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ヴガッティ城の殺人
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しおりを挟むここは、けわしい森のなか。
猫のように静かに歩く仮面少女が、村まで案内してくれます。
ガァァァ!
と鳴く鳥にびっくりするムバッペは、私の背中に隠れて歩いているのですが……。
「ねぇ、離れてよ」
「怖くて無理……」
「あーあ、レオと来たかったなぁ」
「そ、捜査だから我慢してよ、マイラさん」
「やれやれ……」
振り返る仮面少女は、ニヤっと笑っているように見えますね。しかしながら私は、ある共通点が気になって仕方がない。そう、少女の猫のような歩き方です。
──踵があがっている……。
私の頭のなかで記憶が蘇ります。
クロエとエヴァの歩き方は、踵があがっていた!?
はっとした私は、ゆっくりと歩きながらつぶやきます。
「黒幕……」
するとムバッペは、ブルブル震えながら言います。
「あれ見て! マイラさん!」
「あら? 罠にかかっていますね」
ムバッペがびびっているのは、落とし穴の底で竹槍に突き刺さっている死体。かなりの月日が流れたのでしょう、その死体は風化して白骨が見えていますね。
「あわわ、もし警察だけだったら、みんな罠にかかって殺されていたかも」
「……ですね」
「マイラさんがいてよかったぁぁ」
「ちょ、ちょっと」
私にしがみつくムバッペ。
ねぇ、これ私が男性みたいな絵になっていませんか?
私の右耳で、きらりと光るイヤリングは、暗い森のなかでも誇らしげに輝いています。私は心のなかでクロエに感謝。無表情なクロエですが本当は優しい人。それは彼女に育てられたレオとともに旅をしていれば、わかります。
「レオ、はやく会いたい……」
そんな恋慕を抱きながら歩く私は、ある民族の集落にたどり着きます。
そう、ハーランド族の村です。
電気もガスもない質素な木と藁で作られた家が並び、村の中央には焚き火があり、囲まれた柵のなかには、美味しそうな野菜が育てられていますね。
「思ったよりも、ふつうだ……ここがハーランド族の村!?」
きょろきょろと周りを見ているムバッペ。
彼の頭では、ハーランド族は戦闘民族であり、恐ろしい殺し屋の集まり、そう思っているので警戒しているのでしょう。
ですが、村人たちは老人や子どもしかおらず、人口は数十人と言ったところでしょうか。彼らはみな、私たちを見ても驚きもぜす、ただ平然としています。まるで感情がないような……人形?
「村人たちは、クロエさんにそっくりですね、ムバッペ?」
「また、怖くなってきた……」
ブルブルと震えるムバッペは、私の腕をつかんで隠れます。
ちょっと、それでも警察官ですか!?
と、心のなかでツッコミをしていると、仮面少女が村のなかで一番大きな家の前で立ち止まる。
「ここが村長の家だよ」
扉を開けて入っていく仮面少女についていくと、家のなかになんと!
「お、お父様!?」
私の父親──ジョゼ・グラディオラがいてびっくり!
「……マイラ? なぜここに?」
「なぜって、お父様が手紙を書いたでしょう?」
「手紙?」
「これです」
私は、鞄から例の手紙を出して父に見せます。
そう、タイプライターで書かれた白い手紙。
まったく意味不明だったのでしょう。父は首を傾けて私を見つめ、
「な、なんだこれ? 父さんはこんなもの書いていないぞ?」
と言います。
私は、ふぅ、と一息ついて呼吸を整えます。
「……やっぱり、手紙は偽造ね」
「マイラ? ヴガッティ城に行ったのか? ん、そちらの方は?」
父がムバッペのほうを向いて尋ねます。
私は、一礼するムバッペに手を添えて説明。
「彼は警察官。ただいま捜査中なんです」
「捜査?」
私は、父をじっと見つめながら言います。
「殺人事件です。ヴガッティ家の総督、そしてその長男が殺されました。毒殺です」
「な、なんだって!? じゃあ、マイラは偽装された手紙によって殺人事件に巻き込まれている、そういうことか?」
「つまりそういうことです。そして私は警察官とともに死因となる毒を探しに、このハーランド族の村に来ました」
「……毒か」
はい、と私が答えると、父の顔は考古学者になります。
「たしかローレルチンチョウゲという世界最強の毒性がある植物は、ハーランド族の武器になっていると聞いたことがあるな……」
「さすがお父様」
「よし、村長に聞いてみよう」
村長ぉぉ! と父が大きな声で呼ぶと、部屋の奥からひとりの老婆が現れます。
すると仮面少女が老婆に近づいて、すっと話しかける。
「村長、女神様のイヤリングをしています」
「な、なんじゃと!?」
びっくりした村長の細い目は、どうやら悪いようで、私のしているイヤリングをちゃんと見ようと近づいてきます。
「……め、女神様ぁぁ」
私は、村長に横顔を見せて確認させます。
「おお! これは伝説の少女がしていたもの……なぜ、あなたが?」
「私の名前はマイラ」
「マイラ……」
「はい。伝説の少女に代わって毒草のことを聞きにきました」
「ローレルのことか……実は盗賊が入ってな、盗まれてしまったんじゃ」
肩を落とす村長。
仮面少女は悔しがるように、ぐっと拳を作っています。
「やっぱり入手経路はここか」
とムバッペは言いますから、私はこくりとうなずきます。
「毒草の保管庫を見てもいいですか?」
いいぞ、と村長は言うと仮面少女を手招きします。
「兵士よ。倉庫を見せてやってくれ」
「わかりました、村長」
仮面少女が『兵士』と呼ばれたことが気になった私は、村長に尋ねます。
「あの、村長。彼女はずっと仮面をしているのですか?」
「ん? いや、民族衣装を着ているときは仮面をかぶるように教えている。ずっと仮面をしていると蒸れるからのぉ、こう見えてこの兵士の顔は可愛いんじゃぞ」
「……な、なぜ、可愛い少女なのに戦闘を教えているのですか? 島は軍によって守られていますよ? もう戦う必要はない」
「愚問だ。軍はもともと敵。我々は最後まで戦う!」
「彼女の名前は?」
「名前などない」
「え?」
「ハーランド族の兵士に名前はない」
「そ、そうなのですか……」
仮面少女は、「……」と虚空を見つめているように黙っています。
本当は名前が欲しいのでは? と私は思う。
「では兵士よ。旅人に倉庫を案内してまいれ」
「はい」
私とムバッペ、それに父も加わって、仮面少女の跡をついていきます。
村長の家から出て、歩き、その道で父は私を見て笑う。
「なんですか、お父様?」
「あはは、それにしてもマイラの犯罪遭遇率はすごいな……」
「それ、褒めてます?」
「ああ、子どもの頃から、マイラがいく先々でバッタバッタと人が死ぬ。マイラは死神かと思ったほどだよ」
「あら失礼しちゃう。それらの殺人事件を解決したのは私ですよ」
「まぁたしかに……で、今回はどうだ? 解決できそうか?」
「犯人に目星はついています。あとは証拠ですね」
なるほど、とうなずく父の横顔は、どこか疲れているよう見えますね。
心配になった私は、父の顔をじっと見つめます。
「お父様こそ、ハーランドの宝は見つかったのですか?」
「ああ、見つけた。村長と仲良くなるのに時間がかかったけどな」
へぇ、と私が感心していると、仮面少女がある家を指さします。
「ここが倉庫だよ」
扉を見ると鍵もなく、誰でも自由に入れますね。
その理由は、この仮面少女が常に村を監視しているからでしょう。
よって、この倉庫から盗むには、かなりの盗賊スキルが必要ですね。
私は、父に尋ねます。
「お父様は、いつからこの村にいるのですか?」
「二週間前くらいだな」
「盗賊のことは知っていましたか?」
「ああ、父さんが村に来てすぐ盗賊が入ったらしい。盗まれたものは毒草と睡眠薬草と民族衣装だと言っていた」
「睡眠薬草、それに民族衣装も?」
「ああ、初めは父さんが盗んだと疑われたが、ちゃんと考古学者だと説明したらわかってくれた。ハーランドの宝を盗みに来たんだじゃない。守りにきたのだ、と」
「国で管理する、と言うことですか?」
「ああ、今は保守的な総督が離島を守ってくれてるからいいけど、どうやらヴガッティ家は後継者争いをしているらしいじゃあないか?」
「ええ……長男のロベルトは殺され、いま弟のケビンが後継者として成り上がっています」
そうか、とうなずく父は、倉庫のなかに入っていく。
私とムバッペもついていきますが、開け放たれた窓からの日差しは少なくて、部屋のなかが薄暗い。どこに毒草があるかわかりません。
「毒草があった場所はどこですか?」
「ここです」
仮面少女が指さす棚には、いくつも瓶が置かれ、中身はどれも植物を乾燥させたもの。
私は、さらに質問します。
「毒草だけじゃなく睡眠薬草も盗まれたのですか?」
「はい。毒性のない睡眠薬草は主に治療薬として使われます」
「盗まれたのは、いつですか?」
「一週間前だと思います。あたしの監視をくぐって盗むなんて、くそっ!」
「どんな人が盗んだと思いますか?」
「あたしと同等の足の速さは必要ですね。ハーランド族かも?」
「村の人ってこと?」
「それは違う。村の人は盗む必要はない、誰でも薬が使えるようにそのために鍵がないんだから」
「たしかに、すると……やはり外部の犯行か……」
たぶん、と仮面少女は力なく答えます。
私は、さらに質問をする。
「薬がなくなっていることに気づいたのは、だれ?」
「村長です。よく眠りたいとき薬を使うのですが、そのときに」
「なるほど。民族衣装もですか?」
「はい。ここにあったはずの衣装がふたつないと発覚しました」
ふたつ? と聞き返す私は、壁にかかっている民族衣装を見つめます。
硬い植物が編み込まれた服が子ども用から大人用まであり、それにともなって槍と仮面がずらりと並んでいる。
私は、さらに少女に質問。
「盗まれた衣装のサイズは、わかりますか?」
「大人用のものです」
「おとな……それは男性用ですか」
「はい、男性用です」
仮面のなかで、そう口を動かす少女。
すると横からムバッペが、うーんと喉を鳴らします。
「犯人は毒草だけじゃなく民族衣装も盗んだ、なぜ二つも?」
「必要だからでしょう。完全犯罪するために……」
私がそう答えると、ムバッペは小さな声で言います。
「完全犯罪……でも犯人の考えがまったく読めない。なぜ探偵のマイラさんを呼んだのか? お父さんの手紙は偽造だった。つまり、その手紙は犯人が仕組んだものでしょう?」
はい、と答えてから私は、父を見つめて訊きます。
「お父様、ヴガッティ総督と会ったことはありますか?」
「ない。総督は本土で殺されたんだろ?」
「それが……この離島ハーランドで殺されてしまったのです」
「おいおい! タイミングが良すぎないか? マイラが婚約のために城に呼び出された日に総督と息子が殺された。仮に手紙を送ったのが犯人だとすると、その犯人はマイラが探偵だと知っているだろう」
「さすがお父様、気づきましたか……ええ、犯人はとても賢い。恐ろしいほどに……」
なるほど、と言って父は、腕を組んでうなずく。
一方ムバッペは、理解できずに私に尋ねます。
「マイラさん、どういうことですか? 犯人は何を考えているのですか?」
「犯人は、私に事件を解決して欲しいようです」
「なぜ?」
「答えてもいいですが怒らないでくれますか? ムバッペ」
「怒らない、怒らないから教えて!」
「警察だけでは犯人を捕まえられない。そう犯人は思って探偵である私を城に呼んだ」
「え? わざわざ?」
「はい。犯人の考えは私に推理させること……だったら望みどおりしてあげる」
「……!?」
私は、部屋のなかをぐるりと見つめたあと、スッと倉庫を出ます。
ふと空を見上げると太陽は傾き、午後の日差しを顔にあててくる。眩しい……ああ、日没までには、城に帰りたい。
「お父様、そろそろ行きます!」
と私が大きな声で言うと、父は片目を閉じてウィンク。
「まぁ、そうあわてるな」
「?」
「ハーランド族の宝を見てからでもいいだろ? 事件には何も繋がりはないかもしれないが、芸術に触れると心が綺麗になるぞ」
そう言ったお父様は、ついてこいとばかりに歩いていきます。
仮面少女は立ち止まり、手を振って別れの挨拶。
私とムバッペも手を振ってから、父を追いかけていくと、なんとも荘厳な大理石でつくられた建物が現れます。まるでローマのパルテノン神殿を小さくしたよう。
「こ、これは?」
立ちすくむ父に尋ねると、ニヤッと笑います。
「ハーランド族はこのような神殿を建築できる技術があるのに、自分たちの住む家は質素につくる。とても神への信仰があるのだな」
「……ここに宝が?」
「ああ、入っていいぞ」
私は、父に促され神殿のなかへと足を運ぶ。
ひんやりした空気が流れており、少し寒気がしたけど、奥にあるクリスタルでつくられた巨大な女神像を見た瞬間! 心が奪われたように身体が熱くなってきます。
「き、綺麗……」
「ビューティフォー」
「奥の部屋には各国で奪った金銀財宝が眠っている。だが、罠だらけだから取りに行くことはできないんだ」
私、ムバッペは父の話を聞いて、背筋がゾッとする。
父は、ククッと笑うと女神像を見つめ、
「まぁ、女神だけは安全に鑑賞できる。これでいいんだ、これで……」
と自分に言い聞かせています。
私は、目を潤ませるムバッペに向かって言います。
「もしかしたら……」
「?」
「もしかしたら建築家マキシマスは、この女神像を見て、私たちのように感動したのかもしれませんね」
「……そしてこの“女神の首飾り”をつくった」
ですね、と答える私は、踵を返して言います。
「行きましょう! マキシマスのところへ!」
応援ありがとうございます!
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