私が愛しているのは、誰でしょう？

番外編 モノトーン館の幽閉

エピローグ

「あれから一週間か……」

　ここはロンデン市街のとあるカフェテリア。
　新聞に目を落としていたぼくは、紅茶を一口だけ飲んで、テーブルの上におく。

「崩壊したモノトーン館から、プートマン伯爵の遺体が見つかった、か……」

　ふぅ、これでまたひとつ悪の権化を燃やすことができた。
　今回の事件『モノトーン館の幽閉』は、ぼくだけでも完全犯罪できたが、リリーが誘拐されるというトラブルが発生し、探偵マイラの力を借りることになったわけだが……。

「変な約束をしてしまったな」

　ぼくは椅子から立ち上がると、会計をするためレジに向かう。
　と、そのときカフェを嗜む淑女たちから、熱い視線を感じる。　

「きゃぁぁ！」
「あの人を見て……めっちゃカッコイイから」
「ああん、紫髪のオールバックなんておしゃれすぎるっ！」

　またか。
　ぼくのことを見た若い娘さんたちが、頬をバラ色に染めて発狂している。
　髪を下げていると女と間違われる。だからこのようにカッコつけているが、何気なく歩いているだけで女性たちを虜にしてしまうな。うーん、男装するのも楽じゃない。
　ここは、ウィンクしておこう。

「きゃぁぁあぁぁ！」
　
　会計を済ませ、街を歩く。
　深く息を吸えば、清々しい夏の風の匂いを感じる。晴れ渡る青空、降り注ぐ木漏れ日、今日は天気がいいから絶好の買い物日和だ。そう、向かう先は……あった。

「ここがポールとハリーの店だな」

　店に入った瞬間、懐かしい元気な声が響いた。

「ウェルカム！」

　リリーが、満面の笑みでぼくをお出迎えしてくれる。
　ポールとハリーの姿は見られない。彼女だけで接客しているらしい。
　思えば、メイド服を着ていないぼくとリリーが話すのはこれが初めてだな。ちょっと緊張する。声でバレなきゃいいが……ああ、なぜぼくはヴガッティ城から去るときに、リリーに『グッバイ』としゃべってしまったのか、少しだけ後悔している。もしかたらぼくは、ふつうにリリーと話をしたかったのかもしれない。友達として……。

「あの、スーツを買いたいんですけど……」

　ぼくがそう言うと、リリーはニコッと笑う。

「どんなスーツですか？　ビジネス用？　それともフォーマル？　パーティかしら？」
「そうだな……ビジネスかな」

　迷ったふりをして、リリーの様子をうかがう。

「このスーツはいかがでしょう。新作ですよ」
「……いいね」

　よかった。まったく気づいていない。
　ぼくがエヴァだってことに、ぜんぜん疑問をもっていないようだ。
　リリーとの会話は弾んでいく。

「絶対にお客さんに似合いますよ～試着してみます？」
「あ、でもオーダメードも頼めるんだよね。ほら、ぼくはこのように背が低いから……」
「うーん、そうですね……ちょっとチビかもしれませんね」
「あ、ひどい……」
「すいません、お客さんの声を聞いていると、どこか懐かしいような気がして……つい友達みたいに話してしまって……ごめんなさい」

　いや、いいんだ、と答えたぼくは、一歩だけ後に下がった。
　危ない！　うすうす気づいているかも！？
　てへっと小さく舌を出すリリー。やっちゃった、という感じで語り始める。

「わたし、つい先日も変な夢を見たばかりで……」
「それはどんな夢なのですか？」
「誘拐されちゃうんです」
「え？」
「でも、友達が助けてくたんですよ！」
「友達？」
「うん、メイド服を着た不思議な友達……」
「へ～そうなんだ～」

　夢だと思っているのか、リリー！？
　おそらくマイラが知恵を働かせたのだろう。たしかにモノトーン館で起きたことは残酷だし、秘密にしておいたほうが良さそうだ。

「悪い夢だね……」

　とつぶやきながらぼくは、ふと、何気なく壁にかかっているものを見て、どきりと心臓が飛び跳ねた。
　それは、ぼくがいつも愛用していたプラカードだった。
　モノトーン館を崩壊させるまえ、マイラたちを安心させるため、拷問椅子の下に見えるように隠しておいたものだったが……。
　あはは、マイラのやつ、持ち去っていたのか。
　何か書いてある……。

「あ、それいいですよね！　友人から飾ってくれと頼まれたものです。でも、誰に向けてのメッセージでしょうか……」

　不思議そうに首をかたむけるリリー。
　ぼくは、プラカードを見つめながら、言葉にして読んだ。

『Come see me in a suit』

“スーツを着て、私に会いに来て”