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ヴガッティ城の殺人

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 総督の遺体を運ぶ白衣の医者たち。
 いそいそとストレッチャーに乗せ、車に入れて、このあと遺体は病院で解剖されますが、おそらく死因となって検出されるものは、ロベルトを殺した毒と同じ……。
 
「ローレルチンチョウゲ……」
 
 つい思ったことが口を滑ります。

「毒草は、ハーランド族が栽培しているから入手経路はきっと……」

 ぶつぶつと私は、つぶやきながら推理を展開。
 隣にいるレオは、不思議そうに私を見つめています。

「マイラさん……真剣ですね」
「はい! 絶対犯人を捕まえてみせます!」
「あの……犯人はヴガッティ家に復讐しているなら、俺も狙われているのでしょうか?」
「レオは標的にされてないと思います。まぁ総督が、あなたの出生の秘密を他の人にベラベラと話していなければですが……」
「ですよね……となると次に殺されるのは?」
「ええ、ケビンかレベッカとなります」
「……も、もし二人とも死ねば、遺産はすべて俺のもの?」
「いいえ、法的にはまだ手続きされていないので、レオが遺産を相続するためには、弁護士のクライフに動いてもらわないといけません」
「そうですか……」
「どうしました、レオ?」
「遺産なんてどうでもいいけど、この城だけは母にあげたいな……」

 寂しそうにレオは言います。
 心が優しいんですよね。本当にお母さん思いなんだから。

「さてと……」

 私たちは現在、エントランスにいて、そこにみなさんが集まっているので観察していきます。
 レベッカは扇子を広げ口元を隠し、ケビンは腕を組んで考えごと。
 警察官のムバッペは医者と話。
 近衛兵はかたまって立ち話。
 メイドたちは、葬儀の用意をするため、教会へと向かっていきますね。
 いつも無表情なクロエが、どこか悲しげな顔をしているのを見ると、すこし胸が痛い。
 するとそのとき、宴会場のほうから歩いてくるのは、名誉ある負傷をした王宮弁護士。

「クライフ! もう歩いても大丈夫ですか?」

 と私が心配すると、彼は自慢の髭を触りながら言います。
 
「はい。血も止まりましたし、動けます」
「そうですか、よかった……」
「マイラさん。総督も殺されましたな」
「ええ」
「これは離島だけじゃなく、本土にも衝撃が走りますぞ! 軍を指揮していた人物が、いきなり二人とも殺されたのですから!」
「でしょうね。でもまぁ、もうこのさい離島も軍も国家が管理すればいいと思います。そうすれば、ひどい奴隷制度も、恐ろしい戦争も、綺麗になくなりますから……」
「そうですな。結果的に、犯人はいいことをしたかもしれませんぞ」
「必要悪、ということですか? クライフ」
「そうですぞ! 人を殺すことは悪ですが、総督とロベルトがこの世界から亡くなることは、必要なことだったのですなぁ」

 そうかもしれませんね、と私が言うと、突然!

「くくくっ! ──オヤジが死んだ!」

 とケビンが言って、狂ったように笑い始めます。
 これには、みんなドン引き。何を言い出すかと思えば、不謹慎すぎること、この上ありません。

「俺が……後継者だ! そして総督だ!」

 フハハハハ!

 ケビンは、笑いながら近衛兵に近づき、
 
「カジノに行くから警護しろ、ヴィル」

 と指示。するとハリーがあわてて反論します。
 
「ちょっと待ってください。警察のほうから城から出るなと言われてます」
「はあ? うっせぇわ、ハリー! 俺は総督だぞ。警察より権力があるのだ」
「……そ、総督?」
「兄貴も死んだ、オヤジも死んだ……となれば俺が総督だ! 文句でもあるのかハリー少佐?」
「文句ではありません。ケビン様はハーランド族に命を狙われているのです。いや、ハーランド族に偽った他国の殺し屋かもしれません。だから城にいたほうが安全です!」
「……そうかもしれん。だが俺はカジノにいきたいんだ。それにヴィルが守ってくれるから問題ないだろう」
「で、ですが……」
「あ? ハリー少佐、海の上で首を吊りたいか?」
「……も、申し訳ありません」

 顔が青ざめ、腰がひけるハリー。
 すると横からポールがハリーの背中を押すように言います。
 
「ちょっと少佐ぁ! いいんですか?」
「……逆らったら首が飛ぶぞポール、おまえも静かにしておけ」
「そ、そんなぁ」

 ケビンは、不適な笑みを浮かべながら、ゆうゆうと城から出ていきます。
 しかし、すかさず警察官たちが止めに入り、ムバッペがケビンをにらむ。警察としての意地を見せるときですね。がんばれ!

「待ちなさい! ケビンさん、あなたは容疑者なんです。勝手な行動はやめてください」
「あ? 地方警察が何を偉そうに……総督ほうが権力は上だぞ?」
「ぼ、僕は国家警察です。トップは女王陛下なので、警察よりも総督のほうが権力が上とは思いません」
「なんだと?」
「それにケビン! あなたが犯人かもしれないじゃあないですか!」
「ああ? 俺が犯人だと? どこにそんな証拠がある?」
「……うっ、あ! あなたの部屋を調べさせてください。そこに証拠があるかもしれない!」
「じゃあ調べて何もなかったら、俺はカジノに行くからな!」

 ふんっとケビンは、偉そうに腕を組みます。
 するとレベッカも扇子をあおりながら、
 
「わたくしの部屋も調べてください」

 と言って続けます。
 
「そして何もなければ、港町に美術品を買いに行きたいですわ」

 とにかく調べます、と言うムバッペは、警察官に近衛兵とメイドの監視を指示すると、ケビンとレベッカとともに歩いて二階に移動していきます。
 私、レオ、クライフも彼らのあとを追う。さきほど、ムバッペから捜査協力を頼まれましたからね、私はこの事件にとことん首をつっこみますよ!
 すると、歩きながらクライフが言います。
 
「親子だけあって考え方が似ていますなぁ」
「ケビン様はギャンブル依存症。レベッカ様は病的なコレクターですからね。ああ、二人がヴガッティ家の後継なんて執事として気が重い……」

 レオは、そう嘆きますから、私は言ってあげます。

「レオ、もうあなたは執事ではないですよ」
「え?」
「あなたはヴガッティの血が流れてます。そして、クロエさんの血も」
「……」

 思いつめた顔をするレオ。
 私は、ケビンとレベッカを軽蔑した目で見つめて言います。

「それに……家族が死んだっていうのに、ケビンもレベッカもまったく悲しそうではありませんね。どういう神経回路をしているのでしょうか? 頭のなかを解剖して見てみたいものです」

 と私が冗談を言うと、クライフがうなずいて同意。
 さらに彼は、帽子がずれないように手を添えながら言います。
 
「こんなこと女王陛下が知ったら、ヴガッティ家は取り潰しになりますぞ」
「うふふ、そうしたらいいのでは?」
「マイラさんもそう思います?」
「ええ、ケビンとレベッカに総督の権力を与えては、この国にとってロクなことにならないですから。もっとも死んだロベルトですらそうでしたが」
「ですよね」
「はい。でもこの城だけは国家のものにならず、レオとお母さんに住んでもらいたい。クライフ、何か法的にできませんか?」
「そうですね。ケビンとレベッカが犯人。もしくは殺害を依頼したりなど関与していたら、彼らは相続欠格となり、レオくんが遺産をすべて相続できるのですが……」
「うふふふ」

 私が急に笑いだしたので、レオとクライフはびっくり。
 どうしたのですか? とレオは尋ねるので、私は、口もとを手で隠しながら言います。

「いえ、私が犯人を捕まえて、ざまぁ、してやればいい……そう思いまして」

 !?
 
 レオとクライフが、目を丸くして立ち止まると、もうすぐそこにケビンの部屋があり、ムバッペが捜査のメスをいれるべくドアを開けます。
 
 ガチャ
 
 部屋のなかは、豪華な内装にアンティーク調の家具が置いてあります。
 ふつうにいい感じですね。私が住みたいくらい。
 ムバッペは、机のひきだしやら、クローゼットのなかを念入りに調べますが、これと言ってあやしい物は見つけられず、ううむ、とうなり声をあげ、
 
「ケビンさん、あなたはタイプライターは使えますか?」

 と尋ねます。
 ケビンは、はて? とした顔で答えます。
 
「まぁ、少しは使えるけど、なんだ?」
「この部屋にあれば拝見したいと思いまして」
「……持ってねぇよ、そんなもの」
「そうですか」
「じゃあ、俺は犯人じゃないってことでいいな」
「ぐっ……あ! レベッカ婦人と共犯かもしれない! 夫人の部屋も調べます」

 そう切り返したムバッペは、レベッカの部屋を捜査。
 彼女に部屋は三階にあり、どこの部屋よりも豪華絢爛。アンティークの調度品が置いてあり、壁には有名な絵画がずらりとかけられています。
 ですが、あやしい物は何も見つかりません。
 そして急いで捜査しているからか、はぁ、はぁ、とムバッペの呼吸は激しい。
 
「くそっ! こいつら絶対にあやしいのにっ!」
「おーほほほ! わたくしも犯人ではないですわね」
「……婦人、あなたはタイプライターは使えますか?」
「あら、そんなもの使ったことはなくってよ。もう世のなかは電話の時代ですからタイプライターなんて使うのは新聞屋さんくらいじゃあなくって?」
「……ううむ」

 何も言い返せないムバッペは、唇を噛みます。
 たしかに婦人の言う通り、タイプライターを打てる人は職業婦人くらい。ましてや手紙を書くなんて指先の技術と文章力がいりますから、とてもレベッカに私の父グラディオラと偽って手紙を出すなんて知恵があるとは思えない。
 それは、ケビンにしても同じですが……。
 うーん、となると彼らは犯人ではなくて、本当にハーランド族が城にいるのかしら?
 
 ──謎は深まるばかり……。
 
「じゃあ、カジノに行ってくる!」とケビン。
「お買い物! お買い物!」とレベッカ。

 浮かれる二人は、歩き去っていこうとすると、そのとき。
 
「マイラさん、マイラさん」

 クライフが、つんつんと私の腕を触ります。
 
「なんですか?」
「ケビンとレベッカが外に出ないよう。足止めしておくので、その隙に毒の入手経路から犯人を突き止めてください」
「……足止めなんてできるのですか」
「ええ、ここは法律の出番ですぞ」

 クライフは、片目をつむってウィンク。
 その自慢の髭が、ちょっとカッコイイ、と思う私は、ケビンとレベッカに向かって言います。
 
「お二人とも、ちょっと待ってください!」

 ギロッと振り向くヴガッティ家の人々。
 ちょっと怖いですが、私は彼らを指さして言い放ちます。
 
「家族が死んでいるのに、よく外出ができますね!」
「なんだと?」とケビン。
「小娘……」とレベッカ。
 
 私は、クライフを前に出すと、さらに続けます。
 
「ここにいる王宮弁護士が、女王に報告してもいいのですよ? ヴガッティ家の人々は喪に服さずに遊んでいると」
「だったらなんだ?」

 とケビンが私に迫ってきます。
 一方のレベッカは、女王という言葉を聞いた瞬間、ビクッと身体を震わせます。
 おや、精神的に揺らぎましたね、婦人。
 私は、ここぞとばかりにクライフの帽子に手を添えます、特に意味はありませんが。
 
「いいですか? クライフに本土に行ってもらい女王に今回の事件を報告してもらいます。それにともない、あなた方に相続する資格が、人間的にも国益的にもあるかどうか、女王に考えてもらうつもりです」
「は? 何を言ってやがるマイラ?」とケビン。
「つまり、あなた方は素行が悪いと相続できない! ということです。所詮この国は、女王の絶対王政! 貴族の取り潰しもあります。それでも遊びに行くとおっしゃるなら、どうぞ遊びに行ってください!」
「……くそ」

 ケビンは、拳で壁を殴ります。ドン! と音が響き、隣にいるレベッカが震えた声で言います。
 
「わ、わかったわよ……」

 うなだれるレベッカ。
 ふぅ、これで二人は城に足止めですね。よしよし!
 と思っていると、
 
「おい! マイラこっちこい!」

 いきなり、ケビンが私の腕をつかみます。
 え? 何するのこの人?
 困惑している私ですが、かまうことなくケビンは自分の部屋に私を連れ込もうと、ぐいぐいっと腕を引っ張る。
 これには、さすがに私も激怒げきおこです! サッと彼の手を払います。
 
「離してください!」
「うるさい女だな! 可愛がってやるから、こっちこい!」
「な、何ですかいきなり?」
「俺の容疑がなくなるまで部屋で楽しもう」

 ケビンは、また私の腕をつかもうと迫る。

「な、何なんですか?」
「マイラ、おまえは俺の婚約者だ!」
「は?」
「兄貴が死んだから後継者は俺。つまりマイラは俺の嫁!」
「いやいやいや! 婚約は破棄します!」
「うるさい!」
「ちょっ……手を離してっ! きゃぁぁ!」

 ザッ! 突然、たくましい男の人が、私を抱き寄せます……え?

「マイラさんに触るな!」
 
 な、なんとレオが私のことを守ってくれてるじゃあないですかぁぁ!
 ケビンの顔は、キレていますね。 

「……レオ、おまえ執事のくせに何をやってんだ?」
「もう執事じゃあない」
「な、なんだと?」

 レオは、真剣な顔で言います。
 
「俺は、ヴガッティの血を継ぐ者だ!」
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