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番外編 モノトーン館の幽閉
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しおりを挟むモノトーン館、ここは白と黒でできた不思議な建物。
三階建てのバロック建築で、石やレンガが組まれた外装は重厚感があり、内部の豪華な装飾や曲線、それに白と黒にデザインされた空間は、建築家の高い能力が必要なだけでなく、館の主人であるプートマン伯爵の豊富な財力がなければ成り立ちません。
「書斎はここね……」
三階にあがっていくエバーグリーンと別れた私はひとり、二階の廊下にいます。
人影はありません。どうやらバカ伯爵ことプートマンが雇ったプロの殺し屋は、すべて倒したようですね。
ギィィ
書斎の扉に鍵はかかっておらず、ドアノブを回した私は部屋に入っていく。
カチッと照明をつける。床と天井は黒、壁は白といった空間が広がっています。
「ここも白と黒ね、頭がおかしくなりそう……おや?」
横長の窓には見覚えがあります。
「この窓から私とレオを襲ったのね……それにこの椅子にリリーが座っていた……」
窓に向かって置いてある椅子には手錠や足枷があり、身体を拘束できるようになっている。なんて悪趣味なんでしょう。
「……リリー」
彼女を助ける思いを強めた私は、書斎を探っていく。
机の上には操作パネルがあり『entrance』と書かれた小さなハンドルがある。試しにそれを回してみると……。
ガチャッ
どこからか音が響く。どうやら玄関が開いたみたい。
さらに探っていくと『Next room』と書かれたボタンがある。押してみるとまた、
ガチャッ
どこかの扉が開く音が響く。
窓から顔を出して、一階を確認すると、白と黒のタイルできた壁の一部が開いています。どうやら、エントランスから先に進めるようになったらしい。必死になってメイドたちが逃げていく。彼女たちも、幽閉されていたようなものね。
「これならレオを呼べそう」
しかしながら、先に牢屋の鍵を見つけないといけません。
「書斎のどこかに金庫があるはずなんだけど……」
私は、さらに書斎をすみずみまで探っていく。机の上に金庫はない。抽斗のなかにもない。ソファ、ふかふかですね。ってのんびり座ってる場合ではありません。
「……んしょ」
はいつくばってソファや机の下をのぞきますが、何もない。ゴミや埃すらない。
「ちゃんと掃除されている。メイドがやったのね……もしかしてエバーグリーンが?」
むくっと立ち上がり、気を取り直して金庫を探す。
金庫、金庫、金庫……。
ぐるりと書斎を探しますが、見当たらない。
「もう、どこにあるの……?」
と、途方に暮れて壁にもたれたとき、ん? お尻に何かあたって違和感を覚えます。
振り向いて、しゃがんで見ると……おや?
白い壁のなかに『シリンダーロック』が埋め込まれている!
「ABC……これはアルファベットダイヤル式の金庫ね……」
膝を抱えて、うーん、としゃがみこむ私。
「6文字の暗証が必要なのね。えっと、アルファベットは26あるから組み合わせは……げっ、3億超えてる!」
とてもじゃないけど、適当に押しても無理そう。
「うーん、何かヒントがないかしら……」
とりあえず、抽斗のなかを開けてみるが、仕事関係の書類しかない。手に取り目を通すと、ビルやホテル、病院などの不動産を所有していることがわかる。
「プートマン伯爵の収入源は賃貸料ってことね。車も好きそう」
いろいろな国へ旅行に行っては、高級車を買い漁った領収書がたくさん出てきます。
「この車でお姉さんたちをナンパして幽閉したわけね……ひどい」
ああ、抽斗のなかにヒントはない。
「うーん、私だったら暗証番号を忘れないために、どうするでしょう……」
腕を組んで推理を展開します。
「忘れたときのために、絶対にメモを残すはず……ん?」
ふと本棚を見ると、非常に有名なミステリ小説がずらりと並んでいる。エドガーアランポー、アガサクリスティー、コナンドイルなどなど。
「なかなかの文豪がそろっていますね。バカ伯爵もミステリ好き? おや?」
見慣れないタイトルの背表紙が一冊ある。
『モノトーン館の幽閉』
さっそく抜き取って、ページをめくります。
「これは……日記ですね」
重厚な小説かと思いましたが、どうやらプートマンが書いた日記らしい。内容は、モノトーン館でお姉さんたちを幽閉している様子が書かれてある。なんとも、あまり読む気になれませんが、これも金庫の鍵をゲットするためです。
うーん、仕方ありませんが、最初のページから読んでいきます。
1950・7・4
人形を燃やしてみた。
父から相続した物件のなかで、とても魅力的な建物がある。
そう、ここモノトーン館だ。
生前父は「絶対にここに入ってはいけない」
と言っていたが、その意味がよくわかった。
ここは牢屋だ。
人間を幽閉して、拷問することができる。
牢屋の鍵は金庫にしまってあった。
はじめ暗証番号がわからず、鉄格子をダイナマイトで壊そうと思った。
だが、我は天才だ。
すぐにアルファベット6文字がわかった。
父親の好きな食べ物だ。もちろん我も大好き。
鍵を手に入れたことで、いよいよモノトーン館の幽閉生活が始まった。
街で我が所有する会社で働く女に声をかけて、ディナーに誘う。
あとは車に乗せて、ここに来るだけ。とても簡単だった。
なぜなら、この館には素晴らしい部屋がある。
拷問部屋だ。
ここには画期的な排気システムがあった。
一階にある武器庫に、ブロワ設備がある。
強い風を送り、部屋を換気してくれるのだ。
これは確信したことだが……。
おそらく父も人形に火をつけて遊んでいたに違いない。
だから、床に焦げた跡がある。
それに、着火剤が仕込まれた椅子が用意されてあるのだ。
皮肉なものだ。
父は突然交通事故で死んだから、ここを撤去できなかった。
だが、おかげで我は純粋な悪に目覚めることができた。
人形って燃えると美しく踊るんだね。
ありがとう、お父さん……。
「な、なにこれ……」
戦慄が走り、身体が震えてくる。
それでも金庫の暗証アルファベットのヒントがわかった。
──プートマン伯爵の好きな食べ物。
だが、それが何なのかは書いていない。
「どこかに書いてないかな……」
次のページをめくって目を落とす。
1950・7・10
メイドを雇ってみた。
家事は苦手だ。
あんな重労働は、貴族がやることではない。
メイドを募集して掃除や料理をやらせよう。
だが、口が堅いメイドがいいな。
なぜなら、モノトーン館は牢獄。
警察に通報されたら厄介だ。
それに、人形たちには、阿片をあたえている。
よって絶対に秘密厳守できるメイドじゃあないとダメだ。
しっかりと面接をして見定めよう。
ちなみに阿片は、例のルートで入手した極上の代物だ。
高額な薬だが、高貴な人形が犬のように従順になるのでいい。
あれは心も身体も壊す、悪魔の薬だ。
禁断症状が出ると、幻覚が見えてしまう後遺症があるが。
まあ、完全に壊れたらいつものように燃やせばいい。
代わりは街にいくらでもいる。
今夜は、出版社で働く女に声をかけよう。
運ぶ車はそうだな、イタリア製の速いやつがいい。
新しい人形か……また楽しみが増える。
「最低で最悪なクズやろーですね……」
イラつきながら私は、ページをめくる。
1950・7・14
リリーが帰ってきた。
雇っていた殺し屋から連絡があった。
見張らせていた船着場にリリーが現れたらしい。
しかも、婚約者の男を連れてだ。
くそっ! 我の婚約を破棄したくせに!
思えば、人形遊びを始めたのも、リリーのせいだ。
我を捨てるからいけないんだ……ああ!
リリー、リリー、リリー……。
初めてリリーと会ったのは、十八歳の夏。
もう五年も前か……時が経つのが速くて恐ろしい。
リリーは当時十五歳。
ピンク色のツインテールがよく似合う元気な女の子だった。
あの日は、親を亡くした子どものチャリティーに参加したときのこと。
実は、我も母親を幼いころに病気で亡くしている。
そんななかリリーは暗い表情ひとつ見せず、小さな子どもたちと遊んでいた。
本当は、我も遊びたかったが、貴族なので父に止められた。
『寄付して帰ろう』
そう言った父の背中は、どこか寂しい感情が見えた。
それでも、リリーと話してみたい気持ちがあふれ……。
我は父を振り切って、彼女に声をかけた。
子どもと手を繋いで遊ぶリリーは、まるで天使のようだった。
「やあ……マイエンジェル」
「え?」
「我と付き合ってくれないか?」
「……あの、いきなり誰ですか?」
「我はウィリアム・プートマン伯爵。君のナイトになりたい!」
「……」
答えを言わないまま、リリーは我を無視して子どもたちと遊び続けた。
何がいけなかったのか?
だが、あきらめない。
絶対にリリーを我のものにしたい!
そしてリリーが二十歳の誕生日。
彼女の父親に金をわたして婚約を申し込んだ。
それなのに、リリーは婚約破棄して家出。
どうなってんだ、これ?
天下の超エリート貴族の我が、婚約破棄されただと?
ありえない。
我を捨てるなんて……ありえない。
ぽっかり空いた心の穴。
その穴を埋めるために、人形たちが必要だった。
彼女たちの悲鳴を聞くたびに、快感が得られる。
特に炎のダンスは、神になった気分を味わえる。
我が求めているのは、人が落ちていく様子、破滅する姿。
だが、リリーが帰って来たなら……。
もっと、もっと素晴らしい破滅が見られる!
捕まえよう。でも、どうやって?
街の女のようにナンパしてもダメだ。
リリーは我を嫌っている。話しかけたら逃げるだろう。
そうだ、殺し屋に頼んで誘拐してもらおう。
奴らはプロだ。金のためならなんでもやる。
ああ、リリーが我の人形の仲間入りか……。
楽しすぎる!
「う、頭がおかしくなりそう。プートマンの犯罪心理はぶっ飛んでますね……」
それでも、少しだけ興味が湧いたので、次のページをめくる。
おや? 日付が昨日のものですね。
1950・7・20
メイドが可愛すぎる!
なんてことだ!
面接したメイドが可愛すぎて天使!
名前はエヴァちゃん。年齢は二十歳だけど完璧な美少女だ。
だが、まったく話せないらしい。可哀想にな……。
コミュニュケーション障害という重い病気なのだそうだ。
天使に何かがあったのか? とてもミステリアス。
しゃべれないなんて逆にそそられるね。キスしたい。
だが、プラカードで文字を書けば話はできるとのこと。
まぁ、話せなくたっていい。
いや、むしろ口が堅そうでいいじゃないか!
他のメイドは料理はうまいが、掃除がぜんぜんできてない。
というか、信用できない。
だから牢屋や書斎、それに拷問部屋などの掃除はまかせられない。
だけど、エヴァというメイドなら掃除をまかせてもいいな。
ブルーの瞳は虫も殺せないくらい透明で美しい。
髪の色は紫で、まるで妖精のようだ。
そこで試しに、牢屋にいる人形を見せてみた。
そうしたらエヴァは、
『It's art』“芸術ですね”
とプラカードに書いた。
こいつ、我の趣味に合うじゃあないか!
嬉しくなって、書斎や拷問部屋の掃除もまかせることにした。
なんなら、いっしょに人形遊びをしたいところだが。
まぁ、待て、まずはリリーだ。
あの婚約破棄女を破滅させないと、我の心の穴は空いたままだ。
そして、殺し屋に調べさせた結果が届いた。
なんとリリーは、仕立て屋の男と婚約したらしい。
無様なり。
貴族の我を捨てて、仕立て屋だと!?
それに仕立て屋は没落した貴族、ヴガッティ家と関係があるらしい。
気になるのは新聞に載っていた私立探偵マイラ、とかいうふざけた女。
こいつはヴガッティ家の後継者と結婚したらしい。
リリーを誘拐したら、騒ぎそうな人物だな。
だが、まぁいい。モノトーン館に来たら袋のネズミだ。
逆に捕まえてマイラとかいう人妻も人形にして遊ぼう。
あ、そうそう。
我が誘拐した女たちの家族が警察に通報したらしい。
事件が新聞に載っていた。
自分がやったことが世間に影響を与えている。
何とも不思議な気持ちだ。どこか嬉しい。
街角のインタビューでは……。
おののき、震え、夜道を歩くことが怖い、という女。
はやく警察に捕まってほしい、という女。
などがいるらしい。
あはは、笑ってしまう。
こういう女ほど、我がナンパすればついてくる。
強がっている女ほど、阿片漬けにしたときの楽しさはない。
どんどん増えていく人形……。
そして、燃えていく人形……。
ああ、モノトーン館は、なんて素晴らしいんだ!
「あ、終わった……」
ページをめくるけど、白紙が続いている。
プートマンにとってはこの日記は序章に過ぎない。これからもずっと、お姉さんたちを幽閉して人形遊びと言う名の陵辱を続けるつもりでしょう。
罰を与えてあげなくては……。
「うーん、それにしても、プートマンの好きな食べ物って何?」
これがわからないと金庫が開けられない。
「ふぅ……」
私は、精神を統一して深く息を吐く。
──記憶を呼び起こせ!
私の能力は、一度見たものは細部まで記憶できること。
たしか料理を運んだメイドが、いったん戻ってきた記憶がある。
その映像によると、メイドの手には大きな皿、盛ってあるのは……。
「フッシュ&チップス!」
そう叫んだ私は、日記を本棚にしまい、急いで金庫の前に膝をつく。
ダイヤルに指を触れて、暗証の解読をする。
「fish and chips……フィッシュは4文字、チップスは5文字。必要なのは6文字だけど……あれ?」
いきなり行き詰まりましたね。
くそぉぉ、うーん、他に言い方はないかしら?
さらに記憶を呼び起こし、グラディオラ邸の図書館まで意識は飛んでいく。
アンティークの椅子に座り、読書をしている子どもころの私が語り始める……。
『ふむふむ、この文献は興味深い。フィッシュ・アンド・チップスにつく“チップス”は、いわゆるポテトチップスのことではなく、太いじゃがいもを揚げたフライドポテトのこと。別名クリスプス『crisps』とも呼ぶ……』
これだ!
私は、急いでダイヤルを回してアルファベットを合わせていく。
「C、R、I 、S、P、S……」
カチャ
はねる金属音が鳴り響くと、金庫の扉が開いていきます。
なかを見ると、おお! 鍵が入っていますね。
これを持った私は、すぐに書斎から出て階段を降りていく。
一階の階段廊下には、ふたつ扉があって、ひとつは武器庫。もうひとつは私とレオが襲われたモノトーンの部屋に繋がっています。
「こっちね」
扉を開けてモノトーンの部屋に入り、蹴破った壁を抜けて牢屋のある廊下に出ます。
あぁぁあぁぁぁ……
ガチャガチャ、と鉄格子を殴りつけるお姉さんたち。
相変わらず幻覚を見ているようですね。私のことを、
「プートマン様ぁぁ! もう我慢できなぁぁい!」
「プートマン様ぁぁ! ほしいのぉぉぉ! ほしいのぉぉ!」
「プートマン様ぁぁ! くださいくださいくださいィィィ!」
と叫んでは、血眼になってよだれを垂らしている。
しかしながら、見た目は美しい女性です。
プートマンの日記に彼女たちのことを『人形』と形容していたことが、何となく納得できますが、とても許されることではありません。
あぁぁあぁぁぁ……
私は、南京錠に鍵を差し込んでひねり、施錠を外します。
ガチャリ
と、牢屋に開放的な音が響く。
鉄格子を開ける私は、まだ虚ろな目をした彼女たちに向かって言います。
「さぁ、家に帰りましょう……」
応援ありがとうございます!
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