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ヴガッティ城の殺人

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 ギィィ

 きしむ本棚に力を入れて、グッと両手で押していくレオ。
 
「アンティーク調の重厚な本棚ですが、底に小さな滑車がついているので、なんとか動かせそうですね」

 と私は言いながら、スライドしていく本棚を観察。
 そして、いよいよその裏に隠されていた壁を見ると、そこは四角にくり抜かれ、さらに奥にあるのは、まっ暗な穴。

 !?

 レオ、エヴァ、ハリーはびっくり。
 私は先頭を切って、おそるおそる穴をのぞく。するとそこには、まるで地獄の入り口のような螺旋階段が、グゴゴゴゴ、と地鳴りをあげて底にのびている。
 マキシマスがつくった、秘密の仕掛けはこれね!
 嬉しくて、つい笑った、そのとき。

「あれ? 死んでないじゃん!」

 部屋に戻ってきたリリーが私を見つめ、あっけらかんと言います。
 医者のおじいさんを連れてきたポールにいたっては、

「すいません、マイラさんは元気みたいです……」

 と医者に謝ります。
 ほほほ、と笑う医者は、私のほうに近づいて診察。

「腕を動かすと痛いじゃろ?」
「はい」
「骨に異常はないが、皮膚の奥が内出血しておった。つまり打撲だから安静にするように」
「わ、わかりました」
「走って転ぶでないぞ。探偵のお嬢ちゃん」

 は、はい、と私は頬を赤く染めて答えます。
 子ども扱いされたようですね。そんなやりとりが楽しかったのか、みんな和んで笑っています。

「もう、ケビンのやつほんっと最低だったわー!」とリリー。
『Arrest thanks』“逮捕感謝”とエヴァ。
「でも近衛兵の仕事は、これからどうしたらいいのでしょうか?」

 と、ポールが誰にでもなく質問すると、ハリーは、ううむと悩んでから言います。

「ポール、おまえ、裁縫さいほうが得意だろ?」
「あ、はい」
「よくおれの制服のほころびを直してくれた、ありがとう」
「いえ、針仕事は子どものころからやっていたので」
「なぁ、これは提案なんだが」
「はい」
「本土に戻って、仕立て屋をやらないか?」
「え? 仕立て屋ですか?」
「ああ、おれといっしょに」

 まったく予想していない展開だったのでしょう。
 ポールの瞳は、らんらんと輝いています。
 ハリーは、制服の襟を正して、おほんと咳払いをひとつ。

「おれは貴族と知り合いが多い。おまえがスーツをつくれば売れるはずだ。かっこいい靴もな!」
「わかりました少佐、やりましょう!」
「あはは、もう少佐とは呼ばなくていいぞ、ハリーでいい」
「はい少佐!」
「ん!?」

 あははは、と笑いあう二人の姿を見ていると、こちらまで面白くなって、なんだか胸が温かくなってきます。
 
「よし行こうポール! ではマイラさん失礼します」
「さようならマイラさん!」

 ビシッ!

 敬礼するポールとハリーは、部屋から出ていく途中で、レオと抱き合ってハグします。

「じゃあなレオ! 結婚式には呼んでくれよな!」
「バイバイ、レオ! マイラさんとお幸せにー!」

 は? と目を丸くするレオは、なんのことやら、さっぱりわかっていません。
 拳をかかげて出ていくハリー、ウィンクするポール。
 どうやら彼らは、私の愛する人が、誰かわかったようですね。
 
 ──いや、普通にわかるよね?

 わかっていないのは、レオくらい。もう、本当に無自覚なんだから!
 するとリリーが、エヴァの背中を、ぐいぐい押して部屋から出ていこうとします。 

「じゃあ、あとは若いお二人で~!」
『Congratulations on your wedding』“ご結婚、おめでとうございます”

 ガチャ

 扉が閉まり、私とレオは二人だけになってしまう。
 あれ? 何この展開、みんな気を使いすぎでしょ?
 レオは、首でも痛いのか右手で触って、なんともとぼけた顔をしています。

「みんな何を言ってるんでしょうね? マイラさんと俺が結婚するわけないのに」
「……本当にそう思っているのですか?」
「え? だってマイラさんと結婚できるのはヴガッティ家の後継者。でも残念ながらロベルトは死亡し、ケビンは逮捕されてしまいました」

 あなたがいるじゃない、と私は言います。
 もちろん、潤んだ瞳で上目使いするのを忘れません。

「……お、俺が、ヴガッティの後継者!?」
「ええ、総督の血を受け継ぐ正当な後継者ですけど」
「で、でも、マイラさんは俺のことを何とも思っていないでしょ?」
「逆にどう思いますか? レオ?」

 うーんと悩んで、困った顔をするレオ。
 はぁ、本当に無自覚すぎますね……。

「では、考えながら捜査しましょう」
「え?」
「私に手紙を出した黒幕の証拠を探します!」
「そ、それって、ケビンが俺を疑っていた黒幕ですか?」
「そのとおり! 彼は黒幕が、、そう言っていました」
「黒幕……いったい誰?」

 いきましょう、と私は言って、螺旋階段に向かいます。
 それにしても、恐ろしく暗い。
 どこかに照明がないか探すと、壁にあったのは銀製のトグルスイッチ。
 カチッとオンにすると、ボワッと淡い暖色が螺旋階段を照らす。
 
「先に行って……レオ」

 と私は、なるべく弱々しく言います。
 本当は男勝りな私ですが、ここは女っぽくしたい。だって、レオに私の気持ちを気づいてほしいから。
 
 ぎゅっ

 積極的に私からレオの手を繋いで、階段を降りていきます。
 最下層にたどり着くと、おや? 意外にも新鮮で空気がいい。おそらく出口の浜辺から、そよそよと海風が流れ込んでいるのでしょう。

「マイラさん、ここは?」
「地下通路のようですね。ねぇ、この照明を見て」
「ん?」
「きらきらしてて綺麗……」
「これもマキシマスが建築したのでしょうか?」
「きっとそうですね。アール・ヌーヴォーに彫られた燭台が美しい」
「おや? あれを見てくださいマイラさん」
 
 レオが指さす方向に、扉があります。
 木製の扉には、黒く光るアイアンの取手がついており、建築家マキシマスのこだわりが感じられます。そうでした、私の頭のなかにある城の設計図では、扉の向こうは部屋になっているはず。

「開けてください。私、腕を怪我しているので」
「はい」

 ギィィ

 きしむ扉を開けるレオ。
 私は、照明スイッチを探す。

「あった」

 オンにして部屋が明るみになると、浮かびあがったのは、なんと!

「!?」
「うわぁっ!」

 びっくりした私とレオが見たものは、ハーランド族の衣装。これはケビンが使ったものでしょうね。不気味なほど、仮面がこちらをにらんでいます。
 ふぅ、冷静になった頭で、あらためて部屋を観察。
 なんとも書斎っぽい雰囲気で、アンティーク調の本棚が並び、机の上には、やはりありましたね。
 レオは、まるで子どもみたいに目を光らせて言います。

「タイプライターだ! これでケビンやマイラさんに手紙を書いたのでしょうか?」
「……文字の形は同じですね」
「机を開けてもいいですか?」
「はい、お願いします」

 抽斗ひきだしをレオが開けると、おや? 一枚の白い紙があります。

「手紙ですね」
「これ、マイラさんへの手紙ですよ!?」
「えっ? 見せてください」

 私は、レオから手紙をもらうと、すぐに目を落とす。



   マイラへ

   おめでとう
   もしも、この手紙を読んでいるのなら
   事件はすべて解決したのだろう
   この灰色な城が、緑色の森が、青い海が
   守れてよかった
   あなたは重要なパズルのピースで
   探偵という役を演じているにすぎない
   そして結婚して
   これからは妻としての役を演じる
   どう、ドラマチックな展開だろ?
 
                ハーランド



「うわっ! うわぁぁ! な、なにこれ……!?」
「これ、黒幕が書いた手紙ですか?」
「探偵の私が、出し抜かれるなんて……」
「マイラさん?」
「ふ、不覚、なんたる不覚……」
「マイラさん、落ち着いて!」
「本来であれば、婚約の手紙なんて無視するはずなのに、レオが家に迎えに来てくれたから、私、着いて来ちゃった……」
「マイラさん!」
「嘘でしょ……もしかして黒幕は、私がレオに一目惚れすることも計算していたの?」

 ねぇ、マイラさん! と耳もとでレオに言われ、

「はっ! な、なんですか?」
「やっぱり黒幕も結婚だと言ってるね」
「……レオ?」
「マイラさん、こっちに来て!」

 そう言って笑うレオは、私の手をひいて部屋から出ていきます。
 私は、とりあえず手紙を鞄にしまって、言われるままレオについて行きますが、内心は穏やかではありません。
 
 ──レオ、いったいどういうつもりかしら?

 左右に首を振って歩くレオ。何か探しているようですね。
 おもむろに走ると、指さしています。 

「マイラさーん! これに乗りましょう!」
「え?」
「トロッコです。これで海岸まで行けますよね?」
「はい、これを使ってケビンは、港町と城を行ったり来たりしていたようです」
「さあ、乗って!」
「ちょっと、レオ?」
「いいから、俺にまかせて!」
「きゃぁっ!」

 いきなり姫抱っこされた私は、トロッコに乗せられます。
 シュッと風のようにレオも乗り込むと、彼はハンドルを上下に、ギコギコと動かして、滑車を回していく。
 すると、すぐにスピードは加速。
 みるみるうちに風を切った私たちは、光り輝く出口に吸い寄せられて……。

「きゃぁぁあぁぁ! レオー!」
「さぁ止まりますよ、つかまってください!」

 そんなこと言うから、私は遠慮なくレオの腕に抱きつく。
 ああ、これ理想的な展開すぎます。
 むしろ黒幕、ありがとう、と言わざるを得ません。もう感謝しかない。

「さあ、降りましょう」

 先に降りたレオが、スッと私の手をにぎる。
 降りるのを助けてくれるなんて、さすがジェントルマン。
 風に揺れる黒髪をかきわけたレオ。ああ、なんてかっこいい。 

「海の香りがしますね」とレオ。
「……はい」

 顔がまっ赤な私は、レオと手を握りながら、きらきらっに輝くトンネルの出口に向かっています。

「わぁぁっ!」

 私は、思わず叫ぶ。美しい浜辺に出たからです。
 ざー、ざーとよせては返す波の音が、なんとも心地いい。

「綺麗です」

 レオが、そう言うから、私は「海っていいですね」と答える。
 すると、レオは真剣な顔になって言います。

「綺麗なのはマイラさんです」
「あ、ありがとう」
「マイラさん……」
「レオ……」

 私とレオは見つめ合い、顔を近づけていく。

 ドキドキ、ドキドキ……。

 ああ、胸の高鳴りが止まりません!?
 その思いが通じたのか、レオは、はっとして口を開きます。

「マイラさんが俺のことをどう思っているのか、わかりました」
「は、はい」
「マイラさんは、俺のことを……」

 言葉をためたレオは、大きく息を吸ってから答えます。

「ヴガッティ家の後継者だと思っている!」

 !?

 きょとんする私。

「だからマイラさん!」
「は、はい!」
「俺と結婚してください!」
「お、お、お……おしい! その答えだけでは、及第点ですよ、レオ!」
「え?」
「私はレオのことを、あなたが思う以上に大好きなんです! ヴガッティ家の後継者なんてことは、もはやどうでもいいんです!」
「え? そ、そうだったのか……」
「はい!」

 きょとんとするレオ。
 うふふっ、なんだか楽しいような、嬉しいような、ふわふわして甘い気分……。
 
 チュッ♡

 私は、レオの頬にキスをして、あなたにとって究極のミステリーを問いかけます。

「私が愛しているのは、誰でしょう?」
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