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番外編 モノトーン館の幽閉

 プロローグ

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「また若い娘が行方不明に……」

 窓の外を眺めるムバッペは、うっすらとかすみがかかるロンデンに向かって言った。
 明朝は小雨が降って、街の空気はどんよりと重たい。
 そんな湿っぽい天気と同じように、彼の難しい顔からは、捜査が行き詰まっていることがうかがえる。
 その理由はおそらく、またこの国の悪しき身分制度が関係しているのだろうか……。

「あ、おはようございます! お掃除、ご苦労様ですぅ~」

 突然、ムバッペの部下が、ぼくに色目を使って挨拶してきた。抱えている書類は、捜査資料だろう。

「……」

 ぼくはいつものように無視して、掃除に励む。声を出したらとバレるからな。
 そう、ぼくの名前はエバーグリーン。
 今は清掃員に変装している。制服は、昨晩デートした女の部屋から盗み、掃除道具は、倉庫から拝借した。
 しかし、ちゃんと帽子を深くかぶっても、ぼくの可愛いらしさはあふれてしまうようで、こうやって男から話しかけられてしまう。うーん、変装も楽じゃない。

「ムバッペ警部、捜査資料、ここに置いておきますね」
「うむ、ご苦労様」

 部下が持ってきた書類に目を通すムバッペは、いつになく真剣な表情をしている。
 その隙にぼくは、さっと部屋から出ていって、物陰に隠れ掃除するふりをした。
 もちろん聞き耳は立てている。何か、重要な情報を漏らしてくれるといいが……。

「警部、どうですか?」
「ああ、いま被害者の娘たちの共通点を洗っている」
「なるほど……」
「娘たちの年齢は、十代から二十代前半。家族からいただいた写真を見ても、綺麗な娘ばかり……失踪した場所と時間は、ロンデン市内、平日の夕方から夜にかけて、しかし被害者が何者かに襲われている目撃情報はなし……か」
「となると犯人は男でしょうか?」
「ん?」
「キモい男で、いつも女性から嫌われていた。だから自分の欲望を満たすため犯罪に走った。きっとこいつは身分の低い労働者。で仕事終わりに、彼女たちを襲ったんです!」
「おい、適当なプロファイリングはやめておけ」
「……す、すいません」

 逆だな、とぼくは思った。
 彼女たちは襲われていないのだ。つまり、犯人はキモい男ではない。
 反対に、ハンサムで女性を上手くエスコートできる紳士の犯行だろう。
 女性のほうから言い寄ってくるほどの、魅惑的な男性。賢くて、身長が高くて、お金持ちのジェントルマン。
 犯行の手口は、こうだろう。
 仕事帰りの女性に声をかけ、ディナーに誘って高級車に乗せる。
 しかしそこはおしゃれなレストランではなく、犯人の捕食場所。そう、まるで蜘蛛の巣にかかるチョウのように……

『きゃぁぁぁ!』

 監禁された女性たちの悲鳴が、幻聴となって聞こえてくる。
 
 ──絶対に助けなくては!

「もうひとつ、重要な共通点がある」

 おもむろにムバッペが言うと、席を立った。
 窓から射し込む朝日が眩しくて、目を細め、また難しい顔をする。
 部下が、おそるおそる質問をした。

「それは何ですか?」
「被害者たちは、みんな同じところで働いているんだよ」
「え? 違いますよ。第一被害者の女性はウェンブリーの衣類工場、第二被害者の女性はトットナムの石鹸工場、先ほど捜査依頼が出された女性は、ストラトフォードにある出版会社の事務員ですよ? みんなバラバラです」
「これを見ろ!」
「……」

 部下は、書類に目を落とすが、まだわからないらしい。
 首をかしげて、ムバッペの言葉を待っている。

「みんな勤め先は違うが、本元は同じなんだ」
「……あ! 経営者ですか?」
「そう。すべて同じグループ会社」
「ってことは、超エリート貴族の……」
「ああ、つまり行方不明の女性たちはみんな、プートマン伯爵が経営する職場で働いている!」

 突然、青い顔をする部下。
 彼の唇は、わなわなと震えていたが、かろうじて口を開いた。

「あの、プートマン伯爵に事情聴取なんて……できるんですか?」
「できるわけないだろ! なんの証拠もない。ただ同じグループ会社ってだけで」
「で、で、でも絶対にあやしい!」

 無理なんだよ! とムバッペは大きな声で言った。
 かなり悔しいのだろう。可愛いらしい童顔をしわくちゃにしている。
 
「プートマン伯爵を捜査したら……首が飛ぶ……」
「え?」
「警察を辞める覚悟、おまえにあるか?」
「……うぅ」

 くそっ! とムバッペは、窓の外を見つめて吐き捨てた。
 しかし皮肉なことに、朝焼けは美しく大時計ビックベンを照らし、高らかにウィンミスターの鐘を鳴らす。

 キンコンカンコーン……

「次のターゲットは、プートマン伯爵か……ふふっ、これも神のおぼし召しか? またマイラと会えるかもしれない……」

 ニヤッと微笑むぼくは、ゆっくりと歩き出し、警察署を後にした。
 うわつくロンデンの街は、黒いスーツを着たビジネスマンであふれているが、ぼくはひとりだけ白い掃除用の服を着ているから、なんだか白と黒のモノトーンの世界にいるみたいで面白い。
 
 ──ああ、タイプライターのなかにいるようだ……。

 フッと鼻で笑いながら、かぶっていた帽子をとって、髪をかきあげ、オールバックにまとめる。

「さあ、黒幕のお出ましさ……」

 
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