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番外編 モノトーン館の幽閉
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しおりを挟む「レオ、とにかく脱出しましょう!」
「そうだな、マイラ」
壁を破って廊下に出た私とレオ。
近くの突き当たりは、騎士の甲冑が飾られてあって行き止まり。
反対を向くと長い廊下が伸びており、床と天井は白色、壁は黒色といったモノトーンの世界を、ポワッと浮かぶような銀色の燭台が明るく照らしています。
ん? 殺し屋の放つ銃弾の音が鳴り止んでいる。
よって、いまやつは私たちを始末するため下に降りているでしょう。
うーん、リリーを助けたいですが、ここはいったん引いて仕切り直しです!
!?
あぁぁあぁぁ……
さっきからずっと、廊下の奥のほうから女性のあえぎみたいな声が響いていますが、いったい何があるのでしょうか?
おそるおそる私たちは、その声がするほうに走り出します。
そして、その声の正体を目の前にして、私とレオの足は止まってしまう。
「マイラさん、これは!?」
「ひとり、ふたり、さんにん……どうやらプートマン伯爵はリリー以外の女性も誘拐していたようですね」
「あ、悪魔だ……」
牢屋に入れられた若い女性たち。
ガチャガチャと鉄格子を握ったり、私たちに触れようと手を伸ばす。
「あぁぁあぁぁっ! プートマン様っ!」
「やっときてくれた! プートマン様ぁぁ!」
「あれが欲しい! あれがないと生きていけないィィ!」
プートマン様ぁぁ! プートマン様ぁぁ! プートマン様ぁぁ!
そう叫ぶ彼女たちは、だらだらとよだれを垂らし、血走る目からは大量の涙を流しています。
おや? しかし私は違和感を覚え、彼女たちの衛生状態を観察。
シワのない清潔な服装。髪や肌は艶があり、まめに入浴しているよう。牢屋のなかにはベッド、トイレ、化粧をする鏡つきのドレッサーまであります。まるでホテルみたい。監禁されているのに、綺麗すぎるくらい衛生管理が整っているのは、なぜ?
一方レオは、このように堕ちた人間を初めて見るのでしょう。うろたえながらも、彼女たちに反論します。
「俺はプートマンじゃない!」
私は、震えるレオの肩に触れ、たんたんと説明する。
「レオ、彼女たちはレオをプートマンだという幻覚を見ています。禁断症状のせいで……」
「禁断症状?」
「ずっと薬を飲んでいて、ある日突然その薬がなくなると、薬が欲しくて欲しくて我慢できない身体になるのです。その薬が快楽物質であればあるほど……」
「じゃあ、彼女たちはプートマンに……」
「ええ、どうやらモノトーン館は、アヘン窟のようですね」
「ちっ! リリーをはやく助けないとっ!」
くそっ! と拳をつくって壁を殴るレオ。
「……レオ、落ち着いて」
「でもマイラ!」
「敵は武装しています」
「じゃあどうしたら?」
「モノトーン館の謎を解きましょう!」
「謎?」
「ええ、どこの部屋にリリーがいるのか? たどり着くにはどうしたらいいのか? その謎を解きます!」
「じゃあ、モノトーン館の設計図が必要だな」
はい、と答える私は、前に進み始めます。
鉄格子の間から手を伸ばす女性たちは、私のことを見てニヤリと笑う。
牢屋は大きな南京錠がかけられてあり、彼女たちを助けるには鍵が必要。
「助けてあげるからね!」
あぁぁっ!
女性たちは、嬉しそうに叫ぶ。私の言葉が、なんとなくわかるのでしょう。
一方レオは、心配そうな顔を浮かべています。
「でもマイラ。どうやって設計図を探す? ヴガッティ城のときみたいに絵画など建築家が残したものがあればいいが……」
「それなら大丈夫だと思います。私にまかせて」
「本当に頼もしいな」
うふふ、と笑い返す私は、先を急ぎます。
やがて扉に差しかかり、ドアノブを見ると内鍵がされてある。
ガチャ、私とレオは扉を開けます。外の世界は、銃撃戦があったことなど嘘みたいに静か。それもそうですね。ここは貴族が住んでいるセレブ街なのですから。
「ふぅ、なんとか脱出できたね、マイラ」
「はい。それにしても……モノトーン館は高い植栽に囲まれていますね。これなら近所の人に見らないで、女性たちを監禁できる」
「だな、まるで刑務所みたいだ。いったいどんな建築家がつくったんだろ?」
「そこでレオ、探し物があります」
「なんだい?」
定礎です、と答える私は、建物の基礎部分を見てまわります。
不思議そうな顔をしてついてくるレオ。
「マイラ、定礎ってなに?」
「建築の始まりは土台となる石を置くのですが、その作業を定礎といいます。まぁ、私が欲しいものは定礎箱ですけどね……」
「箱?」
「ええ、開ければわかります」
微笑を浮かべる私は、下を向いて歩く。目指すは東南。この建物は立派ですから、おそらく定礎箱があるはず……。
「あった!」
「これが定礎? 石板だね日付が掘られてある……『1890年』か、今から六十年前だな……あ、建築家はもう死んでるかも」
「……」
えいっ! と私は定礎を蹴って粉砕。
するとレオは、目を開いてびっくり!
「ちょっ、マイラ! 何やってるんだ?」
「何って壊しているのです。見ればわかるでしょう。えいっ!」
「壊していいのか?」
「ええ、本来なら定礎箱を開けるときは、その建物を解体するとき。よってハンマーが必要なのですが、今は私の蹴りでなんとかします。うりゃっ!」
「す、すげぇ……俺の蹴りよりも破壊力ありそう……」
「オラオラオラ! ふぅ、やっと出てきましたね」
「ほ、本当だ……なかに箱がある」
「私も現物を見るのは初めてです。おお、銅で造られた箱ですね。腐食に耐えるために……」
「開けてもいい?」
どうぞ、と私が言うと、レオは銅の箱を取り出すと、ゆっくりと蓋を開けます。
なかには、書類や硬貨、新聞が入っていますね。当時の時系列がわかるようにでしょう。おもむろに私は、書類に手を伸ばします。
「どれどれ……あ、よかった! これが設計図ですね」
「おお! じゃあ建築家を探す手間が省けた」
「はい……」
「よし、すぐにリリーを助けよう!」
そう言って走り出すレオ。
しかし私は彼の腕を、グイッと引いて止めます。
「わっ!」
「待ってレオ! 足音が近づいてくる……」
「え?」
ザッザッ! と建物の角から曲がってきたのは、黒い眼鏡をかけた男。おそらく彼が私たちを襲った殺し屋でしょう。
「こんなとこにいたのか、動くなよ」
そう脅迫すると、持っている拳銃を向けてきます。
「おまえら壁に手をつけろ、妙なマネをしたら撃ち殺すからな……」
「ぐっ……」
顔を青くして手をあげるレオ。
しかし私は、何も動かないで、ただじっと殺し屋をにらみます。
「お嬢ちゃん、はやくしろ。撃たれたいのか? 綺麗な身体に弾痕がつくぜ」
「ブラフですね。あなたは撃てない……」
「あ?」
「ここは閑静なセレブ街。こんなところで発砲したら近隣の家から通報されますから」
「……テメェ」
「それと、その黒い眼鏡は暗視スコープですね?」
ふははは、と笑う殺し屋は、クイッと指先で眼鏡をあげてみせる。
「おまえはいったい何者だ?」
「私立探偵のマイラです。で、あなたの名前は?」
「ふははは! おれの名前はナイトアイ。闇夜での暗殺が得意な……」
ブヘッ!
突然、レオに殴られたナイトアイはふっ飛んで壁に激突。相当なダメージを食らったのでしょう。そのまま気絶していますね。
「レオ!」
「……ふぅ、さすがマイラだ。よく撃てないと推理できたな」
「殺し屋は金で雇われたプロ。昼間から拳銃を撃って目立つようなヘマはしません」
「また助けられた……ありがとう。どうも拳銃を前にすると身体がかたくなってしまう……」
「それってケビンのときのトラウマ?」
「ああ、またマイラが撃たれたらと思うと、怖くて……」
ご心配なく、と言った私は、ワンピースの胸元を開けて見せます。
自慢ではないですが、私の胸の谷間には、きらりと光るネックレスが装備されている。
「ほら、女神の首飾り、まだしてますよ」
「それ壊れてたはずじゃ……修理したのか!?」
「ええ、マキシマスが作り直してくれました」
「き、綺麗だ……」
目を輝かせるレオ。
ううふ、と笑う私は、おもむろに倒れているナイトアイから、スッと拳銃を奪うと青い空に向けて引き金をひきます。
パン、パン、パン、パン!
乾いた銃声が、セレブ街に響きます。
びっくりしたレオは、両手を広げて私に質問。
「な、何やってるのマイラ!?」
「何って、銃をぶっぱなしただけですが?」
「そんなことしたら通報され……あ、わざと?」
「ええ、警察を呼びましょう。これは誘拐事件です。プートマン伯爵はとても立派な犯罪者なので、ちゃんと罰を下してあげないといけません」
「ば、罰?」
「うふふ、もっとも警察がくる前に罰は下ると思いますが、監禁されているお姉さんたちを保護してあげなきゃいけませんからね」
ニヤッと笑う私は、拳銃を投げ捨てて言います。
「とは言え、これで足の遅い警察官がくることでしょう」
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