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第一部 宰相家の居候

【宰相Side】エドヴァルドの贋者(後)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「さて、一人や二人襲撃者を潰したところで今回は諦めないかも知れないな…どうしたものか……」

 そろそろ〝転移扉〟の故障で引っ張るのにも限界があるだろう。
 どうしても私をギーレンに留め置きたいとなると、焦りが出ているだろう事は想像に難くない。

 既に「提案」を受け入れる話はしたものの、現在のこの状況をエヴェリーナ妃に知らせるには、流石に王宮の暗部に直接の指揮系統は持たないだろうから、ここはラハデ公爵を恃むべきなのか。

 いや、それでも、他国の宰相と国内の一公爵家が表向きの理由なく接触を図るのは、要らぬ憶測を招きかねない。

 そう考えたところで、一箇所、とても都合の良い伝手つてが存在している事に思い至って、不意に私は片手で額を覆った。

「……ユングベリ商会……」

 レイナに商業ギルド発行の身分証を持たせる事は、いざと言う時に公爵家を、アンジェス国を出て自活するための手段を一つ渡す事と同じだ。

 そう思ったから、懐中時計を渡す事で阻止をしようとした筈だったところが、ギーレンに非公式に来るのならば、懐中時計ではむしろ役に立たないとばかりに、アンジェスの商業ギルドのみならず、ギーレンの商業ギルドにまで入り込んで、とうとう商会を一つ作り上げてしまった。

 もうあの商会は、フェリクスと進めている服飾の二号店セカンドラインや、バーレント伯爵名義で立ち上げる会社とも紐付ける方が、全ての手続きに無駄がなくなる。

 下手をすればエッカランタのスヴァレーフや、フォルシアンとの共同開発中のチョコレートにしても、王都窓口として名前が使えるだろう。

 そして今ギーレンでは、ラハデ公爵の知己を得たていで、相互連絡をしやすい状況が作られている。

 どう考えても今回は、レイナに「ユングベリ商会」の名を使って、ラハデ公爵に接触を図って貰うのが最適解だ。

 余計な権力争いに巻き込まれないような、安全な場所で庇護されて欲しいと願う私の浅ましさを、常に彼女は軽々と超えていってしまう。

「お館様……」

 書斎で軽く頭を抱えていた私に、ナシオがおずおずと話しかけてきた。

「その……お嬢さんからの伝言があるんですが……」

 気のせいか、顔がやや痙攣ひきつっている。

 無言で続きを促せば、今回もやはり、彼女は既に斜め上からの行動を起こしていた。

「替え玉……」

 しかも既にラハデ公爵経由でエヴェリーナ妃に話を通した後ときている。

「ふ…私が少しは自重しろと言った事は右から左にすり抜けているらしいな…いや、全く懲りていないと言うべきなのか…?」

「お、お館様、落ち着いて下さい。お館様が囮になるとか、そう言う話にならない事を思えば、今回はこれが一番良いのではないかと……」

「……分かっているから余計に腹立たしいんだ、ナシオ……」

 窓際のカーテンの裾が軽く凍ったのはご愛嬌だ。

「それで近々、私の身代わりになって攫われるなどと言う、荒事を引き受けてくれる物好きな貴族の子息が、この城に現れると?」

「……そのようです。人選はラハデ公爵とエヴェリーナ妃に一任したので、ナリスヴァーラ城に来た時には、合言葉で判断してくれと。こう言う事はすぐに動いた方が良いから、身代わりになる男性には、顔見せ不要で直接ナリスヴァーラ城へ向かうように言った、とも」

 ――いちいち、全く、文句の付けようがない。

 時間が勿体ないと思ったのも確かだろうが、何より身代わりになる人物を知らないと言う事は、露見した時にレイナ自身を守る事になる。

 一方で、これが王族のなら、同じ王族で尻拭いをすべきだろうと、その機会を与えて恩を売ったとも取れる。

 あくまでさりげなく話を持ちかけてはいるが、まず間違いなくエヴェリーナ妃なら「恩」と取るだろう。

「あの女傑と渡り合うか……」

 ギーレンに来てから確信した。
 この国で最も脅威なのは、軍でも王でもない――あの正妃エヴェリーナだと。

 それが分かっただけ、言わばケガの功名と言っても良いのかも知れない。

「その身代わりが攫われたところで、こちらは王宮に向かう事になるだろう。いつでも引き上げられるよう、裏で全員に通達してくれ。言わずもがなだが、城の使用人達には悟られるな」

 かしこまりましたとナシオが頭を下げる。

「ようやくですか、お館様」

「ああ。まだ油断は出来ないがな」

 そう答えた夜も、時折物音がしていた事からすると、侵入者がいたのだろう。

 あまり手加減なく叩き潰すと、誘拐のためになりふり構わなくなってくる可能性があるから、どうしたものかと思案していた翌朝、私はダイニングで何とも複雑な表情のファルコと対面する形になっていた。

「お館様。昨日とっ捕まえた侵入者なんですが」

「ああ…随分と物音がしていたな。思ったより人数がいたのか、手強かったのか――と思ってはいたんだが」

「まあ、手強かったのは間違いないですね。特に三人いた中の一人に、王宮側のノーイェル達が押されていたもので、最後俺が手を貸した格好になりましたから」

「ほう…それで?」

「今、お嬢さんのところにいる『シーグ』って娘なんですが」

「……うん?」

 急に話が逸れたように感じた私が眉をひそめたが、ファルコは取り敢えず聞いてくれとばかりにそのまま話し続けた。

「お嬢さん曰く双子だってコトで。あの娘は毒物特化の娘ですが、暗殺技術型のがいるとか何とか、アンジェスを発つ前から言ってたんですよ。何でもエドベリ殿下の『裏の』側近らしいと」

 ――その先は、聞かずとも想像がついた。

 スッと目を眇めた私に、ファルコも頷いて見せる。

「本人は名乗りませんし、今、ナシオにを調合させてますから、詳細が分かるのにはもう少しかかるとは思いますが、取り敢えず、捕まえたのが少年で、その『シーグ』にそっくりだって言う話を、まずはさせて貰いたいと」

「…それは、レイナのところのその娘が、手を回したと言う話なのか?」

「いえ、それはまだ何とも。ですがあの娘、アンジェスに送られた工作員たちの中で、国王陛下が見せしめとして真っ先に殺したていになっているらしいので、恐らくそれはないと思っているのですが」

「………ちょっと待て」

 どうやら、まだ聞かされていない情報はなしがあった。

 私は声を低くして、こめかみをもみほぐした。

「レイナのところにいる娘に関しては、確か私がアンジェスを発った後、公爵邸を見張るよう命を受けた中の一人で、ベルセリウスが捕まえた後に、レイナがこちらに寝返らせて、ギーレンの道案内を兼ねて、今回連れて回っているとしか私は聞いていないのだがな」

「いえ、概ねそれで合ってますよ。その、公爵邸を見張るよう指示されていた残りの連中を、お嬢さんがわざわざ公爵邸でのも面…いえ、と王宮に突き出した際に、どうやら陛下がその連中の心を折るのに、一番年が若かったあの娘が『犠牲になった』ていにしたと」

 今、明らかに「面倒」と言おうとしたな?

「あんまりお館様が戻るのが遅くなったら、その連中の腕とか足とか一本ずつギーレン王宮に送ってするのも良いかも知れない――などと陛下が仰った末に、どうやら管理部の魔道具の実験台にされているらしいとか何とか」

「……っ」

 そこまで聞けば、確かに私には必要のない情報部分だったかも知れないが、それはどう聞いても、レイナがフィルバートの性格を熟知した上で、外から余計な干渉をしないようにと『玩具オモチャ』を提供したとしか思えない。

「な…るほど…だから、殺された筈の人間が、むやみに連絡をとる事はしないのではと言う訳か」

「ええ、まあ。もちろん、薬が出来たら確認はとりますが」

「そうしてくれ。場合によってはその娘の話を楯に、逆に少年をこちらに引き込む事を視野に入れても構わん」

「承知しました。あの少年を寝返らせる事が出来たら、逆にわざと『替え玉』を攫ってくれるように誘導させるのも良いかとは思っていたんですよ。ほら、お館様も、あまりこっぴどく連中を叩き潰すと、同じ攫うにしてもどんなに出てくるか分からなくなって面倒だと仰っていた事ですし」

「そうだな……あくまで少年の反応にもよるが、それが出来れば一番楽なのかも知れないな」

「ちょっと、ゲルトナー経由でお嬢さんとも連絡とってみます。あの娘から少年の情報を事前に聞けるものなら聞いてみます」

「そうしてくれ。放っておいたら本当に手やら足やらが近いうちに王宮に送られてくるかも知れん。くれぐれも危機感を持って事に当たるよう念を押すのも忘れるな」

「……え」

 ファルコは軽く目を見開いてはいるが、まったく、冗談ではないのだ。
 そんな話があったなら、間違いなくフィルバートはそろそろ事態の膠着にきて、動いてくる。

「頼むから今後は、レイナに関わる話をするな。彼女の行動にはほぼ無駄がない。大体が次かその先の行動に繋がるんだ。自分の首が締まる前に、習慣づけておけ」

 私のため息に、ファルコは顔を痙攣ひきつらせながら、姿を消した。

 せっかく「替え玉」を用意しても、攫われなければ意味がない。
 どうやら確実に実行させるまでにはもう一波乱、覚悟しておく必要がありそうだった。   
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