聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

758 おしどり夫婦……?

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「今、スヴェンテ老公とクヴィスト公爵令息のところにも使者が行っていてね」

 イル義父様曰く、どういう処分をそれぞれに下すかは五公爵家の代表が揃ってからということで、今は王宮内にいるその直属の長官たちがそれぞれに呼ばれて、宰相エドヴァルドによる彼らへの説明が行われているらしい。

 司法・公安長官――ロイヴァス・ヘルマン
 軍務・刑務長官――ライネル・シクステン
 財務・商務長官――アダム・ブレヴァル
 運輸・公共(教育)長官――オーステン・カッレ
 人事・典礼長官――ルジェク・ダールグレン

 いずれも侯爵家の縁戚や、長官となるために養子に迎えた上での就任だったりするらしく、今の代ではカッレ侯爵家のオーステン卿とダールグレン侯爵家のルジェク卿が、養子に迎えられた非血縁者にあたると言う。

 つまり、次男とは言えカッレ侯爵家直系であるアストリッド少年とオーステン卿、ダールグレン侯爵家先代当主の弟であるマトヴェイ外交部長とルジェク卿、それぞれには直接の血のつながりはないと言うことになる。

 私はヘルマン、シクステン両長官以外とは面識がなく、ブレヴァル長官も奥様がスヴェンテ老公の娘さんだと、チラッとその名前を聞いただけ。

 更にカッレ長官とダールグレン長官に至っては、私は「長官はクヴィスト公爵領下、コンティオラ公爵領下、それぞれの侯爵家から輩出されている」と、名前ではない、基礎中の基礎を耳にしていただけで、今日初めて家名を知ったくらいだ。

「幸か不幸か、どの長官も今回問題となっている家の人間ではないから、実務レベルでの悪影響は最低限のところで留まるんじゃないかと思うよ」

 五人の長官の首までは飛ばない。
 イル義父様が言っているのは、そういうことだった。

「ただ、その上の公爵が今回、ほぼ全員あてに出来ないだろうから、結局この五長官の怒りもやらかした連中に向くだろうね」

 本来であれば、各部署総力を挙げて三国会談の準備に注力しなくてはならないのに、決して後回しに出来ない、高等法院案件の犯罪が起きてしまい、そちらにも人手を割かなくてはならないからだ。

「特にライネルは武闘派だしね。下手をすれば、今頃ユーホルト殿を殴り飛ばしているかも知れない」

 国の軍務・刑務を担う部署であるせいか、代々の長官職は、フォルシアン公爵領防衛軍を率いるマッカラン侯爵家と、隣り合ってギーレン国境に接するシクステン侯爵家から輩出されることが多いらしい。

 イル義父様が実務派なこともあって、今の代の長官は、腕の立つライネルが選ばれている。
 実際、ロイヴァス・ヘルマン長官もライネルの腕が立つことは認めていた。

 なるほどヘルマン長官が「このくそ忙しいのになんだ!」と、実家からの手紙を既読スルー状態にしているのとは逆に、シクステン長官は「己の領地のことなんだから、もっと早く気付け!」とでも叫んでぶん殴りそうな印象が、イル義父様にもあるんだろう。

 ライネルはシクステン侯爵家の領主ではないものの、長官職に就いていることでユーホルト・ダリアン侯爵とも対等に渡り合える権利を持っており、殴る権利はある……とも、イル義父様は思っているようだ。

義兄上あにうえ。その……コデルリーエ男爵領が持つ採掘地での産出量が落ちていて、落ちた部分を商業ギルドの保証人名義を貸し出すことで補填しようとしていた、と言うのは姉から聞いたのですが……」

 エリィ義母様も、私と一緒にあちこち動いていたこともあって、投資詐欺案件に関しては多少の動向を把握してしまっている。

 ダリアン侯爵家、コデルリーエ男爵家共に〝痺れ茶〟との関連はなく、問われているのは投資詐欺に絡んでの名義貸しについてであるため、実はエリィ義母様の事前の「説明」で、かなりのところはカバー出来てしまっているのだ。

「ああ……そうだね」

 後はイル義父様自身の事情聴取かと内心で思っていると、イル義父様はレンナルト卿の声に応える前に、まずは空いている椅子にエリィ義母様をエスコートして、それからレンナルト卿にも適当に腰を下ろすよう視線で促していた。

「確かに、地方で起業する商人への助力と言う意味合いも含めて、王都以外の商業ギルドでは時々見られることだと、所謂いわゆる暗黙の了解で行われていることだと、そんな話は聞いたんだけれどね」

 イル義父様の声は淡々としている。
 いっそ抑揚がないと言ってもいいくらいで、レンナルト卿の顔色がちょっと変わっていた。

 どうやら彼は、それなりに状況把握の出来る人物であるらしい。

 エリィ義母様が「時と場合によっては、兄と交代させる!」と叫んでいたのもさもありなん、と言うことか。

「だがさすがに、それで実体のない商会を作られて、詐欺を働かれてしまったとなれば、見過ごせない。単純に商人への助力と考えていたのであれば『貴族の義務』と、寄付に近い扱いで目を瞑れたかも知れないが、これは完全に領の財政に組み込んだうえでの名義貸しだ。領主は責められても仕方がないと思わないか?」

 ただ、名義貸しを行ったことを責めているわけではない。

 レンナルト卿もそれが分かったらしく、そのまま黙って頷いていた。

「コデルリーエ男爵領に関しては、そう言う事だよ。今の男爵が『まだやれる』と、しがみついていたようだが、領主交代の良い機会になっただろう」

「そこは、もう確定したんですね」

「まあ、名義貸しだけなら罰金や被害に遭った商会や関係者への助力と言う償い方もあった。実際、高等法院側からは案の一つとして、そんな話もあった」

 そこで、イル義父様が一度言葉を切った。

「……ただね?」
「……っ」

 ガラリと変わった空気に、レンナルト卿だけではなく、その場の全員が息を呑む。

「採掘量の乱高下は毎年ある程度折り込み済みだ。実際去年の報告までは想定の範囲内だった。だけど今年、名義貸しの手数料をあてにしなくてはならないほどの落ち込みだったと言うのなら、何故コデルリーエはそれを報告しなかったんだろうね?」

「それは……」

「何も私に直接ねじ込めとは言っていない。ヤーデルード鉱山は複数の貴族が採掘権を持っている。コデルリーエより家格が上回る貴族だってある。それをどこにも言わず、いきなりの名義貸しだ」

 イル義父様の口ぶりからすると、コデルリーエ男爵家は同じ鉱山の採掘権を持つ他の貴族家にも助力を仰がなかったらしい。

 先刻まで場にいた、男爵代理の彼に聞いたのかも知れない。

 なるほど、イル義父様が静かに憤る理由の一端が見えた気がした。

「コデルリーエ男爵家は、名義貸しによって得た収入で、次の税報告を何事もなかったかのように取り繕おうとした。言い方を変えれば、それが出来ると踏んだんだ」

 チラリとレンナルト卿を見れば、ごくりと唾を呑み込んだようにも見えた。

「レンナルト殿」

 それは義理の弟を気安く呼んでいるようで、そうじゃない。

「ダリアン侯爵家は、その程度の家と思われてないかい……?」


 エドヴァルドはここにいないのに、体感温度が一気に下がった気がした。

 これ絶対、夫婦の相乗効果だよね⁉
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