し走ったところで、博樹の自転車が横に並んだ。
「どうしたんだよ、急にあわてて」
「どうもしないよ、閉店時間過ぎてたのにお邪魔しちゃってたから、早く出なきゃって思っただけ!」
言いながら、まだ少し熱い顔を冷ましたくてペダルに力を入れて風を受ける。
「ハル、ちょっとストップ! ストーーップ!」
次の曲がり角の手前で、博樹が大声で私を呼び止めた。
ちょっと驚いて自転車のブレーキを強めにかけると、反動で体が前に押し出されそうになった。
けっこうスピードが出ていたらしい。
「落ち着けって」
止まったのは、住宅地に入る分かれ道だった。博樹の家と私の家はここで反対方向になる。
「俺、こっちだから」
「あ、うん……そうだよね」
博樹はちょっと不服そうな顔で、視線を下に向けた。
「ハル、俺……いつだってハルのこと心配してるからな」
「えっ、何、急に……」
「別に……言っておきたかっただけ」
二人とも言葉に詰まって、それ以上何も出てこなかった。
「じゃ、また明日」
少しの間をおいて、博樹がそう言って自転車を左の道へ向けた。
「あ、うん。今日はありがとね!」
その後ろ姿に向けて、私は少し大きめに声をかけた。
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