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ヴガッティ城の殺人

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 警察官ムバッペは、白い手紙をみんなが読めるように、そっとテーブルの上に置きます。
 その内容は、このようなものでした。

 
 ヴガッティ家へ復讐をする
 ハーランド族を虐殺した罪だ
 みな殺しにするからな
 首を洗って待っていろ
            
        ハーランド
 

 おや!? このタイプライターで書かれた文字の形やインクの質に、どこか見覚えがあります。そう、これは……。

「父の手紙と同じ……」

 そうつぶやいていると、隣にムバッペがやってきて尋ねてきます。
 
「ミス・マイラ。探偵はあらゆる知識が必要ですよね?」
「ええ、まぁ」
「そこで質問です。ハーランド族って絶滅したのでは?」
「絶滅してはいません。まだ森の奥地でひっそり暮らしているそうです」
「よく知っていますね」
「実は、私の父は考古学者なのですが、今まさに古代遺跡を発掘調査するのためハーランド族を探しています」
「なるほど。お父様は考古学者ですか、マイラさんが賢いのも納得です。かなり英才教育されているご様子。感服します」
「それほどでもありません。楽しんで勉強しておりました」
「では話を戻しましょう。この手紙のとおり、ロベルトがハーランド族の生き残りに殺された可能性はありますか?」
「可能性はあります。クロエさんがいますから……」
「メイド長の女性ですね!」

 ムバッペの声が大きくて、クロエが、ピクリと反応。その無表情の顔が怖い。
 
「私はハーランド族の末裔ですが、犯人ではない。仮に私が人を殺すなら、死体は見つからないようにします」

 クロエは、氷のような冷たい表情で言うから、みんなびっくり。
 すると、リリーが、両手をあたふたさせ、
 
「あわわわ! ねぇこれってハーランド族が城のなかにいるってこと? こわーい!」

 と叫びます。
 
『The criminal is in this! ??』

 エヴァは、“犯人はこのなかにいる!?”そう書いてプラカードを掲げ、さらにリリーの恐怖心をあおる。
 
「や、やめてよエヴァ!」
 
 リリーは、そう言って顔を両手で覆って、いやいやと首を振ります。
 
「わぁぁぁ! メイドの仕事なんて、やるんじゃなかったぁぁ!」
『haha』

 私は、レオに近づいて尋ねます。
 
「あの子たちってメイドになったばかりなの?」
「はい。一ヶ月前からですね」
「なぜ雇ったの?」
「レベッカ夫人が美術展を開催するにあたりメイドを募集したのです。受付やら掃除やらをしてもらうために」
「なるほど」
「今までの城は、僕とお母さんの二人しかいませんでしたから、賑やかになりましたよ」
「一ヶ月前ね……話してくれてありがとう」
「いえ、あ! ところでヴガッティ家の人々は、いつから島にいるの?」
「総督とレベッカ夫人は昨日から、ロベルト様は今日ですね。ケビン様は本土と島を行ったり来たりです」
「……ふむ」

 どうしました? とレオが尋ねます。私の顔を、じっと見つめてくれるのはありがたいですが、ち、近い……。

「……この殺人事件は計画性があるな、と思いまして」

 そう私が言うと、突然、手紙に目を落としているケビンが、

「わぁぁ!」

 とおののき瞳を大きく開きます。

「兄貴を殺したのはハーランド族だ! まだ城のなかに潜んでいるに違いない! うわぁぁぁ、俺も狙われているのか?」

 あわてふためくケビンは、近衛兵ハリーを責める。
 
「おい! 城の警備はどうなっている! 兄貴が殺されたじゃあないか!」

 そう尋ねられた近衛兵ハリーは、胸に拳を当てます。
 
「城内に不審な人物などいません!」
「どうだか……美術展に見学に来たものに怪しいやつはいなかったか?」
「……う、たしかにあいつらは、気持ち悪いメイドオタクですね」
「ほらみろ! 城内に族が入り込んでいるんだよ! さあ、すぐに見つけ出せっ!」
「はっ!」
 
 敬礼するハリーは、すぐにヴィルを肩でかつぐポールとともに扉の外へ出て行こうとします。しかし、ムバッペが手をあげて阻止。
 
「勝手なことはしないでください。あなた方は容疑者。城内の捜査は警察がやります。それと城の外には絶対に出ないでくださいね」
「あ?」
 
 お気に召さない様子のケビンは、ムバッペに顔を近づけて、唾を吐き捨てるように抗議。
 
「ふざけんな! カジノに行くぞ俺は!」
「ダメです。我慢してください」
「だったら早く犯人を捕まえろ! あの手紙のとおりなら城のどっかにいるだろ? 次に狙われるのは、俺か? おやじか? おふくろか?」

 ケビンがムバッペにそう訊くと、レベッカが頭を抱えて走り出します。
  
「あなたぁぁ!」

 総督のもとに行くつもりでしょうね。自分の身も危険だと言うのに、やはり夫婦というものは何があっても縁が切れない。
 しかし、力いっぱい扉を開けようとしますが、重たくて無理。たまらず、泣きながら膝を落とします。
 それを見ていたクロエが、花柄のハンカチをレベッカに渡して一言。

「総督の部屋は鍵がかかっています。族は入れないでしょう」
「……ううう」

 涙をハンカチでふくレベッカ。
 するとクロエは、ムバッペのほうに無表情で近づくと威圧。
 
「……メイド長のクロエです」
「はい、なんでしょう?」
「至急、総督の安否確認をお願いします」
 
 わかりました、と答えるムバッペは、テーブルにあった白い手紙を取ってジャケットにしまうと、ピーと高らかに口笛を吹きます。
 すると、三人の警察官たちが、秒でムバッペの前に整列。そして何やら話をしたあとで指示を出したのでしょう。彼らは、すぐに扉を開けて飛び出していきます。
 
「彼らは本土から連れてきた警察官、優秀ですよ」

 そう言って、にっこり笑うムバッペ。
 一方、近衛兵のハリー、ポール、気絶から回復してまだ上の空のヴィルたちが、ボソボソと話しています。

「ロベルト大佐が死んでしまった……」言葉をなくすハリー。
「仕事もなくなってしまいましたね」とポール。
「レオ……強すぎ……」とヴィル。

 何だか哀れな近衛兵たちは、どこにもいけず肩を落とす。
 すると隣にいるレオが、ヴィルを倒したことを反省していますね。
 私は、レオの肩をぽんと叩いて、
 
「さっきは、助けてくれてありがとう……」
 
 と感謝します。レオは、ほっと胸をなでおろしてから、私に尋ねます。
  
「マイラさん、ロベルト様を殺したのは誰ですか? 犯人の手紙によるとハーランド族の復讐らしいですけど?」
「えっと、いま推理しているところなんですが、毒の分析結果がまだ出ないので、誰が犯人なのかわかりません」
「そうですか、名探偵マイラさんでもわかりませんか……」
「むっ! 毒の種類がわかれば、その入手経路で犯人がわかるんですよ! だからちょっと待っ……」

 て、と私が言い終える前に、ぬっとムバッペが割って入ってきます。
 な、なにこの警察官? 私に対して友達感覚ですか?

「ミス・マイラ」
「な、なんですか?」
「毒物の分析には一時間ほどかかります。そこでいかがでしょう、動機から犯人を絞り込めませんか?」
「……それはもう推理済みです」
「おお、それはぜひ教えていただきたい」
「えええー! 警官を相棒にするのは嫌ですよ……ワトソン役はレオです!」

 そう私は言って、ぎゅっとレオの腕をつかみます。
 もちろん、少しだけ胸を当てているのは、言うまでもありません。
 まんざらでもなく、嬉しそうなレオの顔は赤い。うふふ。
 ムバッペは、わははと笑うと言います。

「マイラさん、ダメです」
「なぜ?」
「名探偵シャーロックの相棒であるワトソンは医者です。しかしレオくんは執事ですよ?」
「……うう」
「捜査にご協力を……そうすれば、マイラさんだけ特別に城から出してあげましょう」
「仕方ないですね……」
「では推理をお話しください」

 ムバッペは、メモ帳を取り出して鉛筆をなめる。
 私は、やや胸をはって言います。
 
「まず、ロベルトが殺害されたことによってメリットが発生する人物は誰か? つまり相続する遺産が増えるのは誰かということです」
「……レベッカ婦人とケビン、ですか?」
「ご名答! このふたりが怪しい。特にケビンは兄が死んだことによって後継者に成り上がりますから、正直、その内心は嬉しいと思います」
「たしかに……あ、それと厨房の扉に鍵はなかった。つまりシュガーポットに毒入の角砂糖を混入させることは誰でも可能ですよ」
「あら、もうお調べに?」
「はい。先ほど警察官たちに調べさせました」

 素晴らしい、と言って私は、ムバッペを褒めます。
 彼は、照れたように鼻をかいて話を続ける。
 
「手紙の名前は“ハーランド”となっていますね。犯人はなぜこんな手紙を?」
「うーん、それはわかりません。ですがまず言えることは、このような犯行声明を出す人物は、知的で用意周到。おそらく警察の捜査を撹乱させるために手紙を使ったのでしょう。実は、私にもこんな手紙が届いているのです」

 私は、ムバッペに例の父の手紙を見せます。
 
「こ、これは……同じタイプライターですかね?」
「わかりません、タイプライターは量産品。たまたま同じだった可能性もありますが、重要なのは、この手紙を書いたのは、ということ」
「え? どういうことですか?」
「父と偽った人物が手紙を書いて、私をヴガッティ城に招いた。としてではなくとして」
「ちょ、ちょっと待ってください! つまり、この手紙はマイラさんのお父さんが書いたのではなくて……え? まさか!」
「そうです。ハートランドが書いた可能性が高い」

 ムバッペから、手紙を受け取った私は、さらに続けます。
 
「おそらく総督のほうにも、このような手紙が送られているはず」
「……でも、なぜマイラさんを城に呼ぶのでしょう?」
「さあ、わかりません」

 私は、首をふって肩をすくめます。
 するとそのとき。
 ドタドタ、と早足で警察官がやってきてムバッペに報告。
 顔色を青く染めるムバッペは、私のほうに向いてささやくような声で言います。
 
「総督が死んでいるかもしれません……」
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