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ヴガッティ城の殺人

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 ヴガッティ城に戻った私とムバッペは、警察の車に乗って港町に向かっています。
 運転するムバッペは、ふん、ふ~ん、と鼻歌しながらハンドルをさばいているんですけど、これってデートですか?
 
「マイラさんとドライブできるなんて楽しいなぁ~」
「ねぇ、何であなたって警察官になったの?」
「あれ言わなかった? ミステリー小説が好きだからだよ」
「完全に趣味が入っていますよね。人が死んでいるのに楽しいなんて……」
「あのぉ、探偵のマイラさんだって犯人をギャフンと言わせたいんでしょ? ざまぁ、ってやつ」
「ま、まぁね……でも今回の犯人はどうも優しいんですよね。まるで愛の神の“エロス”のような……」
「エロス? マイラさん……いやらしいこと考えてます?」
「エロスは英語でキューピットのことです! 人のハートに矢を射抜き、恋愛させる天使!」
「な、なんで犯人が天使になるの?」
「警察の方なら、それくらい自分で推理してください」

 まったく……と私がぼやいたところで車が止まります。
 ムバッペはエンジンを切ってドアを開けると、うーんとのびをします。男のくせに可愛い仕草をしますね。

「……」

 ガチャ、と私は自分でドアを開けて下車。
 
 ──レオなら開けてくれるのに……
 
 と私は思いながら、外の空気を吸い込みます。
 塩のついた海の風が生あたたかい。
 港町は、賑わう紳士淑女の貴族たちが、ごぞって露店で買い物をしている。それら行商のおじさんたちの顔は、みんな楽しそう。
 エキゾチックな雰囲気がふわりと風にのり、船乗りたちは、お酒を飲んでお祭り騒ぎ。
 ナイスバディの女たちが、男たちにエロスを売って酒をそそぐ。もちろん、彼女たちはお金が欲しいからこんなことやっているに決まっていますが、奴隷になるよりかはマシでしょう。
 なぜなら貴族の荷物を持つ奴隷たちの顔は、暗い闇に落ち、華やかな港町の景色とは裏腹に、まるで地獄にたどり着いた死人のようですから。
 
「……さぁマキシマスの聞き込みをしましょう。ムバッペ」

 はい、と答える彼は、行商たちに話しかけます。
 石屋の情報によるとマキシマスは、自分の芸術作品を売り歩いているらしいので、他の行商に何か売っていないかと踏んだのです。
 そして行商たちは、このように答えていく。
 
「マキシマス? ああ、有名なギリシア人の建築家だよなぁ」
「彼は島にいるのか?」
「お嬢ちゃん、しぶい建築家を知っているな……」
「彼は本土だけじゃなくランスやブンデスなどの他国の教会やら宮殿などを建てたんだ」
「たしかマキシマスは人生に疲れ、放浪の旅に出たと聞くが……」
「死んだんじゃないのか?」
「マニアの間では、彼の作品は喉から手が出るほど欲しい!」
「うちの店には来ていないけど……隣の宝石店に来たらしいぞ」

 ビンゴ!
 喜びに舞う私とムバッペは、手と手を叩いてハイタッチ。
 その宝石店に行くと、さっそく店主にマキシマムのことを聞くため話しかけます。
 
「ええ、この指輪を売ってくれたわぁ」
「綺麗な指輪ですね」
「そうなのよ~店で売るよりあたしが欲しいわぁ」

 店主の見た目はイケメンですけど、どこか色気があり女のような話し方をします。おそらく噂のオカマなのでしょう。体は男、でも心は女という不思議な生命体。
 おや? ムバッペを見る目がセクシーですね。ゾクッと背筋を凍らせるムバッペ。
 ちょっと面白いと思いながら、私は店主に話しかけます。

「マキシマスの家を知りませんか?」
「カジノの裏手にあるホテル街あるでしょ。その一角に住んでいるらしいわ。こんど料理を作って持っていくつもり、うふふ」
「あ、そうなんですね」
「彼って孤高の芸術家じゃない? あたしワイルドな男に弱いの」

 あはは、と私は笑っておきます。
 ムバッペは、ほっと胸をなでおろして一安心。しかしオカマ店主の瞳が、きらりと光ります。

「可愛い男の子は、もっと好きだけどねぇ」
「ひぇ~」
「うふふ」

 ムバッペは、「あわわ」と顔を青くして私の裏に隠れる。
 オカマ店主は、さらに笑ったあとアドバイスをくれます。

「でも気をつけて、ホテル街の裏道には盗賊が多いから……絶対に大金は持ち歩かないことね」

 ありがとう、と私は答えて宝石店をあとに。
 はぁ、と息を整えるムバッペは、やっと落ち着いたようですね。
 
「昔さ、強盗犯のオカマを捕まえたとき、いきなりキスされたんだ……それ以来、ぼくはオカマが苦手だ」
「ふぅん」
「マイラさん、警察の仕事で何が一番危険か知ってる?」
「さぁ……」
「犯人を捕まえるときだよ」

 いつになく真剣に答えるムバッペ。
 私は、ふふっと鼻で笑う。
 
「さあ、行きますよ、ホテル街に」
「マ、マイラさん! ホテル街には盗賊がいるらしい……襲ってきたら守ってくださいね」
「いや、立場的には警察が私を守るのが筋でしょう?」
「でもマイラさんはめちゃくちゃ強いって、レオくんから聞きましたよ。軍人からピストルを奪っておどしたとか?」
「お、おどしてなんていません! ちょっとビビらせただけ……」
「いっしょだよ、それ」

 そんなやりとりをしながら……。
 私たちはモダンなホテルをくぐり抜けて、人影の少ない裏道に足を踏み入れます。貧富の差が激しいのでしょう。ズタボロの服を来た男たちが、そのへんで倒れ、
 
「お……お恵みを……」

 と物乞い。
 そしてその近くでは、衣服をはだけさせた女性たちがエロスを売る。

「そこの可愛いお兄さん!」
「私たちと遊ばな~い?」
「いいことしましょ? うっふん♡」

 ぐへへ、と笑いながら顔を赤くしたムバッペは、危うく誘惑されそうになりますが、私は彼の頭を、バシッと叩いて正気を失うのを防ぎます。
 
「バカっ!」
「はっ! 僕は何をしていたんだ?」
「もう、しっかりしてください! それでも警察ですか?」
「ごめーん」

 とムバッペが謝っていると、男たちの集団が現れます。
 ごめんなさい、私が『警察』だなんて大きな声で言ったから、盗賊を呼んでしまったみたいですね。
 そのなかのリーダーなのでしょう。ひときわ大きな男が、ぎろりとムバッペをにらみます。その瞳は歪んでいて、ブサイクな顔。たいていの女性が嫌な気持ちを抱くでしょうね。
 
「こんな可愛い男が警察だってよぉ、わははは」
「ぐっ!? な、なんだおまえら?」
「俺たちは離島に住む盗賊団さ」
「警察に向かって自分から、盗賊だ! と言うなんて……捕まえろって言ってるようなもんだな」
「ああ、冥土の土産に教えてやるのさ」
「え?」
「警察は生かして帰さないぜ! おい、ヤロウどもこいつらを殺せ!」

 わぁぁぁ! と叫びながら私の背中に隠れるムバッペ。
 
「……」
「盗賊をぶっ倒してよマイラさん!」
「ムバッペ……あなたねぇ……」

 ジャキッ!
 
 ナイフを取り出す盗賊のひとりが突然! 私に向かって切り掛かってきます。
 まったく、挨拶もなしに光物を出すなんて、淑女に対して飛んだ無礼者ですね。
 私は、例によって武術カラテの技で、盗賊たちの頭に蹴りをぶちこんでいきます。
 
「ぐはぁ!」
「つえぇぇ!」
「ギャァ!」
「ぐへへー!」

 あ……蹴りあげた反動でスカートがはだけて、チラッと下着が見えたかもしれませんが、まぁ、彼ら風に言わせてもらえば、冥土の土産のサービスにしておきましょう。
 
 !?
 
 私が、圧倒的なパワーを見せて盗賊どもを粉砕したので、みんなびっくり。
 
「な、なんだこの女ぁぁぁ!?」

 大男が、狂ったようにそう訊くので、
  
「……探偵です」

 と冷静に答えた私は、シュン! と飛びあがり連続蹴りで、さらに盗賊たちを倒していきます。あら、弱いですね。やはり盗賊は戦闘向きの職業ではないのでしょう。
 最後に残った大男が、私を指さして叫びます。
 
「バ、バケモノぉぉぉ!」
「やれやれ……ブサイクなあなたに言われたくありません」
「あっ!? ブサイクって言ったなぁぁあぁぁ!」

 ガッ!
 
 大男の動きは意外と素早く、一気に私との間合いをつめると殴りかかってきます。
 ですが、このような正拳突き、お父様の武術に比べれば、ハエが止まるほど遅い。
 シュッと攻撃をかわした私は、振り向きざまに身体を反転させて回し蹴り! おりゃあぁ!
 
「ブッフォン!」

 よくわからない言葉を吐いた大男は、白目をむいてノックダウン。
 おおげさですね、口から泡を吹いています。手加減はしたつもりですよ?
 おそるおそるムバッペが、倒れた大男に近づいて意識があるかどうか確認しています。
 
「よかった……死んでない」
「ほっ」
「マイラさんの蹴りは殺人的な破壊力だ!」
「あ……実は、私の靴には鉄板が仕込まれているのです。秘密ですよ」
「え? やばぁぁぁ!?」

 ムバッペは、私の靴を触って、コンコンと確認。
 かたいねぇ、と言って笑っています。釣られて、私も笑っているとそのとき!
 
 ぱちぱちぱち……。
 
 と拍手が聞こえてきます。おや? と思い振り返ると、そこにはワイルドな黒い髭が生えた男性がひとり立ちつくし、ニヤッと笑うと口を開きます。
 
「なんとも派手な登場だな、探偵のお嬢さん」
 
 !?
 
 びっくりした私は、彼に尋ねます。
 
「あ、あなたは?」
「港町で俺のことを調べてたろう?」
「……ということは、あなたが?」

 ああ、と言った彼は腕を組んで答えます。
 
「マキシマスだ……」
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