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ヴガッティ城の殺人

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「マイラさーん!」

 葬儀をすませ、お城のエントランスに戻ってくると、ピンク髪のツインテールを揺らすリリーが急いで話しかけてきます。
 走りかた、かわいい。何かあったのでしょうか?
 いつも明るく元気いっぱいで花束のようなリリーが、顔を青くしていますね。

「どうかしましたか?」
「しゃべった……」
「え?」
「エヴァがしゃべったのよ! グッバイって」
「グッバイ宣言ですか……」
「しかもめちゃカッコイイ声だった。完全にあれはイケボだよぉ!」

 きょとんとする私。

「イケボって、何?」
「イケメンボイスのこと、もうマイラさん遅れてますね。声だけで容姿端麗な顔を想像させちゃうんだからぁ」
「むぅ……遅れてるってひどい……」
「でも女の子なんだよねぇ、変なのぉ、きゃはは」

 なるほど、プラカードですべての会話をしていた理由は、男の声を隠すため。
 これで女装している辻褄つじつまが合いますね!
 するとクロエがこちらに近づいてくる。
 手に持っているのは、一枚の白い手紙。スッと私に見せて言います。

「厨房に手紙が……」

 目を落とすと、このような内容でした。



『goodbye』“さようなら”



 たった一言だけ、ライプライターで書かれています。
 ふふ、彼らしいですね。 
 黒幕の正体を知っているのは私だけじゃないのでしょう。クスッと笑うクロエは、愉快そうに言います。

「やはり逃げたか……」
「クロエさんもわかっていましたか?」
「はい。ハーランド族の歩き方をしていましたから、採用するときからわかっていました」
「彼の動機は、なんだと思いますか?」
「……」
「なぜヴガッティ家の一族を抹殺したのでしょう?」

 さあ、わかりません、と言うクロエは、微笑を浮かべます。

「ただ、ひとつだけ言えることがあります」
「?」
「彼のおかげでわたしとレオは幸せに暮らしていけます。例えそれが犯罪の上に成り立っているとしても……」

 そうですね、と言った私は、微笑んで納得。

「彼は犯罪を使って世の中を正しい方向に導きました。いわゆるミステリ小説の“シャーロック・ホームズ”に登場する人物。犯罪界のナポレオンこと“ジェームズ・モリアーティ”のように」
「マイラさん、すいません、小説は読まないもので……誰ですかそれは?」
「うふふ、いいえ、なんでもありません」
「……変なマイラさん」

 動機は、本人と会って話そう……。
 と思っていると、リリーが悲しそうになげく。

「グッバイって……なんで?」
 
 リリーは、まったく状況がつかめないまま、泣きそうな顔で下を向く。

「帰る家なんてないって言ったくせに……あたしといっしょで……」
「……どういうことですか?」
 
 そう質問すると、優しく微笑んだリリー。
 その横顔は、少しだけ寂しそうに見えます。

「本当はね、あたしって本土から家出してきたの。お父さんと喧嘩してね。だって、大っ嫌いな貴族と婚約しろって言うのよ」
「そんなことが……」
「だからマイラさんのこと応援していたんだぁ。ロベルトとケビンなんて婚約破棄してぶっ飛ばしちゃえ! んで、両思いのレオと結婚してー! てね」
「そ、そうだったんですか……うふふ」

 うん、と笑いながら返事をするリリー。
 今後のことが気になるので、さらに質問します。

「リリーはこれからどうするんですか?」
「うーん、実は好きな人がいるんだよね」
「え?」
「やっぱり誰も気づいてないかぁ」
「ええ? 誰、誰?」
「ポールくん」

 え! そうだったの!? と私はびっくり。
 しかし思えば、城のなかでずっといっしょに働いていたんですから、その間で恋が芽生えても不思議はありません。
 
「で、二人はどうなるんですか?」
「えっとね、ポールくん仕立て屋の仕事をするらしくて、軌道にのったら迎えに来てくれるって言ってくれたの」
「あ、ハリー少佐と店を開業するらしいですね」
「うん、ポールくんは服とか靴を作るのが好きみたいね。デザイナーになりたいとも言ってた」
「じゃあ、会えるといいですね」
「うん、城でずっと待ってる。だって城はレオのものになったんでしょ?」
「ええ、そうね」
「わーい、本当にマイラさんには感謝だよぉ、悪い貴族を殺して追い出しちゃうんだもん」
「あの、それ違います。殺したのは私ではありませんよ」
「あれぇ? リリーにはよくわかんないけど、マイラさん、ありがとう」

 チュッ♡
 
 と、投げキッスしてくるリリー。
 女性からモテる、というのも、なかなか嬉しいですね。
 クロエからも、熱烈な視線が送られてきます。

「でも、彼はどこに消えたんでしょう?」
「……」
「正面玄関、裏手の門を開けた音は鳴らなかったし、秘密のトロッコは警察が通行止めにしていますから、まだ城のなかにいるはずなんです」
「……まだ城に」
「どこかに隠れているのでしょうか?」
「えっと、たしか城の設計では……」
 
 ふと指先を頭に触れ、細く長く息を吐く。

「さあ、記憶を呼び起こせ!」

 ヴガッティ城の設計図を幻覚のように思い出すと、クリスタルシャンデリアが光り輝き、絢爛豪華なエントラスホールの天井が透明になっていく。そして意識はさらに突き抜け、屋上のテラスに浮上。すると、マキシマスの言葉が鮮やかに蘇る。

『永遠の緑を感じることができる……』

 はっ! とした私はスカートをひるがえして走り出す。

「飛ぶつもりか!」

 半円型の階段を駆け上がっていると、下からクロエの熱い視線と、リリーの声援が送られてくる。

「がんばれー! マイラさーん!」

 私は、ガッツポーズをしておきます。しかし……。

「ううっ! 怪我してた……」

 腕が痛い。
 走って身体に負荷をかけると、ずきりと痛む。
 白く巻かれた包帯をズラして見ると、さっきより皮膚が青くなって内出血している。
 完治するまで、三週間といったところでしょうか。
 
「まったく、ハーランド族の睡眠薬は効きすぎっ!」

 痛みを堪えながら、なんとか駆け上がる。
 階段をのぼりきり、赤い絨毯が敷かれた廊下を抜けて、やっと屋上テラスに出てみると……。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 荒れる呼吸、高鳴る鼓動。
 青空が広がる太陽の下、きらめく眩しさのなかで視界にとらえたのは、美しいハーランドの絶景を眺めるメイド服を着た……。

「エバーグリーン!」

 そう叫びながら、急いで近づいていく。
 ブワッと風で乱れる紫の髪。首から下げたプラカードには、

『Well, Myra』“よくきたね、マイラ”

 という言葉があります。
 私がここに来ることを予想していたのでしょう。
 すると、耳にかけていた鉛筆を持って、高速で文字を書いていく。
 は、速い!
 

『It's great to know my real name!』“私の本当の名前を知っているなんて、素晴らしい!”

 はぁ、はぁ、呼吸を整えてから話そう。
 エバーグリーンは、シニカルな冷笑を浮かばせながら、文字を消して、さらに何かを書き込んでいく。
 言葉と文章による、なんとも不思議な対話が始まる。

『Well, I want you to tell me』“さて、聞かせてほしい”
「なんでしょう?」
『What do you think of this scenery?』“この景色を見て、どう思う?”
「美しいです」

 ええ、本当にビューティフル。
 ヴガッティ城は高台に建設されていることもあり、屋上からは大自然の絶景がすべて見えるパノラマが広がっています。ハーランドは、まさに……。

 ──永遠の緑エバーグリーン

 私は思わず息を飲み、彼と話をします。

「だからマキシマスは、あなたにエバーグリーンと名付けたのね?」
『The teacher is an artist. Good sense』“師匠は芸術家だからね。センスがいい”
「ねぇ、もうしゃべってもいいですよ? 本当は男でしょ?」

 エバーグリーンは、クスッと笑うと、プラカードに何か書いてから鉛筆とともに投げ捨てます。
 いったい何を書いたのでしょう?
 謎めいた彼は、やわらかく口を開きます。

「バレていたかぁ……」
「はい、マキシマスの絵画に描かれた少年に、あなたの面影が残っていました」
「師匠がぼくを描いていたのか……それは知らなかったな」
「私の推理を話してもいいですか?」

 どうぞ、とエバーグリーンは言って、私に手を添える。
 ふぅ、と息を吸った私は、真剣な顔で語り始めます。

「絵画を見て、おや? おかしいと思いました。
 お城にいるメイドは可愛い女の子。
 絵画に描かれているのは少年。
 では、その理由はなぜか? 
 あなたはメイドになりすまして城に潜入していた。
 いつもプラカードで対話していたのは、男の声を隠すため、いくら顔が中性的でも、声まで変えるのは限界がありますからね。
 そしてメイドに女装したあなたは、マキシマスの設計図を参考に完全犯罪を描いた。
 隠し部屋に、ハーランド村で盗んだ殺害道具を用意し、さらにタイプライターを打って手紙を作成し、みんなに配布した。

 あとは、ケビンとヴィルがやった犯行の手口を私が推理すれば、事件は解決……。

 つまりあなたが、ヴガッティ城の殺人を描いたです!」

 ビシッ、と私は指さしてエバーグリーンをとらえる。
 すると彼は、ふっと不適な笑みを浮かべながら、ぱちぱちと拍手します。

「素晴らしい観察眼と行動力、そして推理力を持っているねマイラ! 本当に君を探偵役にしてよかった」
「……探偵役? まるで演劇でもするようですね?」

 ああ、とうなるエバーグリーンは、足元にあるリュックを持ちあげて言います。

「君の推理どおり、ぼくは黒幕。つまりケビンに犯罪を手引きしていたってこと」
「あなた……」
「彼は完璧に犯人役を演じきった。ブラボー」

 リュックを背負ってから、パチパチと拍手するエバーグリーンは、さらに語ります
  
「劇作家シェークスピアは言った。

 全世界は劇場だ。
 すべての男女は演技者である。
 人々は出番と退場のときをもっている。
 一人の人間は,一生のうちに多くの役割を演じる。

 つまり、ぼくは黒幕役でマイラは探偵役、ケビンは犯人役でヴガッティ家の人々は殺され役ってこと。おまけに他のみんなはモブキャストだ……わかるかなこの理論? ドラマツルギーとも言うらしい」 
「はい。すべてあなたが創造した演劇舞台で、みんな踊っていたってことでしょ?」
「そのとおりです。ああ、上手くいってよかったぁぁ」

 エバーグリーンは、ほっと胸をなでおろすと、しっかりとリュックを身体に固定。
 私は、指をさして質問します。 

「それってパラシュート?」
「ご名答!」
「逃げるつもり?」
「逃げる? 面白いことを言うねマイラは……ぼくを捕まえるのは不可能だよ。それとも何か証拠でもあるのかい?」
「……証拠はありません。ですが情況証拠ならあります」
「ほう」
「ハーランド族の村の倉庫から犯罪の道具を盗み出すことですが、倉庫は仮面少女に監視されていました。つまり盗むにはかなりの盗賊スキルが必要です」
「……うん」
「ですが、残念ながらケビンにそのような盗賊スキルはありません。このヴガッティ城にいた、あなた以外にはね? ハーランド族の末裔であるエバーグリーン」
「でも、そんなものは君の推測でしかない。世間から見たら、ぼくは可愛いメイドさんだよ。ハーランド族の末裔なんて確証はない」
「……ううっ、でもあなたの動機ならわかります」
「ん? 動機?」
「はい。あなたが完全犯罪をつくった動機です」
「ぼくの動機を言語化してくれるのか……聞かせてもらおう」

 ごくりと息を飲んでから、私は淡々と語ります。

「動機はあなたの名前にあります。
 エバーグリーン。
 少年時代、あなたには名前がなく、ハーランド族の戦士として育てられた。
 人を殺すための殺人鬼として。
 しかし十歳のとき、転機が訪れる。
 マキシマスが村に現れ、女神を描き始めた。
 あなたは絵画に魅了され、弟子になることを決意。
 師匠となったマキシマスは、あなたに学問を教えた。
 文学、数学、化学、地政学、さらに哲学や天文学にまで……。
 すると、あなたの心に変化が起こった。
 世界を見てみたいと……。
 そして世界を旅をしたあなたに待っていたのは、残酷な現実。
 そうです。この世界は狂っていたんです。
 人間同士の争いは絶えない。
 身分制度、奴隷、戦争、環境破壊が蔓延している。
 それが現実でした。
 あなたは迷ったでしょう。考えたでしょう。
 この世界をどうしたらいいか、真剣に……。
 そしてあなたは、世界を変えたいと願った。
 結果、ヴガッティ城の殺人を計画するにいたる。
 つまりあなたの動機は、世界を平和にすること。
 
 そう、永遠の緑という名前のとおりにね。

 これが、あなたの動機です」

 すべてを言い終えてエバーグリーンを見ると、不思議なことに泣いています。
 瞳からは、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ、噛んでいた唇を解き放つ。

「黒幕は表には出てこない。出てきてはいけないんだ。だからこれにて、おさらばっ」

 踵を返して屋上のふちに向かう黒幕の横顔が、どこか切なく見えて、私は叫ぶ。

「待って! あなたの師匠マキシマスから伝言があります」
 
 ピタッと足が止まり、顔だけ振り返って私を見つめる。
 その瞳は、やけに優しい。

「いつでも帰ってこい、だそうです」
「……師匠」
「あなたのことを楽しそうに話していました。旅に出た弟子のことを、ずっと忘れていないんですよ。いい師匠じゃあないですか」
「帰ってこいって、まるでぼくの家みたいだ……」
「家でいいのでは? マイホームがあるというのは安寧な日々ですよ」
「……まだだ」
「?」
「世界はまだ混沌に満ちている。だからぼくは邪悪な人間を殺す宿命があるのさ」
「でも、あなたは手を汚さない、でしょ?」

 そうですね、と答えるエバーグリーンの瞳には、もう涙はなく、ただまっすぐに青空をとらえています。
 サッと屋上の手すりに立って、両手を広げる。まるで鳥のように……。

 飛ぶつもりだ!
 
 そう思った私は、エバーグリーンに近づいて質問します。
 
「最後にひとつだけいいですか」
「なんだい?」
「いつかあなたを捕まえてもいい?」

 ニヤッと笑う黒幕は、青空に向かって飛んでいく。
 美しい緑のなかに、パッと開いた白いパラシュートが、まるで花が咲いたように、ふわりと浮いていますね。

 ああ、終わった……。

 そう安堵して、ふと足下を見ると、おや? 
 黒幕が捨てたプラカードに、何やら言葉が残されている。
 それは私が最後にした質問の答えだと理解するには、少しだけ時間がかかった。
 
『Catch me if you can』

“私を捕まえられるものなら捕まえてみろ”
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