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番外編 モノトーン館の幽閉

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 ゴーン、ゴーン

 お昼を知らせるセントポール大聖堂の鐘の音を聞きながら、私とレオは歩いて王宮裁判所まで向かっています。
 ちなみに、車は近くのパーキングに駐車。
 空を見上げれば、雲の隙間から青空が見えている。やっとロンデンの初夏らしく、ぽかぽかしてきましたね。私は空気を吸い込んで、木々の香りを楽しみます。

「もうお昼ですね……マイラさん」
「ええ、何か食べたいですが、急いでリリーを救出しないといけません」

 ぎゅるるる……

 あら、やだ。
 突然、私のお腹の鐘も鳴り、恥ずかしい。

「どこか店に入ります?」
「……いいえ、急ぎましょう」

 首を振った私は、さっさと歩いていく。
 そして、現れたのはこれまた教会のような建物。王宮裁判所です。ここに目当ての人物がいるはずなのですが……。

「あれ? マイラさん! レオくん!」

 懐かしい声がして振り返ると、髭と帽子がチャームポイントの紳士、クライフがいるじゃあないですか。
 おや? くんか、くんか……。
 彼の抱えている袋から、食欲をそそるいい香りがしますね。
 レオは、クライフと握手してから、事情を説明。

「ふーむ、なるほど……つまりマイラさんはプートマン伯爵がリリーちゃんを誘拐している、そう踏んでいるのですな?」
「はい」
「リリーちゃん……ポールと付き合っていると聞いたときはびっくりしましたが、まさか誘拐されるとは……なぜ?」
「どうやらプートマンは、リリーに婚約の話を進めていたそうです」
「ほうほう、たしかにリリーちゃんは活発な可愛い女の子。貴族が目をつけてもおかしくない」
「ですよね」
「しかしプートマン伯爵が誘拐するとは思えませんぞ」
「なぜ?」
「だって彼は、いくつもの工場や会社を経営する超エリート貴族。年齢は二十三歳で、二年前に亡くなった父親の遺産数千億円を相続し若くして世界有数の大富豪になったばかり。そしていまだ独身のため、各国の上流階級の令嬢から狙われている。女性に困るわけがない」
「ふぅん、でも男性って逃げる女性を捕まえて、自分にものしたくなりませんか?」
「個人的にはYesですが、しつこい男は嫌われますぞ……」

 そうですよね、と同意する私は、クライフの腕をつかんで建物のなかに入っていく。

「ちょちょ、マイラさん!?」
「クライフに頼みがあります」
「な、何ですか急に?」
「プートマンの納税関係の書類を見せて」
「ダメです。個人情報ですぞぉ。一般人には開示できません」
「そこをなんとか、ね♡」

 私は、未だかつてないほど、可愛らしくウィンクします。
 ズキュン、と胸を撃ち抜かれたクライフは、ガクッと膝を落としてから口を開く。

「し、仕方ないですね……でもどうやって? ここは厳格な裁判所、人の目も多いし、一般の方が入れるのはここのロビーまでですよ?」
「大丈夫です。秒でいいから見せてください」
「秒?」
「クライフ、私の特殊能力を忘れたの?」
「ああ、マイラさんは一見したものを映像で記憶できるんでしたっけ?」
「はい。だからちょっとその書類を落としてくれたら、私が拾ってピンク色の脳細胞に保存します」
「相変わらず、ぶっ飛んでますね、マイラさんは……」
「うふふ、ではすぐお願いします」

 食べたかったんだけどな、そう言いながらクライフは抱えている紙袋を見つめます。
 気になったので、私は質問。

「それ何ですか?」
「これは大好きなサンドイッチです。さっきカフェで作ってもらった出来立てほやほやですぞぉ~」
「ふぅん、じゃあ私が持っててあげるから、プートマンの書類を持ってきて」
「は、はぁ……」
「で、その辺で落としてください、拾いますから」
「うーん……食べてからじゃ、だめ?」
「だめ、今すぐ。リリーが誘拐されてるんですよ!」
「しかし……」

 クライフの目は、完全に私のことを信用していいものか、考えている様子です。
 それは、書類のことではなく。紙袋の中身を心配しているようでしたが、私はニコニコ笑顔で手を振ります。

「お願いします、クライフ。あなたが頼りなの……ね♡」
「……で、でもなぁ」
「あ! そういえば……以前、私の家に泊まったとき、お風呂を覗いてましたよね?」
「げっ! レオくん、あれほど秘密だと言ったのに~」

 目を丸くするレオが、あたふたして言い訳します。

「だってマイラが言わなきゃ殺すって言うんだ」
「……こわっ」

 ビクッと身を震わせたクライフは、紙袋をレオに渡すと急いで走っていきます。まわりにいる人たちが、何事かと見ていますが、私はすまして姿勢を正す。
 一方、レオは、おそるおそる私を見てから、頭を下げる。

「ごめんね、あの夜はマイラさんの家に泊まって嬉しくなって、つい……」
「別にいいですよ。今では好き放題見れるじゃあないですか?」
「……は、はい」

 ぽっと顔を赤くするレオ。
 めちゃ可愛いんですけど……。
 と思いながら、私は紙袋のなかに手をつっこむ。
 そして、そのままサンドイッチを抜き取ってから、大きな口を開けて頬張ります。

「あ、いいんですかクライフに怒られますよ?」
「もぐもぐ……いいんですよ、私の裸を見た罰です」
「……やっぱりお腹、減ってたんですね」
「あなたも食べなさい。レオ」
「はい、これで共犯ですね。俺も……」

 レオは、笑顔でサンドイッチを食べます。
 うーん、美味しい。これはサンドイッチ界最強の組み合わせBLTですね。分厚いベーコンに、新鮮なレタス、甘酸っぱいトマトがいい感じに口のなかでとろける。んん? ピリッとくるのはマスタードが入ってますね。

「おいしぃー!」
「うまいですね、これ!」
「もぐもぐ、うまぁぁい!」
「もう止まりませんね……パクパク」

 私とレオはあっというまに完食。
 しかし、紙袋をぺしゃんこにしているとすぐにバレるので、ちゃんと膨らませておきましょう。
 そしてしばらくすると、書類を抱えたクライフがやってきます。
 しっかり演技してくださいよ。

「わぁっ!」

 すってんころりん、クライフは転びます。うん、ナイスプレー!
 おまけに帽子も取れて、うわぁ……ハゲた頭をさらしてしまう。
 やばぁぁ……仲間の弁護士たちにバレてしまったことは、言うまでもありません。

「ぐっ……」

 書類よりも、さっと帽子を拾って頭にかぶるクライフは、もう泣きそう。
 一方私は、すぐに書類を拾って、その内容に目を通す。
 おや? そのなかで一番目立つ物件に目がいく。

 ──モノトーン館

 私は、書類をまとめるとクライフに渡します。

「落としましたよ」
「あ、ありがとう……」

 周囲の目から見たら私は、親切な女性、そう思われていることでしょう。
 ニコッと笑ってから、私は踵を返して王宮裁判所を後にします。
 あはは、と笑うレオは、匂いのなくなった紙袋をクライフに戻し、

「ではクライフ、また酒でも飲もう!」

 と言って私の元へと急ぐ。

「……あれ?」

 軽くなっていることを察してか、クライフは肩をすくめて言います。

「サンドイッチが、消えた……」
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