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番外編 モノトーン館の幽閉

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「レオ! ここから侵入します。肩をかしてください」

 顔をあげた私は、二階の窓に向かって指をさします。
 レオは、心配そうな顔をして言う。

「マイラひとりで?」
「ええ、この窓枠は小さいので私しか入れません」
「他に侵入できるところはないのか?」
「設計図を見ましたが、残念ながらありません。二階の窓はどれも小さいのです」
「三階は? バルコニーからはどうだ?」
「バルコニーから侵入するにはレオと私だけでは背が足りません。それにこの窓にしたのは理由があるんです」
「そうなの?」
「はい。窓の向こうは厨房です。よく換気するはずですから、鍵が外れている可能性が高い」
「でも……俺もいっしょに行きたい!」
「レオ、玄関の扉を開けてくるから待ってて、ね?」
「わかった……」

 しぶしぶ、笑顔をつくるレオ。
 彼は壁に背中をつけて、両手の指をくむ。
 私はレオの手に片足をかけてから、ピョンと肩に飛び乗り、窓枠に手を伸ばし、ゆっくりと力を入れる。

 スッー、静かに窓が開く。

 よかった、推理したとおり鍵がかかっていません。

「……」

 窓のなかをのぞくと厨房になっており、いい香りがただよう。
 とそのとき、レオが上を向く。
 ああん……私はいまワンピーススカートをはいています。よって、下着が見えてしまうことは、言うまでもありません!

「ちょっとレオ、上を向かないでっ!」
「あっ、ごめん……」

 謝っていても、まだ上を向いているレオ。
 まったく……結婚しているとは言え、のぞかれるのは嫌です。
 私は、グイッと足で、顔を赤くするレオの頭を踏んづけます。


「いててっ!」
「見ちゃダメだってば……」
「わかった、わかったよ」
「もう……見るならベッドで、ね?」
「あ、ああ……なぁマイラ、なんで警察が来るのを待たないんだ?」
「実は、設計図を見たところ、モノトーン館には特別な部屋があることがわかりました」
「特別な部屋?」
「ええ、遮音性と耐熱性に優れ、ブロワ設備があって排気できる部屋……まるで焼却炉のようですね」
「焼却炉って……そこで何を燃やすんだ?」
「うーん、考えたくもありませんが、警察に捕まりそうになったプートマンが証拠隠滅のため、リリーたちに火をつけるかもしれません。よって、ここは私たちだけで事件を解決しましょう」

 ヨイショ! と私はレオの肩をジャンプして、窓からモノトーン館へと侵入。
 そしてすぐに窓の外に顔を出して、レオに向かって親指を立てグッジョブ!
 
「ファイト!」

 レオから応援され、私は心のうちで闘志を燃やします。
 
「……ふぅ」

 ひとり厨房にて膝を曲げて身を潜める。いきなり敵に見つかって騒がれたりして、戦闘になっても厄介ですからね。
 
「ここはスパイ映画のようにいかないと……」

 ゆっくり慎重に歩く私は、周囲を観察。
 やはり厨房の床も壁も天井も、すべて白と黒で統一されている。整然とされたキッチンでは、コトコトと鍋に弱火をかけられ、調理台のうえにはずらりと料理が並んでいます。

「わぁ、美味しそう……」

 今から食堂に持っていくのでしょうか。
 ゆでられた大きなオマール海老、色とりどりのサラダ、ウィンナーの盛り合わせ、それに食欲をそそるいい香りがするフィッシュ&チップスが、私の胃袋を誘惑します。
 
 ぎゅるるる……
 
 ああ、お腹が鳴ってしまう。
 
「クライフのサンドイッチだけじゃあ足りないよね……」

 そう私がつぶやいたとき。
 
 スタスタスタッ……

 厨房に近づいてくる足音が聞こえてきます。
 サッと私は、パントリーの奥に隠れて様子をうかがう。
 厨房にやってきたのは、可愛らしいメイドさんですね。背の低い女性で、テキパキと料理を運んでいく。そして誰かとすれ違ったのでしょう。廊下の方で会話が聞こえてくる。

「プートマン様はまだ食堂に来ないから、それはまだ持ってこないで、温めなおすことになりそう……」

 と言って指示を出されています。おそらくメイド長がいたのでしょう。
 戻ってきたメイドの手には、大皿に盛られたフィッシュ&チップスがあります。
 
 ──プートマンは意外にも庶民的なものを食べますね……。

 今日、初めてあの“バカ貴族”を見ましたが、スリムでなかなかの色男でした。
 しかしその正体は、無惨なサイコパス。
 メイドたちはそのことをわかっているのでしょうか?
 おそらく、わかっているのでしょうね。彼女の濃いメイクを見ればわかります。それは悪くなった顔色を隠すため。給料がいいから働いているのでしょうけど、こんな白と黒の牢獄のようなところで働くなんて、気がふれそう。
 とそのときまたひとり、メイドがやってきます。

 ん? 足音が聞こえなかった……嘘でしょ?

 ジッと目を凝らしてメイドを見つめると、踵を上げて歩いています。
 おや? どこかで見たような美しい紫色の髪、それに雪のような白い肌。ま、まさか、こんなところにいるなんて……。

 ──エバーグリーン!?

 思わず、私は叫ぶところでしたが、なんとか口をつぐみます。
 エバーグリーンは、完璧にメイドの女装をしており、首にはやっぱりプラカードをぶら下げている。しゃべったらイケボですからね。それにしても、相変わらずの美少女っぷりに惚れぼれしてしまう。

「か、かわいい……」

 何なんですかね、彼は?
 私の存在に気づいていないのか、それとも、わざと私を泳がせているのかわかりませんが、ふと、ポケットから小瓶を取り出すと蓋を取り、おもむろに中身の白い粉を料理にふりかけます。

「ふんふん、ふ~ん」

 鼻歌は声を出せるのですね、エバーグリーン。
 キラキラと輝くウィンナーの盛り合わせ、味付けに塩でも足したのでしょうか?
 いや、違いますね。
 あの白い粉は、おそらく例の……。
 ニコニコ笑顔のエバーグリーンは、皿を両手で持ち上げると厨房をあとにします。

「ついていきましょう……」

 そうつぶやく私は、ゆっくりと歩き出し可愛いメイドのあとを追う。
 廊下を歩くと開け放たれた扉があり、おそるおそる私はそのなかをのぞく。
 ここは、食堂ですね。
 何人も座れる長い机が、ドンッと置かれてある。
 椅子はどれも豪華なアンティーク調で、貴族の紋章が光り輝く。
 上座には特に大きな玉座が置いてあります。そこにプートマン伯爵が座るのでしょう。しかし今は、ふたりの男だけが対面で座っており、ガツガツと食事している。スキンヘッドの男とモヒカンの男です。人相は醜悪で、見るからに犯罪者のやからですね。

「うめぇ、うめぇ!」
「女をひとり誘拐しただけで、こんな贅沢できるなんてな! プートマン様は最高だぜー!」

 ガツガツ、もぐもぐ……。

 男たちの胃袋は底なしなのでしょうか。
 秒で料理を食べていく。ラムチョップ、ブリティッシュパイ、スコーン、サラダが次々と消えて、大きなオマール海老もプリプリっと中身を抜かれ、もぬけの殻だけになります。

「うめぇ、うめぇー!」
「おまえ食いすぎー! おい、メイドぉ、もっと料理を持ってこい!」

 モヒカンに言われて、ビクッと背筋を凍らせるメイド。
 一方、メイド長は男たちに、トクトクとお酒をつぎながら言います。

「ウィンナーはいかがですか? こちらの赤ワインに合いますよ」
「おお! 太いのが食いたいぜ!」

 モヒカン男がそう叫ぶと、そのとき。紫髪のメイドがやってきます。
 両手にはウィンナーが盛られた大皿を持っている。それを机においてから、スッとプラカードを掲げるとシニカルに笑う。

『enjoy your meal』“どうぞお召し上がりください”

 すると男たちは、エバーグリーンを見るなり、瞳をハートの形に変えます。あら、完全に心奪われてますね。

「うっひょおぉぉ! かわいいー!」
「わぁぁ、まるでお人形さんじゃあないか……こんな綺麗な女性を見たのは初めてだぜ! 結婚してくれー!」

 ──本当は男なんだけどね……。

 そう私は心のなかでツッコミ。
 一方、エバーグリーンは何も言わず、ただジッと皿に盛られたウィンナーを見つめています。まぁ、しゃべったら男だってバレますからね。
 それでもかまわず、スキンヘッドの男はウィンナーにかぶりつき、もぐもぐと食べ始める。
 白い粉がついてるとも知らずに……。

「話せないのか? ん?」

 モヒカン男に話しかけられるエバーグリーンですが、プラカードを書き直して、また掲げます。

『Please before it gets cold』“冷めないうちにどうぞ”

 ああ、そうだな、と言うモヒカン男は、手づかみでウィンナーを頬張る。
 もぐもぐ、と口のなかで咀嚼し、ごくりと飲み込んだ……その瞬間!

 ガッ!

 衝撃音が響く。
 隣に座るスキンヘッド男が、突然ぶっ倒れ、机に頭をぶつけてうっぷしてます。無様に白目をむき、口からはよだれを垂らしている。ああ、完璧に気絶していますね。
 はい、これこそハーランド族の睡眠薬の効果です。
 恐ろしいほど昏睡させ、このように一瞬で敵を眠りの世界に誘うことができる。
 以前、私もこうやって倒れたのか……そう思うと、なかなかの黒歴史を残してますね。私も、白目をむいていたのかな……やだぁ……。

 !?

 びっくりして目を丸くするモヒカンですが、もう遅い。
 
 ガッ!

 彼も激しく頭を机に打ち突けて倒れます。
 その異様な光景に、メイドたちはおののき、腰を抜かしてわめく。

 きゃぁぁあぁぁ!
 
 一方、フッと鼻で笑うエバーグリーンは、チラッと私が顔を出している扉に向かってプラカードを掲げます。いつの間に書き直したのでしょう。もうすでに新しい英字が書いてある。

『You can come out already』“もう出てきていいぜ”

 わぁぁ! やっぱり彼は私に気づいていた。
 すごい! 本当にすごい! 彼は私を驚かせる天才です!
 興奮する私は、急いで駆け出していく。
 そしてエバーグリーンに飛びついて、ぎゅーと抱きしめる。

「捕まえたっ!」

 わっ! とびっくりする彼は、ゆっくりと私を抱きあげて降ろします。
 あら、意外と腕力がありますね。
 そして、しみじみとプラカードを見つめながら言います。

「師匠からを受け取ったよ」
「あ……気に入ってくれた? 私からのメッセージ」
「うん、ぼくたちは友達、ああ、思えば初めてぼくは友達ができたよ……」
「うふふ、あなたは黒幕だものね、友達いなさそう」
「うるさいなぁマイラ……あはは」

 ニコッと笑うエバーグリーン。
 一方でメイドたちは、大きく目を開いて彼を見つめ、きゃあきゃあ騒いでいます。

「エヴァの声、カッコイイ!」
「まるで男みたい……どうして?」

 エヴァ、だと彼はここでも名乗っていたのでしょう。
 それにしても、なぜ彼がモノトーン館にいるのか? 
 殺し屋たちを眠らせた理由は?
 私は、大きく息を吸ってから質問します。

「なぜここにいるの?」

 天を仰ぐエバーグリーンは、ゆったりと口を開きます。

「プートマン伯爵は、メイドを募集していたのさ。綺麗で、料理が上手くて、そのうえ口が堅いメイドをね」
「……で、あなたの目的は?」
「決まっているじゃあないか。世直しだよ。この国に蔓延はびこる悪の権化を焼き尽くすのさ! ヴガッティ城のときのように……」
「じゃあ、リリーが誘拐されたことも知っているのね?」
「もちろん! だからマイラ、今回は黒幕のぼくがいることをわかった上で、探偵をするってことでいいかな?」
「……は?」
「君が必要なんだ!」

 そう言ってウィンクするエバーグリーン。
 か、かわいい!
 ああん、でもどうせなら……。

「うーん、そのセリフを言うなら……男もののスーツを着て言ってほしかったなぁ……」
「……え?」
「髪をオールバックにして言ってほしかったなぁぁ!」
「そ、そうなの?」
「はい。エバーグリーンはかっこいいんだから、ちゃんと男らしくしてください!」
「で、でも、侵入するには女装してメイドにならないと……」
「それなら今回の事件が解決したらスーツに着替えて来てよ……あ、そうだポールにつくってもらえばいい!」
「わ、わかった。じゃあ協力してくれるね?」
「……」

 やだ、なんだか顔が熱い。こんなところレオには見せられないな……。
 なんとも言えない変な感情があふれる私は、とりあえず、

「はい……」

 と言ってうなずきます。
 そして彼は、人差し指を私の頭に、ツンッとあててから語り始める。

「マイラのことだ。もうモノトーン館の設計図は頭に入っているね?」
「ええ、入ってますよ」
「じゃあ、マイラはプートマン伯爵の書斎にある金庫から鍵をゲットしてくれ」
「鍵って牢屋の?」
「そうだ。幽閉されているお姉さんたちを助けてほしい」
「わかった。で、あなたはどうするの?」
「ぼくは拷問部屋を見てくる。プートマンは何やらお楽しみちゅうらしいから……」
「何それ?」
「とても話せないことだよ」
「ねぇ、それってリリーが大変な目にあってない?」
「うーん、なんとも言えないが……ポールくんには秘密にしておこう。知らないほうが幸せなこともある」
「ぐっ……プートマン、ほんっと許せない!」

 ガン! と私は壁を蹴って粉砕。

「ひっ……」

 と、一方で泣き出すメイドたち。
 エバーグリーンは、彼女たちに向かって言います。

「君たちはここから逃げて遠くに行くんだ、いいね? ここは今から戦場になるから」

 うんうん、と首を縦に振るメイドたちは、顔を赤くしてさっさと逃げていく。
 かっこいい声を放つ美少女に、惚れましたね。
 そしてエバーグリーンは、私に向かって声を高くして言います。

「さあ、令嬢探偵よ! 思う存分にモノトーン館の謎を解いてくれ!」
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