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先に救われたのは私
しおりを挟む人が雑多に行き交う交通道路。大きな建物やビルが摩天楼のように立ち並ぶ、人工物の密林。
俺は電車を使って、栄えた都心部の方まで来ていた。
今日の俺の目的はショッピングだ。いつも買い物などは近くのスーパーか通販で済ましてしまう俺だが、今日の目的の品は実物を見て購入を検討したかった。
駅前に現地集合で安瀬と待ち合わせしている。猫屋と西代も来たそうにしていたが、バイトの休みが取れなったらしい。
集合時間は12時ピッタリ。だが、俺は酒をスキットルに詰めていたら電車に乗り遅れて、15分ほど遅刻していた。
スキットルとは度数の高い蒸留酒を入れる携帯用水筒。ウイスキーボトルとも呼ばれ、よく西部劇に出てくる。バイト代が入ったので、前から欲しがっていた猫屋と一緒に購入した。俺の方には太陽の刻印、猫屋には月の刻印がされたものだ。
ペアルックの様で少し恥ずかしい……
俺は首を左右に振って安瀬を探す。たしか、腰かけが設置してある大きな景観木で待っていると連絡が入っていた。遅れているので急いで合流しなければ。
安瀬の姿は簡単に見つかった。
だが、彼女の隣には見知らぬ男。そいつが彼女に執拗に話しかけていた。
ナンパだ。
凄い、初めて見た。どうやら彼らは絶滅していなかったようだ。最近はナンパ系YouTuberというのがいるらしいが、もしかしてそれの類か……?
安瀬はスマホを弄りながら、男をガン無視している。男はその態度にめげずに、ずっと笑いながら話しかけているようだ。凄い執念だ、少しでも反応してくれれば楽しませる自信があるのだろうか。話術のプロ気取りだな。
(って、冷静に観察している場合じゃないな……)
安瀬がナンパに付きまとわれているのは俺が時間に遅れたせいだ。
俺はスキットルを取り出して中身を煽る。入っているのは度数40%のテキーラ。
ストレートは少しきついが、飲めば元気と勇気が体の奥からあふれ出してくる……!
酒を入れた俺は無敵だ。
「おーーい! 遅れて悪い!!」
ドンッ! と俺はナンパ男を跳ね飛ばして、安瀬の元に近寄る。
勢いよく男は地面に倒れ込んだ。もちろん、わざとだ。
「………………遅かったな」
安瀬は不機嫌そうに俺を睨め付ける。どうやらナンパ男が相当に癪にさわっていたようだ。明るくて気立てのいい彼女が、こういった顔をすると迫力があって怖い。
「いや、本当に悪い。酒を用意してたら遅れた」
俺は包み隠さずに遅刻の理由を打ち明ける。酒飲みモンスターズ以外に使えばドン引きされる理由だろう。
「中身はなんじゃ?」
「テキーラのサウザ ブルー」
サウザ ブルー。フレッシュでシトラスの香りが漂う、シルバーテキーラらしい味がする酒だ。俺にしては珍しく甘くない。爽快感を感じさせる一品。
「ふん、上等な品ではないな」
「あぁ、でもお前好みかと思ってな」
機嫌取りの言葉ではない。本心だ。
「……今はそれで手打ちとしようかの」
俺の一言で安瀬は少し機嫌を直してくれたようだ。
スキットルを手渡すと、クイッと可愛らしく中身を煽る。強い酒だが彼女なら平気だろう。プハッと飲み口を離して、今度は懐から煙草を取り出して咥えた。
俺は素早くライターを取り出して、その煙草に火をつける。携帯灰皿は持っている。あとは煙を他の人が吸わない様に、俺が体を使って盾になろう。
「ふぅー……」
目を細めて、煙を噴き出す彼女。ナンパを受けるだけあって、その姿はどこか妖艶で官能的。元気のよい安瀬が気だるげに煙草を吸うのは新鮮で、なんとも絵になる。
「……まぁ、普及点じゃな!」
そして、花咲くようにニッコリと笑う彼女。
「まったく、次は気を付けるでありんすよ……?」
「ハハハ、ありがたや、ありがたや」
どうやら接待のかいあって、許してくれたらしい。
ナンパ男はいつの間にかいなくなっていた。まぁ、会ってすぐに酒と煙草をやり始めたら怖くて逃げだすか。
「じゃあ、行くか。……とりあえず飯か?」
「近くに煙草の吸えるラーメン屋があるでござる。そこでよかろう」
「いいチョイスだ」
俺たち2人は町中に向かって歩き出した。
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文化祭で30万もの臨時収入を手に入れた俺達。その使い道については入念に話し合いが行われた。酒や煙草といった嗜好品に全てを費やすのも悪くないのだが、それでは今一面白みには欠ける。
そこで唐突に安瀬がキャンプに行こうと言い出した。
某アニメに触発され爆発的に人気の出た、大人の趣味。確かに、外で焚火を囲みながら飲む酒と煙草は格別なものになるだろう。直火で作る味の濃いおつまみも美味しそうだ。移動手段として車もあるのでテントや寝袋の持ち運びも困らない。
冬休みに行けば平日に遊びに行けるので、キャンプ地も混みあわないだろう。
安瀬の提案は天啓と思われ、すぐさま可決された。そして、早速キャンプ計画を練り準備を始めた。俺達はキャンプギアを目的に都会に足を運んだというわけだ。
そして今、大型ショッピング施設の一角にあるキャンプ専門店に到着した。
「「おーーーーー!!」」
俺たちはキャンプギアのラインナップに度肝を抜かれていた。
店内展示の馬鹿デカいテント、多種多様な寝袋に渋い焚火台。薪ストーブやテントサウナなどのもはや家具と言っても過言ではない品々。好きな人が見ればここはまるで遊園地だろう。
「結構いろんなものがありんすな!」
「そうだな!」
俺たちのテンションも大きな店内展示を見て盛り上がっていた。
本来、貧乏学生である俺達にはそのような高級品は縁遠い物であろう。だが今の俺達は大金持ちだ。何でも揃えられる自信があった。セレブキャンパーの仲間入りだって夢じゃない。
「安瀬、俺キャンプでサウナやってみたい……!」
「いいであるな!! 出た後のビールが美味そうじゃ!」
興奮した面持ちで商品を見ようと近づく俺と安瀬。
「「う゛っ……!」」
だが、値札を確認した瞬間二人の息は止まる。
「8万円……」
「こ、こっちのは15万するでやんす……」
衝撃の価格設定。15万と言えば軍資金の半分だ。
人数分の就寝器具やテントを買わなければいけないのだ。とても払える値段ではない。
「お、おそるべし、キャンプギア……!」
「独身貴族の趣味になる理由がわかるぜ。家庭持ちにはきつい値段だ……」
俺たちの想像よりもキャンプギアというものは高いようだ。性能やディテールになど拘っていてはいくらお金が合っても足りないだろう。
「ま、まぁ今日は猫屋たちもいないし、下見程度じゃな……」
「あぁ……買っても常識的な値段の物にしとこう」
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キャンプギアの下見は特に語ることもなく終わった。俺がサバイバルナイフコーナーを見て中二病が疼いたくらいだ。
俺たちはせっかく都会の方まで来たのだから、服でも見に行こうとショッピング施設の階層まで向かった。その途中、俺が便意を催しトイレに行って出てきた時だ。
また、安瀬がナンパされていた。
この短時間でよくもまぁ男を寄せ付けられるなと正直感心する。傾国の美女かよ。
しかし、さっきとは状況が異なり今度は安瀬と男が口論になっている。先ほどあれほどのスルースキルを見せた安瀬が、ナンパ男と口を利くとは。よっぽどしつこかったのだろうか?
俺は再び酒を飲んで、ナンパ男に向かって言った。
酒を飲めば俺は無敵だ。魔法の言葉を胸にいざ鬼退治に出陣。
「おい、あんた」
「ん……?」
男がビックリしたようにこちらを振り向く。中々体格の良い奴だった。身長は180cmはあって肩幅も広い。だが硬派な漢という感じではない。顎髭なんかを伸ばしていて如何にもなナンパ師だ。
「そいつ俺の連れなんだ、他の女を当たってくれ」
「……、…………あぁん?」
そう言うと、髭男は顔を歪めてこちらを威嚇してきた。
何というか危険な雰囲気を感じる。危ない奴かもしれない。
「ちょ、! じんな─────」
「おい! てめえ、喧嘩売ってんのかぁ!? 俺が誰に声かけようが、俺の勝手だろうが!」
「んだと……?」
髭男の自分勝手な言葉に腹が立つ。
こっちは友人と仲良く遊びに来ているんだ。そこに間に入ってきて邪魔する権利は目の前の男にはないはずだ。
「彼女は俺と遊んでる。もう一度言うが、他の女をあたってくれ」
言外に安瀬は俺の恋人だとにじませる。もちろんデタラメだ。
これであきらめてくれればいいのだが。
「ほぉ……マジで喧嘩売ってんだな」
諦めるどころか、逆に圧力を強めてきた。
どう解釈すれば、さっきの言葉が喧嘩を吹っ掛けているように聞こえるのだろう?
「いいか、俺は柔道3段の黒帯だ。死にたくなかったら女置いて消えな……」
武力を背景にした遠回しな恐喝とは、コイツ本当に危ない奴かもしれない。
まさか現代日本にこんな漫画の中でしか見ないような蛮族が存在していたとは。
「……うるせぇ。やるなら場所変えようぜ」
虚勢を張ってなるべく強く威嚇する。そして、安瀬にだけ見えるように上手く体で隠しながら"逃げろ"とジェスチャーを送る。
彼女を巻き込む訳にはいかない。
相手の言葉に威勢よく乗ってしまったが、俺は人生で喧嘩などほぼした事がない。武道経験はもちろん皆無だ。恐怖を酔いで誤魔化して何とか話しているだけ。多分、酔ってなかったら足が震えてると思う。
というかマジで喧嘩になったら、最悪死ぬよな……どうしよ。
「おめぇ……おもしろ─────」
「───何も面白くないわ、この戯けッ!!」
安瀬が怒号とともに、髭男を後頭部からぶん殴る。
バゴンっ! と凄まじい音がして男は倒れ込んだ。
体格のいい男よりも、後頭部への打撃を躊躇なく振りぬく彼女の方が俺は怖くなった。
「この、おたんこなすのっ! 脳たりんのっ! スカタンめがっ!」
「ちょ、ごめ、やめ……!?」
そして、そのまま倒れた髭男の股間を何度も踏みつけだした。
うん、同じ男としてソコはやめてあげて欲しいのだが。
髭男は謝罪の言葉を発し、完全に戦意は喪失したように見える。
「あ、安瀬、そろそろ止めた方が……」
「ふぅーー……! ふぅーー……!!」
俺は鬼神と化した安瀬を止めようとした。本当に潰れたらコチラがどう考えても過剰防衛で捕まってしまう。
「このクソ兄貴めっ! 調子こいて保護者面してるんじゃないでござる!!」
「ゴホッゴホッ……! いや、うん、普通に反省した……」
は? 兄貴……?
安瀬の執拗な攻撃が止み、兄貴と呼ばれた男はゆっくり立ち上がった。
「イタタタ……、どうも、桜の兄の安瀬 陽光です」
「えっと、ご丁寧にどうも、あ、…………桜さんの友達の陣内梅治です」
先ほどの喧嘩腰とは打って変わって紳士的な自己紹介。
全く自体が飲み込めない。
とりあえず相互理解の為、俺は先に自分の事情を話すことにした。
「えっと……その……俺は朝、彼女がナンパされてたんで、またその類の奴に絡まれているのかと」
「はい、そうだと思いました。私は兄として妹が悪い男に捕まってないか心配してまして……先ほどの様な態度をとってしまいました。誠に申し訳ございません」
陽光さんとやらは、その大きな体を90度折り曲げて頭を下げてきた。
さっきとは印象が真反対でとても腰が低く、大人としての礼儀作法がしっかりしているように感じられる。
「はぁ……親切心では済まされんぞ」
「ご、ごめん。……でもまぁ定番だろ? ちょっと1回やってみたくて」
(……そういう所は血の繋がりを感じるな)
俺が血の濃さを感じてると、陽光さんが何か文句を付けたそうに口を開いた。
「そもそも、桜。お前が昼から酒臭いのが問題だろう? 連れの男にでも染められたのかと……」
あぁ、それでトイレ前なんかで口論してたのか。
偶然会った妹が昼から酒臭かったら、兄としては多少心配になるな。
「さ、酒臭くなどないである!! ……それに、安心しろ愚兄。そこの陣内も飲んでおる」
「……え?」
「あ、すいません。酔ってます……というか酒を用意したのも俺です」
何とも、微妙な間が空間を支配する。
俺は居た堪れなくなり、陽光さんからスっと視線を外す。
え、もしかして俺って常識ないダメ男?
「ま、まぁさっきの態度見ても悪い方ではないようで……すよね?」
さっきの態度とは、安瀬を逃がすために陽光さんに立ち向かったことだろうか。
ギリギリであの行動の方が評価されたようだ。
「というか、桜さんの出身は広島ですよね? なぜお兄さんが埼玉に?」
俺は気持ち悪い口調で疑問を口にした。
安瀬の事を桜さんなどと呼ぶと鳥肌が立ちそうだ。
「あぁ、実は私はこの近くで働いてまして」
「我の様な可憐な娘が県外の大学に行くには、親族が近くおらんと親が心配するであろう」
あぁなるほど、色々と得心がいった。安瀬が居るから陽光さんが埼玉にいるのではない。陽光さんがいたから、安瀬が埼玉の大学に来れたのか。
俺がようやく全て事態が飲み込めたのを見て、安瀬がため息をつく。
「はぁ、なんか疲れたぜよ。我も厠に行ってくるでありんす」
「あ、うん。待ってるわ」
「私も待って───」
「兄貴は帰れ! お節介で邪魔じゃ……!!」
兄に厳しい言葉を投げつけて、安瀬はトイレに向かった。
「な、仲いいんですね?」
「私にはずっと反抗期みたいなんですよ、昔から」
安瀬は意外と兄離れができていないっと。俺は心のメモ帳に安瀬の弱みを一つ刻み込んだ。面白そうなので後で安瀬に昔話とか聞いてみよう。
安瀬が居なくなると、陽光さんは改めて深く頭を下げてきた。
「先ほどは本当に申し訳ございませんでした。あの子はあの容姿故に変なのに絡まれやすくて。今回は本当に悪い虫がついたかもと試させてもらいました」
「え、あぁ、なるほど」
確かに、安瀬は見た目だけは美人だ。ナンパとか良くされるのだろう。それを武道の有段者である兄貴が追っ払っていた。そんな生い立ちが垣間見える。
安瀬の軽薄な男を完全に無視するスキルもそこからか。
「しかし、久しぶりに見たら桜の雰囲気が随分と変わっていたので驚きました」
「そうなんですか?」
安瀬は入学当初こそ大人しかったが、俺達と打ち解けてからはずっとあの調子だ。変な口調と気狂いな行動。ウチの大問題児だ。
「少なくとも、昼間に酒を飲んで外をウロウロする子ではなかったですね」
「な、なんかすいません」
俺のせいではないのだが、何故か謝ってしまった。
本当に俺のせいではない。俺達4人の酒好きは生まれた時にDNAに刻みこまれている。
「それに……大学に入る前はもっと塞ぎ込んでいましたから。けど、今は昔みたいに明るくなってよく笑っているようなので、兄としては嬉しいかぎりですよ」
陽光さんは自分の事のように、うれしそうに微笑んでいた。
「………………」
俺は何も言わなかった。俺が知っているのは明るくて面白い安瀬だけだ。
入学前の事は気にしない。今のは忘れよう。
俺はスキットルを取り出し、忘却の為に酒を飲む。
それを見て、陽光さんはさらに口を開いた。
「……もしかして、陣内さんは知っているのではないですか? 桜の───」
「陽光さん」
俺は彼の言葉を遮った。
「あいつは友達想いで面白いヤツですよね。いつも一緒に遊んでて楽しいです」
「…………」
俺はありきたりな誉め言葉で会話をぶった切った。
その話は部外者の俺がするべきではないと思ったからだ。
確かに俺はそれを知っている。しかし、自尊心が高い彼女は自分のいない場でその話されるのを嫌がるだろう。
俺はいつもはふざけているが、本当は気高い安瀬の事を尊重したかった。
「…………そうか、君が」
「……?」
陽光さんはよく分からない事言った。
俺が何だというのだろうか。
「いや……うん、桜にも言われたし私はそろそろ帰るよ」
「え、あぁ、そうですか」
まぁ正直少し気まずいので助かる。間違いなくいい人ではあるのだろうが、異性の友達の兄とどう話していいか分からなかった。
「じゃ、陣内君。桜をよろしく頼むよ。あとお酒はほどほどにね」
「え、ハハハ、はい」
陽光さんは俺にしっかり釘を刺して去っていった。
どうやら、お兄さんは妹と違って大酒飲みではないらしい。
たぶん、俺らの一ヵ月の酒の消費量知ったら卒倒するんだろうなぁ。軽く100Lは越えてると思う。
「待たせたの」
陽光さんとは入れ替わるタイミングで安瀬が戻ってきた。
「……兄貴はもう帰ったのかえ? 絶対にまだいると思ってたでありんす」
キョロキョロとお兄さんを探す彼女。
迷子になった子クマが母クマを探しているように見える。少し寂しそうだ。
「安瀬って意外とお兄ちゃん子だったんだな」
「は、はぁ!? 陣内、何を勘違いしておるんじゃ!!」
「ハハハ、そうやって必死に否定するのが証拠だろう」
俺は安瀬を思いっきり揶揄ってやった。
その後はプリプリと怒る安瀬をさらに馬鹿にしつつ、買い物を楽しんだ。
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そして、その夜。俺達は終電ギリギリまで酒を飲んでいた。
別にいつもの事だ。ただ都会は人が多いからか、いい酒も多いのだろう。
適当に入った居酒屋は思ったよりも当たりが多く、俺たちは上機嫌だった。
へべれけで気分のいい帰り道。
「はっはっは! あの時は、陣内の事を本当に馬鹿でどうしようもないアル中だと思ったでありんす!!」
大声でバカみたいな話をしながら、我が物顔で歩道を歩く。
酔っ払いの歩き方だ。
「消毒液を飲みだそうとして、全員で慌てて止めたのでござるよな!!」
「あ、あれは大昔の事だろうが! アルコールなら何でも分解できる自信があったんだよ!!」
安瀬が昔の事を引き合いに出して大声で笑ってきた。
前期の中間テストの時の話だ。
勉強の為に断酒してたら、大学内の除菌用消毒液を見て『あれってアルコールだよな、飲めるのでは?』と思ったのだ。それを見て女子3人はドン引きしてたが。
「ふふふ、戦後闇市のバクダンでも少しは飲めるように処理しておったというのに」
「……なんだそれ? というかお前のその意味わからん知識はどこからくるんだ」
「歴史の勉強は苦手かのぅ? まぁ、そもそも馬鹿は勉強が苦手でござるか!」
カッカッカと人を喰ったように笑う彼女。
何がそんなに楽しいのやら。
「っけ、まぁあの時は工業用アルコールの危険度を知らなかったからな。失明は怖すぎる」
「まぁ、危なかったでありんすな。止めた我らに感謝するで候」
「へいへい」
ぶっきらぼうに返事を返す。その話は本当に恥ずかしいので勘弁してほしい。
その時、どこからか強い風が吹いた。おそらくビル風というやつだ。この時期に吹いてくる風はとても冷たい。酔った俺には心地よいが、安瀬にはどうだろう。女性は体を冷やすべきではないと聞く。
少し歩幅をずらして、風を遮るように歩く。
「…………………………」
安瀬が何故か急に黙った。
さりげなく行ったはずだが、気づかれただろうか。
そうなら凄い恥ずかしいのだが。
「なぁ、陣内。危ない……で思い出したのじゃが」
「え、なんだ?」
安瀬が声のトーンを少し落とす。
「何で兄貴に絡まれた時、我だけに逃げろとジェスチャーを……? 一緒に逃げればよいとは考えなかったでありんすか?」
「え、あぁ……」
予想していなかった質問に思わず返事に困ってしまう。
あの時は……
「あの時は、お前が逃げてくれれば、俺も走って逃げれるからそうしただけだ」
俺は淀むことなく、言ってのける。
だが、安瀬は急に俺の前で立ち止まって、真剣な眼差しでコチラを見てきた。
「……本当か?」
その目を見るに、俺の先ほどの答えでは納得していないようだった。
「なんだよ。それ以外に何がある?」
「文化祭の事を気にしておるのではないか……?」
彼女は相変わらず鋭い。確かに、あの事件で俺は彼女らに大きな借りができた。
その借りを返す為に俺が体を張ってでも彼女を助けようとした、と安瀬は思っているのだろう。
「バーカ、考えすぎだ。阿保め」
「………………」
俺は嘘をついた。
あの事件以来、3人は俺の中で 掛け替えのない親友になった。
多分こいつ等に危険が行くのなら、俺は特に考えもなく火の粉払う盾になるだろう。
別にそんな高潔な話ではない。ただ、恩は返すべき。そういう事だ。
「そうか、まぁそう言うのであればこれ以上聞くのは止そう」
それだけ口にすると、彼女はすっぱりと態度を切り替え歩き出す。
何とも竹を割ったような彼女らしい。俺はその後ろをついていく。
「あぁ、真面目な話すると、せっかくの酔いが覚めちまうよ」
「ハハハ! 確かにそうでありんす。もう一軒行くでござるよ……!」
真面目な話など本当に俺達には似合わない。
ずっと酒飲んで、ふざけていればいい。
さっきの会話は俺が余計な気を使いすぎたせいだ。
さっさと飲みなおして、気分良く帰ろう。
************************************************************
『安瀬にとって陣内は特別な存在であった』
彼女の気持ちが陣内に届くのは、もっと先の話になるだろう。
応援ありがとうございます!
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