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第三部 宰相閣下の婚約者
692 淑女による淑女のための紅茶教室(中)
紅茶の味と言うのは産地による味の違いももちろんのこと、収穫時期によっても全く異なるものなのだと、エリィ義母様がまず口を開いた。
「ギーレンで収穫される茶葉は、収穫時期が決まっているのがほとんどだと思うのだけれど、アンジェス産の場合は年間を通して収穫が可能なの。ただそれでも旬の時期と言うのも確かにあって、他国の旬の茶葉に比べると絶対量は少ないけれど『旬の茶葉』としての流通もしているわね」
つまりは一年を通しての量を100%とすれば、とあるシーズンに100%出回るのがギーレン産、年間を通して分散され、旬の時期にほんの少し多めに出回るのがアンジェスの茶葉と言うことになるらしい。
「アンジェスで有名な産地は七ヶ所。それぞれにいくつかの茶園があって、主に流通している茶園の数は22ってところかしら。とは言え同じ産地であっても、それぞれの茶園での仕上げ方によって、まったく味が異なってくるわ。これはもう後は個人の好みと言うしかないでしょうねぇ……」
当然王宮に納品されたり、例えば〝アンブローシュ〟に納入されたりする茶葉もあるわけで、そう言った所では全ての茶園から、それこそ旬の時期のものを取り寄せて、あとは個人の好みで日々飲まれているようだ。
そして七つある産地に関しては、イデオン公爵領とコンティオラ公爵領は領内に茶園を持っていない。
フォルシアン公爵領に二ヶ所、スヴェンテ公爵領に二ヶ所、クヴィスト公爵領内に三ヶ所。
ただしフォルシアン公爵領とスヴェンテ公爵領の内のそれぞれ一ヶ所は、クヴィスト公爵領から独立した新興の品種らしく、自分達が生まれる遥か以前は「五大産地」として知られていたのだと言う。
「だからこの国ではクヴィスト公爵領が事実上紅茶の産地と言えるでしょうね」
テーブルに並べられた瓶詰を、エリィ義母様がスイスイと動かしているのは、恐らくその産地ごとに分けようとしているからだろう。
「……よく、キヴェカス家との裁判やフィルバート陛下の即位に前後したところで、紅茶の流通がストップしませんでしたね」
クヴィスト公爵領産の茶葉が最も多く流通しているとエリィ義母様から聞いて、思わず私はそうこぼしてしまった。
テーブルの上はざっくりと7つに区切られ、5つの瓶×1、4つの瓶×1、3つの瓶×3、2つの瓶×2とそれぞれにまとめられていた。
更にその区切りを三つに分けていたことから、クヴィスト家は12の茶園を持ち、フォルシアンとスヴェンテはそれぞれ5つの茶園を持つのだと言うことがそこからは読み取れた。
「現状22の茶園は全てラヴォリ商会と取引をしているもの。もちろん各貴族が直接茶園と契約している場合もあって、独占しているわけではないのよ? それでもラヴォリ商会がそこに入っている時点で、貴族側から圧力はかけられないわ」
そこが乳製品と少し違うのだと、エリィ義母様は教えてくれた。
「窓口が22しかない茶葉だからこそ、ラヴォリ商会が目を光らせられるのよ。全体の流通量が比較にならない乳製品だと、どうしても圧力に弱い個人農家なんかも出て来てしまうから」
「なるほど……」
それに22茶園以外の他国からの輸入茶葉やオリジナルブレンドに関しては、仮に流通が止まったところで、さほど困らないと割り切られているのかも知れない。
「イデオン公爵家の場合は、以前の話は家令か侍女長に聞いた方が良いわね。当代イデオン公に限って言えば、フォルシアン公爵領内にあるハユハの茶葉をメインに飲まれているはずよ? 当主になられてまだ間もない頃に、夫が『少なくともこの二つに毒はないと覚えろ』なんてことを言って、もう一つの領内産地であるミュクラの茶葉と両方を押し付けたと聞いているもの」
シャルリーヌは軽く目を瞠り、私は思わず乾いた笑いを洩らしていた。
「毒って……」
「フォルシアン公爵領内産の茶葉であれば、それが振る舞われるような場では先代夫人アグネータ様が、今では夫が目を光らせていますもの。毒どころか媚薬だって混入させなくてよ?」
本来の味が損なわれるような紅茶が振る舞われたとあっては、茶園の評判にも傷がつく――と、アグネータ先代夫人からイル義父様に厳しく教え継がれていたらしい。
エドヴァルドに詳しく聞いてはいなかったけど、もしもトゥーラ嬢が媚薬を盛ったのが紅茶だったのであれば、それはフォルシアン公爵領産のモノではないと言うことなんだろう。
「だからレイナちゃんは、ハユハに関しては自動的に味を覚えてしまっているはずよ?」
とは言え、飲み慣れたお茶と好みのお茶はまた違ってくるだろう。
色々と試してみれば良い、とエリィ義母様は微笑った。
そうなの? とヨンナを振り返って見れば、肯定するかのように頷いていた。
「当家は現在ハユハの茶葉をメインに仕入れております。と申しましても、ハユハにも三つの茶園がございますので、時期をずらしてそれぞれの茶園の茶葉を商人が届けに参ります。ちなみに先代様は、スヴェンテ産ムーリの茶葉がお好みだったと聞いております」
「それは、もう仕入れていないの?」
商会側として、いきなり茶葉を変えたりするのは困るんじゃないだろうかと思ったものの、ヨンナは至極あっさりと「仕入れていませんね」と口にした。
「代替わりと共に仕入れが変化するのは珍しいことではありませんので、特にそれで揉めることもございませんし、この先レイナ様が新たな茶葉をご指示なさったとしても不都合はないかと」
エリィ義母様も、横で「そうね」と頷いている。
「家族全員が別の茶葉を好んで取り寄せることも珍しくはないし、一人一種類ずつの取り寄せとも限らないもの。ああ、我が家の場合はハユハとミュクラを置いて、ブレンドしているのだけれど。来客用なんかに基本の配合はもちろんあって、そこから好みで配合を変えているのよ?」
基本はチョコレートづくしのアフタヌーンティーでおもてなしをする場合に味がケンカをしないことを重視して、考え抜かれた配合になっているらしい。
「お、奥深い……」
思わず呻いてしまった私に、シャルリーヌもシーグもこくこくと頷いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
紅茶の産地イメージですが……
バリエンダールとサレステーデは、ほぼ輸入に頼っているとお考え下さい。
(バリエンダールに多少の小さな茶園はあり、ミルテ王女はそれを大きくしていきたいと思ってるようです)
アンジェス――セイロン(スリランカ)
ギーレン――キームン(中国)
ベルィフ――ダージリン(インド)
世界三大紅茶の特徴を、それぞれの国の茶葉の特徴として当てはめてみました。
詳しくは近況ボードをご覧下さい!
「ギーレンで収穫される茶葉は、収穫時期が決まっているのがほとんどだと思うのだけれど、アンジェス産の場合は年間を通して収穫が可能なの。ただそれでも旬の時期と言うのも確かにあって、他国の旬の茶葉に比べると絶対量は少ないけれど『旬の茶葉』としての流通もしているわね」
つまりは一年を通しての量を100%とすれば、とあるシーズンに100%出回るのがギーレン産、年間を通して分散され、旬の時期にほんの少し多めに出回るのがアンジェスの茶葉と言うことになるらしい。
「アンジェスで有名な産地は七ヶ所。それぞれにいくつかの茶園があって、主に流通している茶園の数は22ってところかしら。とは言え同じ産地であっても、それぞれの茶園での仕上げ方によって、まったく味が異なってくるわ。これはもう後は個人の好みと言うしかないでしょうねぇ……」
当然王宮に納品されたり、例えば〝アンブローシュ〟に納入されたりする茶葉もあるわけで、そう言った所では全ての茶園から、それこそ旬の時期のものを取り寄せて、あとは個人の好みで日々飲まれているようだ。
そして七つある産地に関しては、イデオン公爵領とコンティオラ公爵領は領内に茶園を持っていない。
フォルシアン公爵領に二ヶ所、スヴェンテ公爵領に二ヶ所、クヴィスト公爵領内に三ヶ所。
ただしフォルシアン公爵領とスヴェンテ公爵領の内のそれぞれ一ヶ所は、クヴィスト公爵領から独立した新興の品種らしく、自分達が生まれる遥か以前は「五大産地」として知られていたのだと言う。
「だからこの国ではクヴィスト公爵領が事実上紅茶の産地と言えるでしょうね」
テーブルに並べられた瓶詰を、エリィ義母様がスイスイと動かしているのは、恐らくその産地ごとに分けようとしているからだろう。
「……よく、キヴェカス家との裁判やフィルバート陛下の即位に前後したところで、紅茶の流通がストップしませんでしたね」
クヴィスト公爵領産の茶葉が最も多く流通しているとエリィ義母様から聞いて、思わず私はそうこぼしてしまった。
テーブルの上はざっくりと7つに区切られ、5つの瓶×1、4つの瓶×1、3つの瓶×3、2つの瓶×2とそれぞれにまとめられていた。
更にその区切りを三つに分けていたことから、クヴィスト家は12の茶園を持ち、フォルシアンとスヴェンテはそれぞれ5つの茶園を持つのだと言うことがそこからは読み取れた。
「現状22の茶園は全てラヴォリ商会と取引をしているもの。もちろん各貴族が直接茶園と契約している場合もあって、独占しているわけではないのよ? それでもラヴォリ商会がそこに入っている時点で、貴族側から圧力はかけられないわ」
そこが乳製品と少し違うのだと、エリィ義母様は教えてくれた。
「窓口が22しかない茶葉だからこそ、ラヴォリ商会が目を光らせられるのよ。全体の流通量が比較にならない乳製品だと、どうしても圧力に弱い個人農家なんかも出て来てしまうから」
「なるほど……」
それに22茶園以外の他国からの輸入茶葉やオリジナルブレンドに関しては、仮に流通が止まったところで、さほど困らないと割り切られているのかも知れない。
「イデオン公爵家の場合は、以前の話は家令か侍女長に聞いた方が良いわね。当代イデオン公に限って言えば、フォルシアン公爵領内にあるハユハの茶葉をメインに飲まれているはずよ? 当主になられてまだ間もない頃に、夫が『少なくともこの二つに毒はないと覚えろ』なんてことを言って、もう一つの領内産地であるミュクラの茶葉と両方を押し付けたと聞いているもの」
シャルリーヌは軽く目を瞠り、私は思わず乾いた笑いを洩らしていた。
「毒って……」
「フォルシアン公爵領内産の茶葉であれば、それが振る舞われるような場では先代夫人アグネータ様が、今では夫が目を光らせていますもの。毒どころか媚薬だって混入させなくてよ?」
本来の味が損なわれるような紅茶が振る舞われたとあっては、茶園の評判にも傷がつく――と、アグネータ先代夫人からイル義父様に厳しく教え継がれていたらしい。
エドヴァルドに詳しく聞いてはいなかったけど、もしもトゥーラ嬢が媚薬を盛ったのが紅茶だったのであれば、それはフォルシアン公爵領産のモノではないと言うことなんだろう。
「だからレイナちゃんは、ハユハに関しては自動的に味を覚えてしまっているはずよ?」
とは言え、飲み慣れたお茶と好みのお茶はまた違ってくるだろう。
色々と試してみれば良い、とエリィ義母様は微笑った。
そうなの? とヨンナを振り返って見れば、肯定するかのように頷いていた。
「当家は現在ハユハの茶葉をメインに仕入れております。と申しましても、ハユハにも三つの茶園がございますので、時期をずらしてそれぞれの茶園の茶葉を商人が届けに参ります。ちなみに先代様は、スヴェンテ産ムーリの茶葉がお好みだったと聞いております」
「それは、もう仕入れていないの?」
商会側として、いきなり茶葉を変えたりするのは困るんじゃないだろうかと思ったものの、ヨンナは至極あっさりと「仕入れていませんね」と口にした。
「代替わりと共に仕入れが変化するのは珍しいことではありませんので、特にそれで揉めることもございませんし、この先レイナ様が新たな茶葉をご指示なさったとしても不都合はないかと」
エリィ義母様も、横で「そうね」と頷いている。
「家族全員が別の茶葉を好んで取り寄せることも珍しくはないし、一人一種類ずつの取り寄せとも限らないもの。ああ、我が家の場合はハユハとミュクラを置いて、ブレンドしているのだけれど。来客用なんかに基本の配合はもちろんあって、そこから好みで配合を変えているのよ?」
基本はチョコレートづくしのアフタヌーンティーでおもてなしをする場合に味がケンカをしないことを重視して、考え抜かれた配合になっているらしい。
「お、奥深い……」
思わず呻いてしまった私に、シャルリーヌもシーグもこくこくと頷いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
紅茶の産地イメージですが……
バリエンダールとサレステーデは、ほぼ輸入に頼っているとお考え下さい。
(バリエンダールに多少の小さな茶園はあり、ミルテ王女はそれを大きくしていきたいと思ってるようです)
アンジェス――セイロン(スリランカ)
ギーレン――キームン(中国)
ベルィフ――ダージリン(インド)
世界三大紅茶の特徴を、それぞれの国の茶葉の特徴として当てはめてみました。
詳しくは近況ボードをご覧下さい!
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